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藤原 勝也


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メインストリーム協会

◆2020/09/19 「動かなかったものを動かす――「筋ジス病棟の未来を考えるプロジェクト」」障害学会第17回大会・2020・オンラインシンボジウム

「立岩:今日、藤原〔勝也〕さんが1999年に関西学院に入学されたあたりから、西宮における筋ジスの人たちの活動が始まってるんだっていう話をさっき打合せの時に聞いたんですが。藤原さん、そのあたりの話をしていただけますか?
藤原:みなさん、メインストリーム協会の藤原と申します。いろいろ活動しているこのメインストリーム協会で、筋ジストロフィーで一番最初にスタッフになった者です。そもそも関わりっていうのは、立岩先生から紹介があったように今から21年前ですね、それから一人暮らしを始めました。私は西宮の関西学院大学っていうところに入りまして、それをきっかけにメインストリーム協会と出会いました。それがすべての始まりですね。ちなみに僕には弟が二人いまして、弟二人とも僕のあとを追って西宮で一人暮らしをしました。僕が一人暮らしできたのは、両親二人で障害の三兄弟の面倒みるのが難しくて、そして親が僕のやりたいことを挑戦させたいっていう気持ちがあって、それでもうなんとかしようってなったときにメインストリーム協会に出会ったんです。それがきっかけですね。
 私はずーっとそれまでは実家で暮らしてまして、病院の入院とかの経験もまったくなかったんです。病院とか、リハビリも特に受けたりもしてないんだけども、40までは生きてるって感じですね。大学生の頃にメインストリームのイベントに参加して、その中でいろいろ重度障害でありながら海外のイベントに行ったりとか、2003年の障害の介護制度の交渉、東京のデモとかそんなんにも参加しました。で、メインストリームで2004年から働いています。
 で、人工呼吸器は2006年から、24時間介護っていうことになってて、当事者やっている中で筋ジストロフィーとして何かやれることないかってことはずーっと考えていたんですけども、ずーっと頭の中にあるだけで全然行動には移せなかったっていう気持ちがあります。もともと大学進学とか自立を考えた大きい理由は、小さい子どもの頃から通院でよく筋ジス病棟がある病院に通ってたんですけども、そこの病院に行くの、小さい子どものときめっちゃ嫌いやって、母に「こんなとこ行きたくない」とか言った記憶があります。だから小さいときからなんとなく行きたくないっていう気持ちがあって大人になったんですけれども、その中でいろいろそこの筋ジスの人とかと出会ったりして話す中で、自分は行かなかったけど、でもメインストリームに出会わなかったらたぶん行ってただろうと思えるので、だからなんとかしたいという気持ちが今は強いですね。まずこんな感じにしておきます。」

■2018/12/24 「筋ジス病棟からの自立のサポート」 藤原勝也(メインストリーム協会)
 第33回国際障害者年連続シンポジウム・筋ジス病棟と地域生活の今とこれから
 ※以下はレジュメのようなものです。当日の報告は改めてここに掲載できるたろうと思います。またお知らせします。

橋雅之さんのケース】
◎2013/7/30 刀根山病院訪問(自立の意思の確認) 初訪問

※12/5に介助派遣を行うまでに3回病院訪問
・自立後の生活、活動への理解と協力、自立後の人生と覚悟
・自己決定・自己責任

※研修に関して病院は協力的
○呼吸器会社の研修
○介助者研修(場所:刀根山病院)
・たん吸引の手技について
・必要なバイタルチェックについて
・緊急時の対応について

◎2013/12/5 (初)制度外の介助派遣
※感染予防の為、公共交通機関の使用を禁止された

◎2014/3/25 刀根山病院訪問
・地域移行支援の本人中心計画案の本人確認
※4か月の空白の理由
・高橋さん虫垂炎で箕面市民病院に1週間入院
・刀根山病院の面会禁止(感染予防の為)が解除される

◎2014/4/4 メインストリーム協会のお花見に参加
・初めての公共交通機関を利用しての外出

◎2014/5/19 個別ILPを開始
※雨天の時は病院から外出を禁止され2回ほどILPを行えなかった
※自立体験までに、介助者が何回かの病院での研修を受ける

◎2014/7/2 ナイトトレーニング
(場所:刀根山病院、時間:7/2 16時〜7/3 11時まで)

◎2014/7/8 自立体験(期間:7/15まで7泊8日)
※最初の訪問から1年後

◎2014/8/13 最終カンファレンス(場所:刀根山病院)
(高橋雅之、妹、刀根山病院、主治医、訪問看護、メイン)

◎2014/8/18 刀根山病院退院、自立生活スタート

【その他の事例】
 H病院(これまでに3名が自立)
 自立への理解と協力がなかった為、直前まで水面下で準備して無理やり退院して自立
 家族の協力が不可欠だった
 訪問医を自らが探すなど、当事者が主体となって積極的に進めた
 

病院の協力体制により、自立の流れは変わる。研修など協力的であればスムーズに移行できる。自立を広げるには病院の意識と体制を変える必要がある。
でも、それよりも重要なことは病院の協力の有無にかかわらず、自立する本人の理解と覚悟である。


UP:20181231 REV:
こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす  ◇筋ジストロフィー  ◇自立生活/自立生活運動  ◇第33回国際障害者年連続シンポジウム・筋ジス病棟と地域生活の今とこれから  ◇病者障害者運動史研究  ◇WHO
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