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藤沢(藤澤) 敏雄

ふじさわ・としお
1934〜200903

last update:20101230

・松沢病院
・〜 武蔵診療所
・198102 陽和病院院長(p.187)

■著書

◆藤澤 敏雄 19821106  『精神医療と社会』 ,精神医療委員会,253 p. 1880 ※:[広田氏蔵書] m.

◆藤澤 敏雄 19981110 『精神医療と社会 増補新装版』 ,批評社,431p. ISBN-10: 4826502648 ISBN-13: 978-4826502641 3150 [amazon][kinokuniya] ※ m. m01h1956.

◆藤沢 敏雄・中川 善資 編 20010810 『追悼 島成郎――地域精神医療の深淵へ』,批評社,『精神医療』別冊,215p. ISBN-10: 4826503350 ISBN-13: 978-4826503358 [amazon][kinokuniya] ※ m

◆精神医療編集委員会 編 201005  『追悼藤澤敏雄の歩んだ道――心病む人びとへの地域医療を担って』 ,批評社,141p. ISBN-10: 482650523X ISBN-13: 978-4826505239 1785 [amazon][kinokuniya] ※ m.



◆藤沢 敏雄 1970 「偏見と「精神医療」(その4)」,『精神医療』第1次4:43-46.

◆藤沢 敏雄 19710310 「偏見と「精神医療」(X)」,『精神医療』第1次5:39-43.

 ……

藤沢敏雄,19960810,「精神分裂病27年――分裂病者は,どう生きるか」『精神医療』4-8・9(84): 42-57.

藤沢敏雄,19980525,「編集後記」,『精神医療』4-13(88): 112.

 ……

藤沢敏雄,20011130,「『テクノストレスからくる疲れをとる本』墨岡孝[著]河出書房新社(2001年8月刊)」『精神医療』4-24(99): 136.

藤沢敏雄,20011130,「編集後記」『精神医療』4-24(99): 143.

◆藤澤 敏雄 2002 「二十一世紀のはじめに」,『おりふれ通信』2002年新年号
 http://orifure-net.cocolog-nifty.com/net/2009/05/post-2452.html

藤沢敏雄,20020310,「『ガラスの壁――分裂病になった俺』澤光邦[著]晩聲社(2001年12月刊)」『精神医療』4-25(100): 99.

藤沢敏雄,20020310,「編集後記」『精神医療』4-25(100): 104.

◆藤澤 敏雄 20100510 「日本における精神医療改革運動の歴史」,精神医療編集委員会編[2010:12-24]*(原稿執筆時期不詳)
*精神医療編集委員会 編 201005 『追悼藤澤敏雄の歩んだ道――心病む人びとへの地域医療を担って』,批評社,141p. ISBN-10: 482650523X ISBN-13: 978-4826505239 1785 [amazon][kinokuniya] ※ m.

◆1962頃 民間病院にアルバイトで通う。
 「病院と呼ぶにしてはあまにもすべてが殺伐として貧しかった。陰惨であったとさえいうべきである。狭い廊下と、広い畳敷きの大部屋で、病者たちは首をうなだれ、ごろ寝し、徘徊していた。」(藤澤[1982])

 1966 松沢病院
 「松沢病院は巨大な病院であった。慣習と「伝統」が支配する沈黙の世界だった。民間病院にいて、私が苛立った全てのことが松沢病院のなかにはいとも平然とあたりまえのようにしてあった。民間病院にいて見えていたことが、ここでは見ようとしなければ見えないように、組織化された秩序そのものとしてあった。」(藤澤[1982])

◆1969

 「一九六九年の金沢学会は、平凡な日常の中で、しかし精神医療の現状に疑問を抱いていた一人の精神臨床医であった私に衝撃をあたえ、目ざめさせたのである。目ざめさせたとはいったも大それたことではない。自分が日々接する病者のおかれた状況があまりに過酷すぎるのではないかという素朴な疑問に「そのとおりなのだ」という気づきを与えてくれたということである。」(藤澤[1982→]、浅野[2010:83]に引用)

 1969年「当時、私は、大学病院、民間病院、都立松沢病院を経て、国立武蔵野療養所で働く臨床経験7年の精神科医であった。その7年間、精神病院の実態と、精神病者の置かれた状況に、驚きと怒りに身をこがし続けていた。この学会の体験は、当たり前の臨床医であった私には、鋭い問題提起と励ましを与えてくれるものであった。
 この金沢大会のインパクトは、当時計り知れないものがった。金沢学会で確立された会議の公開性の原則は精神医療改革運動の中に、初めて当事者の登場を促す第一歩となった。また、その秋開かれた病院精神医学会は、生活療法の批判を軸に揺れて、学会そのものが解体して、若い世代を中心として再建準備委員会が結成された。同じように[…]」(藤澤[2010:19])

■言及

◆立岩 真也 2013/11/** 『造反有理――身体の現代・1:精神医療改革/批判』(仮),青土社
◆岩田 柳一(柏木診療所) 200906 「追悼 藤澤敏雄先生」,『おりふれ通信』278号(2009年6月号)
 http://orifure-net.cocolog-nifty.com/net/2009/06/post-2452.html
◆立岩 真也 2011/02/01 「社会派の行き先・4――連載 63」,『現代思想』39-2(2011-2): 資料
◆立岩 真也 2011/03/01 「社会派の行き先・5――連載 64」,『現代思想』39-3(2011-3): 資料
◆立岩 真也 2011/04/01 「社会派の行き先・6――連載 65」,『現代思想』39-4(2011-4):- 資料
◆立岩 真也 2011/05/01 「社会派の行き先・7――連載 66」,『現代思想』39-5(2011-5):- 資料
◆立岩 真也 2013/06/01 「精神医療についての本の準備・3――連載 90」,『現代思想』41-(2013-6):- →


UP:20101230 REV:20110109, 13, 0211, 0313, 0414, 0809, 14, 16
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