HOME > Tateiwa >

0602渡辺一史/岡本晃明/立岩真也・7

「身体の現代」計画補足・605

立岩 真也 2019
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/2322787597988214

604 < / > 606

Tweet


 お知らせ。夏休みの前に何度か大学院の入試説明会がある。
https://www.r-gscefs.jp/?p=113
私が出るのは6月9日。衣笠キャンパス。
◇2019/06/09 「おもしろいものを書いてください、お手伝いはできます。私は立岩真也、社会学をやっています」,大学院入試説明会,立命館大学衣笠キャンパス
http://www.arsvi.com/ts/20190609.htm
 さて、

◇2019/06/01 筋ジスの自立生活とは?――筋ジス病棟から自立生活へ,主催:メインストリーム協会,於:西宮市
◇2019/06/02 遠離遭遇――人と時代を書く,於:立命館大学衣笠キャンパス,14:30〜,創思館1階
 があります。私が作っている関連頁は
http://www.arsvi.com/ts/20190601.htm
◇06/01、今年3月の京都での企画に続き、石井誠さんの書が会場に掲げられます。ということで、石井さんの頁を「とりあえず」作りました。これから情報増やしていきます。(
http://www.arsvi.com/w/im20.htm

 06/01の方は満員御礼。ユーチューブでの中継がありますのでどうぞ。
https://www.youtube.com/channel/UC1k9T1vBePZYX4np4riHfCw
私の講演は1100〜1200の1時間ということになってます。が、12月24日の時の10分のものが以下。これを引き延ばしたような話をすることになるんでしょうか。

■立岩真也 2018/12/24 「長い停滞を脱する」
 第33回国際障害者年連続シンポジウム・筋ジス病棟と地域生活の今とこれから,於:京都テルサ

司会 次は研究者の立場から、立命館大学先端総合学術研究科教授の立岩真也さんにご講演いただきます。立岩さん、よろしくお願いします。[02:10:08]

立岩 私30分振られていたんですけれども、全体がたいへん押しているので、大幅に短縮して10分バージョンで話します(笑)。長いの、短いの、色々やるので。
 広告になってしまいますけれども、でも真面目に、今日のためにこの本書いたっていうのもほんとはあるので、ほんとに広告させてもらいます。『病者障害者の戦後』っていう、タイトルはちょっと大きいんですけれども、具体的には国立療養所っていうのが、何で筋ジストロフィーの人、それから重症心身障害児って言われている人、そういう人たちを収容する施設になり、この、その状態がずっと長く続き、今ようやくそれが少し変わりつつあるっていうあたりのことを書いた本です。
 誰もが読むかというと…、これ長いんですよね、500ページぐらいある本で、たぶん朗読すると20時間ぐらいかかると思うんですけれども。そういう長いものですが、しかし、特にその支援とかね、そういう仕事をしている人に関して言えば、たぶんほとんど何にも知らないことだと思うんで、読んでいただきたいと、真に、切に願ってる次第です。
 国立療養所、今はちょっと名前違いますけれども、それがどういうふうにっていうのは、そもそも何だったか、っていうとですね、1945年に戦争が終わるわけです。その時に日本の大きな問題っていうのは結核だったんです。結核の人が何十万人っているなかで、国立療養所を作ってそこに収容したってことが戦後すぐにありました。ただ、それが1950年代になってくと、だんだん収まっていく。これは、薬ができたってこともありますけれども、国民の栄養状態が多少良くなってきた。健康状態がそれに反映されて、っていうことで、空きが出てくるんです。では空きができて、その病院はなくなったかっていうと、なくなんなかったんです。これは精神病院も同じで、いったん作ったものってのはなかなかなくならないんだけれども。だけど結核の人たちは現に減ってった。その時何が起こったかっていうと、筋ジストロフィーの人を受け入れたわけです。
 ちなみに最初に筋ジストロフィーを国立療養所が受け入れたのは1960年のことです。今から58年前、僕ちょうど60年生まれなんですけど、その年なんですね。仙台の西多賀病院っていうところに山田三兄弟、とくに富也さんはけっこう有名人なんですけれども、が入った。それが64年、65年ぐらいに国の政策になっていって、以後、国立療養所が受け入れていきます。
 本では、どういうふうにそれが肯定されてきたかを書きました。まず医師たち。それから労働者の組合(02:12:54)です。つまり自分たちの療養所っていうものに働き場がなかったら困るわけですよ。で、労働者、経営者、経営者でもある医師。それから親の会、政治家、世論、そういったものが寄ってたかって、そういう体制をつくった。で、それはみんなにとっていいことだって思われ、思われ続け、それが続きます。[02:13:17]
 特にその経営者たちですね。今日その後輩にあたるお二人が午前中お話しされたわけだけれども、その先輩にあたる人たちがいかにその国立療養所に筋ジストロフィーの人を収容するっていうことが素晴らしいことであるのかってことを異口同音にっていうか、ほとんど同口同音ですね。同じ言葉で同じように肯定し続けるっていう時代が20年も、30年も続くんです。というようなことが、たぶん今の現実を作ってるんです。そのまま。その間、運営し運営に賛同する人たちは自らを肯定し、他の人たちは知らない、忘れる、最初から知らない、っていう状態で何十年も続いた。
 他方、実はそれだけではなくて、私1960年生まれだって言いましたけれども、57年、58年、59年あたりに生まれた人たちが、1980年代の頭、それでももう30年前ってことになりますが、自立を試みたことがあります。高野岳志さんっていう人であったり、福島あき江さんって人であったり。これは千葉の療養所にいた人たちですけれども、その人たちが出る、わけです。ただその人たちは、50年代後半の生まれで、20歳台で亡くなってしまうってことがあります。ていうことで、それがそのままついえてしまった。ちなみに、今度映画が公開されるらしいですけれども、鹿野さんって方が…、『夜バナ』ってご存知かな、あれですよね。彼は59年生まれです。彼はもうだいぶ長く生きたんで映画にもなりました、本にもなりましたけれども、80年代で亡くなってる方もいらっしゃる。
 ちなみにですね、JCILは1985年の設立ですが、本に出てくる高野〔岳志〕さんっていう人は、自分が自立生活センターを作りたいっていうことで1981年に千葉市内で「宮崎障害者生活センター」を始めて、志半ばで84年に亡くなる、ということがあるわけです。
 で、そういったことを今誰が覚えてるか、知ってるか、ってことなんです。で、60年代にそういう体制ができ、80年代にそういう勇敢な、しかし途中で挫折してしまった試みが起こり、そして、それからさらに35年も経ってしまった、ってことです。
 で、近年になってようやく、これここでは話すのあえてやめますけれども、そうやってできた体制と全く違う所から出てきたものだけが今回の事態を変えることが現にできてるってことです。その時に作られた医療の体制、それに連なるような福祉業界の人たちっていうのと全く別のところから、70年代以降、自立生活の運動が起こり、そして制度を獲得し、そして自立生活センターを作り、そういうシステムを作ってきた。そのことだけが、ここ数年になって、ようやく、長く…、もうだから始まってから60年ですよ、60年経ってるこの体制っていうものをようやく今変えつつある。それがその、関西で、兵庫、大阪、京都で、今始まってるってことは、我々としては誇るべきことでもあり、そして、同時に、遅きに失したと。50年間、60年間我々は何をしてきたのかってことです。世間は何をしてきたのかってことでもある。そういうことでもあるってことを、だけを、今日お伝えに参りました。[02:16:32]
 ちなみに、じゃあどうするかってことですけれども、どうするかっていうことは色々あるんですけれども。一つ、まずその「病院の許可を得ないと病院出られない」っての、絶対おかしいです、これは。移動の自由、居住の自由っていうのは大きな強い権利ですから、それを制約するには十分な理由がないといけないはずです。だからまず我々としては、そこのところを「出れないはずはない」と。「出るってことを制限するってこと自体が完全に違法である」というふうなところから出発しないといけないということ。それが一つ確認です。
 その上で、じゃあどうやって暮らしていくかっていうことだけれども、簡単で、二つしかないですよね。国立療養所と昔言われたものを良くするってこと。それから、出て暮らせるってこと。出て暮らせるってことは今、JCILをはじめメインストリーム協会もはじめ、そういうところが何十年もかかってその体制を作ってきた。それをさらに発展させることです。
 で、国立療養所をよくしていくことは、なかなか実際には難しい。ただ今日、非常に大きな獲得・成果だったのは、午前中、梶さん〔宇多野病院院長〕がやってきて、「これをします。これをします。これをします。これをしません。」っていうことを何項目にもわたっておっしゃった。これは確実に前進だと思います。
 とはいえ、なかなか難しいでしょう。その時に、もちろんその、国立療養所、病院自体をよくするってこともさることながら、そこに、今日も午前中言いましたけれども、病院じゃない人たち、誰でもいいですけれども、例えば、ここのJCILの人、メインストリームの人、そういう人たちが自分の仕事としてそこで仕事ができるような仕組みを作っていく。その方がたぶん病院をよくしていくよりも手っ取り早いと思うんです。早いと思います。そしてそれは病院をよくしていくことに確実につながりもする。それは大変なことであって、JCILにもメインストリームにも負担をかけると思いますけれども、それでもやった方がよい、そう思います。
 ということで、何分経ったかわかんなかったですけれども、途中から見るの、時計見るのやめたんで。でも十分よりは早かったと思うんで、私の話終わりにします。本買ってください。
 もう一つ、広告があります。石井誠さんっていう筋ジストロフィーで、書を書く人 、すごいかっこいい字を書いた人ですけれども、もう亡くなられましたが、彼の遺作展っていうか、書の展覧会があるんだそうです。1月に大阪難波の方でやります。それの広告のハガキが後ろの僕の本売ってるあたりにありますので、あとで興味のある人はご覧ください。以上です。


 お知らせの1〜6は以下。
◇2019/05/14 「0601〜02筋ジストロフィー〜渡辺一史企画広告・1――「身体の現代」計画補足・598」
 http://www.arsvi.com/ts/20192598.htm
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/2308013482798959
◇2019/05/20 「0601〜02筋ジストロフィー〜渡辺一史企画広告・2――「身体の現代」計画補足・599」
 http://www.arsvi.com/ts/20192599.htm
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/2314186182181689
◇2019/05/28 「0601〜02筋ジストロフィー〜渡辺一史企画広告・3――「身体の現代」計画補足・601」
 http://www.arsvi.com/ts/20192601.htm
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/2318420565091584
◇2019/05/29 「0602渡辺一史/岡本晃明/立岩真也・4――「身体の現代」計画補足・602」
 http://www.arsvi.com/ts/20192602.htm
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/2319146845018956
◇2019/05/30 「0602渡辺一史/岡本晃明/立岩真也・5――「身体の現代」計画補足・603」
 http://www.arsvi.com/ts/20192603.htm
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/2321233448143629
◇2019/05/31 「0601&0602企画中継情報等・6――「身体の現代」計画補足・604」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/2321262518140722
 http://www.arsvi.com/ts/20192604.htm


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182605.htm
にもある。

立岩真也『病者障害者の戦後――生政治史点描』表紙 立岩真也『病者障害者の戦後――生政治史点描』表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]


UP:2019 REV:
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇病者障害者運動史研究 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)