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ヘルパーをしてみる・3

新書のための連載・4

立岩 真也 20200601 『eS』12
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介助・介護 > ◆重度訪問介護派遣(重訪)

※以下の草稿に大幅な加筆・変更を加え、ちくま新書の一冊として刊行されます。
◆立岩 真也 2020 『介助為す介助得る』,ちくま新書,筑摩書房
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だいじょうぶ
 いまの話は、かつて親の介助していて、親がいなくなって、失業者にカウントされてないけど仕事なくて、というような人が100万人いるということでしたよね。そしてさっきは定年になって、力をもて余している人の話でした。だから、少子高齢化で人が足りなくて、それで働き手が足りないから大変だという話を信じるところから始めることはないということです。もっと子どもを産め、ということにもならない。子どもがたくさん生まれることはいいことでしょうけど、まず、人が少なくなるから産めっていって産むものかということがあります。畜産業じゃないんだし。失礼でもあります。仮に、そうやって産めよ増やせよって、実現したとして、いったい何十年後の話のことだよっていうのもあります。外国からケアワーカーに限っては人をいれなきゃならないという話だってそうです。外国人労働者が来るのも悪いことじゃないと思いますが、だけどそうしないとやっていけないとか、いや、そもそもやっていけないとか。やっていけなくなるから、世話する仕事をする人に限りがあるんだから、世話されるやつを殺してしまえ、みたいな。実際殺してしまったのが2016年の、相模原の「やまゆり園」という施設での事件ということになります★16
 ほんとに大変なら、それを前提にして考えるしかないこともあるでしょう。しかし、そうやって考えていったって、もうすこしまともなやり方はあるだろう、と思います。殺したりするよりも、というだけのことではありません。自分は死んでもいいという、「事前指示」などど呼ばれる書類があるからといって、その人の人工呼吸器をとって他の人に渡すことは倫理的に正しいと語られ、そういうものかと私たちは思ってしまったりします。明白な悪としての殺人より、善意や正義と思われるものの方が危ないのかもしれません★17。そして、そのずっと手前で、ほとんどの場合にそう深刻になる必要はない、すくなくとも深刻にならないようにすることはできるということです。

すべての人を、は無理、だからしない、とはならない
 こんなふうにかまえた方がいいよ、ということは、介助の仕事や介助使う生活をどうおさえるかにも関わってきます。私自身は、確実にかなりけちな人間なので、基本一人が一人につく、そして、必要に応じてではあるけども、長い時間つく、というかたち、はたから見る限り、緩いというか贅沢なというか人の働き方・使い方でよいのだろうかと思うところがないではないのです。これは、生活する一人ひとりは一人ずつ住んでいること、一人ひとりが行動し移動することに対応しているわけですが、そこのところを、二人(以上)が近いところにいてもらって、それを一人で担当するとかの方がいいんじゃないかとか、もっと効率的に働けないだろうか、また使えないだろうかとか思ってしまうところがあるわけです。
 しかしまず、人は一人ひとり別々の人なんで、二人が一ところにずっといるというのでなければ、もともと一人では対応できません。そして、一ところで二人が暮らしていても、いつもちょうどよい具合に、交代交代で二人に必要が生じるともなりません。それを順番待ちにしたら、無理・我慢をさせることになります。だから、たくさん必要な人については、命に関わることもありますし、それほどでもないこともありますが、基本的には一人に対して(二人ということもありますが)一人のほうが、よいということはやはり言えます★18
 どうしても人がいないのなら、その時にはがまんしてもらうことは仕方がないと思います。しかしそんなことはないことを言いました。人はいます。仕事してもよいけれども仕事がない人がたくさんいます。仕事したいなら仕事してもらって、稼いでもらうこともよいことです。その分お金がかかるだろうと言われるかもしれません。もちろんかかります。しかし、まず、基本は右から左に移るだけということです。例えば、今まで家族介護で無償でやってきたことにお金がでるようになったとしましょう。それだけなら人間が行なう仕事の量は何も変わりません。そして仕事をする人は、所得保障(生活保護)だけで暮らすより――実際には、とれるはずの生活保護だってとれてない人が多いのですが――いくらかよい生活をすることができます。その分「払うだけ」の人も出てはきます。だけれどもそれは、考えてみれば当然のことで、そして、たいしたことではないのです。この話にはすこしややこしい部分もあります。これまでに書いたものがあって、これからそれを短く易しくしようと思っています★19
 しかしそれでもなお、全部が全部そんなふうにできないだろう、と言われるかもしれません。それに対しては、私は、気弱なところかあるので、たしかにそれは難しいだろう、と言うことになります。しかし、その気弱な私でも断固としてはっきりと言いたいのは、「全部は無理、だから、何もしない」というのは最悪だということです。ひとところに集まっていて、それで日ながら過ごすということでよいのであれば、それでよいと思います。するとそこに住んでいる人と同じ数だけの人はいなくてよいということにもなるでしょう。しかし、そういう暮らしを望まない人たちがいます。人手がいないからと言われて、トイレを毎日がまんしている人たちがいます。そこから手を打つ、でいいわけです。あとでそんな企画、筋ジストロフィーの人たちが、国立療養所と呼ばれるところから出たいなら出る、そこでもっと苦しくない生活をしたいならできるようにするという企画にすこし関わっていることを話しますが(第◇章)★20、それは一つにとても簡単な事情で難しくなっている。つまり人がいないわけではないのに、ケア仕事の条件がわるいから、そう思われているから、制度が知られていないから、人がいないだけのことで難しくなっているわけです。それを、全部は無理でしょ、だから仕方がない、という理屈にならない理屈を言って何もしないのではなく、現実を、そう手間暇かけずに、一つずつしかし結果として大きく変えていくことは簡単なことであり、するべきことであり、すればいい、そういうことです。

学生のバイトにもなる
 ずっと介助の仕事、ずっと毎日おんなじ仕事をする、でも自分はそれがいいって人もいます。こうして、人生全体を控えめにという人がいても、もちろんよいのです。他方、他にやることがあったりして、生活の一部、仕事の一部にしている人もいます。その話をさきにしました(◇頁)。僕は大学院生っていう人たちと仕事をしてるんですが、大学院生をしながら介助の仕事をしてるっていう人、僕のまわりが特異かもしれませんけど、けっこういます。
 韓国から来てるユさんっていう女性の大学院生は増田秀明さんっていうALSの人の介助しています。ALSって、身体がだんだん、けれども多くの場合かなり短い間に、動かなくなるっていう不思議な障害です。ただ指先や眼球の動きは残るっていうことがあって、それで文字盤を介してコミュニケーションするっていう、そういう仕掛けの人生を生きてるんですけどね。その人のヘルパーやってます。そうしてだんだん日本語が上手になってきて、増田さんたち京都の人たちについての研究をしています。
 それからロッズオさんていう上海から来てる大学院生もいます。彼はうちの大学院来る前からそういうアルバイトして、今でもやっています。こないだ腰わるくして、これ職業病みたいなところあるんですが、心配したんですが、なんとかなったみたいです。
 留学生つながりになってますけど、留学生が特に多いってわけじゃないんですけどね、もう一人やはり中国からの焦さんていう大学院生がいて、彼はプログラミングとか上手な人で、私たちのサイトのデータベースのためのプログラムを作ってくれこともあるんですが、彼もそういう仕事してたってことを、これはまったく私つながりではなくて、つい最近知りました。彼は院生は続けてますけど、コンピュータ関係の専門学校の専任講師になれたので、介助の仕事は終わり、今はその仕事と研究との兼業です。そして私は知らない人なんですが、彼の知り合いのスペイン人で、こないだ文学だかの博士号取って、大学院が終わって、それはいいんだけど、研究者ですぐ飯が食えるわけじゃないので、介助の仕事しているんだそうです。
 そして、たまたま今はスペインやら韓国やら中国やらっていうことになりましたけど、普通のっていうか、日本国籍の日本人っていうか、そういう人でも一方でそういう仕事しながら、大学院生している人たちがいます。
 学生さんは逆に辛いかもね。大学行かなきゃいけない時間って決まってて、その時は大学行かなきゃいけないっていうのあるんで。僕が数十年前に大学生だった時は、学生みんな学校行かなくて。みんなじゃないですね、僕や僕のまわりの人たちは少なくともあまり行かなくて暇だったんですけど、今の学生さんは忙しいので、そこのとこはなかなか大変かもしれません。ただそういう忙しいなかでも、大学生や専門学校の学生さんが働いてくれてて、それが代々バトンリレーのように続いていて、それで生活成り立たせている人もいます★21。いろんな学部の人がいますけど、そうやって友達つながりで複数いて、代々続いているところとなると、看護とかリハビリテーションとかそういう学校・学部の人たちが多いことは多いですね。

前衛の仕事と後衛の仕事
 さっきユさんが介助している人として名前を出した増田さんは、ALSで生活の全般について制度を使っています。京都ではそういう生活が実現できたその初代みたいな人は、甲谷匡賛さん★22という人なんです。その甲谷さんは、舞踏、昔だと暗黒舞踏とか言ってたものの流れのものとかね、身体使って表現する人たちの身体のメンテの仕事をしてた人なんです。そういう人が、突然ALSになって体だんだん動かなくなったときに、最初にそれを支援していた人たちがその身体系の人たちで、はじめはボランティアっていうかそういうかたちでやったんだけれども、どっちもそれじゃ大変じゃないですか。だから京都市に交渉して、2008年のその交渉には私も付いていったんですけど、制度を使えるようになりました。そして、支援してきた人たちも、そういう仕事をしてもお金が得られるよってなって、昼間は踊って、か、夜は踊るかどっちかわかんないですけど、どっちか半分踊って、それだけじゃ飯食えないし、甲谷さんの介助をする。
 一方で自己実現的なことはアートみたいなところでやりながら、でもそんなこと一日やってたら疲れるから、半分そういうのやりながら、そうじゃないところで人の言うことを淡々と聞くっていう仕事をする、そういうバランスもいいと思って。アーティストが夜とか昼とか介助の仕事をして、飯食いながらでもやりたいことやるって、そういうことができちゃってるんですね。こういうことはずっと前住んでいた東京でもありましたね。
 もちろんそれは介助の仕事に限りませんけどね。こちらの大学院生に清掃の仕事のバイト始めた人が最近いて、清掃の仕事いいよねっていう話をその院生としてて。そういう黙ってできる仕事みたいなのって、嫌いな人は嫌いかもしれないけどいい人にはいいんですよ。で、清掃の仕事っていうのと、ケア、介助の仕事で違うってみんな思うかもしんないけど、でもなんだろう、主体性を殺せる、黙ってできる、実はね、介助の仕事はもうすごい大変なこともあるんだけど、そうでもないときもある。
 ひょっとするとこれは、世界的にそうであるわけじゃなくて、わりと日本的な出来事なのかもしれないなって思います。制度がない、お金のない人は人を雇えない、終わり、死んじゃいました、みたいなことは世界中で起こっています。他方、お金のある人が、自分のお金で、移民とか、外国からの安い労働者を使うっていう形で介助をまかなってるっていうところもまたけっこうあるんです。やりたくてやってるわけじゃない。しょうがなくて金稼ぐためにやってるっていう、そういう労働者層っていうのがケアワーカーっていう仕事に就くっていう、そっちのほうが世界的にはいわゆる先進国、アメリカとかでもね、それからいわゆる低開発国って言われるところでも、そっちの方がむしろ標準なのかもしれません。
 ただ、僕らが知っている京都であるとか、東京にもいたことあるんですけど東京でも、けっこういろんな多様な層が入っては、入って留まり、留まってやがていなくなる。でも中には続いてる、30年、40年って続いてもいる。そういう世界、介助者の世界があったりするんです。これってそうそうどこでも実現してるってことではない、日本のなかでもね。ただ、僕は世界のことなんか何も知りませんけど、そういう変なっていうか、あんまりないかもですね。そういうカルチャーっていうか現実があるんですよ。これはね、世界に誇っていいことであって、皆さんどうですか? だから京都意外といいなって、褒めることにしようと、この頃僕思っています。

これは田舎に適している
 ここで紹介している制度やそのもとになった前の制度を含め、始まって広がっていったのは、大都市、もっといえば東京都であったのは事実です。田舎じゃ難しいという話は今でも聞きます。ただ、実際にはそうでもないというのが一つ、もう一つ、これは地場産業ですという話を一つします。
 まず、実際、人工が一万人とかいない島、離島ですね、そういうところでもこの制度使っている人たちはいます。後でお話しますが、そのためのお金の4分の3はその市町村からではなく国と都道府県が支出します。だからこれはお金が相対的にあるところから相対的にないところへの移転・移動ということでもあります。
 そしてそのお金は必ず地元に住む人に、一人ひとりに、毎日とか毎月とか、ほぼすべてが人件費なんですから、全部が直接に渡ります。そしてその人が、多くをその地域で消費します。他の産業が盛んになることはよいことでしょうけど、そう簡単なことではありません。農業・漁業の後は、道を作ったり建物を建てたりする土木工事系の公共事業もひと段落して、メンテの仕事は大切でそれはいくらか残るにしても、あまりすることがありません。次に、他に比較してそうわるくない。結局うまくいかない可能性の高い産業に比して、ここでの生産・消費は確実です。人はいます。過疎地とか限界集落とは、すっかりもう誰もいないなったところのことではなく、1人でも2人でも、まだ少しでもいるところのことです。そして、その人たちがその場所にいたいのであれば、い続けることが可能であるように、ずっと世話をする。地元の介助を要する人たちが死に絶えるまでやればいいんです、その時まで。人間、そう簡単に死に絶えませんから。もつ、だいぶもちます。
 貯蓄と消費のどちらが歓迎されるかは理論や時世や状況によりますが、今はすぐに使う方がよいとしましょう。この仕事をする人の多くは収入を消費にまわすでしょう。介護・介助(加えれば医療)のことが心配で私たちはお金をがんぱって貯めているわけですが、それを全部自分で、その時になってまかなう必要がなくなければ、無理してそのために貯める必要もなくなります。
 たしかにあまり派手な話ではありません。しかしうまくいく「地域振興策」といったものは、他でうまくいかないから目立っているわけで、たいがいはそうはうまくいきません。なかでこれは、確実に必要とされ、いろんな人ができ、他の仕事と兼業もできます。よいと思います★23


★16 その年にいくつかの文章を書き、それらと杉田俊介の文章と杉田との対談を加えて、翌年の1月に『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』(立岩・杉田[2017])とした。2020年に地裁の判決があってその前後にもいくつか取材を受けた。新聞などに掲載されたものはごく短いもの。以下は共同通信が配信したその一つの一部。取材は宮城良平記者。
 「事件では、優生思想が話題になりました。誰にでもある、逃れがたい「内なる優生思想」とも。その通りですが、気持ちの問題で話が終わりがちです。私は、施設にいる障害者が地域で暮らすための支援に関わっていますが、現実にできることはたくさんあります。
 また被告への反論として「障害者は明るく元気に生きている」といったことが言われます。多くは事実だし意味もありますが、被告は「違う人もいる」というだけでしょう。それに、明るくも元気でもない障害者は、かえってしんどくもなる。
 命の価値を線引きし、否定された時、何か別の良いものを持っていないとだめなのか。障害者運動の一部の人たちは「とにかく殺すな」「自分たちのことを勝手に決めるな」と言いました。存在することに理由などいらない、と。この原理主義は、正しいと思う。
 障害者運動には、原理原則を大切にしながら、現実にお金や制度を獲得してきた歴史がある。二つの間で悩みながら進んだ彼らの歩みを精錬すれば、道筋は見えると信じています。」(立岩[20200323]
 第一段落・第二段落に書かれていること(話したこと)はごくごく短いし当たり前のことでもある。ただ、こうした取材に応えるなかで、その当たり前のことを話し、聞いてもらってようやく当たり前のこととして通じるといったことが幾度もあった。それで、他の(つまりは厚くて値段の高い)本で幾度も書いてきたことではあるが、やはり、新書のような体裁の本に書くのがよいと思った。それを本書で、とも考えたが、分量としても無理がある。もう一冊の本にしてもらおうと思った。本書に収録するかもしれない話で、同じようなことを言っているのが以下。
 「「内なる優生思想」という考え方にはもちろんもっとなところがあります。ただ、心優しい人たちが自分のことを思って、私にも優生思想的な部分があるとか思って、それを根絶するのは難しいよねとか、反省してしまって立ち止まってしまうのは、損なことだと思うのです。根絶なんかできないって居直ったってよい、しかしその濃さを薄めることはできるということです。そのためには、自分だけで世話を背負いこんでその負担で暗くなり殺しそうになったりするその度合いを減らすことです。
 そういう仕組みを私の知る皆さんの運動は作ってきた。それが意外にも知られていないから知ってもらおうと思って本やらいろいと書いてもきました。ただまだ知られてない。皆が知るべきだとは言いません。けれども一番知ってなきゃいけない専門職の人たちがあきれるほど知らない。介護保険のことは知っているけれども「重訪(重度訪問介護)」のことをほとんどまったく知らない。それではたいへん困るわけです。知ってるはずだと人々が思う人が知らないとなると、人々は存在しないと思ってしまう。ほんとにないなら仕方がないかもしれない。あるいは作るしかない。けれども実はあるわけです。あるものを知らないことによって人は人を殺してしまう、あるいは自分を殺してしまう。それはとてもよくないですよ。もっと知ってもらうように私たちもできることはしますが、知ってるはずの知らない人たちももっと積極的に情報を得ようとしてもらいたいと思います。」(立岩[20200401]
★17 講談社のサイトでの連載の第2回(立岩[20200421])で、このたびのことについての「トリアージ」の議論の一部を簡単にだが検討した。そして仕方なく「基準」「順位」を考えるとして、例えば「平等」をもってきたらどうなるか、すこし述べた。『自由の平等』(立岩[20040114])の第二版を出してもらうこと考えていて、そこに増補される章でさらに考えてみようと思う。
★18 講談社のサイトでの連載(これまでに立岩[20200414]立岩[2020421]立岩[20200502])でこのことを書いて、新書にしてもらおうと思っている。
 「アンペイドワーク」についての検討は『家族性分業論前哨』(立岩・村上[2011])でなされている。
★19 「グループホーム」――ときによいものでありうることを少しも否定しない――を作ろうとがんばったが、がんばっただけのことはあった、とはなかなか言えないことがあったことを『病者障害者の戦後』(立岩[20181220])で記した。東京の八王子に苦労して一つ作った後、作るのに尽力した人から、次は八丈島に五〇人規模のを、と聞いて、付いていけなくなった白石清春のことを「分かれた道を引き返し進む」(立岩[20190910])に書いた。
★20 私たちのサイトの表紙から「こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす」という頁に行ける。そこにいろいろと関連情報などを載せている。2019年のDPI日本会議の政策研究集会でこの企画についての分科会があり、話をした。それにいくらかを足して、『社会福祉研究』から依頼された原稿とした。それが註16で一部を引いた「無駄に引かず無益に悩まないことができる」(立岩[20200401])。
★21 第1回で「新型コロナに関する介護/医療/保育現場へのメッセージ」(岡部[2020])を紹介した岡部宏生がそうして暮らしている。近くインタビュー記録を公開できるはずの、仙台で暮らす岩崎航も、近くの大学の学生たちに声をかけつつあると語った。
★22 甲谷は2004年にALSと診断された。舞踏家であり甲谷の介助者・支援者であってきた由良部正美へのインタビューに由良部[i2019]
★23 『大震災の生存学』(天田・渡辺編[2015])に収録されている「田舎はなくなるまで田舎は生き延びる」(立岩[2015])から少し長く引用しておく。
 「□基本的な見立て
 田舎の人たちは(都会もそうだが、比べればより早く)減っていく。私はそれをどうしても止めねばならないとは思わない。いくらかの産業がそこで営まれること、また新たに営まれる可能性はある。そしてそれはけっこうなことだと思う。しかしそれはどこででも起こることではない。
 各地で産業を振興したりする必要そして/あるいは可能性がどれほどあるのだろうか。とくに何もなくてもかまわない、そして人が住むその地域がそのうちそっくりなくなればなくなってもよい、だが誰か生きている間は生きさせてもらう。そのように考えればよいと思う。そしてそれはもちろん考えただけでどうなるものでもない。そのように実際がなされればならない。すると荒唐無稽なことだと思われる。しかし原発の誘致にしても、地域間の格差が問題だとはさんざん言われたのだったし、それは当たっていた。とすれば、原発をやめるやめないの問題とともに、なしでもやっていけるとようにするというのが論理的に残されている方向になるはずである。
 しかし、あるいはだからこそ、田舎は様々に工夫していて、がんばっている。そのあるものはうまくいくだろうし、実際いっているのだろう。しかし競争もあるし、この社会に格別に足りないものがあるわけではない。企業の立地の場所はどこでもよく田舎でもよいという業種もあるが、そう多くはない。するとなにか特別のものをということになる。「付加価値」を地域ごとにつけた「特産品」の種類を増やすことはできようが、それでそうそううまくいかないところの方が多い。それでもやってよいだろうが、無理はしてほしくないと思う。また、そういうことを請け負おうなどと言ってくる人にだまされることはしてほしくないと思う。その方面に金をかけるなら別にかけた方がよいと私は考える。
 以上が前提になる認識である。仮にでもそういうところから進める。そして、すくなくともこのように低温な話をすると、この震災後に(もその前からも)言われていることがそれとはかなり違うことが多いことには気づくはずである。
 私はそう間違っていないと思うが、間違っていると言うなら、また議論せねばならない。ただここはその場ではないから簡単にする。私は日本一国をみても、人が余っていると言ってきた。世界(地球)全体を見たときそれはいっそう明らかである。働けるが(労働市場で)働く機会のない人が膨大に存在する。その一部が、様々な困難なもとで様々な問題を生じさせながらも、世界市場における働き手になっていく。生産物が作られ流通する。グローバリゼーションとはまずは、少なくとも一つ、そういう過程である。そこに生ずる様々な問題には対応すべきだが、その流れそのものを止めることに正当性はない。
 そのうえで、各地で各自が身につけてしまった「なりわい」はそう簡単に外的な事情でなくされてはならないとは思うから、「自由化」にはながながと反対したらよいだろうとは思う。しかしずっとそのままというわけにはいかない。農業も工業もそうだ。すると残るのは、おおむね工業の「先端的」な部分と第三次産業のある部分だ。前者の立地もまたとくに大都会である必要はないだろうが、全国通津浦々ということにももちろんならない。そして人相手の仕事も今のところ人が集中しているところに集中している。ネットの関係でいくらかの変化はあるがそうは変わらない。なにより接客業――だからこそその相当部分は国内にとどまる――は客が一定数いないと成立しない。冷静にみたときこんなことになっている。
 するとこの国全体について暗い感じがする。私はそう考えないのだが、このことをきちんと言ってみるのもまたにしよう。ただ次のように考えておく。現在においても全体としてそこに住む人が暮らせる財は、その種類を分けていっても、大部分についてはある。足りないところは増やせる。貿易にしても、それが成立するのは相手方に与えるものがある限りであり、外国から得るものは内部で調達するより容易に得られるからである。その上で、(労働以外の)生産財・労働・市場で各自に渡る分の分割・分配は正当であり可能である。すると当然手取りが少なくなる人たちがいる。かつて税の累進性を下げる時にはするとその人たちはやる気がなくなって働かなくなると言われた(『税を直す』)。だが反対にその人たちはもっと働こうとするかもしれない。すくなくとも本当に困るのであれば確実に生産によりいそしむことになるだろう。ならば問題はない。」
 「□人を世話する仕事のこと
 そして次に右記したこととまったく別のことと考える必要もないのだが、人の世話をする人が必要であり、その人たちが日々の暮らしを手伝うことをすればよいということになる。
 するとまず一つ、人手不足であるというお話があるが、それはまちがっている。ここではこのことは言わないが、この分野での不足はまずたんにわりにあわない仕事であることによっている。ならばわりにあうようにすればよい。
 これが「産業」と言えば言えるものになる。そしてその金はすぐに個人、働き手に渡ることになる。人がまったくいなければ人に対するなにごとかをする必要もなくなる。他方人がいる限り、そしてその人が世話を必要とする人であればその仕事は、世話の必要な人がすっかりいなくなるまではなくならない。
 そしてここではいくらか贅沢に人を配置した方がよい。自力で動けない人動きにくい人が逃げ遅れて死ぬことが多いのは、実際調べてもそうなのだが、いくらか致し方ないようにも思える。そしてそれを減らすための壁や建物のことについては専門の人たちいるから略して、人について。本章冒頭で紹介した文章で、常に機能的に機能しているわけでないつながりがあった人たちについては消息の確認と対応はわりあい手早くできたらしいことを紹介した。日頃はどういう場かわからないような場、そこで不定形な仕事をしている人たちが、こういう「いざ」という時に活躍したし、している。阪神淡路の時に動き、今動いている人たちにもそういうところがある。「自立生活センター」だとか「作業所」だとか、いちおう名前はあって、一方ではたしかにきちんとした仕事・活動もやっているのだが、それだけでもなく、どういう用でと言われるとすこし困るような、用があるようなないような場に集まったりたまたま寄ったりという関係・場があってきた。それがその時も今も困っている人たちの助けになっている。
 そしてそんな場だけがそうした機能を果たすわけではない。私自身もそうかもしれないのだが、そんな場が肌に合わない人もいる。基本的に一対一(以上)の関係があり、その関係が組織・事業所において把握されていて連絡がつくようになっているというあり方は、もちろんそれでもだめな時はだめなのではあるが、非常時に人を多く救えるかたちでもある。とくに田舎では人は散在して住んでいるから、人も手間もかかるものはかかって当然である。ここで留意していおいてよいのは人を一か所にたくさん集めたほうがうまくいくという「規模の経済」の利得がここには「あまり」ないということだ。施設で多人数をまとめて世話するという形態は、多くの人にとって平常時にも非常時にも望まれないし、そして非常時には人手不足になるのだがら、人が思うほど有効ではないはずであり、実際、このたびの地震の後も少なくとも幾つかの実例において有効ではなかった。
 逃げるのがたいへんだった人がいる。だからとって山奥に集められて、安全に、ではないずだ。しかし「避難」がそのまま見知らぬ場所の施設への「収容」になってしまうことがある。そのようでない暮らしを、その場に留まるにせよ、例えば原発から逃れ、別の場で暮らすにせよ、どのように可能にしていくかが問題であってきた。それはなかなか困難ではある。ただ、一つごく単純な契機が生き延びる方向に作用した、しているということだ。自分が居る(行く)ところに他人が付かざるをえないということ、そんな事情でつながりがあってしまうということは、ときにうっとうしいことでもあるのだが、事実それが存在するなら、いつもでも、いかなる場面ででもないが、かえって、このような大きな災厄においても、助かることにつながることがある。実際そんなことが起こったのでもある。
 私は「働きに応じた分配」を基本的には否定する立場の者だが、(3)「労苦に応じた加算」は肯定する。ここで見ている仕事に対する対価は(準)公定価格にすることができるから適正な対価を設定することができる。現状の水準が低いことははっきりしている。人手が足りないことはない。その現所を失業率が低いとかまして人手が足りないなどというのは単純な誤りである。たんに条件がわるいだけのことであり、条件を変更すればよい。
 とくに田舎に手助けを要する人が多くいる、その割合が高いというのはその通りだが、他の職が少ないこともあって、手助けできる人もまたたくさんいる。震災のせいで、震災がなくても、すくなくとも今さしあたり仕事がない人の仕事になる。そして人がすっかりいなくなるまで人はいる。であるかぎり仕事はある。そして人に付く仕事についてはその仕事をする人は近くにいなければならない。その仕事はその土地にあるしかない仕事なのである☆01。(他方、被曝した地域では、出る/残るについて、介助の要る人/介助する側の人たちの双方の事情・気持ちが錯綜して、複雑な問題が起こっている。)」
 「□産業であること
 (2)身体とその身体がある限り具体的なものであるしかない土地に関わって必要になるものについて、それがそのまま(3)仕事になるようにすればよいと述べた。それは「公費」を使ってなされる。
 それは他にも比して有効な公共事業であると、言いたい人は言える。簡単にすると公共事業の与える効果はより多く生産することを促すことである。するとその増分について生産した人はその対価を受けとるというかたちで他の人の生産物を受け取る。つまりその増分が新たに生産される。これが常によいことであるという保証はない。ただ、その促しに応ずる人がいるなら、その人はそうして(働くことの労苦を考えてなお)生産することを自らにとって益になることとして選んだのだから、その限りでは問題はないことにはなる。
 では何を生産させるか。なんでもよい――穴を掘ってまた埋め戻すといった仕事であったもよい――といった極論もあるが、有用なものであった方がよいにはよいだろう。では何をするべきなのか。復旧についておおまかには異論はない。防災について。しばらくは同じところに大きなものは来ないというのが仮にたんなる私の思いこみでないのであれば、それはいくらか慎重であってよいことになるだろう。そちらはだんだんとやりなから、まずは日々の生活を楽にすることだ。仕事の量は同じで、その担い手が(家族から)変わり、不払いのものに払いがなされるようになっただけなら、それは名目的な成長ということになるが、その(有用な)仕事自体が増えるなら、それは実質的な成長ということになる。
 次に他に比較してそうわるくないことを言うことになる。結局うまくいかない可能性の高い産業に比して、ここでの生産・消費は確実である。そして金が人に直接にわたる。貯蓄と消費のどちらが歓迎されるかは理論や時世や状況によるが、今はすぐに使う方がよいとしよう。多くの人はそれを消費にまわすだろう。つまり別の人の生産を促す。人件費に使われる金の部分はより大きい。そしてその人はその場に住んでいるから、すくなくともその多くはその地で使われることになる。
 もちろん税から出されるからより多く拠出する側にいる人の手元に残る分は減る。しかしその(多く都市にいる)人たちはすくに消費しないか、消費するものも多くの人にはあまり関わらないものだろう。それより多くの人にいくらかずつ渡るものの方が各地での細々とした消費につながる。」

■文献表(連載02・03・04共通 64 転記済)
◇青木千帆子・瀬山紀子・立岩真也・田中恵美子・土屋葉 2019 『往き還り繋ぐ――障害者運動於&発福島の50年』,生活書院,424p.
◇天田 城介・渡辺 克典 編 2015 『大震災の生存学』,青弓社,224p.
伊藤 佳世子 2008a 「筋ジストロフィー患者の医療的世界」,『現代思想』36-3:156-170(特集:患者学――生存の技法)
◇―――― 2008b(2008/10/25-26 「障害者の地域生活移行を考える――居住支援の視点からのアプローチ」障害学会第5回大会,於:熊本学園大学 
◇―――― 2010 「長期療養病棟の課題――筋ジストロフィー病棟について」,『Core Ethics』6:25-36 
◇伊藤 佳世子・大山 良子 2013 「おうちにかえろう――30年暮らした病院から地域に帰ったふたりの歩き方 1〜13」,『かんかん!――看護師のためのwebマガシン』 
◇伊藤 佳世子・田中 正洋 2007 「筋ジストロフィーの「脱ターミナル化」に向けて――筋ジストロフィー患者の国立病院機構筋ジス病棟の生活と自立生活の比較から」,障害学会第4回大会報告 於:立命館大学 
◇上野 千鶴子 20150515 『セクシュアリティをことばにする 上野千鶴子対談集』,青土社
◇上野 千鶴子・立岩 真也 20090201 「労働としてのケア――介護保険の未来」(対談),『現代思想』37-2(2009-2):38-77→2015 「ケアの値段はなぜ安いか」(対談),上野[2015]
◇岡部 宏生 20200406 「新型コロナに関する介護/医療/保育現場へのメッセージ」
◇長見 有人 i2019 インタビュー 2019/10/09 聞き手:立岩 真也 於:コモンズ紫野(旧杉江邸)
◇葛城 貞三 2019 『難病患者運動――「ひとりぼっちの難病者をつくらない」滋賀難病連の歴史』,生活書院,312p.
◇金生 由紀子・渡辺 慶一郎・土橋 圭子 編 2016 『新版 自閉スペクトラム症の医療・療育・教育』,金芳堂,320p.
◇川口 有美子 2009 『逝かない身体――ALS的日常を生きる』,医学書院,270p.
◇―――― 2013 「ALSの人工呼吸療法を巡る葛藤――ALS/MND国際同盟・日本ALS協会の動向を中心に」,立命館大学大学院先端総合学術研究科2013年度博士論文
◇―――― 2014 『末期を超えて――ALSとすべての難病にかかわる人たちへ』,青土社,249p.
◇小林 敏昭 i2018 インタビュー 2018/02/27 聞き手:立岩真也・北村健太郎 於:東大阪、りぼん社
◇倉本 智明・長瀬 修 編 20001127 『障害学を語る』,発行:エンパワメント研究所,発売:筒井書房 189p.
斉藤 龍一郎 i2017 インタビュー 2017/10/13 聞き手:末岡尚文他 於:東京
◇―――― i2019 インタビュー 2019/11/02 聞き手:立岩真也 於:御徒町・焼肉明月苑/アフリカ日本協議会事務所
◇宍戸 大裕・立岩 真也 2019/12/21 「宍戸監督に聞く」(対談),於:立命館大学朱雀キャンパス
白崎 朝子 20090331 『介護労働を生きる』,現代書館,206p.
◇―――― 202004 『Passion ケアという「しごと」』,現代書館,190p.
◇―――― 20200513 「新型コロナウィルスと介護現場」
◇―――― 20200521 「東京都江東区の高齢者施設・北砂ホームのクラスター発生とユニオンの江東区交渉の報告」
白杉 眞 2012 「訪問介護事業所の運営の実情と課題」,『Core Ethics』8:233-244 
◇―――― 2013 「自立生活センターの自立支援と相談支援事業」,『Core Ethics』9:93-103
◇―――― 2018 「自立生活運動が相談支援に及ぼした影響――ピアカウンセリングをめぐる動きに注目する」,『Core Ethics』14
◇瀬野 喜代 i2019 インタビュー 2019/12/19 聞き手:立岩真也 於:於:京都市北山・ブリアン
◇立岩 真也 19980530 「手助けを得て、決めたり、決めずに、生きる――第3回日本ALS協会山梨県支部総会での講演」→倉本・長瀬編[2000]→立岩[200809:20-032]
◇―――― 20040114 『自由の平等――簡単で別な姿の世界』,岩波書店,390p.
◇―――― 20060710 『希望について』,青土社,320p.
◇―――― 20080905 『良い死』,筑摩書房,374p.
◇―――― 20140826 『自閉症連続体の時代』,みすず書房,352p.
◇―――― 20151101 「田舎はなくなるまで田舎は生き延びる」,天田・渡辺編[2015:188-211]
◇―――― 20160331 「補章」立命館大学生存学研究センター編[2016]
◇―――― 20161210 「障害者支援・指導・教育の倫理」金生他編[2016]立岩[20181130:385-403]
◇―――― 20181130 『不如意の身体――病障害とある社会』,青土社,481p.
◇―――― 20181220 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社,512p.
◇―――― 20190125 「ここから始めることができる」葛城[2019]
◇―――― 20190910 「分かれた道を引き返し進む」青木他編[2019:255-322]
◇―――― 20200323 「「内なる優生」で済ますな――相模原殺傷事件判決を機に」(取材:宮城 良平),共同通信配信,『秋田さきがけ』2020-03-23,他
◇―――― 20200401 「無駄に引かず無益に悩まないことができる」,『社会福祉研究』137:31-37
◇―――― 20200414 「だいじょうぶ、あまっている・1」 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71768
◇―――― 20200421 「「自己犠牲」や「指針」で、命をめぐる医療現場の困難は減らない――だいじょうぶ、あまっている・2」 『現代ビジネス』 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71974
◇―――― 20200502 「新型コロナの医療現場に、差別なく、敬意をもって人に来てもらう――だいじょうぶ、あまっている・3」 『現代ビジネス』 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72304
◇立岩 真也・村上 潔 2011 『家族性分業論前哨』,生活書院,360p.
◇立岩 真也・村上 慎司・橋口 昌治 2009/09/10 『税を直す』,青土社,350p.
◇立岩 真也・杉田 俊介 20170105 『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』,青土社,260p.
◇田中 啓一 i2018 インタビュー 2018/01/31 聞き手:立岩真也 於:金沢市・田中さん自宅
◇天畠 大輔 2012 『声に出せない あ・か・さ・た・な――世界にたった一つのコミュニケーション』,生活書院
◇―――― 2019 「発話困難な重度身体障がい者」が「生産する主体」になるためには――天畠大輔のコミュニケーションの拡張とジレンマを通して」,
◇西田 美紀 2009 「臨界からの生存――独居ALS患者の在宅移行支援(一)」,『生存学』1:165-183
◇―――― 2010 「重度進行疾患の独居者が直面するケアの行き違い/食い違いの考察――ALS療養者の一事例を通して」,『Core Ethics』6:311-321
◇―――― 2011 「医療的ケアが必要な難病単身者の在宅生活構築−介護職への医療的ケア容認施策に向けた視点−」,『Core Ethics』7:223-234
◇―――― 2012 ,「医療機器を必要とする重度障害者の実態調査――地域のローカルなつながりに向けて−」, 『立命館大学生存学研究』, 生活書院, p113-139
◇―――― 2013 「在宅ALS患者の身体介護の困難性――ホームヘルパーの介護経験から」,『Core Ethics』9:199-210 [PDF]
◇春山 満 1998 『いいわけするな!』,講談社,221p.
◇由良部 正美 i2019 インタビュー 2019/10/25 聞き手:桐原 尚之西田 美紀長谷川 唯ユ ジンギョン 於:京都
◇横田 弘・立岩 真也 2008 「対談3」→横田・立岩・臼井[2016:176-211]
◇横田 弘・立岩 真也・臼井 正樹 201603 『われらは愛と正義を否定する――脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」』,生活書院,250p.
◇立命館大学生存学研究センター 編 2016 『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』,生活書院,272p.


UP:2020 REV:20200529, 31, 0601
介助・介護  ◇介助・介護:2020  ◇重度訪問介護派遣事業(重訪)  ◇感染症・新型コロナウィルス  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築 
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