|
>HOME >Tateiwa 医療の現代史のために 2 立岩 真也 20020401 『現代思想』30-05(2002-04):41-56 http://www.seidosha.co.jp/ ■20031101 特集:争点としての生命 『現代思想』31-13(2003-11) 1238+税=1300 ISBN:4-7917-1112-2 [amazon] ■20041101 特集:生存の争い 『現代思想』2004年11月号 32-14 1300円(本体1238円) ISBN:4791711297 [amazon] ※ 「私は突然、正しい本の正しいページをめくったらしい。そこには私がいたのである。 単なる偶然と片づけるには、あまりにもあてはまることが多すぎた。ところが、…先生は…あくまでも家庭環境のせいだという立場を崩さなかった。…こういう人たちにかかると、脳に損傷があると言われてしまうんですよ、そして、うまく行かないことは何でもかんでも、脳の損傷のせいだといって片付けられてしまうんですよというのが先生の話だった。」(Gerland[1997=2000:257]) 3 原因の帰属先のこと 1 前言 前回(2月号)、医療と社会のことを考える時にまずふまえておいてよい基本的な要素を示し(第1節)、その上で事態の捉え方についていくつかのことを記した上で、ここ三、四十年の間に何が問題にされてきたのかを検討するとよいと思うと述べた(第2節)。そこで、病気に対する対処法を間違っているから別のものを代わりに示そうという動きについて(第3節1)、得るものと失うものをもっと広くとらえ、医療にともなう本人の支払いを点検し、もっと大切なものがあるかもしれないから得失を計算しなおそうという動きについて(第3節2)記した。今回から、「社会」に問題を、というより原因を見出すあり方の意味とその限界について考える★01。 原因として名指されるものが間違っているという批判がある。そして、原因と対処法は結びつけられ、原因を間違えれば対処法も間違えるとされるから、それは対処のあり方についての批判にも関わる。その批判は具体的には原因の帰属先として代わりに社会を名指す。その意義は失われないのだが、しかしここでもそれだけを言っていればよいというわけにはいかない。むしろここで考えたいのは、社会要因説に対する当事者側からの否定・批判をどのように捉えたらよいのかである。ただそれは次回に持ち越される。第3節3ということになるこの項は、前回との均衡を失して長くなってしまう。 社会科学者は、職業柄、はじめから社会要因説の肩をもってしまいがちなところがあるのだが、それがどこまでの有効性をもつのかは測っておいてよい。そのある部分、家族、とくに母親(の関わりの不在)に原因があるといった説とその批判の経緯についてはある程度の研究もあり知られているから文献をあげたりする必要もない一方で、まだあまり記述されていない領域も多い。その歴史もまた辿られるとよい、ここでもただそれだけのことを言おうと思うのだが、それでも少しのことを記していくにあたり、ことわるまでもないことわりと、考えるべき課題を、合わせて四つ。 一つ、もちろん原因の捉え方はそれぞれの病気によって異なる。例えば精神医療の領域に起こった議論は、それ以外の病気に関わる人たちにとっては縁のない、なんだかわからないものだろう。もちろん個別に考えていくことが、ここでもそうした作業に入っていくことが私にはできないのだが、大切なのではある。ただそれにしても、原因を問題にするという営みになにがしかの共通性のようなものがあることも否定できないなら、ごくおおまかな記述にもいくらかの意味はあるだろう。 一つに、やはりもちろん、原因は一つと定まっているわけではなく、二つか三つで行き止まるとも限らない。社会かその人個人かというときにも、両者は排他的でなく、どちらか一つでないとならないのでもない。発熱しているのが今苦しいことの原因だとして、さらにその発熱には何かのわけがあり、そしてそのわけにも何かわけがあったりする。細菌の感染がその病気の直接の原因だと言えたとして、その発症や症状の悪化には栄養状態が悪いことが──もちろん摂り過ぎが、ということもある──関わっており、さらになぜ栄養状態が悪いのかと言えばそれは貧しいからだといったことがある。また例えば問題は家族にあるのか、学校なのか、それとももっと広いところなのか。両方が同時に関わっているということもあるだろううし、また例えばひとまず家族だと言えたとして、家族を規定しているのはもっとも広い社会だという場合もある。どこまでの範囲に原因、問題を見るのか、それが争点にもなる。 もう一つ、その病がどのようにして生ずるかということと、病と呼ばれるものがどのように価値づけられ意味づけられるか、扱われるか、なおされようとするかということとはひとまずは分けられる。 他と区別されたものとして名づけられることも現われることだとは言える。また、どのようなものと受け止められかということの中にこれこれの原因によってかかる病気であるという了解も入っているだろう。そのことを認めながら、例えばしかじかのわけで肝炎にかかることと、それがどう受け止められそこにどのようなことが起こるかとは分けられる。ある状態を問題のある状態、病気と規定することも、その状態がどう作られたかと、いちおうは別のことである。病理だとされているものが病理でも問題行動でもないという捉え方はあり、社会を問題にする議論の中で言われてきたことの中ではむしろこの指摘の意味の方が大きいかもしれない。だが、例えば子どもが学校に行かないことが「病理」とみなされることと、その子が学校に行かないわけがあることとは──行かないのはおかしいという前者のような了解があるために学校に行かなくなるという後者の現実が生ずることはあるにせよ──分けられる。 また、問題の原因がここにあるということと、だからそこに働きかけ問題を解決するということともすぐにはつながらない。私はこれは重要な点だと思う。それは事態をどう分節できるかという前段に記したことだけに関わるのでなく、第二点として記した因果の複雑さや、前回に記した受け取るものと支払うもの、そして誰にとっての受け取り、支払いなのかという点にも関わってくる。 こうした比較的単純なあるいは単純でない区別に関わる非意図的なあるいは意図的な混同がいくつかの混乱をもたらすことがあるのを後に見ることになるだろう。そしてこの混同は医療批判への反批判の中にも見られる。それは批判を病気の原因論についての批判と捉え、それがなんでも原因を社会に還元してしまう点で間違っていると批判するのだが、しかし実際に批判はそのような構造になっているのか。あるいは、そうした部分があるとして──主張の一部にあることは認めよう──それを否定すれば、批判のすべては否定されたことになるのか。批判の中心、主要な論点はそこにあるのか。 そしてもう一つ、原因を問題にするということをどう考えたらよいのか。それが原因であると自分に都合がよいから、そのように思いたいから思うということはたしかにしばしばある。それに対して、原因自体は、いまは知られていないとしても、はっきりしているのだからこれは事実問題であり、まず原因を確定することだという考え方もある。そして事実からずれる分について、間違い、恣意的な解釈、作為的な操作があったと言えばよいとする。すると歴史は、どれだけ事実を自分の都合のよいように捩じ曲げてきたか、その歴史だということになる。しかしそのように捉えれば終わりなのか。一方では、それだけのこととは思えない。どちらが正しいかという問題だと言えないように思える。だが他方では、このような問い方を落とすこともできないと思う。本当の原因が看過され、隠蔽されてきたことを指摘し、真実を明らかにしそれをもって責任を追及したり事態を改善することの意味を認めるべきだと思う。とすると、原因について言われてきたこと、言われていることを問題にするとはどういうことなのか。それについてある程度のことを言わないことには、この主題について何か言うことにはならないだろう。ひとわたりのことを述べた後に考えを記そうと思う。 2 社会という帰属先 (1) 批判としての社会要因論 ひとまず、人には、なにごとかの理由、原因を求めてしまうことがあり、病についてもそんなことがあるとしよう。そしてその因果はあまり複雑でなく、わかりやすい方がよいということもある。その説明のされ方の一部として、社会のあり方が人の身体と心の苦しみを生じさせているという認識がいつ始まったか、これは問うても仕方のないところがある。暮らしのあり方や気持ちのもち方、人間関係のありようによって心身の状態が変わることはどんな時代にも知られ、誰もが日常的に経験している。 ただ、因果の了解を自生的なものとだけ考えることはできない。例えば家族をある方向に形成、整形しようとする力の働きがあって、問題、問題の源泉として家族が指定される。わかりやすさにしても、DNAが決めていると言われた方が、DNAがなんであるか少しもわかっていなくても、わかりやすいという状況がしつらえられもする。「社会的なもの」にしても様々ある。なかには政治体制や経済体制が名指された方がしっくりくる人もいるのだろうが、身近なところで家族が指差されればわかるような気になる人もいる。 ある人や社会全体の行ないに対する神の応報としての病、疫病といった理解、あるいは誰かに病をもたらそうとする人の意志に起因する病といった理解のある社会もある。ただ、原因としての神様や前世の所業等々はすくなくとも公式にはなかなか信じられないようになる。すると現世的な因果、要因が探されることになる。そして、社会が大きく変化し、その中にその変化に伴う問題、社会問題が生じ、そしてそれが解決されるべきものとして現われるのは、近代化とともにということになるだろうか。人の意志と行為の集積によって作られ、変えられるものとしての社会という認識があり──まったく不変のものであるとされれば、変更すべき要因として社会が浮上することはない──、そして大きな変化が起こっているという認識があり、社会問題として捉えられるものの増加が意識される。 働き暮らす環境によって健康状態が違ってくることが知られ、それは環境の差異自体が作り出していると捉えられる。その問題が解決・解消されるべきものだとして、社会に原因があるという認識は、問題を解決するには社会を変えなくてはならない、社会を変えなければ問題は解決されないという主張につながる。 他方には、それを遺伝的な差異として解釈しようとする人たちもいる。それは単純に現状の肯定、保守につながるのではない。優生学は、遺伝説を採用しながら、社会的な政策によって問題のある遺伝的性質の発現の度合いを制御しようとする。ただ、それは原因として指定するものが社会要因論と異なり、どこを問題にし、何を変えるかについて異なってくる。社会に第一義的な問題を見る立場にとって、社会を原因として指定せず生理的なところに問題を見ることは、一つに、問題であるところに手をつけないことによって既存の秩序を維持しようする保守派の主張として、一つに、間違ったかたちで社会に介入しようとする主張として批判される。 公害の激化もこうした認識を促す。もちろんここでは生理的な変化があり、生理的なものに関与する物質的なものが一次的な要因であることは否定されない。因果関係の病理学的な究明が目指されるのだが、その病理をもたらしたものは何か。例えば有機水銀という物質によってその病は引き起こされるのだが、その水銀を垂れ流し続けたのは企業であり、それを放置していたのは政府である。これも社会が作り出したものである。もちろんそうしたことは二〇世紀の後半に始まったわけではなく、文明がもらたす病という了解は以前からある。それでもひとときは、工業化の初期の粗暴さはたしかに問題ではあったにせよその非衛生的で非人間的な環境は次第に改善されていくはずだとも思われたのだが、どうもそのようには事態が進んでいるようではないことが感じられる。 こうして社会を指さす動きは、本質的で基本的な問題を隠してしまうことを指摘する。健康は栄養状態や衛生の状態によっておおむね規定されている。これは今もまったく過去のことではなく、現実のことである。であるのに、ただ近代的な医療技術・設備を導入しても効果的ではなく、問題は解決されない。なんとかしようとするなら、社会を、とくに社会的資源の配分のあり方を変える等が先決だということになる。 また、問題がせまい範囲で捉えられてしまうことは、個人、自分に負荷をかけることにもなると考える。社会がそうした状態を作り出しているのに、それを個人の病理に還元してしまうと言う。医療社会学もこのことを問題にしてきた★02。 以上は、社会に起こっていることを見た人たちが感じて言ってきたことだ。もう一つ、その社会の中の実際の医療の場において治療としてなされていることの効果が疑わしい、なおらない。それとともに、あるいはそれ以前に、人間的な扱われ方をされていない、むしろ加害的であることが認識される。もっぱら生理的なところに原因を見出し、そこに対処法を置こうとする発想のものでなされていることが効果的でない。というだけではなく、ひどいことがなされている。例えば精神医療の領域でロボトミーと呼ばれる脳の一部分の切除手術が無造作に広範に行なわれたのだが、それには効果がない、というより以前と別様に状態がひどくなってしまう人がいる。 述べたように、原因が生理的な部分にあるということと、その部分を治療するということは必然的に結びつくものではない。また、直接に現在の状態をもたらしているのが生理的な部分にあったとしても、あるいはその要因が大きいとしても、その見立てが間違っていれば、またやり方によっては、ひどい結果になることはある。だから例えば脳生理学的により正しい原因の解明、副作用の少ない薬物などより適切な治療法の開発を、というのがおおむねの方向となるのだが、そもそも生理的な問題でないとすれば、そうした前提に基づく治療は行なっても無益だということになり、それに歯止めをかけることはできる。そして、病院で人が人として遇されていないことにしても、すくなくともその一因を、病巣だけを探しそれを取り扱うだけの医療に求めることはできるはずだ。そのように思う人にとっても、社会的要因に起因する(がゆえにその人の社会的なあり方を大切にしなくてはならない)という説明は受け入れやすい。 (2)社会の維持のための社会要因論 このように社会性の指摘は社会の批判、社会における医療に対する批判と結び合うのだが、それとともにもう一つの面──とあらかじめ言うこともできないのだが──を見ておく必要がある。それは、医療、社会、近代社会にとってそれが容易に受容される可能性もまたあり、それに対してある種の生理還元説、生得説はあまり歓迎できないものでもあるということである。 一つには、当然のことなのだが、その指摘が妥当なものである限り、効果的である限り、あるいは都合のよいものである限り、その主張は人に、社会に歓迎され採り入れられるものであるということである。歴史の研究は、いかにこの社会が衛生的で健康な社会であるようにされてきたのかを明らかにしようとしてきたのだが、それは狭義の医療によってだけでなく、身体の鍛練、生活の規律等様々なものとの関わりでなされてきた。社会性の主張は、たんに実現されない医療批判、社会批判ではない。医学・医療にしても、社会的な要因を強調する部分は大きくあったのだし、やがてそうした色彩が薄れおおむね身体局在論の上に立つようになったと言ってよいにせよ、常にそのようでだけあるのではない。 しばしば体制側の了解、方向とそれに抗するものという図式に乗ってことは語られ、私たちもそれを反復してしまうのだが、その分割がどうなっているのかはそれ自体としてよく考えられるべきことである。それは「社会」という至極曖昧な言葉をどのように捉えるかにもよる。前回述べたのもこのこと、病にある当の人がいて、その人に対して医療という財を供給する人たちがいて、その周囲にもさらに人々はいて、それぞれが異なり、また各々の内部も一様ではないということである。そして、この誰にとってということにも対応して、社会的な要因を持ち出すその主張自体もまた、例えばある人たちは家族を指定するのだが、別の人たちはさらに広い社会を問題にするというように、指定する原因としてどこまでを見るのかについて変わってくる。 例えば環境的な要因による健康被害が存続することはこの社会にとって必然的なことあるいは必要なこととされると考えるのか、それとも成員の少なからぬ部分の不利益があるからにはそれは除去される方向に動くと考えるのか。社会を持ち出すことは、どのような人たち、どのような勢力にとって支持されるものだったのか、あるいは受け入れ難いものだったのか。それを見ないことには何も言ったことにならない。そしてこのことについての──例えば何を敵にまわすのか、何を味方とするのかについての──了解に応じて、医療をめぐる社会の動き、社会運動のあり方、それが位置する位置も異なってくる。これは、原因帰属の問題だけに関わることではない大きな主題であり、いくつかのことを述べた上で後でもう少し詳しく見てみることにしたい。ここでは予示しておくにとどめる。ただ、とくに原因論に関わることで一つだけを挙げておく。 それは、生得説、遺伝決定論はこの社会にとってあまり歓迎できないものでもあるということである。もちろん生理的/社会的という軸と、可変/不変という軸とは別のものであり、生理的/可変という線を狙おうというのが近代医学・医療の基本的な方向なのではあるが、そうはいかない部分があることは認めざるをえない。既に定まっており変えようがないときには、それはそれで仕方がないということにしかならない。それに対し、社会の方は、すくなくとも原理的には変更可能であるように考えられる。この対立は狭い意味での病気についてだけでない。知能について遺伝決定論があり、それにも対抗して社会環境を強調する説が同時に並行してあり、両者の間の争いがこれまでずっとあった。後者は、その測定値に差があるとしても、それは社会的な要因に起因すると主張する。例えば米国でIQ論争と呼ばれるものが幾度かなされてきた★03。 人種差別との関わりで、差異があることを言いたい人はおり、それが実証されたなどと言われると喜ぶ人はいる。よい資質・属性を決めた上で、それを持っていればそれが偉いのだと思い、自分たちはそれを持っていると思っている人たちには遺伝決定論は支持されるのではある。けれども、これからはみなが同じに教育の機会が与えられるのだから、あとはみな同じにがんばれば、みな同じように豊かになれるのだという希望がこの時代にあって、それがいささかの実現可能性をもって受け止められたのがこの国では戦後のことであるとすれば、たしかにその流れに対して、生得説は後ろ向きである。自分の力によって自分の位置を獲得するということになると、その力が生まれながらに決まっているというのは、その教義を否定する、疑わせるものである★04。だからその実現可能性を否定する説はあまり歓迎されない。きちんと社会開発、人間開発を行なえば、その人はよくなり、社会はよくなり、そして平等がよいことなのであれば平等の方向にも行くことになる。性差についても生得的な差異はないという主張がまずは現われる。 科学主義の一部もまたこの方向と結びつくことになる。科学が身体の内部しか問題にしないというのは、ひどく狭く解釈された限りの科学、医学においてであって、そのようでなくてはならないことはない。行動を正せばそれでよくなるといった教義の方が、未来や発展について明るいことを言う。だから遺伝決定論に対して否定的であることは、科学主義的であることと矛盾はしない。 そして、事態はもう少し複雑であって、その明るさは、一方では社会工学を唱導する明るさであり、一方では優生学を明るく受け入れる明るさでもある。つまり生きている人に働きかけてなんとかなる部分とそれでは足りない部分とを場面によって使い分ければよいということである。このことについてもまた後で考えることになるだろう。ただ、体制に対して批判的でもあるその主張が、その体制の護持のためにも望ましい主張であったりもするのだということ、その中に社会性の主張もまた置かれていたということを確認しておこう。そして、そのことゆえの息苦しさもまたあった。そんなことを言われてもできるようになりはしない、なおったりはしないということである。やればできるという人間の加塑性に対する楽観がもたらすものと、予め可能性を区切ってしまうこととどちらが苦しいものなのか、それはいちがいに言えない★05。 これだけのことを述べた上で、このような主張が誰にとってどのようなものであったのか見ていく。対立、原因帰属を巡る問題に、前回述べた本人、供給者、周囲の人たちのいる位置が関わる。ある位置にいるからその人は特定の原因論に与すると言おうというのではない。ただその場と無関係ではいられない。それが医療者にとってどうであったかを見る。家族、そして本人にとってどうだったか、これは次回に持ち越される。 3 医療者の位置 一つに、どの範囲までで区切るにせよ、一人の身体よりは広いところに要因があることは知られるから、その部分を対象とする仕事は現われ、ある部分は制度化されもする。こうして、そもそもその業界の成り立ちとして、ただ一人の人の身体ではなく、少し広いところが仕事の場になっていることがある。対人関係や家族関係を仕事の領域とするカウンセリングやケースワークの人たちがいる。 それは、人文社会系の研究者が脳の生理的な過程で説明されてしまうことに抵抗感を示し人間的なもの社会的なもので説明しようとすることとそう変わらない。あるいは、現場の人たちの方がより実践的だから、自らの前提に対する信念はより強いこともある。一人の人間のまわりの、しかし相当に小さな関係、例えば家族関係の中に問題と対処法を探ろうとする。問題がそこにあると捉えられるからそのような職種もまた成立したのではあるが、いったん成立すると、その枠の中で解釈と対応がなされようとする。精神分析家はその図式の中で現象を見、そして対処法を指示するというように。 ただそれだけで終わるのではない。こうした仕事に困っている人を援助するという部分はやはりあり、そうした使命感のようなものをもっている人はいる。そう少なくもない人たちが、人が抱える困難には社会が関わっていることを感じる。その時代にあった健康被害の実態や報道に接して医療に関心をもつ人もいる。あるいはそういう場に携わってあらためて、あるいははじめて気づくことがある。 そうしてその世界に入るのだが、あるいはその世界で思うのだが、しかし、そこには業界なりの仕切り方があり、限られた領域の中の限られた流儀で仕事はなされ、それに限界を感じてしまう。また、医療の現場そのもののあり方に対して、これは違うのではないかという感覚をもつ人たちもいる。 こうして、双方の力が同時にあり、時によっては拮抗することになる。一方で具体的な人間関係、例えば家族関係に対することを仕事とするカウンセラーは、そうした場所に問題を見つけることになる。他方にもっと大きなところで問題を捉えようとする動きがある。それは、「社会のせい」といったわかったようなわからないような説明でことを収めるのに満足せず、原因と責任の主体を特定しようとする動きでもあったのだが、それでも、そこで名指されるのは大きなものとなる。だから「社会派」の中にも差異、ときには対立が生じる。一方に、ものごとを大きくしてやっかいにするその動きを知らないか、知らないでもないが気にしても楽しくはないので、気にしないことにして仕事を続ける人たちがいる。しかし他方にはこの認識をまじめに受け入れる人たちがいる★06。 受け入れてしまうとなかなかきびしいことになる。このようなことを感じているのは、実際にその仕事に携わっている人たちなのだが、そのことの自覚は自らの仕事の意義を疑わせるものだからである。その仕事は根本的な部分を放置したままにしているのであり、体制の矛盾を糊塗しているのだという。それは話を大きなところに持って行き、やっかいなところに連れて行くことでもある。つまりは社会全体が変わらないとならないということになる。問題をつかまえるのも難しくなるし、なによりそれを変えることが難しいことに思われる。それで自分は何をすればよいのか。 こうした認識はそう新しいものではない。社会福祉や社会保障といったものは体制の延命に寄与するだけなのだという話を当人たちがしながら仕事をしているといった図があった。そしてそれは、例えば医療援助で医療の前にまずは食糧だと思えるような地域に入っていく人たちにとっての問題でもあるだろう。ただ、そこでは、それでもとりあえず、まったく対症療法であっても、ひとまず必要とはされているから、ときにそれが虚しくは思えても行なうべきことはある。しかし、例えばこの国の内部では、そういう仕事につきたい人は他にいくらでもおり、自分の仕事に不満があるのならやめてしまえばよいと言われたらどのように答えようか。 実際、政治闘争が優先され、その一部として仕事があるということになることもないではない。あるいは、その医療の場自体が社会の矛盾がそこに現われている場であるとされる。病の存在、病者の存在は、社会問題の象徴であるということになる。それは考えてみると、そうひどく滑稽であるわけではない。ただそうして働いている人にとってもそう落ち着きのよいものではないし、その場でそれに巻き込まれる当の者にすれば──それは、援助することを職業としている人との間にだけ起こるのではなく、被害者とその支援者という構図の中でしばしば見られることなのだが──余計に過剰に意味づけられているように思えることもある。 たいてい人は自らの領分をわきまえていて、あるいはわきまえざるをえないから、完全に自らの仕事から撤退するのでなければ、自虐的な医療者になっていく。問題をより大きな広いところに見るが、その対象は大きすぎ、自らの仕事から出られず中にいるとすれば自らの中に屈折をかかえることになる。こうして自己否定的にその仕事に関わり続ける。そうした人たちが比較的に多いと、多くはなくとも「問題意識」があって活動的だったりすると、学会や業界でかたちとしては主導権をもつこともないではない。それにしてもこれは座りがわるい。ならばなぜそんな仕事をしているのだと揶揄されることにもなる。結局は仕事を確保し地位と収入を得ている特権的な位置から語っているに過ぎないのではないかと言われる。 そして、社会に問題を見るということもどういうことであるのか、ときに自らにおいて分明でないように思われる。その人たちは、戦後民主主義の教育と経済の成長の現実のもとで、社会がよくなることが人々の暮らしをよくし平等に近づけることを一定の現実性をもって受け入れている。けれども、実際に教育や医療に携わっていれば差異はないなどとは言っていられない、差異はある。あるというだけでなく、やればできる、がんばればなおるというような言い方が虚妄であることもわかる。あるいは、虚妄だと言い切ってしまう人たちと、よくなるという言葉の意味をずらしながら、その信仰を持ち続ける人たちとに分かれることにもなる★07。 こうして社会要因論はそれを主張する側にとってもそう確かなものではないまま、つねに批判され否定される。その批判の一つは科学、医学の側からやってくる。それは、そうした要因をまったく無視するか、無視するのでなければ、そこまで社会的要因を主張するのは極端で、間違っていると言う。例えば反精神医学の流れがあったのだが、それは精神病の病因論として社会関係を主張するものとしても捉えられ、なかでもレインらの著作はそのように捉えられ、それは結局科学的に否定され、そうした主張はいまや消えてなくなってしまったことになっている。 その反批判、否定に当たっているところがないのではない。そして自分たちではどうにもできない部分を問題にすることは、景気のわるい、居心地の悪いものでもある。しかし、すべてが洗い流されるわけではない。このような座りの悪さを感じることが間違っていたとか、そういう状況が解消されたとか、そんなこともない。前回にざっと見た二種類の批判と同じく、この批判にもっともなところが多々あることをまず認めよう。それを指摘し続けることの意義が失われることはない。身近で些細なところでは、風邪に薬を処方すると熱がすこし下がることはあるが、ほんとうは仕事を休んだ方がよい、そんなことがある。また、本稿の最初でもすこし述べたのだが、問題の大きな部分が財の分配・所有をめぐって起こっているとすれば、現在でもそれは大きな要因である。 次に、原因としての社会という主張が批判総体の中でどれほどの部分を占めているかである。今回の最初に述べた混同は当の批判派の中にもあるが、しかしそれ以上に、批判派を批判する側にあるのかもしれない。その意味でも、医療批判が何を批判したのかを振り返る必要がある★08。 そして、その人たちが何をしたか、むしろしなかったかについて。本来なすべきことは別のことではないかと思っているから、だからといってさぼってしまうのではないけれど、そう熱心にはなれないということがある。あるいは、熱心ではあるにしても自信に満ちていたりすることはできない。そして実際、多くの場合には目に見えるような効果も現われない。あの人たちはたいしたことをやっていない、なにもやっていないと非難されることになる。しかしそれはわるいことだったのだろうか。たしかになにか画期的な療法を開発したりはしなかった。ただ、ある状況では、そうたいしたことをしなかったこと、できなかったことはよかったことなのかもしれない。問題を図式化しつつ、しかし具体的にできることはそこから出てこないなかで、実際になされたことはその場に居合わせて右往左往するぐらいのことだったとして、それはそれだけのこととして、よかったのかもしれない。そんなことも考えてみてよい★09。 ただ、病気や障害をもつ当人や、その家族の側からも批判はなされた。家族を要因にあげる説に対する批判が当の家族から、とりわけ女性の側からなされた。次に、本人から言われる。冒頭に引用した文章はその一つである。そしてそこで言われるのは、フェミニズムの言うこととも異なるところがあり、そこには対立する場面もある。家族のせい、社会のせいだと言われても、どうもそれは違うような気がしていた人たちがいる。そんなものを背負いたくはないと言う人もいる。次回はその人たちのことから始める。 ■注 ★01 ホームページに前回・今回の原稿の注、文献表を掲載し、ホームページへのリンクを置いた。また「知能テスト」等の項目については関連するファイルにリンクされ、そこにも文献リストがある。そして医療と社会に関連する書籍の発行年順リストは五五〇冊に増えた。なお今回の部分は立岩[1997:271-280](第7章1節「別の因果」1「社会性の主張」2「真性の能力主義にどう対するのか」3「間違っていない生得説に対する無効」)の記述に対応している。 ★02 「…近代医学が様々な疾患において、現在どのような因子を危険因子と設定しているかを概観すると、いくつかの特徴が浮かび上がってくる。/第一に、「疾病の発症率と、所得・階層との相関性」については、多くの病気に関して疫学データが存在するにもかかわらず、所得・階層が危険因子と設定されることは少ない。/第二に、社会システムより個人の日常生活の行為が危険因子と設定される。…/第三に、第二の「システムよりは個人」に加えて、「社会的因子よりは生物学的因子」を危険因子に設定する傾向があり、このことにより、個人の遺伝子レベルまで危険因子の設定範囲が広げられようとしている。」(佐藤[1995:31])佐藤[1999]、本稿1の注13(二月号・一六九頁)も参照のこと。 ★03 IQ論争については立岩[1997:310-312]に文献をあげた。関連して社会生物学論争についての文献は立岩[1997:309-310]。その後出た本としてGould[1996=1998]があり、立岩[2001-(12)]でも紹介した。この本はGould[1981=1989]の増補改訂版であり、付け加えられた部分には論議を呼んだHerrnstein & Murray[1994](著者の一人は立岩[1997:63,310]で一部を紹介したHerrnstein[1973=1975]の著者でもある)に対する批判がある。グールドによるこの書に対する批判の紹介から知能テストの創始者ビネの論の検討に進む重田[2001]、グールドの本の統計学的手法についての検討と訳書の日本語訳のわからなさについて石田[2001]がある。 ★04 このことと、病気なのだからできない、仕方がないという了解との関係について次回に考える。他方の、やめようと思えばやめらられるのにやめられない(とされる)「意志の病」としてのアルコホリズムについて野口[1996:21-28]。 ★05 「戦後四十年。脳性麻痺の治療学は、古典的医学の治療という発想の下では、まったく進歩がなかったといってよい。なぜなら「一度破壊された脳細胞は再生しない」という、医学の命題はまだ解決されていないからである。/にもかかわらず、…相次いで日本に上陸した早期療法の宣伝によって、一九七〇年代は「脳性麻痺は直る」「紀元二千年に脳性マヒ故に歩けない人は存在しなくなるであろう」といった宣伝が公然と登場してきた。これは、…”戦後の人権意識”に強く支えられた”療育”の立場から語られ始めた。…/しかし、この数年、次第にその熱気は冷めつつある。」(石川[1988:140-141]) 事態はなかなかに複雑である。このようなできごとの歴史について調べておこうと本稿1(二月号)の注11で述べた。 ★06 このことへの専門職の対応のあり方は職種によっても異なるだろう。例えば医学はおおむね無視する。自らにとっても都合がよいか、社会の方が変わってその需要に対応せざるをえないか、そんなときにはじめて取り入れられるところを取り入れる。ただ、社会福祉の仕事の場合は、そもそも自己を完全に肯定することはないような仕組みになっているところがある。批判は、無視したい異物であるのだが、しかし無視できないことがある。単行書として刊行されるとも聞く三島[1999]が注目される。この論文の意義については立岩[2000a→2000b:345]でも述べた。 ★07 立岩[2001-2002(2):125-126](注5)に記したことはこのこととも関わる。 ★08 例えば、様々のことがそれなりの分量をもって書かれており、先にふれたロボトミーや電気ショックの歴史も扱われていてそれなりに勉強になる精神医学の歴史の本でショーターが反精神医学に割いているのは約5頁なのだが(Shorter[1997=2000:325-330])、そこではフーコー、サス、ゴフマン、シェフ、レインと、ベン・キージーの『カッコーの巣の上で』がまとめていっしょにされ、過去のものとされる。必ずしも病因論として括っているわけではないのだが、それにしてもずいぶんな情報の圧縮である。では日本ではどうだったか。私はこの時期以降の精神医療の言説の歴史についてほとんど何も知らず、またそれを追った研究があるかないかも知らないのだが、例えば「反精神医学」の語が表題に使われる小澤[1974]を読んでみても、そこにほとんど病因論は出てこない。別のことが書かれている。 ★09 以上を書いていて念頭にあった動きの一つに日本臨床心理学会、日本社会臨床学会(日本臨床心理学会編[1979][1987]、日本社会臨床学会編[2000]等)の活動がある。ここで言われたこと、なされたことについてよく考えてみる必要があることは立岩[1997:436]でも述べた。 ■文献部(*はホームページに/から、掲載/リンクされている) Gerland, Gunilla 1997 A Real Person=2000 ニキ・リンコ訳、『ずっと「普通」になりたかった』、花風社 Gould, Stephen Jay 1981 The Mismeasure of Man, W. W. Norton=1989 鈴木善次・森脇靖子訳、『人間の測りまちがい──差別の科学史』、河出書房新社 ――――― 1996 The Mismeasure of Man, revised edition, W. W. Norton=1998 鈴木善次・森脇靖子訳、『人間の測りまちがい──差別の科学史 増補改訂版』、河出書房新社 Herrnstein, Richard J. 1973 I.Q. in the meritocracy, Little, Brown=1975 岩井勇二訳、『IQと競争社会』、黎明書房 Herrnstein, Richard J. & Murray, Charles 1994 The Bell Curve: the Reshaping of American Life by Difference in Intelligence, Free Press 石田 翼 2001 「『増補改訂版 人間の測りまちがい 差別の科学史』」(私の読書メモ)*、http://www.mars.sphere.ne.jp/tbs-i/bokrev/mismeasure.html 石川 憲彦 1988 『治療という幻想──障害の治療からみえること』、現代書館 黒田 浩一郎 編 1995 『現代医療の社会学──日本の現状と課題』、世界思想社 三島 亜紀子 1999 「社会福祉の学問と専門職」*、大阪市立大学大学院修士論文 日本臨床心理学会 編 1979 『心理テスト・その虚構と現実』、現代書館 ───── 1987 『「早期発見・治療」はなぜ問題か』、現代書館 日本社会臨床学会 編 2000 『カウンセリング・幻想と現実』、現代書館(上巻:理論と社会、下巻:生活と臨床) 野口 裕二 1996 『アルコホリズムの社会学──アディクションと近代』、日本評論社 重田 園江 2001 「正しく測るとはどういうことか?」*、http://www.kisc.meiji.ac.jp/~shisou/sensei/tadashikuindex.htm 小澤 勲 1974 『反精神医学への道標』、めるくまーる社 佐藤 純一 1995 「医学」、黒田編[1995:2-32] Shorter, Edward 1997 A History of Psychiatry: From the Era of the Asylum to the Age of Prozac, John Willy & Sons=1999 木村定訳、『精神医学の歴史──隔離の時代から薬物治療の時代まで』、青土社 立岩 真也 1997 『私的所有論』、勁草書房 ――――― 2000a 「遠離・遭遇──介助について」(1〜4)『現代思想』28-4(2000-3):155-179,28-5(2000-4):28-38,28-6(2000-5):231-243,28-7(2000-6):252-277→立岩[2000b:219-353] ――――― 2000b 『弱くある自由へ』、青土社 ――――― 2001-2002 「自由の平等」(1〜5)、『思想』922(2001-3):54-82,924(2001-5):108-134,927(2001-8):98-125,930(2001-11),93*(2002-0*) ――――― 2001- 「医療と社会ブックガイド」*、『看護教育』(医学書院、42-1(2001-1)から毎月連載) UP:20080105 ◇原因 ◇立岩 真也 |