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また足りない話

新書2のための連載・11

立岩 真也 2020/10/26 『eS』

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 この文章は、2020年中には出したいと思っていた本・2の草稿として準備を始めたものです。
 『介助の仕事』のための連載と異なり、順不同で書いていきます。今のところ、以下に記す取材時の記録を切り貼りしているだけのものです。だんだんと整理し、かたちを作っていきます。
 ここにおく註と文献表は、新書では大幅に減らされます、というよりなくすと思います。紙の新書をご購入いただいた方に有料で提供する電子書籍版には収録しようと思います。
 2021年の刊行になりました。7月には刊行していただきます。『eS』に連載?した文章(というか、方々で話したものの記録の抜粋)はそのままでは使えないので、大幅に書き直し書き足すます。〈Webちくま〉での連載をお願いしようと思っています。

◆立岩 真也 2021 『(本・2)』,ちくま新書,筑摩書房


◆2017/07/15 「高額薬価問題の手前に立ち戻って考えること」
 『Cancer Board Square』3-2:81-85(253-257)
◆2019/02/02 「少子高齢化で「人や金が足りない」という不安は本物か? 社会的弱者に不寛容な言葉が広がる日本」
 https://www.buzzfeed.com/jp/shinyatateiwa/tarinaifuan-1
◆2019/02/23 「少子高齢化のせいで「もの」は足りなくなるのか?――一人あたりで考えてみる」
 https://www.buzzfeed.com/jp/shinyatateiwa/
\ ◆2019/03/25 「人工透析を中止し患者が死亡 提案する医師とその選択を支持する声に反論する」
 https://www.buzzfeed.com/jp/shinyatateiwa/
◆2020/04/14 「だいじょうぶ、あまっている・1」
 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71768
◆2020/04/21 「「自己犠牲」や「指針」で、命をめぐる医療現場の困難は減らない――だいじょうぶ、あまっている・2」
 『現代ビジネス』 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71974
◆2020/05/02 「新型コロナの医療現場に、差別なく、敬意をもって人に来てもらう――だいじょうぶ、あまっている・3」
 『現代ビジネス』 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72304
◆2020/06/23 「COVID-19から世界を構想する」(仮)
 科学技術振興機構・社会技術研究開発センター戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発),科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム


■足りない話
 行ないが良いのか悪いのかという話、ことの良し悪しの話が一つにはあるけれども、それはそれとして、さっき読んでくださいって言った本に預けてしまって、ちょっと別の話をしようと思います。講談社のサイトに3回て止まってしまっているんですが連載していて、「だいじょうぶ、あまっている」っていうタイトルにしたんです★。実は、前々からこういうことを書こうって思ってたんです。
◆2020/04/14 「だいじょうぶ、あまっている・1」
 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71768
◆2020/04/21 「「自己犠牲」や「指針」で、命をめぐる医療現場の困難は減らない――だいじょうぶ、あまっている・2」
 『現代ビジネス』 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71974
◆2020/05/02 「新型コロナの医療現場に、差別なく、敬意をもって人に来てもらう――だいじょうぶ、あまっている・3」
 『現代ビジネス』 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72304

○身近のところに僕らは目がいきがちです。それは大変よくわかる。とくに自分が生きるか死ぬかって話だからね、それはわかりますよ。わかりますけれども、やっぱそういう時だからこそ、遠くを見るとか、大きく見るとか、広く見るってことしないとだめでしょ、という話です。
 次、足りない、あるいは足りなくなるとすれば、世の中には2種類しかないと。「もの」か「人」かっていうことだった。「もの」の話はしたことにしたとするじゃないですか。にして、「人」の話に移りましょうって、そういうストーリーです。これもなんか、流行りすたりってはなはだしいなっていうか、すぐなんかみんな流行り忘れちゃうんだなって思って。僕は、今なんかそういう脳天気な、「足りないことはない」っていう脳天気な話を、もう決めたんだよね、することにしてます。

 この話は2019年にさあやるぞって思ったんです。『バズフィード(BuzzFeed)』っていうオンラインだけの新聞があるんです。そこで書かせてもらったのがこの「少子高齢化で『人や金が足りない』という不安は本物か? 社会的弱者に不寛容な言葉が広がる日本」。こういう見出し作るのは編集者です。僕はこういう、なんかこう「社会的弱者」とか言いたくないんだよね。言葉を使いたくないんだよね。だから使わないんです、普通ね。そうするとなんだかよくわかんないタイトルになってしまう。なので読んでくれない。実際そうだと思うんですよ。で、編集者は読んでもらいたいから、こういうタイトルを作ってくれるんです。でこうやって2回書いたんです。これも今も読んでください。「少子高齢化のせいで『もの』は足りなくなるのか?」で、ここで言ってるのは「ものが足りないか考えてみましょう、人が足りないのか考えてみましょう」っていう話の途中までなんです。
◆2019/02/02 「少子高齢化で「人や金が足りない」という不安は本物か? 社会的弱者に不寛容な言葉が広がる日本」
 https://www.buzzfeed.com/jp/shinyatateiwa/tarinaifuan-1
◆2019/02/23 「少子高齢化のせいで「もの」は足りなくなるのか?――一人あたりで考えてみる」
 https://www.buzzfeed.com/jp/shinyatateiwa/
◆2019/03/25 「人工透析を中止し患者が死亡 提案する医師とその選択を支持する声に反論する」
 https://www.buzzfeed.com/jp/shinyatateiwa/


 「命の切り捨ては許さない」とかさ、言うじゃない。それに対して「本当にそれってだめなの?」みたいな、そういう問いもあります。生命倫理っていうのは、わりとそっち系だよね。「いいか悪いか決めよう」みたいな、「考えよう」みたいな。で、「それはいいか悪いかわかんないけど、あるいは悪いってのはわかってんだけど、でも足りないんだからしょうがないじゃん」っていう話が一方にあるわけだよね。そこで、こちらの話はどうしようってことです。で両者関係ないかっていうと、関係あるんだよね。
 だって足りなくなければ、たとえばAさんを生かすのかBさんを生かすのか、決める必要ないかもしれないじゃないですか。いいとか悪いとかと別にね。「じゃあどうぞ、どっちも勝手に生きてください、終わり」みたいになるかもしれないよね。「足りない、助かるのは一人」みたいな状況で初めて、二人のうちどっちかをどういう基準で生かすのか殺すのかっていう問いが出てくるわけですよ。だからその「いいか悪いか」っていう話と「足りてるか足りないか」っていう話は別っちゃ別なんだけれども、「いいか悪いか」っていうことを考えなきゃいけない状況っていうのは「足りない」状況。「二人のうち二人とも生かせない」っていう前提のもとで、「しょうがないから決めましょ」って話になるわけですよね。だからそういうふうに関係してるっていうか。あの、「いいか悪いか」なんてさ、あまり、僕が思うにはね、あまり考えないほうがいいんだよ。考えずにすむ社会のほうがいい社会だ、って僕はずっと思ってて。本当にそう思ってるんですよ。だから、「でも、いいか悪いかを言わなきゃいけません」みたいな、っていうのはなんでかって言ったら、なんか正義感みたいなのがあって「いいか悪いか決めよう」っていう場合もあるけれども、「しょうがないじゃん、順番決めなきゃいけないんだから」という場合もある、ということですよ。でそれは、その倫理学、だからその倫理っていうのをやんなきゃいけない時ってのは、なんか好きき…、なんかもう、「そもそも」っていう場合もあるけれどもそれだけではなくてというか、「そもそも」なんてさ、考えたいやつが考えりゃいいんだよね。そういうことを言わざるをえないっていうのは、「そもそも」なんてどっちでもいい社会、人間にとってもしょうがなく考えなきゃいけないっていうような場合だと。「でも本当にそれはしょうがなく考えなきゃいけないほどのことなのか?」っていうふうに考えないとだめですよ、ってそういう話なんですよ。言いたいのはね。で、答えはもう僕は決まってて、「そんなこと考えなくたっていい」ってか、「考えなくていいようにできる社会を、仕組みを」っていう、そういうことが言いたいわけね。
 だから答えは決まってるんですけど、それをどういうふうに言おうかなっていう話なんですよ。で、3回までいって。でコロナの話をもう1回するか、もうそれはよして、そもそも書こうと思ってた話に戻すかっての、今ちょっと考えてて。ちょっと止まってます。

 「人もものも足りないことはない」っていう話です。で、足りないって何が足りないのか。お金が足りないってね、国の借金があるとかさ。借金はあるんですよ、実際。何百兆ってあるんですけれども。お金が足りないって言われてもピンと、くるか。くるかもしれないけど、お金ってお金だからね。もとは何かって言ったら、世の中にあるもののもとは何かって言ったら、「人」と、人間以外の「もの」。人間もものですが、全体を「人」か人以外の「もの」に割ってるだけだから、二つで全部ですよね。そうすると、その二つに割ったうちの一つずつについて考えていけばいい。ここまで大丈夫ですよね? まったく誰でもわかるはずですよね。
 で、「人」が足りないか考えてみましょう。「もの」は足りないか考えてみましょう。で両方とも足りないって言えないんだったら、「だいじょうぶ」だってことだよね。そういう話をしたいだけなんです、僕は。だけど「足りない、足りない」って、なんでみんな心配してるんだろうね、っていう話が2番目の話で。それを考えてみてわかったら、じゃあかわりに心配だけしてんじゃなくて、あるいは心配しすぎてっていうか、心配して、ある人たちを生まれないようにするとか、殺すとか、あるいは殺すっていうのはやっぱりなんとなくおっくう…、おっくうってのはなんですけれども、やっぱちょっととがめるから、「、でも自分で死にたいっつってるんだったらいいじゃん」みたいな、ね、ていう話になると。だけれども、そうならないとしたらどうか?っていうような話です。

 学生の授業のレポートとか、期末のレポートとか、あるいは修士論文とか、「少子高齢化の昨今」とかさ、そういうふうに始まるの、「お前ら、もうよせよ」って。ちょっと飽きちゃって、腹立ってってのもあるんだけど。腹立ってっていうかな、とにかく少子高齢化ってどういうことかっていうと、要するに年寄りが多くなって、働ける…、要するに年寄りっていうのは働けない、若い世代に養ってもらう人間が増えてって。で子どもが減るってことは、将来働き手になる子どもが減るってことなわけだから、労働力、労働者が少なくなっていく。で世の中大変になるっていう話です。
 第◆章では、ひどく乱暴なことがありましたって話をしたんだけれども、皆さんレポート書いたり、論文書いたりするそのイントロで、軽く「少子高齢化の昨今」って言っちゃうのと、「だったら人殺しちゃえ」ってなるのと、ものすごい距離があるってばあるんだけれども、でも、まったく別のものかっていうとそうでもない。なんか「今はまだいいけど、足りなくなるかもしれない」みたいな恐れですよ。それから今は、「なんか将来そのうち」って思ってたのが、コロナが来て、もう実際に足りない、医療者足りない、ヘルパー足りない、マスク足りない、人工呼吸器足りない、病室足りない、病院が足りない、っていうなんかリアルな話になっちゃって。それで、じゃやっぱり人を選ぶ? 優先順位つける? 除外する? 選別する? そういうことも必要なのかな?みたいな話になってるわけじゃないですか。私はこの騒ぎっていうかの前から「足りないか?」「足りなくないです」っていう話はちゃんとしとかなきゃいけないと思っていて。これはもう最初から答え言っちゃいました。さっきのは答え言いませんでしたけど。僕は「足りないか?」っていう問いに対して、今見てもらっている画面では「だいじょうぶ、あまっている」っていう答えになるわけです。

○日本人は、ってわかんないけれども、わりと「いい悪いはわかんないけどさ」って言いがちだよね。僕もそうだし。みなさんもそうかなと思いますけど。「でもやっぱり大変みたいよ」みたいな。「しょうがないんじゃない? ちょっとは」みたいな。そういう「しょうがないんじゃない?」っていう話を、「しょうがある」って言いたいわけですよ。そういうことを、今だから考えたい。

■悲観
 団塊の世代とかそういう人たちがそろそろ50とかなった時に、「俺たちたくさんいすぎるんだよな」みたいな、けっこうそういうこと言う人がいて、それもう20年以上前だと思うんです。その人たちは今70とか、48年生まれだったらそんなもんでしょ。そういう団塊の世代の人たちの自らに対するある種の悲観っていうか、俺たちが人数多すぎて足引っ張ってるみたいなね、そのうち足引っ張るようになるんだみたいなね、そういうあたりが50年前後生まれの人たちのムードですよね。
 60年代って何があったんだろう、僕は60年生まれなんですけど。
 それが例えばバブル以降生まれた人だともうデフォルト的になんか大変らしいぜみたいな、将来暗いぜみたいなそういう土壌というか。ちゃんと考えたわけでも、どっかでリアルを見てきたわけでもないんだが、どうもそういうことらしいと。実際それを裏付けはしないけれども、関係する数字とかはいろいろあって、国に何百兆円も借金があるだとか、そういう数字はあるし、それは嘘ではない、実際それは嘘ではないので、まったく無根拠というか何もないわけじゃない。けれども、そういうものを根拠というんじゃないでしょうけどね。
 最首さんわりと悲観的なんですよね。でも頑張らざるをえない的な、ちょっと悲壮な感じですよね。さっきの二択でいうと、「大変だっていうことは認めたうえで、でも殺すのはだめだからせいぜい頑張ろう」みたいな、そんな感じです。
 僕は最首さんとの付き合いがなくはなくて、いろんな点で彼の言ってることに共感しますけれども、「そんなに最首さん悲観することはないよ」と最首さんには言おうと、そんな感じです。あの人は団塊よりもっと上ぐらいの人ですけれども、
 背景にしてどうのというのが私の前の世代、私の世代もそうなんでしょうけれども、その後のもっと、もっとなんかちょっとシビアな感じになってきた世代。

 だからわりとこう共有、長い。これはもしかすると世界中かもしれないけど、日本的な部分もあるかもしれないです。なにかと悲観することにしている国民ていうかな、日本人てわりとちょっとそういうとこありますけどね。世界の幸福度調査とかあるじゃないですか。あれだいたい日本たいしたことないですからね。あれはね、だけど、それでじゃあ日本人は不幸なのかつったらそりゃどうなのかなと思ってて、「幸福であるって言ったら、ばかみたい」ってちょっと日本人って思いませんか?
 自分のことを「私はハッピーです」みたいなこと毎日言うってなんか恥ずかしい、みたいな。そういうのちょっとあって、わりと悲観的なこと、ほんとは悲観的じゃなくても言うのが習わしみたいなところがあると思いますけれども、でもそういうのがデフォルトだと、それだけでも済まなくなって被告のようにというか、被告がどういう人生のなかでそういうことしゃあしゃあ言うようになったのか僕は知らないし、興味もないですけれども、なかには本気になっちゃうやつもいるって感じですかね。世界中ではないかもしれない。ただ、もちろんいろんな意味での危機っていうのは世界的にあって、それをどういうふうに処理するかっていうか講ずるかっていうのは世界的な課題だと思います、日本だけではないと思いますけれども。ただこの悲観的な感じの蔓延度というか、わりと日本的というか、気もします。


 ちくま新書で、「みんなヘルパーってやってみよう」という本を書きました。もとはホームヘルパーの養成講座みたいな、ホームヘルパーっていうんじゃないんけどね、正確にはね、研修の講師みたいなの、もう5年、もっとかな、やってて。そこで2時間ぐらいしゃべるんです。それをもとに本を作ろうって作りました。
 重度訪問介護従業者っていう養成研修ってので2時間しゃべった話の一部です。今とにかくヘルパー足りない、ですよ。これはここ数年ずっとそうで。で今はコロナでもっと足りなくなり気味、っていう話もさっき紹介したサイトに載っかってますけれども。そういうことになると。とにかく「足りない」とか「枯渇する」とか「大変になる」とか、そういう話ってそこらじゅうで聞くじゃないですか。で「ヘルパーが少ないのも少子高齢化だからだ」という話になるわけです。


○で、その話をしようと思っていて、思ってただけじゃなくて、ずっとしてるんですよ。松本の医療技術短期大学部の教員だった時、社会人向けのセミナーみたいなもので、「少子・高齢化社会はよい社会」っていう話をした★あたりから、もう20何年してるんです。その中には、けっこうでかい本の中の100ページぐらいとって書いたのもあるんです★。だからもう書いてしまってはいるんです。
 僕らのような仕事してるとね、いっぺん書いたものって、「もう2度目はいいや、新しいこと考えたい」とかになりがちなんですよ。僕もそうやってずっと生きてきて、もの書いてきて。だけどそうやって20年前に言ったとか10年前に書いたとか、読んでもらってるかっていうと、そんなことはないっていうことがあって。残念なことがあって、私からすればね。で、60を境にというか契機に、やさしく書こうみたいなことを。ほんとは10年ぐらい前から思ってるんです。10年ぐらい前から「新書で書きませんか」って言われたことあるし、そういうこと大切だって思ってきたんです、長いこと。だけど、前のめりっていうかな、先へ先へっていうか、新しいこと、まだ書いてないこと、考えてないことを書こうみたいな感じで10年ぐらい経っちゃって。で、結局、厚い本、400ページとか500ページとかそういう本ばっか書いて。3千円とかね、誰も買わないような値段の本を書いてきて、結局そういうことはできなかったんです。だけどそろそろやんなきゃって思って、「足りてんの? 足りなくなるの?」っていう話を新書で、って思ってたんです。
 そしたらなんか今回の流行というか、感染が流行りだして。なんか「だいじょうぶ」とか「あまってる」とか言っちゃいけないっていうか、「え、お前何言ってんの?」みたいな感じになってきたわけじゃないですか。だから、「やっぱこれちょっと、しばらくほとぼりが冷めるのを待とうかな」みたいな気が一瞬しなくもなかったんです。ですけど思い直してみて、「いや、なんかこうやってみんな大変だ大変だって言ってる、危機感いっぱいの、こういう状況だけどというかだからというか、こういう話をしなきゃいけないのかな、したほうがいいんじゃないのかな」とちょっと思って始めたんです。
 わざとっていうか、しゃべってるわけじゃないんだけど、「ですます調」で書いてみました。「ですます調」で書けばわかりやすくなるのかって、そんな甘いこと私は思ってませんが、それでもそういうのやってみようと思って、3回分書きました。既にそれは載っているので、それ読んでもらえば。これわからないって言われると、僕は本当に困る。打つ手がない、十分にやさしいっていうか、わかりやすい話をしているはずなのね。

■文献→『本・2』文献表


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立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築 
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