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Hegel, Friedrich

フリードリッヒ・ヘーゲル
1770〜1831


 「人間は直接的な現実存在(実存)に関して、自然的なものを身につけている存在である。この自然的なものは人間の概念にとっては外的である。自分自身の身体と精神を練成してはじめて、すなわち本質的には自己意識が自分を自由な者として捉えることによって、人間は自己を占有する。そして人間は自己自身の所有、他者に対する所有になる。」(Hegel[1821=1967:253](『法哲学』57節)、訳は加藤尚武[1993b:71])

 「私が私の身体を占有して、私が心身分離を克服する。身体が私に固有の身体となる。その身体を用いて私は土地を囲い込む。土地が私の財産となる。その土地を利用して、羊を飼う。羊毛が私の生産物となる。根源的な占有は自分の身体の占有である。根源的な労働は、自分の身体の精神化である」(加藤[1993b:70-71])


◆『法の哲学』より(引用:橋口昌治)

 「イギリス人が快適な(comfotable)と呼ぶところのものは、まったくきりのないものであって、無限に進んでゆくものである。というのは、どんな便利なものもふたたび不便さを示すし、こうした新工夫には限りがないからである。だから欲求は、直接欲求している人々によって作り出されるよりもむしろ、その欲求が生じることによって儲けようとする人々によって作り出される。」(「世界の名著」44巻 p.424)

 「ところで労働における普遍的で客観的な面は、それが抽象化してゆくことにある。この抽象化は手段と欲求との種別化をひきおこすとともに、生産をも同じく種別化して、労働の分割(分業)を生み出す。個々人の労働活動はこの分割によっていっそう単純になり、単純になることによって個々人の抽象的労働における技能も、彼の生産量も、いっそう増大する。
 同時に技能と手段とのこの抽象化は、他のもろもろの欲求を満足させるための人間の依存関係と相互関係とを余すところなく完成し、これらの関係をまったくの必然性にする。生産活動の抽象化は、労働活動をさらにますます機械的にし、こうしてついに人間を労働活動から解除して機械をして人間の代わりをさせることを可能にする。」(p.428-429)

 

◆Hegel, Georg Wilhelm Friedlich 1821 『法の哲学』=1967 藤野渉・赤澤正敏訳,岩崎武雄(責任編集)『ヘーゲル』 (世界の名著 35):149-604,=1983 高峰一愚訳,論創社,『法の哲学――自然法と国家学』,362+6p.

◆19731201 特集:ヘーゲルと現代
 『現代思想』01-12 580 ※

◆Ritter, Joachim 1965 Hegel und franzosische Revolution Suhrkamp Verlag=19661115 出口純夫訳,『ヘーゲルとフランス革命』,理想社,165p. 1000 ※

加藤 尚武 197806 「市民社会観の転回──スミスとヘーゲル」
 『展望』234:024-041
◆加藤 尚武 198010  『ヘーゲル哲学の形成と原理──理念的なものと経験的なものの交差』,未来社
◆加藤 尚武 19830625 「死によって否定される人間の存在とはなにか──ヘーゲルにおける「死」の思想」,泉・渡辺編[1986:186-199]
◆加藤 尚武 編 19870303 『ヘーゲル読本』
 法政大学出版局, 378,10p., 2500
◆加藤 尚武・安井 邦夫・中岡 成文 編 19881210 『ヘーゲル哲学の現在』
 世界思想社, 277,7p. 2,300 (世界思想セミナー) ISBN479070341X 2300
◆加藤 尚武 19930410 『ヘーゲルの「法」哲学』,青土社,289p. 2200
大川 正彦 1993 「ヘーゲル市民社会論における私的所有と社会的資源(上)──「自己所有権」テーゼ批判をめぐって」 『早稲田政治公法研究』41:243-259
◆大川 正彦 19930223 「ヘーゲル市民社会論における私的所有と社会的資源(下)──「自己所有権」テーゼ批判をめぐって」 『早稲田政治公法研究』42:159-183
◆大川 正彦 19931220 「人格,所有、アイデンティティ──ヘーゲル「抽象的法権利」論の一考察」 『早稲田政治公法研究』44:159-183 


UP:? REV:20030604 20050523, 20091216
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