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どこに立ち何を言い何をなすか

立岩 真也 2019/11/24 筋ジス病棟の未来を考えるプロジェクト始動,第8回DPI障害者政策討論集会分科会 於:戸山サンライズ

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※この報告をもとに、以下を書きました。読んでいただけるとありがたいです。
◆立岩 真也 2020/04/01 「無駄に引かず無益に悩まないことができる」,『社会福祉研究』137:31-37

◇文字起こし:ココペリ121 _11分


 はい、立岩です。10分ほどお話しします。2017年、今から2年前の6月に、直接的には相模原事件のことでDPI〔日本会議〕の集会で講演をした記憶があります◇01。確かその時に言ったと思うんですけれども、いろいろ差別事例っていうのを集めてきてっていう、それもけっこうなことではあるけれども、かくも明白なというか、巨大な規模の施設収容っていうものがもう何十年と続いていて、それがさして知られぬままに、そしてその運動の側もなんとなく触ってこないで長い時間が経ってしまったっていうことをまじめに真摯に受け止めなきゃいけないと、そこから運動っていうものを立ち上げていかないといけないんだってことをその時に申し上げたのです。
 それから2年少し経って、いささかいくらか運動が前に進み、具体的になってきたっていうことは望ましい…好ましい、喜ぶべきことだっていうふうに思いますけれども。まずはその基本的なところで、なんか忘れてきたっていうか、手つけてこられなかったっていうことは、何度でも深く受け止めなきゃいけないっていうふうに私は思ってます。これはDPIに限らず日本の障害者運動、やっぱりなんだろうな、なんとなく病院にいる人たちとその病院でみたいな、そういうのもあったのかもしれませんけれども、それだけでもない。それだけでもない中で埋もれてきたっていうのはどういうことだったのかっていうのは、去年の末に書いたこの青い本◇02があるんですけれども、そこには書きました。ただこの話をする時間は全くないので今日はしません。こういう所に本を持ってきても売れないことはしみじみわかってきたので、今日は1冊だけあります。1人いたら売りますけれども、そこに書いてあるんで今日は一切省略します。

◇01 立岩 真也 2017/06/04 基調講演,DPI日本会議全国集会特別分科会「相模原事件が問いかける優生思想」 於:京都
◇02 立岩 真也 2018/12/20 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社,512p. ISBN-10: 4791771206 ISBN-13: 978-4791771202 [honto][amazon][kinokuniya] ※
立岩真也『病者障害者の戦後――生政治史点描』表紙
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 だから、まず今の話がゼロ個目というか1個目の話だとすると、そこから始めようと。どういうことかっていうと、やっぱり今の状況、1つ目はですね、この今までの話がゼロだとして1の話っていうのは、今置かれてる状態っていうのが普通におかしいんじゃないかと、じゃないかじゃなくおかしいっていうことの認識です。僕は障害者権利条約だとか差別なんとか法だとかっていうことの以前に、少なくとも憲法のレベルで、人がどういう所に住むのか、どういう所に暮らすのか、行きたい所に行けるっていうことは書いてあるわけじゃないですか。そういう意味で言うと、今なされていることっていうのは、明確に憲法及びそれにつながる実定法に違反すると思うんですよね。それはその患者の権利法がどうだとか、権利条約がどうだとか以前の、本来はそういう問題だと思います。本来はですよ。だから、そうすると、なんでそうした明白な権利違反というものが正当化されるのかっていうことは、ちゃんと法的にっていうか確定して、その件に関しては明確なステートメントですね、態度っていうものを表明し、政府に対してもそれを提言していくってことは必要だと思います。
 そういうこと言うと、僕は能天気な自己決定主義者みたいに聞こえるかもしれませんけど、私はそんなに竹を割ったような性格ではなくてですね、実際にその生命の危機というものが存在するような事態においては、ある種の強制というかパターナリズムの実行というものはやむをえないという立場です。ですから安楽死の法制化に反対してきたわけですけれども。で、そういう100パー本人が言ってるんだったらなんでも聞きゃあいいっていうふうに思わない私でさえもというか、やっぱり今起こっているってことはおかしい。今日、午前中竹端〔寛〕さんが言ってたけれども、人を人がいたくない所に留め置くというか出さないっていうことは、よほど、よほどの、ちゃんとその説明責任ってものは、とどめる側、止める側、出さない側にあるわけですよ。それがちゃんと言えない、証明できなければ、そんなことしちゃいけないに決まってるわけですよ。で、そこのところを何度でも確認し、それを政府に対して、そして組織として確認していく、訴えていくってことをまずはすべきだと。これはまず基本的な確認のポイントです。これが1個目です。

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 2つ目は、とは言ってもっていう、先程から何度も出てる話ですよね。出たはいいけれども暮らしていけるのかっていう話なわけで。答としては、暮らせるようにするしかない、困難だけれども、という答しかありません。これはどっちかっていうと、サービス提供をやっているCIL系の組織が関係するかもしれませんけれども、正直これまでそういう、言ってみれば重い人たちにちゃんとサービスを提供するようなことをできてきたかっていうと、そうでもないところがたくさんあるのは事実です。ですけれども、やれてこれるようになった所もまた沢山出てきたってことも事実です。ですからそっちの、できてきているほうに近づけていくしかない。それは可能なわけですよ、やれてるとこがあるわけだから。それは、京都にもあるし、兵庫にもあるし、できるわけです。それが2つ目のことですね。それはできるから、できるからやろうという。もちろんそのためにはお金がいる、お金がいるのは政府から引っ張ってくるしかないと。そういうことも込み込みですけれども、まあそういうことをしていくってことが2つ目のことだと。そのことによって、そもそも権利としてっていうことプラスそれが実効に可能な仕組みを作っていく。
 そのために、僕はまず日本の障害者運動っていうのが、一番重い人から、最重度の人を出発点にするんだっていってこれまでやってきたことっていうのは極めて重要なというか、偉大な立ち位置だったと思いますし、素晴らしいことだと思います。例えばCILっていうのが派遣事業するっていうことは、むしろ世界的には珍しいことかもしれない。それは、やむをえず始めたところもある、これも認めよう。だけれどもそのことによって、その組織はある種の力を持ってきてはいるわけですよ。自分たちが頑張って介助者集めてトレーニングして、提供すればいろんな人たちが街で暮らせるようになるわけだから、それをやってく。ただそういう意味では確認すべきポイントは一つで、実際に行うべきことも一つで、極めて単純なことなんです。

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 ただ、後半に入りますけれども、さっき京都新聞の岡本〔晃明〕さんがおっしゃってたように、世の中ちょっと複雑にはなってるわけですよ。例えば厚労省が脱病院的なことを言ってみたり、それから病院の側が地域移行みたいなことを言ってみたりっていう。そういう状況にどういうふうに対するのかっていう問題はもうひとつ出てくる。ただこれも基本の基本はとっても単純なわけです。とにかくどこででもちゃんと生きていけるような状態を作る。そしてそれがもし可能になったら、そん時になくしていいものはなくしていくっていう、そういう順番を間違えさえしなければいいわけだから。今、暮らすとこがないところに、どっか出て行けって言ったって、出ていく場所がないときにそこから追い出されるっていうのは死ねってことですよ。そんなことは受け入れられないっていう意味でいえば、その地域移行にしても病院の暮らしを良くすることもなんら矛盾することではない。両方追い求めるしかないわけです。その時に厚労省に対しては、あんたたちがやってることっていうのは、要するに金をケチりたいだけじゃないのかって言えるんだったらそのことを言う。他方でその病院サイドに、ほんとにあんたたちまじめなのかと、まじめにそんなことやるつもりあるのかと。やるつもりがあるのであれば、3号研修、病院の中でやるのは当然のことだし、自分たちのセンターとか事業所の人たちが病院に行って、そこでいろんなアシストですよね、をするっていうことも当然認めなきゃいけないわけだし。ということで、受け入れてくれるよね、そしたら私たちもあんたらがそれなりに大切なことをやってることは認めるわけだから、一緒に厚労省行って、この施設は少なくとも当面いらなくなるまではいるわけだから、続けろっていうことに協力しましょうということを言える。そのことによって、病院に対してもですね、恩を売るって言い方いいかどうかわからないけれども、そうやって一緒に戦えるとこでは戦いつつ、取るものを取ってくるっていう意味でいえば、確かにぱっと見よくわからない状況にはなっているんだけれども、そこの中で選択すべき道筋っていうものは基本的にははっきりしてるし、その時にいくつかのアクターですね、役所それから病院との関係の持ち方っていうのもできる、基本的にはつかめるだろうというふうに私は思ってます。

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 あと1分10秒ぐらいですけれども、私はそれで研究者をしている。今、スクリーンに見てもらっているのは、「こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす」っていうホームページを、私たちのホームページの一部として作っているんです。これはぜひ、毎日わりとまじめに作っているので見てください。皆さんが、例えば古込さんが…もういない古込さんが去って、今日、僕は朝起きて作ったんだけれども、やっぱりいなくなってしまった斉藤さんが生前残されたわずかな言葉、わずかな手紙ですよね、そうしたものを記録してあります。記録してとっといてあります。今日の集会の記録も置いといて、文字起こししてそして掲載しようと思います。それが一つの我々、私たちのせめてできる一つの仕事だと思ってることが一つです。
 もう一つはですね、基本は単純だって言いましたけれども、だけれども一個一個の政策であるとか、病院の動向っていうものは、やっぱりそれはそれなりに分析的に分析しないとやっぱり道を間違えるわけです。そういう点で、社会科学的なというか今の起こってるひとつひとつの政策というものは、病院の実態っていうものがどういうものであるのかっていうことに関して、これはただ記録を採ってホームページに並べるってだけじゃなくて、いささかの分析的な知性というか、分析力というものが必要になってくる。残念ながら日本の社会科学ってものは、そうした力をほぼ持っておりませんが、それは大変嘆かわしいことなので、呼びかけてですね、そうした力のあるやつを育てて、分析し、そして言葉を記録を集めてる。全てそうしたことは学者、研究者としてやっていきたいというふうに考えております。10分30秒喋りました。これで終わりにいたします。ありがとうございました。(拍手)

※以上に2019/12/10「くわしく書くことがどんなにか大切であること」萩原[2019:297-307]


UP:20200116 REV:
こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす  ◇立岩 真也  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究 
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