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ともに生きることと優生思想 社会学者・立岩さんの視点

相模原事件を考える〜公判を前に
立岩 真也 2019/12/18 『毎日新聞』2019-12-18(電子版)/『毎日新聞』2019-12-(電子版)

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https://mainichi.jp/articles/20191217/k00/00m/040/214000c
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7.26障害者殺傷事件

 相模原市の障害者施設殺傷事件では「優生思想」に焦点が当たり、盛んに議論された。人の生そのものを差別する言葉や思想に絡み取られないためには、どうすべきなのか。病い、老い、障害とともに生きることから社会を考察する「生存学」を提唱する社会学者の立岩真也さん(59)に話を聞いた。【くらし医療部・上東麻子】

 ◇社会に対する「無駄な危機感」
――事件後、植松被告の「障害者は不幸しか生まない」との言葉に、残念ながらネット上では少なからぬ賛同の書き込みがありました。どう受け止めたらよいでしょうか?
立岩さん 人を殺すまでのことをやる人は滅多にいない。もちろんいるべきではない。ただ、彼が思い、言っていること、彼を動かしているものと、我々の社会についての認識の間にはそんなに距離はないということは押さえておかないといけません。この事件や障害者の存在を否定する根っこにあるのは、社会に対する無駄な危機感だと僕は考えています。まず、「世の中が放っておくと悪くなる」というお話が本当なのかを問うていかなければならない。
 […]
 ◇お金をかけるバランスを変えれば……
――事件は障害者が社会から離され、集団で施設で暮らしていたからこそ起きたと指摘する識者もいます。○年前後から国内では「コロニー」と呼ばれる大規模入所施設が建てられ、津久井やまゆり園も同時代に整備されました。国は「地域移行」を掲げていますが、施設にはまだ○万人以上が残されています。重度で高齢化した人が残されており、厚生労働省は「(そうした人の)地域移行は難しい」との認識です。現状をどうみますか?
立岩さん 少なくとも出たい人は出していく手立てはいくらでもあって、いくらかの金と手間をかければ結果は出ます。例えば私が暮らす京都の「日本自立生活センター」は重い筋ジストロフィーの人が病院から出て街で暮らすことを支援しています。その活動は、年商数億円になる介護派遣事業に支えられているんですが、その収益を使って「地域移行」に力を入れている。そこは自分のところの資金を支出して「移行」支援の費用をまかなっているんですが、一人一人の「移行」のための政府予算が支出され、それを使えるなら、全国の状況が変わってきます。
 進まない理由は列挙できますが、それを一つずつ潰していくことが必要です。[…]
――地域移行の流れで街中に障害者のグループホームが増えており、昨年はグループホームの利用者が施設入所者と同じ○万人台になりました。しかし同時に、住民からの建設反対運動も各地で起きています。
立岩さん 人が「住みたい」と言う時に、「住んじゃいけない」などは、よほどの理由がなければ言ってはいけないことです。まずその基本中の基本を確認すべきなんです。
 例えばある人種の人たちの犯罪率が高いことが実証的に言える場合があるとして、そういう人種の一員だからといって「住んじゃいけない」と言えるかといったら、言ってはいけない。憲法や障害者権利条約とか持ち出さなくても、そういう権利は誰にもないことを幾度でも確認するところから始めないと、保安処分とか予防拘禁とかと同じ発想になってしまう。
 ◇優生主義を弱めることはできる
 […]
 優生主義を根絶できないとしても、そうしたことを一つずつしていくことで、その勢力を弱くすることはできます。
――障害者を差別しないためには障害者を知ることだと言われますが、植松被告は職員として身近に知っていました。
 […]
 ◇「してはならないことがある」
――事件で多くの方が亡くなったために、障害者について注目されましたが、普段、多数の人はマイノリティー(少数者)の問題に冷たく、無関心です。どうしたら自分ごととして捉えてもらえるでしょうか。
立岩さん 一つには、マイノリティーというけれど、実は全然マイナーな話ではない。みんなやがて親の介護を抱え、自分も必要になっていく。一人一人が明らかに、多くは既に、巻き込まれている問題なんです。
 だから既に関係があるし関心を持たざるを得ないんですが、その上で、もう一つ、あえて言います。私は無関心であったって構わないと思います。ありがた迷惑な同情というものもあります。ただ、関心を持とうが持つまいが、してはならないことがあることは認めることです。繰り返しますが、人が暮らしたいところに暮らしやすいように暮らすことを止めることは誰にもできないのです。そして、してはならないことの中には、言葉で人を攻撃することも含まれます。
 それは被告についてもちろん強く言えることですが、自分の身元を隠して無責任でいられるSNS(会員制交流サイト)で攻撃的な言辞を吐いているやからについても言えます。言葉による加害は、時に他の形での加害より大きい。そうした害を垂れ流す人たちに、私は「理解してください」とは言わない。「お前たちはそんなことを言えないのだ」と言う。そして同時に、その人たちが、そして私たちの多くが前提してしまっている不安・危機感について冷静になり、考えて、落ち着かせる。両方が大切だと考ます。

 ◇立岩真也(たていわ・しんや)
 1960年生まれ。立命館大大学院先端総合学術研究科教授(社会学)。東京大大学院社会学研究科博士課程修了。著書に「私的所有論」(第2版、生活書院)、「弱くある自由へ」(第2版、青土社)、共著に「相模原障害者殺傷事件 優生思想とヘイトクライム」(青土社)。

『私的所有論  第2版』表紙   立岩真也・杉田俊介『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』表紙

[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 

■紙版

◆編集部案:10字×80行
 人を殺すほどのことをやる人はめったにいないし、いるべきではない。ただ、植松聖被告(29)の考えが、我々の社会とそんなに距離はないことは押さえないといけません。事件の根にあるのは「社会に対する無駄な危機感」です。まず「世の中が悪くなる」という話が本当なのか問わねばなりません。
 少子高齢化で働き手が不足し、経済成長も望めない……。彼はバブル崩壊後の停滞期に育ち、将来が暗いとことが刷り込まれているようです。しかし、社会は悪化しないでしょう。高齢者や障害者を養っていると、他の生産的な仕事ができないという人がいますが、平均寿命が延びて働ける期間は長くなり、60歳以降も働きたい人は大勢います。定年は人がたくさんいた時代に、余った人間を穏便に退場してもらう仕掛けでした。時代に合わせて変えていけば、人手不足はないはずです。「無駄な危機感」の前提を一つずつ検証する必要があります。
 優生思想は「他人にとっての損得・価値によって、時に人を生まれないようにし、時に死んでもらおうという考え」です。楽で都合がよいから、私たちは支持してしまう部分がある。その自覚は必要ですが「根絶は無理」と思考停止するのは最悪です。優生思想があろうとなかろうと、人の生を否定し困難にすることはだめです。
 優生思想は人を支える負担の重さの下で栄えます。負担そのものはなくせないけれど、1人にかかる重さは減らせます。優生主義を根絶できなくても、その勢力を弱くすることはできます。
 老いを考えると障害者の問題は全員が巻き込まれていく問題です。あえて言えば、私は無関心でも構わないと思います。関心を持とうが持つまいが、してはならないことがあることは認めることです。人が暮らしたいところに、暮らしやすいように暮らすことを止めることは誰にもできないのです。そして、してはならないことの中には、言葉で人を攻撃することも含まれます。
【聞き手・上東麻子】
 立岩真也(たていわ・しんや)
 1960年生まれ。立命館大大学院先端総合学術研究科教授(社会学)。東京大大学院社会学研究科博士課程修了。著書に「私的所有論」(生活書院)、「弱くある自由へ」(青土社)、共著に「相模原障害者殺傷事件 優生思想とヘイトクライム」(青土社)。

◆↑を受けて立岩が手をいれた案:10字×100行
 ※80行指定であることを間違えて100行で書いたもの。
 人を殺すほどのことをやる人はめったにいないし、いるべきではない。ただ、植松聖被告(29)の考えが、我々の社会とそんなに距離はないことは押さえないといけません。事件の根にあるのは「社会に対する無駄な危機感」です。まず「世の中が悪くなる」という話が本当なのか問わねばなりません。
 少子高齢化で働き手が不足し、経済成長も望めない……。現在は苦く未来はもって暗いという世界観を彼も刷り込まれている。しかし、社会が悪くなっていくという見立ては間違っています。高齢者や障害者を養っていると、他の生産的な仕事ができないと言う人がいますが、平均寿命が延びて働けて働きたい期間は長くなっています。するとむしろ定年は、余った人を穏便に退場してもらう仕掛けと考えた方がよい。人か足りない、足りなくなるというのは間違いで、例えば介護といった局所的に足りなくなっている部分は、見合った給料を払っていないからで、足りるようにすることは可能です。「無駄な危機感」の前提を一つずつ検証する必要があります。
 優生思想は「他人にとっての損得・価値によって、時に人を生まれないようにし、時に死んでもらおうという考え」です。楽で都合がよいから、私たちには支持してしまう部分がある。その自覚は必要ですが、「根絶は無理」だからと、思考停止するのは最悪です。
 優生思想は人を支える負担の重さの下で栄えます。負担そのものはなくせないけれど、1人にかかる重さは減らせます。優生主義を根絶できなくても、その勢力を弱くすることはできます。
 とくに老いを考えるなら、障害という問題は全員が巻き込まれていく、既に多くが巻き込まれている問題です。関心がないとか言いたくても言えないことです。ただ、私は、関心がないと言いたがる人たちに、関心をもて理解せよとは言わない。しかし、関心を持とうが持つまいが、してはならないことがあることは認めさせる。人が暮らしたいところに、暮らしやすいように暮らすことを止めることは誰にもできないのです。そして、してはならないことの中には言葉で人を攻撃することも含まれます。言葉による加害は、時に他の形の加害より大きい。そうした害を垂れ流す人たちに、「お前たちはそんなことを言えないのだ」と、毅然とする。同時に、私たちの多くが抱いてまっている不安・危機感について冷静になり、考え、落ち着く。両方が大切だと考えます。
【聞き手・上東麻子】

◆立岩が手をいれた案:10字×80行 →『毎日新聞』をご覧ください。23日からの週に掲載されるそうです。


UP:20191219 REV:20191221
7.26障害者殺傷事件  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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