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千葉 華月

ちば・かづき

Last update: 20100624

・北海学園大学法学部准教授(専門:民法、医事法)

●履歴

2003年9月 横浜国立大学大学院国際社会科学研究科修了(国際経済法学博士)
2003年6月〜2005年5月 スウェーデン・ウプサラ大学法学部客員研究員
2005年4月〜2006年9月 法政大学社会学部兼任講師
2005年10月〜2006年3月 ヒューマンサイエンス振興財団(信州大学医学部)リサーチ・レジデント
2006年4月〜2006年9月 國學院大學経済学部兼任講師
2006年9月 北海学園大学法学部講師
2008年4月〜 北海学園大学法学部准教授


◎修士論文

◆「精神無能力患者の自律と保護―英国法律委員会報告書(Law Commission Report No231)をめぐる議論から―」(1998)1頁−122頁。


◎博士論文

◆博士論文・「意思決定能力を欠く成人に対する医療―意思決定の代行をめぐって」、2003年、1頁―200頁。


●T.学会報告

◆「最善の利益」基準を考える──イギリスにおける成人の精神無能力者に対する医療上の処置と同意―」
 第11回日本生命倫理学会 一般演題H

◆「医事法に関する問題 事前の表明(Advance Statements)の範囲と法的有効性──イギリスの事前の表明をめぐる議論から」
 第12回日本生命倫理学会 一般演題2
◆「小児に対する医療と親の同意−スウェーデン法からの示唆」
 第17回日本生命倫理学会 一般演題6

◆「スウェーデン:医療事故による損害の賠償−責任の法理と賠償の確保」
 第73回比較法学会 総会シンポジウム


●U.著書(共著)

◆「遷延性植物状態患者に対する生命維持治療の打切りーイギリスにおける司法と医プロフェッションの役割」
 古村 節男・野田 寛 編『医事法の方法と課題―植木哲先生還暦記念』(信山社、2004年)91頁―107頁。

◆(共著)「代理決定と法的問題」
 池永 昌之・木澤 義之 編『(総合診療ブックス)ギア・チェンジー緩和医療を学ぶ二十一会』(医学書院、2004年)88頁―97頁。

◆「患者の最善の利益」
 『「重症疾患の診療倫理」に関する提言書』(医療文化社、2006年)56頁―63頁。

◆「尊厳死」
 甲斐 克則 編著『ブリッジブック医事法』(信山社、2008年)145頁―157頁。

◆「医療事故における被害者の救済-スウェーデン患者傷害法からの示唆」
 『損害賠償法の軌跡と展望(山田卓生先生古稀記念論文集)』(日本評論社、2008年)227頁―243頁。

◆「スウェーデン:医療における同意と未成年者の保護」
 『子どもの医療と法』(尚学社、2008年)303頁―332頁。

◆「どれくらい相続できるか:相続分」
 常岡 史子 編著『はじめての家族法』(成文堂、2008年)127頁―137頁。

◆「親による治療拒否・医療ネグレクト(担当部分)」
 玉井 真理子、横野 恵、永水 裕子 編『子どもの医療と生命倫理』(法政大学出版局、2009年)155―158頁。

◆「医師の説明義務」
 久々湊 晴夫、旗手 俊彦 編『はじめての医事法』(成文堂、2009年)187―202頁

◆「出生前診断・着床前診断」
 甲斐 克則 編『レクチャー生命倫理と法』(法律文化社、2010年)150―161頁

◆「医療過誤における被害者の救済」
 トピックからはじめる法学編集委員会 編『トピックからはじめる法学』(成文堂、2010年)177―184頁


●V論文、研究ノート、翻訳、書評等

◆「『最善の利益』基準を考えるーイギリスにおける成年の精神無能力者に対する医療上の処置と同意」
 『生命倫理』11号、2000年、167頁―175頁。

◆「シャム双生児分離手術事件控訴院判決」
 『年報医事法学』16号、2001年、318−327頁。

◆「医療上の処置への事前の意思表明の有効性と適用可能性―イギリスにおける事前の意思表明をめぐる議論から」
 『生命倫理』12号、2001年、143頁―153頁。

◆「宗教上の信念に基づく輸血拒否―イギリスの判例の検討」
 『横浜国際社会科学研究』6巻5号、2002年、55頁―75頁

◆「子に対する生命維持処置の差し控えと中止―イギリス判例法およびガイドラインの分析」
 成育医療研究委託事業研究「重症障害新生児医療のガイドライン及びハイリスク新生児の診断システムに関する総合的研究」分担研究班『重症新生児の治療停止および制限に関する倫理的・法的・社会的・心理的問題』、2002年、2頁―13頁。

◆「宗教、文化および信念―小児の医的処置」
 成育医療研究委託事業研究「重症障害新生児医療のガイドライン及びハイリスク新生児の診断システムに関する総合的研究」分担研究班2001年度報告書『重症新生児の治療停止および制限に関する倫理的・法的・社会的・心理的問題』、2002年、92頁―101頁。

◆(共著)「Should a Physician Withdraw Ventilation Support from a Patient with Respiratory Failure When the Patient Prefers not to Undergo a Tracheotomy?」
 『Eubios Journal of Asian and International Bioethics』13号、2003年、147頁-151頁。

◆(共著)「臨床上の移植研究における胎児組織利用のための基本原則試訳」
 平成15年度厚生労働科学研究費補助金 ヒトゲノム・再生医療等研究事業・ヒト胎児組織の供給システムのあり方と胎児組織提供コーディネーターの役割に関する研究(主任研究者:玉井 真理子)(H15-再生-022)平成15年度総括研究報告書、2003年、76頁-79頁。

◆(共著)「意思決定能力に問題のある患者への治療方針選択と患者のQOL評価との関連性に関する文献・事例研究<生命倫理>」
 厚生労働科学研究費補助金・特定疾患対策研究事業・特定疾患のアウトカム研究・介護負担・経済評価班・平成14年度総括・分担研究報告書、2003年、93頁―97頁。

◆バイオバンク法(スウェーデン法典2002年297号)試訳」
 文部科学省・科学研究費補助金「人体利用等にかんする生命倫理基本法」研究プロジェクト2003年度最終報告書、2004年。

◆「最善の利益」
 厚生労働科学研究費補助金・難治性疾患克服研究事業「特定疾患のアウトカム研究・介護負担・経済評価班(主任研究員 福原 俊一)重症疾患の診療倫理指針ワーキング・グループ(代表 浅井 篤)『重症疾患の診療倫理指針に関する提言書』2004年、35頁―39頁。

◆人倫研プロジェクト、自己決定論・再考(医療・生命倫理問題に限定して)「代行決定問題」をめぐって「ターミナルステイジでの代行決定問題(植物人間問題等)」
 文部科学省・科学研究費補助金「人体利用等にかんする生命倫理基本法」研究プロジェクト2003年度最終報告書、2004年。

◆(共著)「気管内チューブ抜去の是非 川崎『安楽死』事件を他山の石として」
 『生命倫理』15号、2004年、139頁―146頁。

◆「判例研究・医師の説明義務と患者の同意」
 『横浜国際経済法学』14巻3号、2006年、269頁―284頁。

◆「北欧におけるバイオバンクに関する法制度―スウェーデン法を中心に」
 『年報医事法学』21号、2006年、222頁―228頁。

◆「スウェーデンにおける医学研究に関わる法整備と市民・社会への科学教育」
 厚生労働科学研究費補助金・ヒトゲノム・再生医療等研究事業「ゲノムリテラシー向上のための人材育成と教育ツール開発に関する研究」平成17年度分担報告書、2006年、65頁―70頁。

◆「スウェーデンにおけるがん登録に関する法制度」
 厚生労働科学研究費補助金・第3次対がん総合戦略研究事業 平成17年度総括・分担研究報告書、2006年、123頁―131頁

◆「Appendix<翻訳>(担当部分)」
 生命倫理百科事典翻訳刊行委員会 編『生命倫理百科事典』(丸善、2007年)。

◆「Clinical aspects of consent in healthcare(医療における同意の臨床的側面)<翻訳>(担当部分)」
 生命倫理百科事典翻訳刊行委員会 編『生命倫理百科事典』(丸善、2007年)。

◆「精神病の強制医療」
 加藤 尚武 編集代表『応用倫理学事典』(丸善、2007年)16頁―17頁。

◆(共著)「術後における緊急手術の決断時期−冠状動脈バイパス手術後腸管壊死死亡事件(最三小判平成18年4月18日)<続クロストーク医療裁判:第7回>腸管壊死による患者の死亡と術後管理における医師の過失」
 『病院』67巻7号、2008年、636〜641頁。

◆「スウェーデンにおけるがん登録に関する法制度」
 厚生労働科学研究費補助金・第3次対がん総合戦略研究事業 平成16-18年度総合研究報告書追加資料、2007年、1頁―6頁。

◆「ヒトに関する研究倫理審査会議に関する法制度-スウェーデンンにおけるがん登録データの研究利用」
 厚生労働科学研究費補助金・第3次対がん総合戦略研究事業 平成18年度総括・分担研究報告書追加資料、2007年、1頁―7頁。

◆「新井誠編著『成年後見と医療行為』<書評>」
 『年報医事法学』22号、2008年、228頁―232頁。

◆「意思決定と家族の同意:人工的水分・栄養補給に関するジレンマ(特集・終末期医療における倫理的ジレンマと解決策)」
 『緩和ケア』18巻4号、2008年、284頁―286頁。

◆(共著)「未破裂脳動脈瘤の手術と説明義務−コイル塞栓術に関する説明義務違反事件(最二小判平成18年10月27日)<続クロストーク医療裁判:第12回>」
 『病院』、2008年、1082―1088頁。

◆「日本の終末期医療における法的問題」
 『緩和医療学』11巻1号、2009年、28−32頁。

 
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◆「『最善の利益』基準を考える──イギリスにおける成年の精神無能力者に対する医療上の処置と同意」
 『生命倫理』10号167-175頁(2000)
 紹介作成:樋澤 吉彦

※精神無能力者(mentally incapacitated)に対する医療上の処置の合法性→代理決定の合法性について
 →「最善の利益(the best interests)」と「代行判断(the substituted judgment)」という2つの基準
 →イギリスでは「最善の利益」基準→その「基準」について

◇はじめに
「2000年4月にいわゆる成年後見法が施行されたが、医療上の処置への同意に関する立法措置は、さらなる議論が必要だとして見おくられた。しかし、医療上の処置への同意の問題は、代行意思決定全体に係るものであり、今後、一層重要になるだろう。」168
「しかし、痴呆高齢者、精神障害者等の場合、同意能力判定基準はどのようなものか、同意能力を有していない場合、誰が、いかなる基準に基づき、どのような手続きによって、医療上の処置に同意または拒否できるのか、は明らかになっていない。」168
→※イギリスにおける精神無能力者への医療上の処置をめぐる諸問題
→1985年持続的代理権授与法−財産管理に限定
 1983年精神保健法−精神障害者に限定、後見人の権限を制限。医療上の処置の代行権限は有していない
 →議論の中の重要な論点が「最善の利益」基準

◇「最善の利益」基準と「代行判断」基準
@定義
※「最善の利益」
→「『最善の利益』基準は、後述のように、判例法でも法律委員会報告書でも、明確に定義されていない。しかし、ここで一応の定義を与えるならば、『最善の利益』基準とは、代行意思決定者が、精神無能力者にとって『最善の利益』だと信じる医療上の処置を選択するという基準である」168
→「『最善の利益』基準」の長所
(1)過去に一度も意思決定能力を有したことがない者(重篤な障害新生児)にも適用可能
(2)精神無能力者の過去の意思を擬制する必要がない
(3)代行意思決定者によって、患者が不当に侵害されることが少ない
→反面・・・
(1)医療上の利益に反する本人の意思(宗教上の理由による輸血拒否など)が尊重されにくくなる
 (2)「生命の質」を考慮せざる得ない場合がある

※「代行判断」
→「『代行判断』基準とは、代行意思決定者が、患者の周知の見解や価値観に照らして、もしその患者に能力があったならば選択したであろうと予想される医療上の処置を選択するという基準である」168
→「『代行判断』基準」の長所
 「本人の過去の『意思(と思われるもの)』が尊重されるため、医療上の利益が強制される事態を回避できる」
→しかし・・・
 「過去の『意思』は現在の意志と同一だとは限らず、本人の現在の感情が軽視される、一度も能力を有したことがない者への適用が難しい等の問題点が指摘されている」168

A由来
「『最善の利益』基準は、イギリスで、子どもの判例(養子、医療上の処置等)によって確立され、その適用範囲が、次第に成人の精神無能力者に拡張されてきた」169
→「親責任」の同意について、Gillick competentについて・・・

「他方、『代行判断』基準は、イギリスの無能力者の財産管理に関する判決に起源がある。当初、『代行判断』基準の範囲は財産管理の領域に限定されていたが、その後、この基準は、患者の見解や価値観を反映させるために、アメリカのStrunk事件(1969年)といった臓器移植の判決で復活し、Quinlan事件(1976年)といった末期医療に関する判決、ショック療法や精神外科手術といった議論のある治療に関する判決に拡張された。」

B学説
(1)「最善の利益」基準賛成説
※ある時点での意思は患者の生涯に及ぼす意思とは異なる。
※子どもに適用できない。
※人生を通じて完全に首尾一貫して行動する人はいない。
169


(2)「代行判断」基準賛成説
「『代行判断』基準賛成者は、『最善の利益』基準の適用が、『医師が推薦する医療上の利益がある治療』を強制するものだと批判する。」169

(3)両者に違いはないとする説
ドゥオーキン:「・・・『代行判断』は、『能力のない患者が、もし能力があったならば、何を決定したであろうかを評価しようと試みる困難ゆえにではなく、その評価が、主観的であるべきか客観的であるべきか、そして、もし客観的ならば、(『代行判断』基準)は、実際にどのくらい『最善の利益』アプローチと異なりうるのかは議論の余地がある概念である』・・・」170

◇イギリスにおける『最善の利益』基準の展開
1.判例法とそれに対する学説
「イギリスの判例法は、成人の精神無能力者の医療上の処置のための基準を、『代行判断』基準に求めず、『最善の利益』基準を採用し、その基準の実質的判断をBolam testに求めてきた。Bolam testとは、医師が『医療上の見解をもつ責任ある集団(a responsible body of medical opinion)』がその当時受容していた慣行にしたがって行動したことを立証すれば免責されるBolam事件で示された治療および診断の過失の判断基準である。」170
 →しかし、明確な定義・基準がないため、「エホバの証人」の輸血拒否、精神障害者の不妊手術、PVS(植物状態)患者の生命維持処置の打ち切り、臓器移植の判例でばらばらの判例が示される。170

2.法律委員会報告書231号「精神無能力」
「・・・『最善の利益』基準に基づく判断において、代行意思決定者等が考慮すべき4要素を提示し、法律草案の形で『最善の
利益』基準を初めて明確化した。・・・4要素とは、第1に、本人の過去と現在の希望・感情・もし能力があったら考慮したであろう要素、第2に、本人の参加の促進、参加能力を向上させる必要性、第3に、本人にとっての『最善の利益』について相談すべき他者の見解、第4に、ある行為または決定が、本人にとって最も制限的でない選択(the least restrictive option)により達成されるか、という要素である。」171
 →第3の相談すべき他者として、@本人に指名された者、A配偶者、友人等ケアに参加する者、B本人より継続的代理権を授与された者、C裁判所に任命されたマネージャー

3.報告書231号に対する各種意見
※国会・医の倫理に関する特別委員会報告
「・・・意識が全くなく、回復の見込みがないPVS患者の治療を差し控えることは適切かもしれないが、そのような場合、『生命の質』は、低いのではなく存在しないと考えることが合理的であり、『生命の質』の判断が、能力のない者への差別を導くべきではない・・・」172
「また、SPUC(障害者団体)は、能力のない者のためにおこなわれる『生命の質』の決定は、厳格なものでも倫理的なものでもなく、その生命に一旦価値がないと判断されると全ての医療上の処置が減じられるため、人間をグレード化することは、危険なことであると主張する」172

※保健省国務大臣緑書「1983年精神保健法の改革」および同省専門委員会報告書「1983年精神保健法の再検討」
「・・・かりにその患者の希望を確かめられなかった場合、『最善の利益』は、臨床専門家の見解に基づいて決定されるべきである、・・・」172

◇私見
「・・・特に、第1の要素(本人の過去と現在の希望・感情・考慮したであろう要素)を通じて、『最善の利益』基準と『代行判断』基準の融合が図られており、・・・」172

「類型化は、今後の課題であり、ここでは、類型化にあたって考慮すべき3つの指標、つまり、@精神無能力者本人の同意能力の程度、A精神無能力者を取り巻く環境、B症状と処置の内容・結果を指摘するにとどめたい。」173

「もっとも、いずれの類型でも、@精神無能力者の自己決定権の尊重とA精神無能力者の保護を共通の原則・理念として、『最善の利益』を判断すべきである。たとえば、精神無能力者の治療拒否がその死や永続的損傷もたらす可能性がある場合は、厳格な要件を充たす事前の意思表明(リビング・ウィル等)がない限り、子どもの判例と同様に、『最善の利益』に基づき、その拒否は覆されるべきであろう。」173

「・・・つまり、能力の有無と自己決定権の尊重は、決して連動しているわけではない。このように考えると、精神無能力者への医療上の処置についての代行意思決定の議論は、能力がある者の医療上の処置への同意または拒否についての議論にも有益であると言える。」173

「日本の成年後見法は、高齢者や障害者の医療上の処置への同意に関する立法措置を時期尚早として見送り、問題を先送りにした。しかし、本法は、欧米諸国と同様、自己決定権(自律)の尊重の理念(残存能力の活用、ノーマライゼーション等の理念を含む)と本人の保護の理念との調和を基本方針としている。成年後見制度は、自己決定権の尊重という理念を最もよく実現するために、イギリスの1985年持続的代理権授与法をベースに、任意後見制度を導入した。また、同法は、成年後見人等や任意後見人の権限の行使にあたっては、本人の意思を尊重すべき旨の明文の規定を設けている。つまり、『最善の利益』という文言こそないが、残存能力を生かし、できる限り自己決定権を尊重しようという理念は、イギリスで詳細に論じられている『最善の利益』基準をめぐる議論と共通である。」173

 
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◆「宗教上の信念に基づく輸血拒否:イギリスの判例の検討」
 『横浜国際社会科学研究』7巻(2001)
 紹介作成:樋澤 吉彦


※「エホバの証人」信者による輸血拒否→イギリスにおける判例及び実務規定(未成年も含む)

第1章 患者の治療に関する法的枠組み

第1節 治療に対する同意と拒否
1.成人の場合
「意志決定能力がある成人患者の場合、医師は患者を治療にするにあたって、本人の同意を得なければならない。もし医師が同意を得ずに患者に治療をおこなったならば、不法な身体的接触(assault and battery)を構成する。しかし、患者は常に意思決定能力を備えているわけではなく、その能力を欠如している場合、本人に代わって意思決定する者が必要になる。イギリスでは、これまで、家族が意思決定能力がない本人に代わって意思決定する権限を有していると考えられることが多かった。しかし、・・・(中略)・・・家族もそれ以外の者もそのような権限がなく法の欠缺があることが明らかになった。・・・(中略)・・・意思がFにとって最善の利益であると臨床上の判断に基づいて考える不妊手術およびその他の処置をおこなうことは、必然性の原則(the doctrine of necessity)に基づき適法である。」56
 →「パレンス・パトリエ(parens patriae)」。裁判所が意思決定能力がない患者に代わって医療を決定するという考え方。

2.未成年者の場合56
・法的枠組み
「他方、未成年者の場合、成人の場合に比べれば、子の医的処置決定に関する法的枠組みが整っている。」56

※英国における未成年者の治療に関する紛争解決のための2つの手続き
@1989年児童法
A裁判所の後見裁判権に基づく手続き

・治療拒否権
 →「代理者」による基準

第2節 エホバの証人の信者による輸血拒否
1.現状

2.外科勅許学会および麻酔科医協会による実務規定に基づく手続

第2章 輸血拒否に関する判例

 第1節 成人の場合
  1.ReT事件
  2.Xv NHS Trust事件

 第2節 未成年者の場合
  1.ReE事件
  2.ReS事件
  3.ReL事件
  4.ReS事件
  5.ReO事件
  6.ReR事件

 →因子として、「年齢」「情報量」

 第3節 小括
「イギリスにおける輸血拒否の判例は、3つの類型、@成人の場合、A年長未成年者の場合、B年少未成年者の場合、に分けることができる。」65

第3章 考察

 第1節 本人による輸血拒否の場合
  1.意思決定能力の判定
「成人の患者は治療に同意するかしないかを決定する能力があると推定される。患者にそれらの能力がない場合、その能力の推定を覆すことが必要かが問題になる。治療拒否の場合、患者が治療を拒否する能力があるかが問題になる。・・・その決定により身体に生ずる結果の深刻性をも考慮する。」66

「裁判所は、意思決定能力の判定において医師の臨床上の判断を重視せざるをえないが、その判定基準を明確化することが必要である。」66

  2.意思決定の有効性
「意思決定の有効性の判定においては、(1)外部による過度の影響、(2)情報の欠如が問題になる。」66

(1)→「成人の場合は、宗教への熱心さや継続性は、意思決定能力の判定において肯定的に評価される。しかし、ギリック能力の判定においては、宗教への熱心さや継続が欠如していれば、宗教への理解がないと判定され、それらをそなえていればギリック能力(未成年 注)を制限するものとして位置づけられる。結局、裁判所は、未成年者の事案において、子の最善の利益を最重要と考え、子の自律性を覆すためにあらゆる理論を組み立て、過度の影響を容易に認定しているように思われる。」67

(2)→「患者が意思決定するために必要な情報を欠如していた場合および誤った情報を与えられていた場合、そのような情報に基づく意思決定は無効になる。」67

「医師が、患者の心理的影響を考慮して情報を差し控えることについては理解できるが、患者に輸血を拒否させないために情報をコントロールしたり、虚偽の情報を与えることには疑問を感じる。」67

  3.本人、親および裁判所の権限
・子の治療拒否と親の権限
(英国では)「意思決定能力がない成人患者が輸血拒否をおこなった場合、親を含めた家族はその決定に対し何ら権限を有しない。」
「かりにギリック能力を有するまたは16歳以上の未成年者が治療を拒否し親がそれに同意した場合、親の権限が子の権限と並存するかということが問題になる。」67

・子の自律生と裁判所の権限
「未成年者がギリック能力を有する場合、裁判所の権限が未成年者の権限に優越することには疑問を感じる。子供の権利条約第12条(1)項は、子どもの意見表明権について、子どもの意見は、その年齢および成熟度に従って相応に考慮されるものとすると定める。・・・」68

 第2節 親による輸血拒否の場合
  1.親の宗教上の信念と裁判所の権限
「・・・そこで、裁判所は、どのような場合に親の宗教上の信念に基づく輸血拒否を覆し、子への治療を命ずる権限を有するかが問題になる。」69

(Ratledge裁判官のことば)「・・・『両親は、彼ら自身が殉教者になるのは自由であろうが、しかし、そのことは、彼らの子らが独力で選択をおこなうことができる完全かつ適法な裁量権をもつ年齢に到達する前に、両親が、同じ状況において、彼らの子らを殉教者にさせるのが自由であるということを導かない。』/裁判所は、患者の死が切迫している場合および患者の身体に不可逆の損害をもたらす場合、親の宗教上の信念に基づく子への輸血拒否を、覆さざるをえないだろう。」69

※親が医学的知識がある場合は親による治療拒否が認められる場合がある
→「・・・しかし、なぜ親が医学知識に基づいている場合には、親による拒否が認められ、宗教上の信念に基づいている場合には、それが認められないのかという疑問は残る。」69

  2.適切な法的手段

 第3節 裁判所による至高の考慮事項としての最善の利益
「裁判所は、未成年者の医的処置決定において、子の福祉を至高の考慮事項として考慮する(1989年児童法第1条)。・・・
/そこで、子の福祉、つまり、子の最善の利益とは何か、それはどのような基準に基づき考慮されるかが問題になる。」70

「たしかに、医師は、臨床上の知識を有し、患者の意思決定能力および患者の最善の利益を決定する適任者であり、患者をとりまく人間関係等も長期間にわたって考慮した上で患者のそれを決定することもできる。しかし、イギリスの裁判所は、これまで、治療・診断および情報開示の基準として、Bolam testという意思の臨床上の基準を採用してきた。もし裁判所が患者の最善の利益が何か決定する場合にも、bolam testに依拠するならば、本人の真摯な意思は、医師による臨床上の判断の重視によって、覆される可能性が高いのではないかと思う。その上、医師は臨床上の判断に反する方法で患者を治療をすることを求められないということが判例上確立されている。(中略)意思決定能力がない患者の最善の利益は、臨床上の最善の利益と同義ではないだろう。裁判所は、患者の最善の利益を考慮するにあたって、本人の希望や価値観を含めるべきである。」71

「臨床上の判断が分かれている場合、親の信念は優先するべきだろう。また、子の生命に関わらない日常的医療の場合にも、できる限り親の信念が優先されるべきだろう。裁判所は、裁判所の許可により輸血を受けた後の親子関係だけではなく、親子と同じ宗教の信者たちとの関係も考慮して、子の最善の利益を決定する必要があると思う。」71−72


UP: REV:20090306, 20100624
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