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東京女子医科大学/東京女子医大





◆2002/07/19 <記者の目>東京女子医大病院事件 小出禎樹(東京社会部)
 毎日新聞ニュース速報

 「生きている患者の方が大事ですから」。私は、その言葉だけは許せない。「亡くな
った平柳明香(あきか)さん(当時12歳)の両親に事故の原因をなぜ説明しないのか
」と尋ねた時だった。東京女子医大病院の手術ミス・隠ぺい事件で、2人の部下が逮捕
された元主任教授(66)は、今も両親に謝罪さえしていない。この小児心臓外科の世
界的権威が、たくさんの小さな命を救ってきたことは事実だ。しかし、医師の倫理を忘
れ、部下の監督を怠った責任は免れない。

 証拠隠滅容疑で逮捕された担当医の瀬尾和宏容疑者(46)は、明香さんの症状を軽
く見せるため、瞳孔の大きさを7ミリから4ミリにカルテを書き換えていた。2月初め
、上司の元主任教授に説明を求めると「こんなもん本当に改ざんか。冗談じゃないよ」
と怒り出した。「瞳孔の大きさは変わるもんだ」。そう弁解した。

 ミスを認めた大学の調査報告書にも「こんな文書を両親が見たら、怒りますよ」と不
満を述べた。ミスがないと思っていた両親に、わざわざに知らせても意味がないという
理屈である。

 ミスの責任は感じないのか。その問いに対しても「ほかにも重症の患者がたくさんい
る。そっちに集中してしまう」とはぐらかした。「残念ですね」。明香さんへの思いを
語った言葉は、それだけだった。

 元主任教授の循環器小児外科は、約70人の医師を抱える。主任教授になる一歩手前
の教授時代と合わせると20年間、医局を率いた。循環器小児科の前身である循環器外
科の主任教授ポストをめぐってライバルとし烈な争いを演じ、3回の選挙でも票が割れ
て決着しなかった。

 病院は結局、85年に「成人」と「小児」の二つの科をつくり、2人をそれぞれ主任
教授にする前代未聞の収拾を図った。元主任教授は、もう一人を「あいつは、おれの足
を引っ張ってきた天敵だ」と、あからさまに批判した。

 つかみ取った主任教授の座は、まさに権力の中枢である。すぐ上には病院付属日本心
臓血圧研究所の所長、その上司には病院長がいる。しかし、病院関係者は「医局は独立
した世界。病院長でも医局の人事や診療内容には一切、口出しはできない」と明かす。

 その医局で、医師たちは元主任教授をどう見ていたのか。「治療への熱意はすごい。
学会で業績をアピールするのに忙しい人もいるが、それに比べれば偉い」。「腕は超一
流。やっかむ人も出てくる」。教授室でも手術のシミュレーションを重ねていたエピソ
ードも残る。

 信奉者は医局の中に意外なほど多い。しかし、患者・家族への思いやりは、感じられ
ない。

 元主任教授は、患者側へのインフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)
について、こう言った。「最近の親は権利意識ばかり強い。説明するのが義務といって
も、(診療報酬を請求できる)保険点数にもならない」。その考え方は、両親にミスを
伏せてあいまいな説明をした瀬尾容疑者にも通じる。

 これは元主任教授の資質だけの問題だろうか。元医局員の説明が印象深い。「大学は
主任教授たちに、客(患者)を集めることしか期待していない」。難しい手術や治療に
成功すれば、病院の名声は高まる。事故が起きれば隠したがる。その体質は経営姿勢を
反映しているのではないだろうか。

 当然、教育機関としての医局の役割も軽視される。元部下は「先生は若い医師たちを
育てることにはほとんど関心がなかった」と振り返る。これは東京女子医大に限らない
。別の大学病院の医師は「部下が医療事故を起こして多額の賠償金を支払うことなった
ら、知らん顔で逃げてしまう教授が多い。自分が教育すると言って医局に入れたのに」
と指摘する。

 2人の医師は19日に起訴される見通しで、捜査は一つの区切りを迎える。しかし、
元主任教授に対する両親の疑念は、日ごとに膨らんでいる。

 「大丈夫かな」。明香さんは手術前、家族の顔を不安気に見つめたという。両親は迷
った末、「心臓手術では日本一の病院だから」と決断し、手術室に見送った。

 死を償うすべはない。元主任教授はせめて自ら両親に真実を語り、謝罪するべきでは
ないか。
[2002-07-19-00:50]

REV: 20161129
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