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煽情主義も使う


立岩 真也 2020/07/10 『Journalism』2020-7 no.362
https://publications.asahi.com/ecs/66.shtml


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 ※以下草稿。実際に掲載されるもとのは異なります。『Journalism』お買い求めください。
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 2016年の7月に起こった、後に「相模原事件」とか「やまゆり園事件」と呼ばれることになった事件について本などを書いたことがあって、声をかけていただいたようだ。たしかにその事件について、杉田俊介との共著で『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』(2017、青土社)を書いた――よい本なので是非お読みくださいと、と書いた本人は思っている。そして、その後も、判決のあったこの3月の前後も、いくつか取材に応じたりした。
 実名/匿名についてこれまでなされている議論にとくに加えることはない。実名をあげて、その人を糾弾する、あるいは称賛する。具体的であることは共感や敵意につながる。それは仕方のないこともあり、必要なこともあり、そして抑えた方がよいこともある。そしてあの事件については、殺傷された人たちを実名で出せないこと、その人たちについての記事が書けないことが問題にされた。出せない事情があってのことで、そしてその事情として、障害者に対する偏見・蔑視がいまだに根強いといったことがあげられ、そのことが嘆かれた。
 それは間違ってはいないだろう。そのうえで、いくつか述べる。実名/匿名とはすこし別のこと、しかし関係はあることを書く。

個別→一般→個別、という筋の話はつまらない
 一つ。あらゆる取材が具体的な例や絵を求めながら、その中の多くに話を「差別意識」といったもので落とそうする傾向があるように思う。「識者」に求められているのは、「実名を出すのをためらうのも、根強い差別意識のせいなんでしょうか?」といった(記者からの、そんな記事を書いて終わらせようという気持ちのもとでの)問いに「まあそうですね(それはあるでしょうけどね)」と答えることであったりする。
 たしかに「差別意識」はあるだろう。しかしそれがあると言って、いったいなにになるのか? 「優生思想」についても同じだ。そういう漠然とした話にもっていって、そこで終わらせる。差別意識や優生思想は私にとっても無縁なものではないな、というように思ってしまう真面目な人(だけ)が、すこし反省モードになるだけのことではないか。そんなことを言ったってなんにもなりはしない、もうすこし違う流れの話をしようよ。と、私は何人か取材に来た人に幾度か話したと思う。
 そして、そういう漠然とした意識の話にもっていったそのうえで、次にはその「意識」に訴える、なにか「具体的なよいもの」をもってこようということになる。そのために顔を出してくれる人が探し出され、実名・写真・動画がもってこられる。明るく暮らしている障害者がここにいる、といった類いのものだ。実名――ここでは悪人でない人の実名――が示される。それが「具体的に」意識を変えることになるというストーリーである。
 これも否定しない。まず一つ、実際私たちは具体的なものから入る、そこに反応することはある。写真を見て、記事を読み始めることもある。そういうことがきっかけになって、認識を変えたりすることもある。一つ、実際、幸福に、すくなくともつつがなく暮らしている人たちはたくさんいる。人の幸福な姿を見たり知ったりするのは、他人の不幸を知って喜ぶのと同様、読者の健康にもよい。
 しかし一つ、例えば、大量に殺傷したあの人物には効かないだろう。その人は、別の、不幸な具体像を出すことができる。少数の、すくなくとも一部の幸福な人たちをもってきたとしても、それは自分が言っている不幸を反証することはない、と、そんな具合に反駁すること、揚げ足をとることができる。そしてその揚げ足取りは全面的に間違っているわけではない。
 もう一つ、これは長年、本人たちが、文句を言ってきたことだが、そういうなにやら幸福げな部分だけが、あるいは苦労話だけが報じられてしまう。せっかく実名を出すことを許可して、取材に応じて長々と話したのに、結局載ったのは、「いろいろ大変でしたが、いろいろとがんばって、皆さんから力をもらって、今私は幸福です」、みたいな間抜けな話だった、恥ずかしいったらありゃしない、と言うのだ。今どき、そんな話だけをまにうける人も少ないから、実害はそうはないとしても、まにうけてしまうと、みなそんな人である(べきだ)ということになったり、そうでないとがっかりされるといったことになってしまう。
 ではこの恥ずかしい話をまったくやめることができるのか。今どきあまりに露骨に恥ずかしいものだと読者に引かれてしまうというぐらいの了解は、まあまあ行き渡っているので、減らすことはできる。しかし、結局、しんみりしたり怒ったりしたい、という欲望には応えざるをえない。実際、そうした感情が力を与えることはある。わかりながら、ある程度押さえながら、しかし、仕方なく、また必要であるとも思って、煽情的になる。かえってたちが悪い、とも言える。
 さてどうしたものか。どうつながるのかと思うだろうが、まったく別のところに書いた文章の一部を、あえて長く、引くことにする。福島の障害者運動の歴史についての共著本『往き還り繋ぐ――障害者運動於&発福島の50年』(青木千帆子他、2020、生活書院)の私が担当した章「分かれた道を引き返し進む」の終わりの方。

 「「怒る」という手もあるし、「泣き落とし」という手もある。このごろ私は、たいがい話をしに行くと、ほぼ必ず、「ではどうしたらよいでしょう?」と問われる。それで、歌える人は歌う、踊れる人は踊る、泣ける人は泣く、書くことしか能のない私のような人は書く、各自の芸を出しましょう、それらを足して合せて、それでようやく勝てるか、負けない、というところだと思うので…、といったことを言う。実際そのように思っている。
 ただ、どういう手段をとるかが、どれだけを得られるのか、何を払わねばならないかに響く場合がある。憐れみを乞うという手はときにはかなり有効だが、それで発揮される人々の慈善心というものは、たくさん得ようとすると、それは贅沢だとしてしまうような心性であったりもする。すると得られるものの上限が低いところに押さえられることにもなる。そして、乞う方は下手(したて)に出ねばならないことにもなる。だから、なんでもよいのだとは言うものの、できれば(あまり)使いたくない手もある。とすると、基本的には使いたくないが、受けるので使う、ばれないのであれば「うそ泣き」でよいのではないか。となる。」(pp.294-295)

 「さきに述べたのは、いろいろなやり方があってもよいこと、あった方がよいこと、そのぐらいいろいろとやって、ようやく取るべきものがいくらか取れるということもあるということだった。つまり、複数の声があったほうがよいということだ。声色を変えて、いろいろやってみるのがよい。ただ、ときにはやり方・言い方を間違えると損することもあるから、そのことはわかっておいた方がよい、注意した方がよいことを加えた。間違えると自分を安くしてしまい、結果、かえって損することもある。そのことがわかったうえでなら、二枚舌がうまく使えることはよいことだ。
 しかしそれを、どんなふうに、どんな人が言うかというはある。それをすべて一人でまかなおうとすると、不自然な、嘘っぽい感じになりそうだ。時と場合によって言い方を変える人、何を考えているのか本当のところがわからない怪しい人、ずるい人ということにされてしまうことがある。だから、一人でなく、複数の人がいた方が、最少なら二人いた方がよいということは言える。」(p.308)

 報道についての文章に、社会運動についての話をもってきたのだが、間違ってはいないと私は思う。嘘をつかない、ことは前提にはなるが、報道も、何かを伝えたいから、何かをどうにかしたいからなされる。短い、視覚的な、煽情的なものは(ものも)有効で、必要だ。そのうえで、それとともに私がここで言っているのは、複数あってよいこと、各々がもたらす不都合は計算しておくこと、そして、手分けしてやったってよい、その方がよいかもしれないということだ。
 それを報道に置き換えるとどうなるか。自分たち自らが複数性を有する、そのための手だてを考えるというのが一つ、もう一つ、別のところといっしょに仕事をする。すくなくとも別の仕事を妨げないこと、となる。

複数の手を使う、せっかくの固有名を大切にする
 テレビであれば「絵にならないと」と言われるし、新聞でも、具体的な人や施設をと問われる。いつもそのように問い合わせが来る。仕方がない。具体的に指摘し糾弾して初めてなんとかなるということもあるから必要なこともある。そうして、大きな写真が出る。その分文字が減るが、それも仕方がない。そうして注目される。ただそれはその時だけだ。どんなに煽情的であろうとしても、限界はある。
 そして目立たないものはまったくもう目立たない。現れない。今回の新型コロナウィルスであれば、例えばアフリカに関わる関連報道は、「暴動」についての「誤報」はあったりしたようだが、まったく少ない。これも責めるつもりはない。しかし、たくさんの人には読まれないのだろうが、書かねばと思って書かれたわずかな記事、ほんのわずかで、小さく、ぽつんぽつんとしかないことによって、完全に埋没してしまって、わからないのはもったいない、そこをなんとか、できるだけ、しよう、ということだ。
 幸福にも忘れたい人は忘れていられるためにも、すくなくともどこか一か所には集めておいた方がよいと思う。「(立命館大学)生存学研究所」というものがあり、私は今そこの所長をしている。そこではその重要な活動の一つとして、「生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築」(「生を辿り途を探す」等で検索→http://www.arsvi.com/a/arc.htm)開始している、あるいはずっとやっている。
 そこには、文献、報道など、書いたものもあるが、自分たちでインタビューしたりしたものもある。一番長いものでは9時間のインタビューを全部載せたものもある。そんなものはめったに読まれることはない。ただ、せっかく名前が出たが、記事はごく短く、しかしそれで知った名前で検索したらその長大なインタビュー記録が出てきたりする。
 そして、記事を集めることもかつてはやった。今のサイトのもとになったものを、ずっと以前に個人で運営していた時、障害者の介助(介護)政策の変更を巡る動き(2003年)を追った。この時には、文句を言われたら取り下げるなり対応すればよいと考え、基本全文を掲載していたはずだ。問題があれば、対応しますのでお知らせを、とことわりをいれてもいたはずだ。10年以上はそんなことをしていて、記事を書くうえで役に立つとか、自分の記事を残してもらってうれしいとかは言われたが、一度も問題にされたことはなかった。ただ、正式に大学の研究所のサイトになってから(正確にはしばらくしてから)、「コンプライアンス」の問題があるということになって、見出しとURLの記載というあたりにとどめている。とどめざるをえないでいる。
 このご時世だから仕方がない。のではいけない、のではないかと思う。今のサイトが研究所(どうでもよいが、すこし前まで研究センター)のサイトになってからは、東日本大震災(2011)、相模原事件(2016)、優生保護法下(とその後を含む)での不妊手術に関わる提訴他(2017)、等々について種々を収集し、(できるときにはすこし)整理し、公開してきた。そして現在取り組んでいるのが新型コロナウィルスの関連(2020)。なにか災難・災厄が起こるたびにその情報を集めているってどうなんだろう、悲しい、と思わないことはないが仕方がない。金もたいしてないのでたいしたことはできないが、細々と仕事をしてきている。細々とではあるが、すくなくとも国内には他にやっているところはない。仕方なく必要なことだと思っている。年間3000万のアクセスがある。
 そこで、ある部分に限ってでよいから、報道の全文を、もちろん営業にマイナスにならないようにしたうえでだが、収集・収蔵――ここまでは問題ない――そして公開させてもらえないだろうか。コロナについては、政策や報道に関するファクトチェックの必要性もある。すぐに人々に知ってほしいことも――このことは東日本大震災の時にとくに思った――ある。
 また、なんとかなってほしいと願ってから約20年を経て、ようやく、勇気ある提訴によって動きだした優生保護法と手術の問題。これにしても、「なにか具体的な事件・動きがないと記事にできないんですよね」と言われ続け、2017年についに提訴があって、一気に動いた。しかし、そう大きな記事を何度もとはいかない。各地でぼつりぼつりと現れる訴えは、地方紙・地方版にしか載らない。そして、その小さな記事のために、そこいらの研究者などと比べた時に、よほど努力し尽力しほうぼうから報道機関・個々の記者が集めた資料・情報が、また、ここ数年の後に、散逸していってしまう可能性は高い。新聞社・放送局は倉庫ではない。仕方がないのかもしれない。しかしそうして、また様々がうずもれていってしまうのだ。
 今私たちは、まずはコロナと優生保護法に関わり、報道機関やその組織間の協議組織的なところとその相談をしたいと考えている。後者については、生存学研究所は京都にあるのだが、京都新聞社と話を進められそうなところには来ている。
 せっかくようやく名前を出してもらえることによって起こることの一つは、つながることだ。ある小さな記事と、別の小さな報道が、これは同じ人のことだと知れることによってつながる。この人とその人の関わりが、次のある人との関わりにつながり、そして…、と知ることができる具体的なものによって、固有名詞によって全体が見えてくることがある。

古込和宏(1972〜2019)
 そして時間のなかで、扱いを変えていくこともできる。いきさつはすべて略すが、私はここ数年、以前は国立療養所に呼ばれていた病院・施設で暮らしてきたおもに筋ジストロフィーの人たちでそこから出て暮らしたいなら出られるようにしよう、そこでの生活を続ける人はその生活がよくなるようにしようという企画に関わっている。これについてもサイトに情報がある→「生存学」→「こくりょう(旧国立療養所)を&から」。そのきっかけでもあったのが、金沢の医王病院に暮らしてきた古込和宏さんという人とのやりとりだった。この企画と別に、偶然なのではあるが併行して、私はのちに『病者障害者の戦後』(2018、青土社)という本になった原稿を書いていて、『現代思想』という雑誌に載せてもらった。以下が初出のようだ。2016年4月号。

 「存じあげない、たぶん40台のデュシェンヌ型の筋ジストロフィーの方からメールで原稿を送っていただき、HPに掲載し連載で紹介した。匿名を希望されているので、(匿名)[2016]と表示する。」(本ではp.8)

 その人についてその時点でなにも知らなかったわけではないのだが、とりあえずそういうことにして、匿名の原稿をサイトに載せた。彼はその病院を退院することを画策していたのだが、円満にことを進めたいと思っていた。だから最初は、病院を批判するその文章の筆者の名前も匿名にしたし、病院の名前も載せなかった。ただ、たんに「匿名」というのでは複数の文章が同じ人の文章であるとわからないが、その匿名の人の頁を作って、そこからその人の文章の全部を読めるようにした。そして、2017年10月、彼が病院を出た後に、実名に変更し、病院の名前もわかるようにした。HPのファイルにも名前を記載した。彼のことはいろいろと知られるようになり、いくつかの新聞にもとりあげられた。たいがい長時間、そして無償で取材に応じたのだからさすがに問題のあろうはずはないということで、その記事も掲載した。2017年の12月と2018年の1月、私と私の勤める研究科の大学院生がインタビューをして、その記録の全体を掲載した。彼は2019年4月23日に亡くなってしまった。2019年6月『季刊福祉労働』(現代書館)163号に、2016年から2018年に彼が書いた文章が掲載された。
 ある人の書いたもの、あるいはある人について書いたものが残るということの全般がどんなことであるのかは私にはよくわからない。本人は亡くなってしまい、今、そのことを喜べも悲しめもしない。しかし、その人のことを私たちは知ることができる。そしてそれは、今、全国的な動きにつながっている。と言うと、よい話すぎるのだが、かといってまったくの間違いでもない。その古込のことをある人は新聞記事で知った。そして検索したらこちらのサイト上の情報が出てきた。それで、例えば自分もしたいかも、となる。
 私(たち)が大切だと思うのは、たいがいそんなに大きな記事にならないできごとだ。あるいは大きなできごとの、隅に追いやられがちな部分だ。だからこそ、小さく、それでもがんばってとりあげてもらってものをきちんと拾って、つなげて、そしてすくなくとも、知りたい人は知ることができるようににする。そういうことを私たちは続けていこうと思っている。そこで、お金も人も比べればずっとあって、購読者もいて影響力のあるメディアのみなさんとうまくやっていきたい。そう思っている。

無駄に引けてしまっていることに気づいているか
 もう一つ。やはり当たり前のことを確認しておく。あの事件のときの本人たちは、まずなにより、殺されてしまって、話すことができないということがあった。また生き残った人にも、言葉で発せられないという人がいた。そんな事情はあったのだが、すくなくとも、話してもいいよという気持ちが示されている場合には、その気持ちがまずは優先されるべきだということだ。とくに成人でなくても当たり前だが、成人である場合にはさらに当然のことだ。成年後見などがつくと少し複雑になるとしても、しかし、その後見人という人がいたとしても、その人が本人の発言を妨げるといったことなどできるはずがない。
 あの事件のことに限らず、実名云々に限らず、私たちは引け過ぎてはいないかと思うことがある。さきに書名を出した『病者障害者の戦後』のための原稿で、1981年、千葉の下志津病院から出ようとした(出た)高野岳志(1957〜1984)が、親の反対、それを受けた病院の対応があって、出るのにたいへん苦労したというあたりのことを書いた。その苦労は、古込自身のものでもあった。しかし、その苦労話の前に、そんなことで苦労させられるということ自体がおかしなことではないかと思った。そもそも、親にそして/あるいは病院に、止められるはずがないではないか。

 「〔それで〕MLやツイッターで聞いてみた。古込和宏から彼の退院支援のMLに返信があった。許可を得たから引用する。病院名は、彼――も病院との良好な関係を維持しようとしている――の無事な退院が、もうすぐだが、実現するまでひとまず伏しておく(2017年10月に退院したので記しておく→金沢市の旧国立療養所医王病院)。」(『現代思想』2017年6月号、加筆して『病者障害者の戦後』p.308)

 その古込の2017年4月の返信が以下。本にはもっと長く引いている。

 「あくまでもそれは医療側の言い分に過ぎず、ご指摘にあるように成人であること。そこに尽きると思う。/ただ当時は今よりも社会の認識として障害者は保護されるしかない存在でしかないので、判というものは患者本人からすると強烈なものだったのではと想像する。
 **病院はどうか。高野の生きた時代の社会認識のままだと私は感じる。/これは医療側だけでなく患者と家族も。時代錯誤は医療側より患者とその家族の方に罪が重いと私は思う。/患者とその家族の方に罪が重い…/病棟という現場を普段よく見ておきながら、そこを安住できる終焉の地と長年思い込み、思考停止し「他に行き場所がないから」と受け入れ続けてきた結果で、患者は自らの首を絞め続けた。/ただ家族の首は締まらないので「そこに居続けることが子も親も少しでも長く互いに幸せにいられる」と信じ込もうとしてるのかもしれない。/[…]
 親の同意…/実体験として二〇一二年、冬、ソーシャルワーカーに地域移行を相談した際、「地域の受け皿がない」や「親の同意がない」の言葉を真に受け、同意に関しては強烈に感じた。/東京の支援と繋がってから、親の同意が得られてない不安を述べたとき「成人してること、それに入院契約の名義は古込さんなので同意は関係ない」と言われ、私ははじめて「同意」の嘘に気付き、同意の件を再度ワーカーに言われたとき「契約名義人は私ですよね?」と指摘すると明らかに顔色が変わったのを覚えている。それ以降「同意」の言葉は出なくなった。[…]
 これは私自身に強く反省を求めるものであり、人生の長く過ぎ去った時間は取り戻せない。/「親の同意」という問いについて、かなり回り道したが「親の同意」判についての結論を述べると、「成人」と「入院契約」の二点に尽きるので、本来はシンプルなはず。(古込[201704b]、古込[201704b]は「Re:素朴な疑問」、『病者障害者の戦後』pp.308-309)

 取材にしても報道にしても、家族や病院におうかがいを立てる必要は、基本的に、本来はまったくない。そのことをわかって仕事をしているのか。亡くなる前、古込はそのことを(そのこともも)言ったのだった。


■■言及

◆立岩 真也 2020/06/22 「制度を使う・3――新書のための連載・7」,『eS』015


■■(月刊「Journalism」・朝日新聞社)

-------- Forwarded Message --------
Subject: 朝日新聞、月刊ジャーナリズム、原稿のご依頼
Date: Mon, 20 Apr 2020 11:23:38 +0900
From: 前部昌義 **
To: tae01303@nifty.ne.jp

立命館大学大学院先端総合学術研究科教授
立岩真也さま

お世話になります。私は朝日新聞が発行する月刊「Journalism」編集部の前部(まえべ)と申します。
弊誌7月号へのご寄稿をお願いしたく、メールを差し上げました。
7月号では「実名と被害者報道」(仮)をテーマにした特集を組む予定です。
そこでは、「やまゆり園」事件をめぐる報道や新型コロナウイルスをめぐる報道、
事件全般の報道の問題点や課題について、
様々な視点から考えてもらう論稿を掲載したいと思っています。

弊誌は2008年10月に創刊したメディアとジャーナリズムを考える雑誌です。
新聞、放送、ネット、出版が直面する問題を取り上げ、毎月、特集を組んでいます。
主にジャーナリストや研究者、作家、フリーライターの方々に執筆していただいています。
読者は主にマスメディア関係者、マスメディアを研究されている大学の方々、
マスメディア志望の学生などです。
大手の書店でも販売しており、特集のテーマによっては広く一般の方々にも読んでいただいています。

7月号では、今年3月に相模原障害者殺傷事件の判決が確定したことを機に、
改めて実名報道や被害者報道の、問題点や課題について考えてみることにしました。
現在、10人近くの方々に執筆を依頼中です。

そのなかで、『相模原障害者殺傷事件ー優生思想とヘイトクライム』』の共著をはじめ、
同事件について多くの媒体で論稿を発表されている立岩さまに、
弊誌でもぜひ執筆していただきたいと考えています。
同事件をめぐっては報道の問題だけでなく、日本社会の反応や在り方をめぐって
様々な論点があるかと思います。
もちろん、それに触れていただいて大丈夫ですが、
今回は特集のテーマである「実名と被害者報道」に比重を置いて、
書いていただければと思います。

7月号の原稿締め切りは6月1日(月)、校了日は6月25日(木)、
発行は7月10日(金)の予定です。
校了日まで、3回ほどゲラをやりとりしますので、その際に修正も可能です。
原稿の分量は、最大約8000字です。6000字〜7000字程度でも大丈夫です。
図表や写真を2、3枚付けます。
[…]
記事は弊誌の電子版にも掲載します。

以上のことについて、ご検討いただけますと幸いです。
お返事お待ちしております。
大変お忙しいとは存じますが、何卒よろしくお願いします。

前部拝
********************
朝日新聞東京本社ジャーナリスト学校
月刊「Journalism」編集部
前部 昌義 MAEBE Masayoshi


UP:20200610 REV:
古込 和宏  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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