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優生思想?・2

新書2のための連載・02

立岩 真也 2020/08/24 『eS』24

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 この文章は、2020年中には出したいと思っていた本・2の草稿として準備を始めたものです。
 『介助の仕事』のための連載と異なり、順不同で書いていきます。今のところ、以下に記す取材時の記録を切り貼りしているだけのものです。だんだんと整理し、かたちを作っていきます。
 ここにおく註と文献表は、新書では大幅に減らされます、というよりなくすと思います。紙の新書をご購入いただいた方に有料で提供する電子書籍版には収録しようと思います。
 2021年の刊行になりました。7月には刊行していただきます。『eS』に連載?した文章(というか、方々で話したものの記録の抜粋)はそのままでは使えないので、大幅に書き直し書き足すます。〈Webちくま〉での連載をお願いしようと思っています。

◆立岩 真也 2021 『(本・2)』,ちくま新書,筑摩書房


優生学優生思想
優生学優生思想関連文献

 以下は、
◆2020/05/02 「優生学について」,京都看護大学大学院講義
を録音したものを文字化したものを一部省略したものです。続きがあります。これからなおします。リンクなどもこれから。

 話している中身はすべて、『私的所有論』に書いてあることです。第2版が文庫判で出ています。ぜひにそちらをご覧ください。
◆立岩 真也 2013/05/20 『私的所有論 第2版』,生活書院・文庫版,973p. ISBN-10: 4865000062 ISBN-13: 978-4865000061 [amazon][kinokuniya] ※

『私的所有論  第2版』表紙


 優生学ってページをわれわれのホームページから見てもらえると、そこに英語で優生学って何ていうかっていうより、もともとはこれ英語、というか英国人が作った造語なんですね。ユージェニクス(eugenics)っていうんですけども。その英語表記というかが出てきます。で「ユー」(eu)っていうのは「良い」っていう意味です。僕が知ってる言葉だと、ユートピア(utopia)って言葉はみんな聞いたことあると思います。「トピア」ってのはトポス(topos)、「場所」って意味ですよね。で「ユー」だから「良い場所」でしょ。「理想郷」とか日本語で訳されますけれども。「良い場所」っていうので、ユートピアって言葉聞いたことある。それと同じ「ユー」です。それから、さっきACPのことに関心があるって人がいましたけれども、安楽死とか尊厳死って言葉があります。で、この話今日しようかな、今回は生命倫理っていうんだからしようかな、っていうふうにもちょっと思ったんですけど、僕はもうなんか死ぬほどその話をしていて、もういいやっていう気もあって。もしかしたら次回するかもしれませんが、うーん、ちょっと飽きてるなって感じがします。で、それの情報も山ほどサイトに載ってますし、で僕、本4冊も書いてますから、安楽死・尊厳死についての。あの、読んでください。よろしかったら。
 で、その安楽死っていうのは何かっていうと、ユーセネイジア(euthanasia)っていうんですよね。同じです。「ユー」っていうのは「良い」です。で「サネイジア」ってのは、「死ぬ」ってことです。だから「良い死」ってことなんですよね。だからユートピア、ユージェニクス、ユーサネイジアっていうのは、みんな頭についてるのは「良い」ってそういう言葉です。で、この言葉がどういうふうに出てきたのかっていう話をしようと思えばいくらでもできますけど、しません。
ダーウィン(Darwin, Charles)って人が昔いたってのは聞いたことあると思います。進化論ってのを発明というか言いだした人ですけれども、そのダーウィンの甥っ子でフランシス・ゴールトン(Francis Galton)って人がいてね、その人が自分の文章で使ったっていうのが始めですけど、そんなことは覚えなくてもよろしい。ただその進化論見たらね、人間ていうのが遺伝っていうものによって自然淘汰されてく。で、悪いものが消され、良いものが残っていくっていうような生命のとらえ方っていうか、そういうものと、進化論ってそういうもんだと一般には少なくとも思われてますよね。で実際ダーウィンもそういう言い方してるっていうか、そういうふうに考えてたところも確実にあると。で、その甥っ子っていうのが、その人間ってものに当てはめたときに、どう見えるかってだけじゃなくて、どうしていきましょうかっていうね。社会ってものをですね。そういうことを考えて言いだしたっていうのが、19世紀、それから20世紀、もう前の世紀になっちゃいましたけれども、その頃。
 だからざっくり言うと150年前。そのあと100年ぐらいはけっこうこれは流行ったものなんです。今はもっと流行っているのかもしれません。長瀬さん、障害学会理事会が声明で言ってるその「障害者の生命の価値を低く見てしまう差別的な考え方」っちゃ、そりゃその通りなんだけれども、学問的にはっていうかあるいは言葉的には、イギリスって国で19世紀に出てきた言葉であり、そのあといろいろ行なわれた出来事であったり、考え方であったりってのが、アカデミックっつうか、そういう話です。[01:22:57]
 で、「ユー」はわかったんだけれども「ジェニクス」ってのは何かっていうと、遺伝子のこと「ジーン」(gene)って言いますよね。ほんで遺伝学のこと「ジェネティクス」(genetics)って言ったりしますよね。genrtic(ジェネティック)、generate(発生させる)とかgeneration(世代)とかも同じ系列ですね。そういうので「種」、それから今「遺伝子」とか、そういうのをジーン、ジェネティクスっていう、それと同じ語源です。だから直訳すれば「良い種」みたいな言葉から来ています、ユージェニクスというのはね。だから「良い種を残そう」ってそういう話ですよ、簡単に言えば。ていうことを言いだしたんですね。で、そのあたりの話はさっき紹介した『私的所有論』って本の第6章第4節に書いてあるので、概ね略します。学部の講義の時はもうちょっと真面目にやるんですよ。【イギリスでどうだとか】(01:24:00)。真面目にっつってもね、あまり細々しゃべってもこれはしょうがないので、ざっくりですけど、今回よりは長くしゃべります。で、今回はさぼります。[01:24:14]

■ドイツ
○で、何の話をしようかなと思って。ま、この本、『私的所有論』にもわざわざ出てきますけれども、一つアメリカ合衆国の話をしようかなと思ったんです。ていうのは、優生学は、知らない人はまずまったく知らない。で、ちょっとだけ知ってる人は優生学っていうと何を思い出すかっていうと、ドイツなんですよ。ドイツの第2次世界大戦の前、それから戦争中のことなんですよね。それも、これから医療ってものに携わる人には知っといてもらわなきゃねと思って、『私的所有論』には出てきますけれども。これは優生学って言葉よりは、安楽死。でもここの安楽死も変でっていうか、実際には安楽死でも何でもなくって、虐殺なんですけどね。
○第2次大戦中にドイツで25万ぐらい、正確な数はわからないんですが、精神障害、知的障害、身体障害、重い病気、梅毒その他、ヤク中、諸々の人たちが殺されたっていう事件が、事件っていうか出来事がありました。これは法律にもとづいた正規のというか合法の行ないというよりは、ひそかに命じられて行なわれた、ま、秘密作戦といった意味合いが、性格が強いんですけれども。T4作戦というやつですけれどもね。それがその要するに、ユダヤ人が一番どうしようもないと。で、アーリア人ですよね、ヨーロッパ人ヨーロッパ人した、青い目の金髪の、なんかそういう人、そういう民族のほうが良くて、で、うんぬんっていう、そういう思想。確かにヒトラーはそういう思想の持ち主だったってことは間違いない。という思想にもとづいて行なわれたっていうんで、これは教科書に出てくる。ユダヤ人の虐殺ですね、ホロコースト。アウシュビッツとかそういう収容所で、何百万っていう単位で人を殺したっていうことがあった。
 で、これはさすがにというか、教科書に出てくる話です。あれ実はどうやって殺されたかっていうと、いろんな殺され方があったんですけど、みんな知ってるっていうか、ガス室ですよね。「シャワーだ」っつって部屋に入れさせられて、シャワーのコックから有毒ガスが出てきて、ばたばたと死んじゃうっていう、効率のよい人の殺し方。「シャワーだ」って裸にして、その前にメガネとかそういうものはみんな外させて、そんで裸にしてシャワー室に送り込むわけだ。そんでメガネはメガネで取っといて、資源として有効活用すると。服も服で活用すると。そんで、という、効率的な人の殺し方をしたわけですけれども。
 それのテストですね。実際に本当に殺せるのかって、うまいこと順調に殺せるのかっていうのを最初にやったのは、ユダヤ人じゃなくてT4作戦。で、殺したというか殺されたというか、障害者、病者、病人だったわけです。ていうグロいっていうかえぐいっていうか、そういうことがあって。それはその要するに良い血と良い種ってものを信奉し、それにもとづいて人を、一方では殺し、生殖を止め、一方では良い血を、種を残すという、その典型というか。唯一普通にというか、知ってる人が知ってる出来事として記憶されてるってことがあるわけです。[01:29:02]
 実はこれも戦後長いこと知られなかったっていうような話をすると、ちょっとマニアックな話になるんで、ちょっとよしときますけれども、そういうことがあった。でこれは日本だと極東軍事裁判、東京裁判っていうので日本の戦犯が裁かれたわけですけれども。ドイツだとニュルンベルク裁判ってのがあって、それでちょっと問題にされたんですよ、ちょっとね。
 いうことで…、ああそっか。そんな話をすると、いっくらでも話が出てきちゃうもんね。軍事裁判で少し出たんだけれども、実はね、この虐殺であるとか、それから殺しちゃった人、あるいはいつ殺されてもいいみたいな人を使って、人体実験をいっぱいやった人たちっていうのがいて、それはそのドイツの当時の有力な医学者だったんですよ。ね。そういう人たちが、たとえば骸骨集めたりだとかさ、死んだ人のね。そういうので有効利用したわけです。実験に使ったりしたわけですよ。でそういうことがあって、ちょろっとそのニュルンベルク裁判には出てくるんだけど、やった人がみんな偉かったもんだから、ドイツでも戦後、そういうふうにした、それに医学者が関わったってことは、30年とか40年とかあまり表に出てこなくて。ていう歴史が実はあったんですよね。だけどそれの若い世代っていうのが、うちのボスっていうか偉い人たちは戦争中何をやったんだ、みたいなことを気にしだして、調べたらいろいろわかってきて。ていうような歴史が実はあるんです。[01:31:01]


○で、話がえぐいほうに転がっていきますけども、それに似たような出来事っていうのは実は日本にもあります。これも本当は知っとかなきゃいけないんです。731部隊っていう、石井部隊とも言いますけれども、それのボスが石井っていう人だったんですが(→「戦争と医学」)。中国、大陸のほうに軍隊で出かけていって、でそこの中に、医学者も連れて行って、それで捕虜、それは軍人・兵隊もいたし、スパイだってされた人もいるし、全然それ関係ない、とにかくそこらへんにいた人連れてきたってのもあるし、そういう人たちを連れてきて、えぐいというか、えぐいですね、実験を行なったってことは…。そう、教室だとね、「はい、みんな知ってる? 手を上げて。」とかやるんですけど、本当はこれ(オンラインで)も、挙手のマークとか出るんですが、いいです、それはね。…あの、例えばわざと凍傷にかからせるみたいな「実験」やって、殺して。ていう出来事がありました。それに関わったのが東京大学の医学部であったり、特に石井部隊で言うと、京都大学の医学部がこれに深く、多くの人が関与しました。
○実は僕のところの研究所の客員研究員っていうのもやってくれている岡本晃明さんっていう記者がそのへんを追っかけていて、記事にしたりもしてくれている。だけど新聞は、さっきも言ったけど、短いですよね。で今、大きい本の一部を彼が書くっていうんで、この間原稿送ってもらったんですけど、京都大学に取材して、いろいろ取材拒否られたりいろいろされて、でも書いたっていうのがあったりします。日本ではそうでした。ちなみにこれも戦争直後から秘密にされて、長い時間明らかにされることがなかったんです。それはなぜかっていうと、これはですね、石井部隊が持っている、「丸太」って言った人たちに人体実験をして殺した人たちに関わるデータを、石井たちが、アメリカ軍に売ったんですよ。売ったというか、べつにお金もらったってんじゃないだろうけども、要するに自分たちの免責、責任逃れを認めてもらうのと引き換えに、アメリカ軍にデータを渡したわけです。で、それによって、石井部隊、731部隊っていうのは、その存在ごと歴史の表に長いこと現れないっていうようなことになって。でもそれじゃいけないっていうので、やっぱりだいぶ長いこと経って、1980年代とかになってからのことで。だからちょっとドイツと似たところがあります。
 今回、そういう戦争犯罪と人体実験とそうした類の話のことは僕は話しませんけれども。気持ち悪いんでね、しゃべってても。ていうか僕そういう本読むのも嫌いだし、しませんけれども。一応言っとかなきゃいけないので言っときます。[01:34:50]
○ちなみに僕は今、NHKオンデマンドを1日朝起きて寝るまでつけて、岩合さんの『世界ネコ歩き』をつけっぱにしたり。それから何見たかな、『小さな旅』ですね。あとね、『チコちゃんに叱られる』ですね。とか、そういうの1日中見て。見てっていうか、見てると仕事になりませんから、バックグラウンドに流して仕事してるんですが。それはさすがに学校の講義じゃできません。でも今ならできますね、音出さなければ。さすがにそれ今してませんけれども。
 それで、『NHKスペシャル』で731部隊のことは何回か特集でやってます★。それが戦後どうやって隠されたかってあたりのことも、でどうやって出てきたかっていうようなことをですね取材した番組なんかがあるので、いいんじゃないですか。NHKオンデマンドで見ることができます。
★ 「731部隊の真実 〜エリート医学者と人体実験〜」(2017)https://www.nhk.or.jp/special/plus/articles/20170915/index.html
○こんなことをしゃべると話がいっこうに戻ってこれませんが。何の話でしたっけ。そうですね。優生学とか優生思想というと、ちょっと知ってる人はドイツの話をするっていう、そういう話をしたら止まんなくなって、日本の話なんかもしてしまったわけですけれども。その話でした。そういう、ドイツ語ではまたちょっと違う言葉なんですが、優生学、優生思想にもとづいてナチスが戦争中に行なったってことは、これはまったく事実です。
○ちなみに言っとくと、優生学っていうのは2種類あってですね。「消極的優生学」っていうのと「積極的優生学」ってのがあって。悪いやつを根絶やしにしようっていうか、種をなくそうっていう、残さないようにしようっていうのは消極的優生学。悪いやつを減らそうって、そういう話ですね。で、積極的優生学っていうのもあることはあるんですよ。レーベンスボルン(Lebensborn)という。ナチスがやったやつだと、レーベンスボルンというのは、僕はドイツ語もできませんが、レーベンというのは「生」、生きるってことですね。で、ボルンというのは「泉」ってことらしいんです。「生命の泉」っていうんで、要するにナチスの親衛隊の立派なアーリア人とそういう人種の女性をかけ合わせて、優秀な人間を作ろうっていうのを真面目に一時期やってたことがあるらしくて。
 それはですね、何て映画だったっけな、思い出したら言いますけれども、僕はなんであれ見たんだろうな? 僕は昔、映画を山ほど見てた一時期があって、そん時見ましたけども。イタリアの映画で『愛の嵐』 ってありました〔けど、あれ関係あるんたったけかな★。〜違うようですね。〕
 ただ、どっちかっていうと人殺すほうが簡単なんですよ。とか断種手術をするほうが簡単で。人間、馬や牛じゃないんで、いいのといいのをかけ合わせていいのを作りましょうってのは、人間の場合そんなに簡単じゃない。ということで、そっちはあんまりやろうったってやれなかったんですが。ていうような、ドイツの話ですよね。たぶんそのレーベンスボルンの話はかなりマニアックな人じゃないと知らない。で、収容所の話はちょっと知ってると、そういうことなんですけれども。[01:38:52]

■米国
○実は今日お話ししようと思うのは、アメリカの話なんですよね。みんな、ドイツの話、今回も、2016年の相模原事件の時も優生思想って言葉が出て、「ナチみたいなことはしちゃいけない」的な話でいろんな人が話したことありましたね。それから今回という。そういう意味で、優生思想って言葉って一般にはあんま使わなかった言葉な気がするんですよ。で僕らはいわゆる障害者運動ってのに関わってる、あの人たちはわりと優生思想、優生思想って言う、二言目には優生思想って。特に日本の運動の本人たちの一部は何かといっては優生思想と言ってきたんで、そこで局所的にはメジャーでしたけれども、それ以外ほとんど日常用語としては、ないっていうか、そういう言葉だったと思うんですが。その2016年の、不幸なというかとんでもない出来事をきっかけにちょっとメジャーになった、から嬉しいわけじゃないですけども、かもしれません。そん時も、その「ナチ、ドイツ」っていう連想というか、で言われてるんですけど、今日はアメリカの話をするって言いました。
○これはね、「はあはあ、なるほど」って言ってくれる人と、それを言われてもピンとこない人と両方いるんだけれども、それでもします。『ゴッドファーザー』って映画を見たことある人いますかね? 名画ですよ。フランシス・フォード・コッポラっていう、イタリア系の移民ですよね、彼の先祖もね。コッポラっていうイタリア人移民の映画監督が撮った3部作です。イタリア系の、イタリアのシチリアですよ。イタリア系移民の子孫であるコッポラが撮った映画ですけれど、イタリアの中でも田舎、シチリア島から来た移民の話。ゴッドファーザーっていうのは、シチリアのある種の習慣を引き継いでるのもあるんでしょうけれども、名付け親ですよね。その地域というか、イタリア系移民の、シチリアからの移民の、エスニック・マイノリティーのグループっていうかあって、その中のボスみたいな人が名付け親になるっていう、それをゴッドファーザーっていうって、そういう話なんですけれども。
○そのイタリア人やって来るんだけれども、既にそこに植民して、インディアンっていうかネイティブ・アメリカンをやっつけて殺して居座ってる、それこそアーリア人ですよね、もとの、イギリス系というか。もともとイギリスから宗教戦争で負けた人たちがメイフラワー号でやって来たのがボストンっていう。そんでちょっと下がってフィラデルフィア、ニューヨークっていう、そういうふうにやって来て。そんでネイティブの人を殺して、そんで自分たちの国を作るわけですよね。で、そういう国に19世紀20世紀になると、世界中いろんなところから人が新たにやって来るってことになるわけです。それは一つには、ヨーロッパでも南のほう、イタリアとか、ギリシャとか、スペインとか、ラテン系って言ったらいいのかな。それから、ロシア人ですよね。それからあと、アイルランド人。どっちかっていうとヨーロッパの中でも田舎っつうか、ま、貧乏なとこですよね。アイルランドなんていうのは、ほんと飢饉が起こってもうじゃがいもしか食うものなくて、じゃがいももなくなって人が飢えて死ぬっていう中で、アメリカに移住する。ジョン・F・ケネディっていう暗殺されて殺された人いましたけど、あれは確かアイルランド系だと思います。でも、あの人も最初ですよね。それまでは全部そのイギリス系っていうか、アーリア系っていうか、ゲルマン系っていうか、そっちが牛耳ってたわけです。でそういう南、それから東ですよね。南、東ですよね、それからアイルランド。そういう人たちがやって来る。だけどそういう人たちは先にもう来ちゃっていばってるやつらからすれば、席を与えられない、社会の中でね。そういう状態、もう1世紀以上続いているわけですけれども。でそうすると他にやることもないんでっていうか、仕事がないので、ギャングっていうか。だからたとえば酒の密造ですね。禁酒法があった時代ってのがありましたから、そういうことをやったりなんかして生き延びていく。そういう連中、の一部がマフィアっていうのになっていって、そこの中で内部抗争ですよね。血を血で洗うっていうか、そういう抗争を繰り返して、のし上がっていく。その一家の話が3代にわたって繰り広げられる。
○確かアマゾンプライムっていう、年間費払うとそれ以降、それ以外は1本1本のお金を払わなくていいっていう、アマゾンプライムっての僕は1日中つけっぱにしてるんですけど。今は有料に戻ったんじゃないかな。しばらく前まではパート1、2、3って見れましたよ。
 それの1じゃなくて2に出てくるんですよね。1はそのマーロン・ブランドがボスで、撃たれて重傷を負って、やがて死んでいくんですけど、それの2代目、アル・パチーノがボスに成り上がっていくと。その時に周りのボスたちを襲撃してみんな殺しちゃうっていう。ま、そういうのが第1話で。で第2話は、そのアル・パチーノが自分の弟を殺したりしつつ、キューバ革命にも出会ったりしながら、さらに成り上がっていくっていうプロセスと、それから第1作でマーロン・ブランドが役やっているその1代目の男が、ニューヨークでだんだんのしてくっていうか、そのプロセスを、子どもは子役ですけれども、その後はロバート・デ・ニーロがやるっていう、その1代目と2代目の両方がこうちょっとサンドイッチみたいになって、ちょっと複雑な構成になっているのがパート2で。パート3はとか言い出すと、それで1時間終わっちゃいますからやめますけれども。
○そのパート2の、やがてボスになっていく子どもがアメリカにやって来るってシーンがあるんですよ。それは、シチリア島で、母親が地元のボスにその子の助命嘆願に行くんだけど、その母親は殺されちゃうんですけれども、子どもは逃げる。で、紛れて大西洋を渡ってくるわけです。で、渡ってきて最初に荷揚げされるっていうか上陸するのがエリス島っていう島なんですよ。自由の女神があるところです。だから本土、本土っていうか、じゃないんですね。ニューヨーク港に入る前に、いっぺん島に着く。そこで何をされるかっていうと、あれですわ。検疫ですよ。今ならコロナですよ。でその検疫を受ける。で確かその少年はなんか見つかっちゃって、月か上陸するまでにその島の施設かな、に留め置かれるんですけどね。ていうその、感染症話なんですが。
○あとは、それをちょっとわかった人は、『私的所有論』の第6章第4節を見てください。そのエリス島に荷揚げされた人たちが何をさせられたかっていうと、知能テストを受けさせられるんですよ。で、知能テストっていうのは誰がやったかっていうと、アメリカの心理学会、教育学会の会長になるような大物たちが作った知能テスト。これはもともとはアメリカじゃなくて、フランスでビネ(Binet)って人が作ったのがもとになってるんですけれども、IQテスト、知能テストをする。けど、だいたいその来た人は来たばっかりで、これいったいどうなるかもわかんない、何をされるかもわかんない、そんで英語もしゃべれない、書けない、という人なわけで、できっこないですよね。できっこないんで、知能指数とかになると低くなるわけです。そうすると僕の本の中で引用してますけど、「ロシア人のIQはこれこれで」と、「アイルランドはこうこうで」と、「イタリア人はこうこうで」ってんで、「俺たちの」つまり「アングロサクソンの標準的な人間の半分だとか半分以下だ」とかって話になる。で、「あいつらはその程度な人種である」って話になると同時に、そこで点数取れないと、わざわざ大西洋、送り返されちゃったりするわけだ。んで、というようなことが実はあったんです。
 ていうようなことをただしゃべるためだけのために、ゴッドファーザーについてのむだな話を数十…、数十分はしなかったか、しばらくしてしまいましたけれども。そういうことなんですよね。そういうことなんですよねってのは、要するに移民の排斥、難民の排斥っていうものと、感染症であったり、あるいは人の能力であったりしたものが絡まされていろんなことが行なわれてきたっていう歴史ってものはあったし、で、今も繰り返されている、とも言えるわけです。それがその大西洋ですね、東のほうから西のほうに、アメリカのイースト・コースト、東海岸に渡ってきた人たちの話です。[02:00:14]


 で同じ頃、20世紀の頭ぐらいです。ウエスト・コースト、西海岸のほうに目を転じるとですね、今度は太平洋を渡って西のほうから東のほうにやって来た中国本土、朝鮮半島、台湾、それから日本、インドもそうですけども、そういうアジアの人たちっていうのがいるわけです。で、その人たちが入ってくる。これはその、たとえば大陸横断鉄道っていうのがあって、西から東に鉄道がわたされるわけですけれども、あん時に鉄道作った人たちっていうのは、クーリー(苦力)って、中国語ですね、「苦しい」って書いて「力」って書いてクーリーって読むんだそうですが、そういう人たちは、ほぼ人身売買みたいなかたちで連れて来られたって人たちもいたと言われています。そういう人たちもいれば、日本にしても何にしても、一獲千金というか、今の生活よりはましになるだろうってことで、カリフォルニア州、そういうところに渡ってきた人たち、そういうのがいる。っていう時代ですよね。で、その人たちも人種的に劣等な人種であるということで、その証拠は「知能テストでこれこれしかじかである」というようなかたちで、排斥すべし、排斥されるっていうようなことが起こります。これは「黄禍論」って言って、これは歴史の教科書にちょっと出てくるかな? 黄色い禍(わざわい)ですね。黄色いっての要するに、黄色い人たちですよ。日本人であり、中国人であり、韓国朝鮮の人たちであり、っていう人たちですね。で、これはアメリカの場合だと移民法って法律になって、それはどういう仕掛けかっていうと、何年の人種構成の比率に応じて移民を受け入れると。つまり先乗りしちゃったその人たちですね、っていうのが一時期いっぱいいたわけだから、そのあとイタリアであったり、アジアからであったりした来る人たちが昔は少なかったわけだから、その少なかった時代の人口比率を維持すると。ね。そういうかたちで制限するということをやるわけですね。これは移民制限です。[02:03:09]


 それからもう一つは断種法です。で、どういうことするかっていうと、これは州ごとに法律が変わったりするんですけれども、しかじかしかじか、これはかなりいいかげんな法律で、日本の優生保護法もけっこういいかげんなんですけれども、ヤク中であったりアル中であったり梅毒であったり、精神障害、そういうこともひっくるめて、それと遺伝が関係あんのかって、ないわけですけれども、断種、種を絶やすってことですよね、断種っていうのは。そういう法律によって規制するっていうことをします。でこれは、第2次大戦、1945年に戦争が終わるわけですけれども、その時にはなくなってるかっていったら、そんなことは全然なくて。州によっては1970年代までアメリカでちゃんとそういう法律はあったということですよね。


 で何を言いたいかっていうと、一つにはドイツのようなというか、野蛮な狂信的なリーダー、ヒトラーとかいてですね、そういうことが一時的に突っ走った極端なというか、いうことではなくて、それと戦争したアメリカ合衆国にしても、むしろドイツに先んじるようなかたちでやり、で、もう長いことそういうシステムを維持したということのほうがむしろ大切。だからその狂信的な狂ったというか、うーん、そうですね、野蛮なやつらが一時的にやったことっていうよりは、もっとこう根を持ったというか、平常な、平常心でというか、行なわれた、行なわれて来た出来事だってことのほうが重要というか、ある意味恐ろしいというか、そういうことであろうっていうのが1個と。
 そしてそれは、今の移民・難民の問題であったり、感染症をめぐる排外主義というか、にも関係したり。そしてなんか移民・難民っていうと、今やその日本人や中国人や韓国人は関係なさそうな気が一瞬したりするわけですけれども、たとえばその戦前においては、その人たちもまた、われわれもまた排斥の対象になったと。でそれは言葉を継げばですね、そこにあるアジア人蔑視っていったものは、第2次大戦中の日本人移民が強制収容所に収容されたり、あるいは他の国には行なわれなかった、非戦闘員ですね、一般市民を対象とする空襲であったり、原子爆弾の投下であったり、ということにも関係はするんでしょう。おそらくというより、確実に関係してるんだろうとは思います。という話にも繋がってきますよっていう話をしました。[02:06:28]


 ここで一つ思い出したことがあって。→次回

■註
★ 『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』より。
○「■ナチによる「安楽死」
○容疑者がヒトラーの名を出したことによって、ナチの安楽死計画、障害者の殺害が紹介されることにもなった。こういうことについては、ごく基本的なこととそうでないこととを両方言わねばならないのがやっかいだ。二〇一五年にNHKの番組で放映されたこともあって、ある程度は知られているとしよう。また、基本的なことはやはりウェブに載せた◇。五〇余の文献をあげている。一九九七年までの日本語で読める文献についてはその年に出た[1997]に、その後の文献はその第二版[2013/05/20]にあげた。クレーの分厚い本『第三帝国と安楽死』(Klee[1993=1999]◇)があって高いが買えるからそれを読むのがよい。長瀬修が訳したGallagher[1995=1996]◇)もある。以下ではそのできごと自体についてでなく、その問題のされ方について。そして確認したいことは、ナチの得た支持は多くの部分で経済の成功によるものだったことである。
○とはいえまず概略。多くの障害者がT4作戦と呼ばれる秘密の作戦によって殺され、さらにその作戦の後も殺害は続いた。実数は誰もわからないが二〇万人以上と言われる。行ないの一部がニュルンベルク裁判で裁かれた。ただドイツの有力な医学者医療者が関わっていたこともあり、詳細についてはドイツでも隠匿された部分があり、全容は長く知られることがなく、解明されていくのはようやく八〇年代からのことになる。まずここでも私たちが知るのは、やはりあったことが表面から消えていたこと、そしてそれが、ドイツの医療業界でも上の世代を批判する人たちが出てきてようやく明らかにされていく過程があったことだ。
○このことにも関係して私がいくらか興味があったのは、どのように日本で知られていったのかだ★13。実際に調べられてはいないから依然としてよくわからないのだが、例えば小説としては北杜夫の『夜と霧の隅で』(北[1960])がある。この作品は芥川賞受賞作でよく読まれたはずだから、この時点でまったく知られていないわけではない。ニュルンベルク裁判の判決の情報はあったようだ。裁かれた部分、おおまかなことは、それなりに知られていたようだ。そしてビンディングとホッヘの「生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁」は、翻訳の出版は二〇〇一年だったが(Binding & Hoche[1920=2001]◇)、ドイツの法学はよく学ばれてきたということもあるのだろう、以前から知られていたようで、法学者の書き物には普通に出てくる。戦後の文献では例えば刑法学者平野龍一が安楽死を分類する中で通常(本人意志を前提とする)安楽死に入れられない範疇を示す中でビンディングとホッヘの論文と、二十七万人を殺したというナチの殺害をあげている(平野[1966]◇)。
○訳された一般書籍としては戦争直後に出された三冊の書物をもとにフランスで出た『呪われた医師たち』(Bernadac[1967=1969])が最初のものではないか。そして日本でも医療批判とともに一九七〇年代初頭に言及される。まず高杉晋吾◇[1971→1972]。そして『ルポ・精神病棟』(大熊◇[1973])ではベルナダクの本が引かれている。そして『強いられる安楽死』(しののめ編集部編[1973])。これも六二年の特集と同じく紹介すべきだろうが、全文を収録したものを出してからにする。『医学は人を救っているか』(朝日新聞社編[1973a])所収の中川米造◇「医学とは」(中川[1973])。中川は医学生の(無)反応に注意を促している。『反精神医学への道標』(小澤勲[1974])。職場の病院にあったのを見つけた『ナチスの優生政策』(Frercks[1938=1942])を読んだという。「「保安処分」に思う」(島成郎[1980])。島◇、小澤◇は『造反有理』([2013])にも出てくる造反に加担あるいはいっとき主導した医師。高杉、大熊もその本と次の[2015/11/13]に出てくる。
○これらの人たちは皆、そのできごとを戦時下の独裁者の特異な蛮行とは捉えていない。医療、精神病院…が問題にされた時期に、社会・体制を語るなかで言及している。そして私はそれは基本的には正しいと考えている。ただそれらが指摘されてから五〇年程の時は経っている。すこし別のことも加えてみようと思う。
 →03
○ナチは民主的に政権をとり、民主的に独裁に至り、それを継続させる。その時、経済を成長させ景気を維持して支持を得た。障害者を殺したからというわけではないだろう。それでいくらかを節約できたかもしれないが、それが直接国力に響くといった場合には、既にその経済運営は失敗していると言ってよいだろう。そうした節約によってでなく、経済についてすくなくともいっとき成功した。社会保険他を導入したこともよく知られている。さらにこの時期のナチの政権に限らず、排除、排外主義がどのように実行され支持されるかである。たしかにそこに偏見はあるだろうし、差別したい心情もあるだろう。だがそうしたものと込みになりながら、移民を制限したり、既にいる人を排外することで、得をする人がいる。
○例えば金融業で大きな利益を得ている層を追放して同業の人を儲けさせるといったこともありうるが、むしろ、今般各国で生じているのは国境に纏わる文化障壁によって流入者を気にしなくてよい人たちとそうでない人たちの分化である。例えばその国の言葉がうまく使えなくてもできる仕事に人が多く流入してくれば、もとからその仕事をしていた人たちの就業率や労賃は下がるかもしれない。だからその人たちは排外主義に賛成することがある。他方、損をしない人は、市場全般としては自由市場の方が効率がよいこともあり、安く買えるものは安く買いたいから自由市場化に賛成することがある。こうして労働者のある部分が排除、防衛に賛成することがある。
○「重度障害者」は単純にこの社会の構制から割を食う人だから、その点では社会を変えること、変えるべきことに単純に同意できるところがある。ただ、とくに得もしていないがなにがしかはできる人にとっては、この社会はそれほど単純ではない。ではどうするのか。基本的に言えることは幾つかある。しかし言えることがあることはその実現可能性とはやはり別のことだ。考えれば言えることが言われていないという問題と、言えても現実に難しいところとある。これは大きな問題でここではこれ以上述べないが、まず国家をそうした相において捉えることだ(cf.[2016/10/10])。漠然としたしかし確かなものに思える不安、殺さなければ社会がもたないとまでは思わないが、(あまり)殺さないためにも、(自分たちに関わる)経済をよい状態に保つこと、そのための国力への期待、強さへの志向、いくらか乱暴なことは許容されると思うこと。その国は実際そのような方向に動いたのでもあり、そしてその経済について成功して支持された。その殺害の行ないはうすうすは知られていたが、大きく問題にされることはなかった。作戦の中止は、戦争の相手方が「人道」を持ち出して非難してくるのを嫌ったからだと言われる。
○それと現在とは、この日本国にまったく限らず、いくらか似ている。そして明らかなのは、その状況を批判するのに、道徳的な文言では、すくなくともそれたけではだめだということだ。道徳的な文言は、「自由化」によって益を得ている人たちを正当化する装飾だと受け止められるだろうし、実際かなりの部分そのとおりなのである。だから(社会科学の)大きな問題だと述べた。」(立岩[])
○「★13 「一九七〇年」([1998])が載ったのと同じ本誌の号(特集:身体障害者)に載り同じ本に収録した市野川との対談(立岩・市野川[1998])でこのことを述べている。日本の優生思想をどう見るのかという関心、米本昌平◇の見立てをどう受けるかということもあった→[1997](英語版[2016/09/21])第6章。」(立岩[])


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立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇優生学優生思想  ◇優生学優生思想関連文献  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築 
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