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優生思想?・1

新書2のための連載・01

立岩 真也 2020/08/17 『eS』24

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 この文章は今年中に出したいと思っている本・2の草稿として準備を始めたものです。
 『介助為す介助得る』のための連載と異なり、順不同で書いていきます。今のところ、以下に記す取材時の記録を切り貼りしているだけのものです。だんだんと整理し、かたちを作っていきます。
 ここにおく註と文献表は、新書では大幅に減らされます、というよりなくすと思います。紙の新書をご購入いただいた方に有料で提供する電子書籍版には収録しようと思います。

◆立岩 真也 2020 『(本・2)』,ちくま新書,筑摩書房

 ※ツイッターでこの頁(URL)を案内した「内なる優生思想」に関する記述は『(本・2)』のための頁に移動させました。
 ※できごととその都度
優生学優生思想
優生学優生思想関連文献


 ※以下はメモ。本にする時には大幅に変更する。
 ※2016年以降に起こった事件・できごととそれに関連して書いたりコメントしたものを下に列挙した。


■■序

 本書の刊行に際して、その事情をすこし説明します。
 2016年にたくさんの人が殺された事件がありました。相模原事件とかやまゆり園事件などど呼ばれます。その時、犯人が優生思想の持ち主だということになり、初めてその優生思想という言葉を聞いた人たちがいました。また、久しぶりにその言葉を聞いたという人たちがいました。その後も、いくつか、事件・できごと・発言があり、そのおり、その発言や人を批判したりできごとについて嘆いたりするおりにも、やはりこの言葉が使われました。私も幾度か取材を受けたりすることがありました★01
 そこで、一つには、基本的なことを知ってもらった方がよいと思いました。あとで紹介する、新書で手にとりやすく本もあり★02、まずはそれでよいにはよいのですが、加えて少し違うことを言う必要があると思い、私が書いたがよいとも思いました。それは私にとっては新しいことではなく、ずっと前、1997年に『私的所有論』に書いたのではありますが、その本の第6章4節というところまで辿り着いた人がどれだけいたのだろうということもあります★03
 もう一つは、そうした事件に関わって、何度か取材を受けたり、人に問われたりした時のことがあります。同じことを繰り返し話したり書いたりすることは仕事だと思っています。たとえば『○○新聞』と『××新聞』を読む人はまったく別であることが多いですから、両方に書いたり話したりすることは必要だと思っています。そういうことをしていく中で、どのように問うか、とか、どのように言わないか、とか、そうしたことが大切だと思うことがあります。
 たとえば「優生思想をなくすにはどうしたらよいのでしょう?」とか聞かれるわけです。一瞬、「ふざけてんのか」とも思ったりするのですが、そうでもないようです。普通にまじめであるらしい場合もあります。あるいは、記者という役割として仕方なく聞いているということで、こういう聞き方がいかがなものかということはわかっているような場合もあります。そして、こちらも、まったく間違った問いということでもないですし、その都度、言うことは言います。たださらに、「障害者に対する理解を深めるということが大切なんですよね」という具合に、「話の終わり方(終わらせ方)」がだいたい想定されていて、問われることもあります。これもまあ間違いというわけではないでしょう。ただ、ある方角に話を進めたり、話を終わらせるということの効果というか限界といったことについて、私たちはもう少し注意深くあった方がよいなとも思います。話を「意識」の話にもっていって、そして「解決」を「意識を高める」ところ落ち着ける。「高校生のレポートじゃないんだし」と言ったら、高校生にわるいかも、ですが、そんなふうに言いたくなることがあります。ただ、1時間も2時間も話していると、このへんで私たちは言い方ちがえてしまうのだといったりあたりのことで、かなり納得してもらえることもわかりました。ただ、それは30字や50字ぐらいのコメントにはなかなか表われません。他方、ずっと長い本で書いていても、そこはそのようなことを言っている場所だと気付いてもらえることは少ないように思いました。例えばそれは、『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』に書いてあることなのですが、長いなかで短くまとめてしまったのがよくないのかもしれないと思いました。
 そこで『介助為す介助得る』に続き、新書を1つ書くのがよいだろうと思ったのです。


『私的所有論  第2版』表紙   立岩真也・杉田俊介『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』表紙   立岩真也『弱くある自由へ――自己決定・介護・生死の技術 増補新版』表紙


★01 たいがいは残念なできごとと、それに関連する立岩の文章・発言等。2019年9月19日に予定している障害学会大会のオンライン・シンボジウムでは、これらのできごとの多くに関わってきた日本自立生活センター(JCIL)のメンバーにも参加していただこうと思っているので、その関連もいくつかあげてあります〜あとで思いついたので、これから増補します。
 2016/07/26 相模原事件
◆2016/07/28 「七・二六殺傷事件後に」 ※コメント全文掲載
 『朝日新聞』2016-07-28
◆2016/07/29 0726殺傷事件後に ※メモ掲載
 ホウドウキョク http://www.houdoukyoku.jp/pc/
◆2016/08/02 「七・二六殺傷事件後に」 ※全文約1000字掲載
 共同通信配信
 「安楽死の主張や優生思想・優生主義には種々の意味があるが、他人にとっての損得によって、時に人を生まれないようにし、時に人に死んでもらおうという考えや行いだと捉えたらよい。これは歴史的な事実でもある。/…」
◆2016/08/07 「七・二六殺傷事件後に」 ※録音記録などはなし 
 NHK・Eテレ『バリバラ』緊急企画「障害者殺傷事件を考える」19:00〜19:30
◆2016/09/17 「七・二六殺傷事件後に」(コメント)
 『東京新聞』2016-9-17:29
◆2016/09/26 発言 ※記録なし
 相模原障害者殺傷事件の犠牲者を追悼し、想いを語る会,於:参議院議員会館
◆2016/09/29 「自らを否定するものには怒りを――横田弘らが訴えたこと」 ※全文掲載
 『聖教新聞』2016-9-29
◆2016/10/25 「障害者運動って、なんですか?――「障害児を殺してもいい」という一九六〇年代から」(インタビュー,聞き手:奥田直美・奥田順平) ※全文掲載
 『Chio』113:64-75(特集:知らないうちに?だれかを?わたしは「差別」しているの?)
 2016 長谷川豊発言「自業自得の人工透析患者は殺せ」
◆2016/11/25 「長谷川豊アナ「殺せ」ブログと相模原事件、社会は暴論にどう対処すべきか?」(インタビュー,聞き手:泉谷由梨子) ※全文掲載
 『The Huffington Post』2016-11-25,,
◆2016/12/11 「生の線引きを拒絶し、暴力に線を引く」 ※記録なし
 障大連・大阪障害者自立セミナー2016「相模原事件を考える――地域での共生を目指して」,,
◆2016/12/21 「道筋を何度も作ること」 ※記録なし
 全国自立生活センター協議会「いまこそ脱施設、地域生活へ――シンポジウム 津久井やまゆり園事件を考える」,於:アクロス福岡,,
 2017 優生保護法下での手術の告発
◆2017/01/26 「「死ぬ権利」を整備する前に考えるべきこと」 ※全文掲載
 Yahoo News(非掲載) ※非掲載になって事情記憶になし
◆2017/02/26 「道筋を何度も作ること」 ※記録なし
 津久井やまゆり園事件を考える2・26大阪集会,於:立命館大学いばらきキャンパス
◆2017/03/12 「道筋を何度も作ること」(講演) ※記録なし
 「みんなで語ろう 相模原事件から見た命」,主催:CIL豊中・豊中市障害者自立支援センター
◆2017/03/12 「紹介:荒井裕樹『差別されてる自覚はあるか――横田弘と青い芝の行動綱領』」 ※全文掲載
 共同通信配信
◆2017/03/19 NHKの取材に ※頁なし
 於:京都
◆2017/03/25 「重度かつ慢性、はあっても探す必要はない」 ※記録なし
 消えた「社会的入院」問題――「重度かつ慢性」基準化で始まる新たな長期入院,於:立命館大学朱雀キャンパス
 於:立命館大学朱雀キャンパス
◆2017/04/22 「道筋を何度も作ること――7.26殺傷事件後」 ※全文掲載
 日本社会福祉学中部地域ブロック部会主催2017年度春季研究例会研究例会 、「相模原障害者 殺傷事件から問い直す『社会』と福祉」,於:名古屋
◆2017/07/07 「道筋を何度も作ること――7.26殺傷事件後」 ※記録なし
 京都自由大学
◆2017/07/15 「高額薬価問題の手前に立ち戻って考えること」 ※全文掲載
 『Cancer Board Square』3-2:81-85(253-257)
◆2017/08/12 安楽死尊厳死について ※録音記録全文掲載
 MXテレビ
◆2017/09/09 「長生きは幸せか 社会学者、立命館大教授 立岩真也さん」 ※全文掲載
 『中日新聞』『東京新聞』2017-9-9
◆2017/10/18 「相模原事件から考える」 ※記録なし
 「国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議」2017年度プレ講座,於:大阪駅前第2ビル5階、大阪市立総合生涯学習センター第1研修室
 2017 兵庫県立こども病院
◆2017/10/31 「『毎日新聞』「兵庫県立こども病院 障害者不妊手術称賛?団体など抗議文」でコメント」 ※短いコメント
 『毎日新聞』2017/10/31(紙版では2017/11/01)
◆2017/11/30 「だから真っ向から強く批判する」(講演) ※記録なし
 於:広島修道大学
◆2017/12/02 「事件に託けて言いたくない」 ※記録なし
 自由人権協会大阪・兵庫支部,於:大阪弁護士会館11階1110会議室
◆2017/12/31 「公開質問状」 ※全文掲載
 立岩真也→兵庫県立こども病院名誉院長小川恭一
◆2018/03/07 障害学会理事会「旧優生保護法に関する障害学会理事会声明」 全文掲載
 http://www.arsvi.com/2010/20180307jsds.htm
◆2018/07/28 「集会「優生保護法に私たちはどう向き合うのか?――謝罪・補償・調査検証を!」で」
 於:東京大学
◆2018/09/24 「唯の生」 ※記録なし
 みやぎアピール大行動 於:仙台
 2018/12/24 シンポジウム・筋ジス病棟と地域生活の今とこれから,於:京都テルサ
◆2018/12/24 「長い停滞を脱する」
 第33回国際障害者年連続シンポジウム・筋ジス病棟と地域生活の今とこれから,於:京都テルサ
 2019/01 「「平成」が終わり、「魔法元年」が始まる」という対談(古市憲寿・落合陽一,『文学界』,2019-1)
◆2019/01/15 「於「古市憲寿と考える安楽死――死に方を選べないっておかしくないですか?」」 ※記録なし
 にこにこ動画,「古市憲寿と考える安楽死――死に方を選べないっておかしくないですか?」
◆2019/02/02 「「おかしくないですか?」、に」 ※記録なし
 安楽死のリアル――一つではない「良い死」,午後2時30分〜 会場:立命館大学 朱雀キャンパス
◆2019/02/23 「少子高齢化のせいで「もの」は足りなくなるのか?――一人あたりで考えてみる」 ※全文掲載
 https://www.buzzfeed.com/jp/shinyatateiwa/
\ ◆2019/03/07 「ここは押さえておく」 ※記録なし
 ACPについての研修会,主催:永原診療会,於:京都市上京総合庁舎4階大会議室
◆2019/03/14 「相模原事件から考える」(講演) ※講演記録あるがHP上にはなし
 あいぽーと徳島人権問題講演会,於:徳島市・沖洲マリンターミナルビル
 2019 福生病院で人工透析中止
◆2019/03/25 「人工透析を中止し患者が死亡 提案する医師とその選択を支持する声に反論する」 ※全文掲載
 https://www.buzzfeed.com/jp/shinyatateiwa/
◆2019/03/31 司会 ※記録なし
 シンポジウム「優生思想との決別――旧優生保護法被害からの人権回復に向けて,京都弁護士会×立命館大学生存学研究センター共催,於:立命館大学朱雀キャンパス
◆2019/03/31 「おのおの技能を使い合せる」 ※記録なし
 シンポジウム「優生思想との決別――旧優生保護法被害からの人権回復に向けて,京都弁護士会×立命館大学生存学研究センター共催,於:立命館大学朱雀キャンパス
◆2019/06/01 「病者障害者の戦後」 ※岩永直子氏の記事あり
 筋ジスの自立生活とは?――筋ジス病棟から自立生活へ,1100-12:00,主催:メインストリーム協会,於:西宮市
◆2019/06/01 「これから」 ※記録なし
 筋ジスの自立生活とは?――筋ジス病棟から自立生活へ,主催:メインストリーム協会,於:西宮市
 2019/06/02 NHK スペシャル『彼女は安楽死を選んだ』
●2019/06/08 岩永 直子「「治すことを願って」6、7歳で入った――筋ジストロフィーの人が50年以上病院で暮らしてきた理由(前編)」
 『BuzzFeed News』2019-06-08
●2019/06/08 岩永 直子「「善意の集合体」が維持してきた仕組みを壊す――筋ジストロフィーの人が50年以上病院で暮らしてきた理由(後編)」
◆2019/06/24 「動かなかったものを動かす」 ※記録なし
 第28回全国自立生活センター協議会協議員総会・全国セミナー
◆2019/07/20 「やまゆり園事件から3年 「生きる価値」の大切さ問う」
 『朝日新聞』2019-07-20朝刊
◆2019/09/22 「コメント」
 有馬斉著『死ぬ権利はあるか――安楽死、尊厳死、自殺幇助の是非と命の価値』合評会,於:立命館大学衣笠キャンパス・創思館
◆2019/12/07 「安楽死尊厳死の倫理」 ※記録なし
 日本生命倫理学会大会,於:東北大学
◆2019/12/15 「御挨拶」 ※代読してもらった全文掲載
 シンポジウム「安楽死・尊厳死問題を考える――公立福生病院事件と反延命主義」,於:東京大学駒場キャンパス
◆2019/12/15 障害学会理事会「NHK「彼女は安楽死を選んだ」に対する指摘への応答を求める」
 NHKに対して/放送倫理・番組向上機構に対して
◆2019/12/26 「ともに生きることと優生思想 社会学者・立岩さんの視点――相模原事件を考える〜公判を前に」
 『毎日新聞』2019-12-26(紙版)
◆2020/03/23 「被告の姿私たちとつながる 暗い見立て直さないとダメ」(山下 寛久/立岩 真也)
 『朝日新聞』2020-03-23神奈川県版:21
◆2020/03/23 共同通信記事
 共同通信配信
 COVID-19
◆2020/04/21 「「自己犠牲」や「指針」で、命をめぐる医療現場の困難は減らない――だいじょうぶ、あまっている・2」
 『現代ビジネス』 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71974
◆2020/05/02 「新型コロナの医療現場に、差別なく、敬意をもって人に来てもらう――だいじょうぶ、あまっている・3」
 『現代ビジネス』 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72304
●2020/04/09 共同通信の取材に
 新型コロナウィルスについての障害学会理事会声明等について
●2020/04/09 NHKの取材に
 新型コロナウィルスについての障害学会理事会声明等について
◆2020/05/02 「優生学について」 ※録音記録全文掲載
 京都看護大学大学院講義
◆2020/05/08 「……」 ※記録なし
 オンラインセミナー「新型コロナウイルス感染症と生存学」
●2020/04/20 北海道新聞の取材に
 新型コロナウィルスについての障害学会理事会声明等について
◆2020/05/11 「新型コロナウィルスの時に『介助する仕事』(仮題)を出す――新書のための連載・1」
 『eS』009
◆2020/05/16 「COVID-19に関連して」 ※記録掲載予定
 京都看護大学大学院
◆2020/06/23 「COVID-19から世界を構想する」(仮) ※草稿掲載
 科学技術振興機構・社会技術研究開発センター戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発),科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム
●2020/06/24 「新型コロナ 障害者は問う、「命の選別」起きはしないか…」(田中陽子記者)
 『朝日新聞 DIGITAL』2020年6月24日 5時00分 https://www.asahi.com/articles/DA3S14523747.html
◆2020/07/18 「挨拶」 ※記録なし
 13:55〜 East Asia Disability Studies Forum 2020, Webinar on COVID-19 and Persons with Disabilities in East Asia(障害学国際セミナー2020,オンラインセミナー:東アジアにおける新型コロナウイルス感染症と障害者
◆2020/07/18 「(閉会挨拶)」 ※記録なし
 1620〜1630 East Asia Disability Studies Forum 2020, Webinar on COVID-19 and Persons with Disabilities in East Asia(障害学国際セミナー2020,オンラインセミナー:東アジアにおける新型コロナウイルス感染症と障害者
●2020/07/21 「人工呼吸器は譲るべきか コロナ禍でも深まらぬ議論」 ※コメント部分あり
 『産経新聞』 https://special.sankei.com/a/society/article/20200716/0001.html
◆2020/08/03 「優生思想について」 ※記録なし
 J-WAVE,「JAM THE WORLD」 2020/08/03 20:10〜20:40
◆2020/08/17 「優生思想?・1――新書・2のための連載・01」 ※この頁
 『eS』024
 2020/07/23 京都での嘱託殺人事件報道
◆2020/08/03 「こんな時だから言う、また言う――新書のための連載・14」
 『eS』022
◆2020/08/10 「こんな時だから言う、また言う 収録版――新書のための連載・15」
 『eS』023
★02 講談社現代新書の『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのか』米本 昌平松原 洋子ぬで島 次郎市野川 容孝[2000])
★03 『私的所有論 第2版』
□第6章 個体への政治――複綜する諸戦略
  □63性能への介入
   □31環境・遺伝への注目と介入 □32アメリカ合衆国とドイツにおける優生学 □33優生学の「消失」
□第7章 代わりの道と行き止まり
  □71別の因果
   □11社会性の主張 □12真性の能力主義にどう対するのか
   □13間違っていない生得説に対する無効 □14因果を辿ることの限界
□第9章 正しい優生学とつきあう
★  取材の全体を録音しそれを文字化したものがある。それを読み直し、一部を引用し、本に使っていく予定。
 ◇2020/03/23 「被告の姿私たちとつながる 暗い見立て直さないとダメ」(山下 寛久/立岩 真也),『朝日新聞』2020-03-23神奈川県版:21
 「植松聖(さとし)被告(30)は「津久井やまゆり園」で働くうちに「他人の金や時間を奪う重度障害者はいない方がいい」と考え、次第に「殺す」と決意を固めた。障害者施設である同園での殺傷事件の公判で、友人の供述調書などの証拠から浮かび上がった。
 立命館大学大学院の立岩真也教授(59)は被告の姿を「飛躍しながらも私たちとつながっている」と見る。歴史上、45人もの人を殺傷した事件はほとんどない。だが一方で、生産できない人間を生かしておくと社会がもたないという見方は、社会に広く、深く根づいていると考えるからだ。
 確かに食べ物や日用品など、生きていくためには誰かが生産をしないといけないし、できることはいいことだ。だが、それはできない人が生きてはいけないことの根拠にはならないし、そのような根拠はない。
 事件の根底にある間違った見方は、生きるに際して役に立つものを提供できるという「価値」と、そうして生きる本人にとっての良さという「価値」とを、混同することから生まれるという。
 例えば、勉強や体操、芸術ができることは、気持ちが良い、美しいといったプラスの価値につながる。だが、それはそもそも人間が生きていることを前提とした、良く生きるための手段としての価値と言える。
 一方、「生きることの価値」というのは、ご飯を食べておいしい、暖かくて気持ちが良いといった、「一人ひとりが世界で生きていくことの中から受け取っているよさ」のことをいう。それは生産ができるかできないかに関係なく、ほとんど、どの人にもあるものだという。
 「人に世話されて生きる人は、他の人より良い部分や好かれる部分がないと生きていてはいけないのか。生きることの価値を勝手に減らしたり、奪ったりしてはいけない。その人にしかないその人の良さが無くなってしまう。だから、殺してはいけないんです」
 だが「生きることの価値」はしばしば見過ごされる。今後良いことなんかない、大変な時代になっていくんだという社会に漂う暗い見立てが目をくらませる。立岩教授は「その見立てがそもそも間違っている」と指摘する。
 例えば人不足が言われる。親1人子1人で子育てをする家庭、子が1人で親の介護をしている家庭は、多くが追い詰められている。ケアを手伝う人がいればいいのだが、担う人手が足りない。「少子高齢化のため」と説明されるが、それはまったく間違っている、そこは、被告も多くの人もまったく間違っている。働ける人・働きたい人はたくさんいて、給与など労働条件や労働環境などよくすれば、人手が足りないと言われる 部分も十分にまかなえる。
 それなのに、そうした社会の設計がうまくいっていない部分を直す前に、誰もが暗い見立ての下で我慢比べを続けている。「被告はまさにこの社会の見立てを真に受け、事件を起こしたし、他にも信じている連中はたくさんいるだろう。そこから直さないと本当はダメなんです」。立岩教授は言う。」
◇2020/03/23 共同通信記事,共同通信配信★
 「相模原の障害者施設殺傷事件で、植松聖被告(30)は犯行動機を「意思疎通のできない人の安楽死」と言う。だが本人の意思に関係なく死なせるのは、安楽死ではなく殺人です。当たり前のことであり、被告の言動には興味がありません。
 ただ被告が語る「このままでは社会が持たない」という危機感については、我々の社会に色濃く広まっている。私は無駄な危機感だと考えます。
 例えば心配されている一つは、人手不足。確かに労働力が減れば、人類に必要な消費物が生産できなくなる可能性はある。一方、高齢でも働ける人が増えている。定年後も働きたい人、さらに働きたい女性が十分に働けるようにしたら良い。一つ一つ事実を積み上げて考えるべきです。
 極限状況で、船から誰かを降ろさないと全員が沈む場合、誰から降ろすべきかという生命倫理学の救命ボート問題の問いがある。論理的に局所的にそういうケースは生じ得ます。だが、この社会は本当にそんな状況なのか。事実をみていけば、そうでないと分かる。稀に起こる危機も減らせるし、乗り越えられる。不要な危機感を抱く必要はまったくないのです。
 事件では、優生思想が話題になりました。誰にでもある、逃れがたい「内なる優生思想」とも。その通りですが、気持ちの問題で話が終わりがちです。私は、施設にいる障害者が地域で暮らすための支援に関わっていますが、現実にできることはたくさんあります。
 また被告への反論として「障害者は明るく元気に生きている」といったことが言われます。多くは事実だし意味もありますが、被告は「違う人もいる」というだけでしょう。それに、明るくも元気でもない障害者は、かえってしんどくもなる。
 命の価値を線引きし、否定された時、何か別の良いものを持っていないとだめなのか。障害者運動の一部の人たちは「とにかく殺すな」「自分たちのことを勝手に決めるな」と言いました。存在することに理由などいらない、と。この原理主義は、正しいと思う。
 障害者運動には、原理原則を大切にしながら、現実にお金や制度を獲得してきた歴史がある。二つの間で悩みながら進んだ彼らの歩みを精錬すれば、道筋は見えると信じています。」


UP:2020 REV:20200816
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