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出口 泰靖
でぐち・やすのぶ


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山梨県立女子短期大学教員
ホームヘルパー2級(第1419号)

 yasunobu@yamanashi-ken.ac.jp

●2004

◆20040930 「「呆け」たら私はどうなるのか? 何を思うのか?」
 山田編[2004:155-183]*

◆0040930 「「呆け」について私はもの語れるのか?――<本人の「呆けゆく」体験の語り>が生成される場<場>」
 山田編[2004:185-216]*

◆20040930 「「呆けゆく」体験を、<語り、明かすこと>と<語らず、隠すこと>」
 山田編[2004:217-228]*

◆出口 泰靖 20040930 「「呆けゆく」体験を、<語り、明かすこと>と<語らず、隠すこと>のはざまで――本人が「呆けゆく」体験を語り明かすことは、私たちに何をもたらすのか?」」
 山田編[2004:229-253]*

*山田 富秋 編 20040930 『老いと障害の質的社会学――フィールドワークから』,世界思想社,273p. ISBN:4-7907-1082-3 1890 [boople][amazon][bk1] ※

……

●2002

◆20020519 「『サイコドラマ』を取り入れた『痴呆性老人』ケアの臨床社会学的考察」
 第28回日本保健医療社会学会大会、2002年5月19日(於:日本赤十字看護大学)
◆200206017 「かれらを『痴呆性老人』と呼ぶ前に」
 『現代思想』30-7:182-195(特集:超高齢化社会)
◆20021102 「(講演)」
 知の工房/老いと介護の社会学 於:京都

●1997〜

◆19970530
 「「痴呆」にまつわる現象の「臨床社会学的」エッセイ:その一
 ――「痴呆性老人」とのコミュニケーションの断絶とバーチャル・リアリティ」
 『オープンフォーラム』02:09-12
◆1998
 「「呆けゆく」人びとの「呆けゆくこと」体験における意味世界への接近
 ――相互行為的な「バイオグラフィカル・ワーク」を手がかりに」
 『社会福祉学』(日本社会福祉学会)39-2
◆1998
 「「呆けゆくこと」体験の研究における可能性とその方法」
◆1998
 「「呆けゆくこと」に対する歴史・文化・社会的「まなざし」
 ――「痴呆性老人」と介護者との相互作用における臨床社会学的研究」
 (財)明治生命厚生事業団編『第4回「健康文化」研究助成論文集』91-113
◆198811
 「「痴呆性老人」の「幼児扱い」に関する一考察
 ――施設ケアにおける処遇の実情と問題解決の可能性」
 『老人生活研究』(老人生活研究所)1998-11
◆199811
 「自分がおかしいという「病感」あり症状に隠された「わけ」の理解を」
 『ばんぶう』(日本医療企画)1998-11:118-119
◆19990120
 「「呆けゆく」人びとの「呆けゆくこと」体験における意味世界への接近――相互行為的な「バイオグラフィカル・ワーク」を手がかりに」
 『社会福祉学』39-2:209-225 ※
◆199910
 「呆けゆくこと」における「気づきの文脈」と「呆けゆく」本人にとってのサポーティブ・ケアに関する考察」
 第72回日本社会学会大会報告
◆20000530
 「「呆けゆく」人のかたわら(床)に臨む――「痴呆性老人」ケアのフィールドワーク」
 好井・桜井編[2000:194-211]*
*好井 裕明・桜井 厚 編 20000530 『フィールドワークの経験』,せりか書房,248p. 2400
◆200009 「『痴呆性老人』臨床のフィールドワーク――私たちはなぜ呆けゆく人の声に耳を傾けないのか」
 『月刊ブリコラージュ』9月号、vol.90,pp.26-39.
◆20010730
 「「呆けゆく」体験の臨床社会学」
 野口・大村編[2001:141-170]*
*野口 裕二・大村 英昭 編 20010730 『臨床社会学の実践』
 有斐閣選書1646,318+ivp. 2000 ※
◆200109 「『小山のおうち』のケアは『痴呆性老人ケア』ではない!?」
 『月刊ブリコラージュ』9月号、vol.90,pp.4-12.
◆200111 「『呆けゆく』人との『集団精神療法』的な関わりについての考察」
 第74回日本社会学会大会 2001年11月(於:一橋大学).
◆出口 泰靖・田村 誠・神田 晃・辻本 義博 199803 「「呆けること」に対する歴史・文化・社会的「まなざし」――「痴呆性老人」と介護者との相互作用における臨床社会学的研究」 (財)明治生命厚生事業団『第4回健康文化研究助成論文集』:91-113

 

◆「「呆けゆく」体験の臨床社会学」より

 「私にとって衝撃的だったのは、Aさんのように自分が呆けはじめたことに「何らかの形で」気づいている人がいることであった。」(p.143)
 「彼女は「呆けゆくこと」の気づきを何らかのかたちで示し、その原因を自分なりに考え、仕事をし続けられないことに対して言いしれぬ不安を感じ、悲嘆に沈み、この事態に何とか対処しようとしている、ここで私の心を捉えて揺さぶった問いは、そうした「呆けゆく」体験をかかえた人たちにわれわれはどのようにかかわればよいのだろうか、ということだった。」(p.144)
 「「パッシングケア」…は、本人に「呆け」と直面させることは残酷であるとみて、そうした場面に出くわしそうになると話題をかえたり、「私は呆けたか」というような気づきにも、話をすりかえたり、やりすごしたりして、「呆け」様態を周囲の側から包み隠すケアである」(p.156)

◆立岩 真也 2002/07/25「出口泰靖・野口裕二」(医療と社会ブックガイド・18)
 『看護教育』2002-07(医学書院)


REV:......20030113,20040912
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