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天田 城介
あまだ・じょうすけ
http://www.josukeamada.com


・社会学
・熊本学園大学助教授(〜2006.03)→立命館大学大学院先端総合学術研究科

■2008年度(彙報より)

◆書いたもの(論文その他)
・2007/05/01 「老い・1」(世界の感受の只中で・01)『看護学雑誌』(Vol.71 No.05).446-470.医学書院.
・2007/06/01 「老い・2」(世界の感受の只中で・02)『看護学雑誌』(Vol.71 No.06).554-558.医学書院.
・2007/06/04 「難病を生きるということ」.大北全俊・桑原英之・高橋綾編『事例でまなぶケアの倫理』メディカ出版.89-94.
・2007/06/23 「自明な世界を記述することの社会学的困難を痛感する書として」『図書新聞』2826号.
・2007/07/01 「老い・3」(世界の感受の只中で・03)『看護学雑誌』(Vol.71 No.07).644-648.医学書院.
・2007/08/01 「老い・4」(世界の感受の只中で・04)『看護学雑誌』(Vol.71 No.08).740-744.医学書院.
・2007/09/01 「老い・5」(世界の感受の只中で・05)『看護学雑誌』(Vol.71 No.09).834-838.医学書院.
・2007/09/01 「〈老い〉の身体――身体の異なりの境界はどこにあるのか?」.財団法人たばこ総合研究センター発行.『TASC MONTHLY』2007年9月号(No.381).6-15.
・2007/09/30 「福祉ボランティアの位置を見定めること――《生きる価値》と《つながり》の称揚によって失われるもの」.朝倉美江・三本松正之編『福祉ボランティア論』有斐閣.85-102.
・2007/10/01 「老い・6」(世界の感受の只中で・06)『看護学雑誌』(Vol.71 No.10).928-932.医学書院.
・2007/10/01 「書評:山本直美著『「居場所のない人びと」の共同体の民族誌――障害者・外国人の織りなす対抗文化』」.財団法人鉄道弘済会発行.『社会福祉研究』第100号.
・2007/10/18 「死に放擲される老い――事態の深刻さに対する倫理」.日本医学哲学・倫理学会発行.『医学哲学 医学倫理』第25号.131-136.
・2007/11/01 「老い・7」(世界の感受の只中で・07)『看護学雑誌』(Vol.71 No.11).1018-1023.医学書院.
・2007/12/01 「ケア・1」(世界の感受の只中で・08)『看護学雑誌』(Vol.71 No.12).1110-1114.医学書院.
・2007/12/01 「《底知れぬ逃れ難さ》と《背負わざるを得ない負担》から抜け出ること」ロシナンテ社編集・発行.『むすぶ』'07年12号(No.443).18-21.
・2008/01/01 「ケア・2」(世界の感受の只中で・09)『看護学雑誌』(Vol.72 No.01).64-69.医学書院.
・2008/01/15 「この世界を社会学すること・1」(OTのための教養講座 Lesson2:社会学)『作業療法ジャーナル』(42巻1号).55頁.三輪書店.
・2008/02/01 「ケア・3」(世界の感受の只中で・10)『看護学雑誌』(Vol.72 No.02).154-158.医学書院.
・2008/02/15 「この世界を社会学すること・2」(OTのための教養講座 Lesson2:社会学)『作業療法ジャーナル』(42巻2号).183頁.三輪書店.
・2008/02 「視察報告」「公開研究会での報告」「公開研究会でのコメント」.日本建築学会高齢者居住小委員会発行.『高齢者居住をめぐる計画視点――小委員会による視察事例報告・公開研究会の記録(暫定版)』.
・2008/02/29 「書評:細田満和子著『脳卒中を生きる意味――病いと障害の社会学』」社会福祉学会発行.『社会福祉学』Vol.47, No.4.204-207.
・2008/02/29 「(指定討論者としてのコメント)」.立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点発行.『PTSDと「記憶」の歴史――アラン・ヤング教授を迎えて』(生存学研究センター報告1).84-87.
・2008/03/01 「ケア・4」(世界の感受の只中で・11)『看護学雑誌』(Vol.72 No.03).248-252.医学書院.
・2008/03/01 「死の贈与のエコノミーと犠牲の構造――老い衰えゆく人びとの生存という戦術」.『現代思想』(2008年3月号/第36巻3号).82-101.青土社.
・2008/03/07 「(栗原先生への質問)」「あとがき」.立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点発行.『時空から/へ――水俣/アフリカ…を語る栗原彬・稲場雅紀』(生存学研究センター報告2).58-63.155.
・2008/03/15 「この世界を社会学すること・3」(OTのための教養講座 Lesson2:社会学)『作業療法ジャーナル』(42巻3号).239頁.三輪書店.
・2008/03/30 「〈老い〉の倫理学――〈老い〉を現出させる力能から/へ」.日本倫理学会発行.『倫理学年報』第56集.63-78.

◆話したこと(講演その他)
・2007/04/07 「老い衰えゆくことをめぐる困難――何がいかに問われたのか?」.立命館大学土曜講座2007年4月「「生存学」の創成――障老病異と共に暮らす世界へ」.於:立命館大学衣笠キャンパス末川記念会館.
・2007/05/20 「高齢者ケア」の司会.第33回日本保健医療社会学会大会.於:新潟医療福祉大学.
・2007/07/21 「全体討議コメント」.立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点公開企画「PTSDと「記憶」の歴史――アラン・ヤング教授を迎えて」.於:立命館大学衣笠キャンパス以学館.
・2007/07/22 「〈人間〉を問うことの危うさについて」.NHK学園「人間学」講義.於:関西大学天六学舎.
・2007/07/30〜2007/08/02 「社会環境特殊講義」.大阪府立大学大学院人間社会学研究科集中講義.於:大阪府立大学.
・2007/08/02 「<異なりの身体>を社会学する――老い・障害・病いに照準して」.スティグマとノーマライゼーション研究会.於:大阪府立大学.
・2008/08/03 「何を、どのように、いかなる方法で記述するのか?・2」.平成19年度九州国立看護教育学会.於:KKRホテル博多.
・2007/08/06〜2008/08/08 「専門社会調査演習3(質的調査法)」.立教大学大学院コミュニティ福祉学研究科集中講義.於:立教大学新座キャンパス.
・2007/08/12 「全体コメント」.認知症プレセミナー.於:ひと・まち交流館3階.
・2007/09/06 「(質問)」.立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点研究会「歴史の中における問い――栗原彬先生に聞く」.於:立命館大学衣笠キャンパス創思館403・404.
・2007/09/08 「介護・世代間援助」の司会.第17回日本家族社会学会大会.於:札幌学院大学.
・2007/10/14 「〈老い〉の倫理学」の社会学序説」.日本倫理学会大会第58回大会.共通課題「老い」シンポジウム.於:新潟大学.
・2007/10/21 「(コメント)」.第11回ホスピス市民講座シンポジウム.於:甲南大学平生記念セミナーハウス.
・2007/10/22 「死に放擲される老い・2」.第16回認知症介護研究会.於:高齢者福祉総合施設ももやま交流室.
・2007/10/27、2007/11/24、2007/12/15 「社会コミュニケーション理論」.お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科集中講義.於:お茶の水女子大学.
・2007/11/19 「死に放擲される老い・3」.老いと死に関する研究会.於:ハワイ大学マノア校.
・2007/12/06 「老いと高齢化の社会理論の可能性」.淑徳大学大学院総合福祉研究科社会学専攻「現代社会学特殊講義」.於:淑徳大学.
・2007/12/26 「社会学特講」.筑波大学大学院人文社会科学研究科集中講義.於:筑波大学.
・2007/12/02 「(コメント)」.第3回老い研究会.於:立命館大学衣笠キャンパス創思館312.
・2008/03/29 「(コメント)」.第4回老い研究会.於:立命館大学衣笠キャンパス創思館416.

◆学会における活動
所属学会:日本保健医療社会学会、日本老年社会科学会、日本社会学会、関東社会学会、日本社会福祉学会、日本家族社会学会、家族問題研究会、日本認知症ケア学会、福祉社会学会、障害学会、日本社会学理論学会。

・2000年〜現在 日本建築学会高齢者居住小委員会 委員
・2005年〜現在 日本認知症ケア学会 評議員
・2006年〜現在 日本社会福祉学会 査読委員
・2006年〜現在 日本老年社会科学会 査読委員
・2006年〜現在 日本社会学理論学会 専門委員
・2007年〜現在 日本認知症ケア学会 査読委員
・2007年〜現在 日本保健医療社会学会 理事
・2007年〜現在 障害学会 会計監査
・2007年〜現在 日本家族社会学 専門委員
・2007年〜現在 日本保健医療社会学会機関誌編集委員長
・2008年〜現在 日本認知症ケア学会機関誌「認知症ケア事例ジャーナル」査読委員

■2007

◆2007/01/30 『〈老い衰えゆくこと〉の社会学〔普及版〕』,多賀出版.A5版.606頁.ISBN:978-4-8115-6362-6.5,000円(税込価格 5,250円)
 http://www.josukeamada.com/bk/books3.htm
◆2007/02/**.「二重の宿命による《生の根源的肯定》の(不)可能性」
 日本保健医療社会学会発行『保健医療社会学論集』第17巻2号.P12〜P27.
 http://www.josukeamada.com/bk/bpp39.htm
◆2007/02/15.「ドゥルーズ」「デリダ」
 http://www.josukeamada.com/bk/bp13.htm
 土井 文博・萩原 修子・嵯峨 一郎 編 20070215 『はじめて学ぶ社会学――思想家たちとの対話』,ミネルヴァ書房,260p. ISBN-10:4623047369 ISBN-13: 978-4623047369 2940 [amazon][boople] ※ b
 天田「デリダ」「ドゥルーズ」 192-196.243-247.
 →Derrida, Jacques
……

■20060513 「〈老い衰えゆく身体を生きる〉を記述することの困難」
 第32回日本保健医療社会学会大会 メインシンポジウム
 抄録:http://www.josukeamada.com/bk/bsp91.htm
 「病い・老い・トラウマを生きる―保健医療の対象者像(他者像)の再発見」
 2006年5月13日(土).15:40〜18:00.於:立教大学池袋キャンパス


■20030228 『<老い衰えゆくこと>の社会学』,多賀出版,595p. ISBN:4-8115-6361-1 8925 [amazon][kinokuniya]/[boople][bk1] ※ a06.

  *第3回日本社会学会奨励賞[著書の部]受賞

◆内容説明[bk1]
老い衰えてゆく当事者と、彼・彼女らに介護を提供する成員たちとの関係性はどのように変容していくのか。老い衰えてゆくという現実はどのようにして行為遂 行的に作り出されているのか。これらを社会学の視座から明らかにする。

◆田賀出版のHPより「内容概略」
 http://www.taga-shuppan.co.jp/books/books.php?id=582
 「本書では、痴呆や慢性疾患を抱えて生きる高齢者、あるいは彼/彼女らを介護する人々の視点に徹底的に照準化した上で、そうした当事者から見た〈老い衰 えゆくこと〉の生活世界を剔出し、高齢者が老い衰えゆくなかで人間と人間の関係性がどのように変容していくのかを鮮明に析出している。加えて、本書では施 設介護、在宅家族介護、高齢夫婦介護という三つの実際の現場におけるインテンシブなフィールドワークに基づいた緻密かつ大胆な実証研究が展開されていると 同時に、その結果を踏まえた上で新たな理論的地平を切り拓いている点こそ、本書の紛う方なき功績である。
 本書は、以上のような理路を経た上で、はじめて〈老い衰えゆくこと〉を「政治的出来事」として照らし出した先駆的研究である。その意味で、社会学や社会 福祉学や看護学などの領域の研究者のみならず、実際に高齢者福祉の現場で働く人々、あるいは自ら老いを迎えつつある人々や親の老いを看ている人々にとって 必読の書である。」

◆20031221 鷲田清一 書評
 『朝日新聞』2003-12-21
 (1)『レイアウトの法則 アートとアフォーダンス』(佐々木正人著、春秋社・2300円)
 (2)『午後の蜜箱』(稲葉真弓著、講談社・1700円)
 (3)『<老い衰えゆくこと>の社会学』(天田城介著、多賀出版・8500円)
 「ものの、ひとの、肌理(きめ)に深く感応した書物を三つ。(1)は、「輪郭と言語」に拉致された「物」の世界から、「もの」の肌理が錯綜(さくそう)し変圧しあう知覚と表現の風景を取り戻す、生態心理学の成果。ひとの小さな行為への、骨太の問いかけと繊細な感度とひとを深く愛(いとお)しむ心とが美しく織りあわされている。かつて哲学のものとされた世界への「驚き」が、いまはこの、世界の出現を再定義しようという研究に充満している。
 (2)は、独り暮らしのなかの物と音と空気のひそやかな触感をなぞり、絡まりを拒みながらほのかに惹(ひ)かれ揺らいでしまう、他者との不安定な距離感を描いた短編集。(3)は、特養でのフィールドワークをもとにした痴呆(ちほう)性老人介護の研究。言葉の刃とそれを収める諦(あきら)めとが交錯する高齢者の「親密性」の肌理について、私はうんと年下の研究者からたっぷり教わった。 」

◆200506 「第3回日本社会学会奨励賞【著書の部】受賞者「自著を語る」/受賞作:天田城介,2003,『〈老い衰えゆくこと〉の社会学』多賀出 版」
 日本社会学会発行『社会学評論』221号(Vol.56, No.1)

◆目次
序 章 研究の目的と意義
 〈老い衰えゆくこと〉へのまなざし
 本研究の主題設定と方法論
 本研究の構成
第一章 視座とアプローチ――自己と他者
 自己と他者――「再帰性」の視点から
 「絶えざる・寄る辺なき再帰性による物語」
 「儀礼」と「物語」の解読
 方法論における〈視線〉の二重性――社会学の「語る」場所
第二章 老年学の現在
 高齢社会の歴史性
 老年学の現在
 高齢社会におけ再帰的エイジング
 〈老い衰えゆくこと〉の社会学に向けて
 老い衰えゆく自己と他者
第三章 施設において老い衰えゆく身体を生きるということ――「痴呆性老人」によるアイデンティティ管理と施設介護
 〈老い衰えゆくこと〉と相互作用秩序
 ロビーにおける「痴呆性老人」の関係性分析
 「痴呆性老人」における/をめぐる相互作用の諸相
 施設介護における「痴呆性老人」へのケアの実践の構築 
第四章 在宅で老い衰えゆく身体を生きる家族を介護するということ――「痴呆性老人」と家族介護者の相互作用過程
 〈家族〉による介護の困難性
 「痴呆性老人」と家族介護者における相互作用過程
 家族介護者をめぐる相互作用ダイナミズム
 在宅家族介護における「痴呆性老人」へのケアの実践の構築
第五章 老い衰えゆく高齢夫婦の〈親密性〉の変容――〈老い衰えゆくこと〉の意味をめぐるエスノグラフィー
 老い衰えゆく自己と他者
 老い衰えゆく高齢夫婦をめぐる〈親密性〉の変容
 高齢夫婦における〈親密性〉の達成
 高齢夫婦介護における老い衰えゆく人々へのケアの実践の構築
第六章 老い衰えゆく身体を生きる――〈老い衰えゆくこと〉の困難と可能性
 「市民社会」における〈老い衰えゆくこと〉の構成
 〈老い衰えゆくこと〉の語り難さ・語り得なさ
 〈ケア〉の困難と可能性――暴力としての介護
終 章 〈老い衰えゆくこと〉の社会学による新たな地平へ

◆引用 http://d.hatena.ne.jp/K416/20050621
 「ここで決定的に重要な要件は、「他者の有する意味の秩序」である。しかし本質的に私にはその他者の意味の有する意味の秩序を完全に把握することは不可能である―私にはそれは分からない!
 であるからこそ、我々が他者に対して「分からない」と言うことは、我々はそれによってむしろ「いつか分かるかもしれない」という希望を―到達不可能ではあるが、それ自体を希求する希望を―あらわしているのだ。」(p.543)

◆引用
 →立岩 2006/03/25「天田城介の本・1」(医療と社会ブックガ イド・58),『看護教育』47-03(2006-03):-(医学書院)

 第二章 老年学の現在

 「近代社会における「暦年齢の絶対化」によって「老人」は匿名的カテゴリーとして構築され、それは同時に「老人神話」をも創出した。ところが、1970年代における「老人」から「高齢者」へのネガからポジへの価値転換はかつての高齢者像の呪縛からの解放を謳いながらも、いよいよ他者のケアに依存しなくては生きられない状態となった「老い衰えゆく」人々を「医療」「福祉」の世界に囲い込む結果となった。」(p.108)

 終章 〈老い衰えゆくこと〉の社会学による新たな地平へ

 「現代の老いを生きる人々は、老年期においても絶えず自らの身体を制御し、かつての価値や制度を吟味・改編の対象としつつ、自らが何者であるかを自問・再認する<再帰的自己>であることを暗黙のうちに命令されている。[…]こうした「絶えざる・寄る辺なき再帰性による物語」としての自己は、自らの存在が価値あるものであることを証明しようとしてアイデンティティ管理に躍起になり、また自己内部の<他者>としての発見とパラレルな形で、自己外部にある<他者>を発見/創出する[…]そして更には<他者>として発見/創出された人々は自らの自己の否定性を何とか返上しようと更なるアイデンティティ管理の実践へと囚われてしまう[…]」(p.518)

 「結局のところ、「痴呆」とは<自己同一性>規範を参照・媒介にすることで「自己や心を喪失する」「病気」であるかのように見え・思え、その結果「痴呆」と名付けられており、その機制はそうした<生>をあたかも彼岸へと変移したしたものとして、あるいは死よりも否定的な<生>として了解することを基盤として成立しているのである。
 とすれば、これまで先行研究で指摘されてきたような医療化によって「痴呆」が作られたという「テクノロジー決定論」は論理的な説明力を欠いており、むしろ近代社会が<自己同一性>とその前提たる全能的不死観としての<生>を欲望するがゆえに、「医療化」が産出・徹底化され、「痴呆」が作りあげられた、と考えるべきであろう。
 すなわち、先述したように、高齢社会における近代的自己の人生全般への拡大化・普遍化によって登場した「主体的高齢者」と、医療化によって「発見」された「痴呆性老人」は、言わば<自己同一性>の原理を母体として生み出された双生児・分身なのだ。」(p.531)

 そういうことではある。…。で、…。

 「<老い衰えゆくこと>をめぐるケアを媒介にした間身体性、すなわち「応答可能性としての主体」どうしの<あいだ>では、高齢者が「存在していること/存在してきたこと(be)」によって、あるいはその来歴によって、介護提供者も自らの「存在していること/存在してきたこと(be)が身体に繋ぎとめられ、また他者が語る言葉や声にもならない呟きや嘆きや叫びを通じて、お互いに「他者がいまここに現に・共に生きて在ること」を肯定することが可能化するのである。」(p.533)




■20040330 『老い衰えゆく自己の/と自由――高齢者ケアの社会学的実践論・当事者論』,ハーベスト社,394p. ISBN:4-938551-68-3 3800 [amazon][kinokuniya][boople][bk1] ※ a06.

◆内容説明[bk1]
一見不自由に見える「老い衰えゆくこと」にはもっと積極的に掬い出されるべき「自由」もあるのではないか? 高齢者ケアの現場にある老い衰えゆく当事者との「呼びかけ」と「応答」のあいだにある「自由」について考察する。

◆ハーベスト社のHPより「「序」の抜粋」
 http://www.harvest-sha.co.jp/books/0068amadaPre.html

◆田島明子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)*による紹介
 http://www5.ocn.ne.jp/~tjmkk/hon005.htm
 *http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/g/ta01.htm

◆目次

序 老い衰えゆく当事者の〈語り得ぬもの〉を「語る」ということ

第一章 高齢者ケアの現在性
―小規模多機能サービス拠点論で捨象・忘却される〈現実〉―
第1節 小規模多機能サービス拠点論
第2節 高齢者介護倫理のパラダイム転換―ケア倫理の高度化
第3節 宅老所運動とグループホームの展開
第4節 宅老所・グループホーム・ユニット化・小規模多機能ホーム・
     地域分散型サテライト化へ

第二章 〈老い衰えゆくこと〉の語り難さ・語り得なさ
―〈老い衰えゆくこと〉と〈ケア〉の根源的暴力性―
第1節 〈老い衰えゆくこと〉の根源的暴力性
第2節 〈ケア〉をめぐる根源的暴力性
第3節 「抜き差しならぬ関係」の強化という悪循環
第4節 老い衰えゆく身体を生きる

第三章 老い衰えゆく当事者のアイデンティティの保ち方
―施設介護・家族介護・高齢夫婦介護の困難―
第1節 施設介護の場における当事者たちのアイデンティティの保ち方
第2節 家族介護の場における当事者たちのアイデンティティの保ち方
第3節 高齢夫婦介護の場における当事者たちのアイデンティティの保ち方
第4節 「公/私の境界設定」によるアイデンティティの政治学

第四章 高齢者ケアの社会学的実践論・当事者論
―自己で在る/他者で在ることの可能性―
第1節 受動性への能動的志向
第2節 「よりましな場」への志向性
第3節 弱さの情報公開
第4節 場の力
第5節 承認と葛藤の場―主体と主体がぶつかる場
第6節 ケアの意味の過剰性の脱色
第7節 関係性の緊縮と弛緩―〈ケア〉の偶然性
第8節 脱自己制御化/脱相互依存化
第9節 「べてるの家」の社会学的実践論・当事者論

第五章 老い衰えゆく自己の/と自由
―《他者》との邂逅―
第1節 〈自由〉の/という空間
第2節 自己と自由―「自由」と「社会」の順接/逆接
第3節 自由と正義―〈他者〉と邂逅する場所で
第4節 分配による贈与と承認・肯定について
第5節 老い衰えゆく自己の/と自由へ

◆引用 http://d.hatena.ne.jp/K416/20050621
 「私は存在を引き渡され、与えられているという意味で、受動的である。が、この受動性それ自体を能動的に措定する。というのも、私の存在を与えるところのもの、私の存在を受動性として構成するところのものは、私の能動的な規定には完全に従わず、疎遠性・他者性を解消できない。(略)(しかし:引用者注)その根源的受動性を起点にした「受動性=能動性の不均衡を孕んだ循環」を介して、私たちは「人間以下」の状況に曝されながらも沈黙するしかない「ゴースト・ドッグ」のことを忘却しているという事実によって、あるいは忘却可能ならしめている空間に私たちが立っているという事実によって、自らの立場性を痛感するであろうことから(共振=「蜂起」(フーコー)が:引用者注)始まるのではないか、と思う。こうした事実によって、私たちはそれまで忘却してきた「ゴースト・ドッグ」からの声(それは沈黙であるしかない声であるのだが)に当然曝されることで、自らのアイデンティティを脱臼=転位(dislocating)することが可能となるのである。現在、私たちに問われているのは、自らの〈アイデンティティ自己同一性〉を脱臼=転位させながら、他者のその「呼びかけ」の声にいかに応答するか、そしてどのように根源的偶有性を自らの内に開口することが可能であるのかである。こうした他者の根源 的受動性を前にして私たちに根源的偶有性が触発されることを通じて、自らが受動的であることを能動的に志向する回路が開かれたとき、〈わたし〉と〈あなた〉の〈あいだ〉に「呼びかけ―応答」の交通が可能となるのである―不可能としてありながら。」(pp.342-8)




◆20040330 「感情を社会学する――看護・福祉の現場における感情労働」
 早坂・広井編[2004:119-139]*
*早坂 裕子・広井 良典 編 20040330 『みらいを拓く社会学――看護・福祉を 学ぶ人のために』,ミネルヴァ書房,264p.ISBN:4-623-03993-5 2600 [amazon][boople] ※
 1 感情を社会学する
 2 感情の社会学の系譜
 3 感情管理と感情労働
 4 感情労働をめぐるジェンダー
 5 看護・福祉の現場における感情労働
 cf.感情

◆20041231 「抗うことはいかにして可能か?――構築主義の困難の只中で」,『社会学評論』55-3(219):223-243




◆言及

◇立岩 真也 2004/02/01 「二〇〇三年読書アンケート」
 『みすず』46-1(2004-1・2)
◇立岩 真也 2005/08/25 「『児童虐待と動物虐待』」(医療と社会ブックガイド・52)
 『看護教育』46-08:(医学書院)
◇立岩 真也 2006/03/25 「天田城介の本・1」(医療と社会ブックガイド・58)
 『看護教育』47-03(2006-03):-(医学書院)
◇立岩 真也 2006/04/25 「『認知症と診断されたあなたへ』」(医療と社会ブックガイド・59)
 『看護教育』47-04(2006-04):-(医学書院)
◇立岩 真也 2006/05/25 「次に何を書くかについて――天田城介の本・2」(医療と社会ブックガイド・60)
 『看護教育』47-05(2006-05):-(医学書院)
◇立岩 真也 2006/05/** 「欲望のかたちについて・1――良い死・10」
 『Webちくま』
◇立岩 真也 2006/06/25 「『ケアってなんだろう』」(医療と社会ブックガイド・61)
 『看護教育』47-06(2006-06):-(医学書院)


■表紙写真

『みらいを拓く社会学――看護・福祉を学ぶ人のために』


UP:20040610 REV:0611 20050208 20060107,08,0321,23 0506 0824,20080627
社会学(者)  ◇老い  ◇WHO 

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