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平間 愛

『すてきなあした――ビックリハウスへようこそ』
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・北海道

 

■立岩真也『ALS――不動の身体と息する機械』における引用・言及

 [182]平間愛(北海道)、一九九五年、二〇歳。「▽自分で呼吸するのがかなり困難で、右足を常に激しく動かさないと呼吸をする事が難しく、私の命がかかった大事な右足でしたが疲労がつのり、△まさに究極の選択をする事になりました。/生と死、あなたはどちらを選びますか?/十二月八日、私は呼吸器をつけました。」(平間[1997?])
 「▽夜は、バイパップという呼吸補助の機械を使いました。頭から帽子のようなものを被り口にマスクをつけて寝る、それが苦しくて嫌でたまらない、でも付けないで寝ると朝目覚めた瞬間から酸素不足で頭痛がひどく体もストライキを起こしてしまう。/ALSを嫌というほど感じる時でした。/ある日、私は、とうとう意識を失いましたが幸いなことにすぐ意識は戻りました。/[…]/それでもまだ呼吸器を付けずに生活できる状態をかろうじて保ち、バイパップとともに期限付の退院をすることもできました。/でも△呼吸器をつけていない私は、いつなにがおきてもおかしくない状態でした。/難病ですから、どこで療養しても同じこと、ならば家族の中で暮らしたいと思いましたが、安心して在宅生活を送るためには呼吸器を付け、命には、影響のない身体にならなくてはならなかったのです。▽/ここからがながーい入院生活のスタート。/△自発呼吸もかなり弱くなった私は、勝手にあーこりゃもう死ぬな、死ぬにはまだ若い……そうだ呼吸器をつけよう!と思い呼吸器をつけることになったのです。▽/呼吸器をつけるに当たって、色々な説明を受けました。看護婦さんからは、「たいていは慣れるまで苦しいこともあるよ」と言われるし、主治医の先生からは本を渡され色々な現実を知ることに。きわめつけは、「外科の先生が切開しやすい喉だと言ってたよ。声は失うけど大丈夫!」と麻酔科の先生。/全身麻酔をかけられ目覚めたときは呼吸器がついていました。地獄から抜け出たまさに天国、毎日のように味わっていたあの苦しみから解放されたんです。呼吸器を付けたことに喜びを感じました。私は、これで命には何も影響のない体になったわけです!こうなりゃたかがALS!呼吸器をつけた事によって身体も楽で命も元気を取り戻しました。そのかわり声を失い、食べることも無理になりました。△」(平間[1998?])
 *▽△で囲ってある部分は、本では省略してあります。


※おことわり
・このページは、公開されている情報に基づいて作成された、人・組織「について」のページです。その人や組織「が」作成しているページではありません。
・このページは、文部科学省科学研究費補助金を受けている研究(基盤(C)・課題番号12610172)のための資料の一部でもあります。
・作成:立岩 真也
UP: 20021015
ALS  ◇WHO

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