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くわしく書くことがどんなにか大切であること


立岩 真也 2019/12/10 萩原[2019:297-307]

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◆萩原 浩史 2019/12/10 『詳論 相談支援――その基本構造と形成過程・精神障害を中心』,生活書院 pp.297-307

『詳論 相談支援――その基本構造と形成過程・精神障害を中心に』表紙イメージ

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なぜか、結局確定はできないが、しかし言えるところまで言う
 「相談支援」がうまくいってないことは知っている人はみな知っている。これだけのサービスを提供するともう決まっている人にだけ、そうたいした種類もないしたいした量もないもの(サービス)の配分、割り振りをする程度のことをし、その書類を作ると、なんぼか、しょうしょう(の金)が得られる。それ以上・以外の仕事をしようとすると、「持ち出し」になる。多少のおまけがあり、例外もあるとしても、おおまかにはそんなものだ。たったそんなものでしかない。
 なんでこんなことになってしまったのか。以下、本書と、それから別に知っていることを加えておおざっぱなことを言う。私は調べて現われてくる部品が足りないためにいいかげんになってしまうならそれはいけないことだと思うが、「要するに?」、と考えて、それを言うことは大切だと思っている。そしてそのことと、きちんとできごとを追うことはまったく両立する。この超複雑・煩雑なものを調べ書いてまとめることから、人は、つまり筆者も、私も、これはいったいどういうことなのかと考えることができる。そして、これからどうやっていったらよいのか、道筋をつけるためにもきちんと調べて書く。それが必要だ。そういう仕事が少ないのが悲しいと思うし、なされたらうれしいと思う。本書は数少ないそういう仕事だ。
 さて、なぜこんなことになってしまったのか。私は知らない方面のことだったから、たくさん教わることがあったのだが、筆者は「精神」の方からそのことを見ていった。まず、緊縮財政と民営化が言われる。けちになって、その一つの方法として、民営化を進めたという大きな話がある。それが効いているのはおおまかには間違っていないと私も思う。しかし、精神医療・精神保健福祉という領域だけをとってみよう。例えば、御存知のように、日本の精神病院の大部分は民間の精神病院だ。小泉改革からのことではなく、もう長くそうだ。そして、それは安い金で運営させられている。そしてさらに言えば、にもかわらわず、民間精神病院は変わらず繁盛している。そして病院は民間だが、その収入のもとは公費だ。「相談支援」だって、民間でやっているが、その金は結局公費で、その限りでは同じだ。しかし、しょぼい。小泉改革その他の前からそうで、そしてその改革の同じ時期に、病院と相談支援は既に併存している。そして両方とも金はかけられていないが、それでも、比べて、病院には、圧倒的に多くの金が行っている。だから、1980年代・1990年代の改革を言うだけでは足りないということになる。
 私もいくらか気にはなっていて、そのようなことが書かれているとけっして誰からも思われておらず、読まれていないが、『精神病院体制の終わり』(立岩[2015])にそのことを書いた。それには、筆者が本書の主題で研究をしてきたこと、その話を聞いてきたことが関わっている。ただ私の場合には、1990年代に(実質的には、身体)障害の方面でケアマネジメントに関わった人たちとの若干のつきあいがあって、それでその頃のことを多少知っている。その本ではそのことをまず書いた。それを思い出しながら、すこし順序など変えて、以下書いてみる。
 「専門職」の側から見ていこう。何をどれだけ提供するかを差配する、幾種類かのサービスを調整する仕事・役割というものは、とくに幾つかの種類の仕事を複数の組織が提供するようになるといった場合に多く、現われてくるだろう。そして、公務員かそれもまた民間なのはいったんさておくとして、「専門職」の人たちにはそうした仕事に一定の魅力を感じる人たちがいるだろう。つなげたり、管理したりするというのは、そういう人たちがしたそうな仕事だ。ただ供給量の決定・設定についてはすこし微妙だろう。権限を付与される仕事だから、やりたくはある。そして、そういうコスト削減の役割を自分たちは果たすのだからまかせてくれ、と金を供給する側(政府)に言えば、その側はその仕事を与えてくれ、まかせてくれるかもしれない。実際そのようなことを言った人がいたことも本書で記されている。ただそれは、利用者を敵に回すようなことでもありうる。それは自分たちの仕事ではないと思う人もいるだろうし、そんなストレスの多そうな仕事には関わりたくないと思う人もいるだろう。だから受けたいと思う部分とためらう部分と、両方があって、はっきりしないことにもなる。だから、ケアマネジメントというなんだかえらそうな仕事に飛びつきつつ、実際になにをするのかについてはぶれて、はっきりしないま時が経つといったことも起こる。本書でも、相談支援との関係でとりあげられるケアマネジメントがあまりすっきりした感じのものでないのは、筆者の記述のせいでなく、その世界に実際にあったこうした事情が関わっているのだと思う。
 そうして1990年代は推移し、そしていろいろあった末、介護保険は始まった。そして、どれだけを提供するかという量の規定・決定は、基本的は別の仕組みで、つまりマークシートの書類とコンピュータが行うことになり、その仕事はケアマネジメントから外された。すると結局、介護保険のケアマネジメントは、総額が決まったなかで、デイサービスだとか訪問介護だとかのわりふりを提案し、それを行っている事業所に「つなぐ」、ただそういう仕事となり、ケアマネージャーはそんな仕事をする人になった。蓋をあけてみると、実際に始まってみると、「なんだ」、というかんじのものだ。こうして、いっときケアマネジメントのまわりにあった熱気はさめていく。熱気がさめながらも、その仕事は残っている。そんな具合に推移した。
 では、介護保険と別のものとして残った――これにもすったもんだがあったのだが――障害者の制度についてはどうか。やはり専門職の側にそちらに寄っていく契機はあったはずだ。将来的には介護保険に統合されるとしても、いまは別の(高齢者福祉に比して、まったく小さい)領域としてある「障害者福祉」の専門職者の仕事としてこういう仕事は欲しいという欲はあったはずだ。そこで、述べたように、具体的にどんな仕事をするのかははっきりしないまま、関心はもち、手をあげ続けるといったことにはなる。
 その積極的だが曖昧であった、だろうと私は思う、動きがどんなものであったか、私は知らない。私がその当時に知っていたのは、『精神病院体制の終わり』に書いたことだが、障害者(運動)の側の反応・動きだった。その当時の人たち、実質的にはおもには身体障害の人たちは、マネジ=管理されることを警戒した。また量を決められ制限されてはたまらないと思った。どれだけ支給するか決められるという権限を背景に生活を決められのは嫌だと思った。その権限を付与することに反対し、自分自身で管理できる部分は自分で管理すればよい、ただその基本をふまえた上で、それを側面から支える(アシストする)ものとしてならばよいと主張した。こうして一方では限定の方に向かう。だだ他方で、「ピアカウンセリング」や「自立生活プログラム」といった活動は自分たちの大切な仕事としても位置づけていた。それはケアマネジメントといった仕事としては捉えられていなかったが、実際には相談を受け相談に乗る仕事を自立生活センターといった組織で行ってきたから、そうした活動を全面的に否定するといったことにはまったくならず――だから「アシスタント」といったものならよい、と言うことにもなったのである――それに公的・財政的支援がなされることを求めた。他人事のように言っているが、そういう理屈を言うことに私自身が加担した。こうした活動に対して予算をつけることをが主張され、いっときいくらかは獲得した。
 ただ、それはそう長くは続かなかった。削られ、なくされ、現在「相談支援」と呼ばれるものが残った。もちろんそうした軽視・削減の方向に運動側は反対した。ただそれに全力を使ったとまでは言えないと思う。一つには、より直接的に自らの生活を左右する介助(介護)制度の拡大を求め、それを抑制しようとする動きを食い止めることの方がまずは大切なことであり、そこに持てる力を使った。使わざるをえなかった。そして、さきにも述べた積極的になりきれない契機があった。とくに身体だけの障害であれば、自らが要るものははっきりしていて、それ以上・以外の他人の介在は、不要な人には不要だ。作用な介入を防ごうという気持ち、態度があった。また、政府の予算を得られる代わりに、その仕事をするに際して「福祉の資格」が必要だと決められるのもいやだ。他方、自分たちで自主的に資格を作って、その人たちだけが仕事できるようにするという主張にも無理がある。こうして、必要なのだが、大切だとも思うのだが、はっきり強く具体的な主張になりにくいところがある。
 そして、実際に現実を大きく規定したのは、2000年代に入っていくと、自立生活センター(CIL)等の組織のいくらかについては、介助の提供(の媒介)で得られる収入がかなりの規模になり、その「あがり」でそれ以外の相談などの活動をなんとかやっていくことができるようになってきたところが出てきたということだ。著者と同じく私の勤め先(立命館大学大学院先端総合学術研究科)の大学院生であり「スリーピース」というCILの代表でもある白杉眞が、そのことを論文を書いている(白杉[2012][2013][2018])。介助者派遣の仕事でえた収入を回して相談支援という活動をなんとかしている、それはよくないというのが白杉の認識・主張であり、そのきつさを白杉は書こうとしており、その認識・主張は私も共有するのだが、「あがり」でなんとかせざるをえない、というのは、ときにかつかつなんとかなっているということでもある。
 そんなように推移してきた、と思う。それが私がいっときはわりあい近くにいて見てきたことだ。
 精神の方の「相談支援」には別の流れがある。まず、本人の側は強い運動を展開しなかった。それも当然のことではある。もともと専門家の介入に積極的でなかったことがあり、ときにその気分・姿勢はときに「精神の」人たちの方が強いことがある。自分たち自らによる支えあいは大切だと考えるが、それに政府の予算がきちんと付くという現実的な可能性は想定しにくいし、それをよしとしないという気持ちもある。自分たち(ピア)にだけ金を寄こせという主張にも無理があるだろう。そんなことで、積極的ではない。そしてもともとその力はそう強いわけでないから、その人たち(本人たち)が加勢したところで、そう事態は変わらなかったかもしれない。
 「地域移行」に関わる支援の活動に関わったのは、一つには(ごく)一部の医療者たちだが(立岩[2013]、桐原[2020])、その人たち自身の収入は医療の制度から得られる。他方の、「福祉」の人たちがより困難ななかで活動を行い、施設・制度を、かなり厳しいなかでだんだんと作ってきて,いくらかは制度化されていった。その流れを本書は記している(p.84-)。
 それが、身体障害のほうについてさきに少し述べたようにたいしたことのないものにとどめられていく、「精神」の場合にはむしろ縮小されていく過程があった。その過程はどういうものであったのか。本書でいくらかは、かなりは、明らかになった。ただまだわからない。たしかに資源の有限性という制約(の認識)のもと、たぶん本人たちもきちんとは説明しにくい、なし崩しの過程としてそれはあったように思うのだが、それでもいくらのことは言える。
 まず、介護保険が始まり、ケアマネジメントという仕事は、実際にはたいした仕事をするわけではないのだが、そのたいした仕事ではない仕事として、ともかく実在することになった。いっときなにか希望をもって語られたその仕事は、だいぶ縮小されたものだが、それはともかくそこに存在し、一つの「型」とはなった。
 そしてそれは、定型化されたものではあり、その限りで「透明」なのものではある、とされる。本書でも示されているように、民間委託はかえって「透明性」の要求を強めることになる。公金を民間が使うのだから、その使途ははっきりさせられねばならないとされるのである。無駄使いは抑制せねばならないということになるのだが、そこにはもちろんもっとなところがあり、政権がいっとき変わっても維持されたり、むしろときにはその要求は強められさえする。書類を一つ作るという仕事は、仕事を引き延ばせはそれだけ多くが入る、多くを支出せねばならないというものではない。
 そして、この時、そんなことではちゃんとした仕事はできないのだと強く言い、その主張を譲らないという確固とした強い勢力が存在しない。なかでは、可能性としては、精神障害者福祉の専門職者たちがそのことを言いうそうなものだが、実際にはそうならなかった。そのことが本書に示される。一つに、制度に乗せてもらうために、安く仕事を受けおってよいと自ら値切ってしまったということがあった。そして、組織そのものがやがてなくなってしまう過程で、強くものを言うだけの力が、最初からたいしてなかったのだが、なかった。その弱体化そのものに関わっているのだが、官庁との癒着といってよい状態が続いた。その過程はとうぜんに苦いものなのだが、しかし一度はきちんと書かれるべきであり、本書にはそれが書かれている(p.111−)。「全家連」の消滅に至る過程については、やはり私の勤め先の研究課の吉村夕里の論文(吉村[2008])で、すくなくとも私は初めて詳しく、知った。本書では「全精社協」について書かれた。業界・学界に関わる主要な人たちがそうした組織、組織の活動にまったく無関係ではない。優秀・有力な研究者がそうした組織に協力して研究を行なったりもした。それは当然のことで、よいことでもあったと私は思う。しかしそれはそれとして、その本人たちは書きにくいだろうが、そしてその周囲の人たちも遠慮したい気持ちになることはわかるが、そうした組織がいかにだめであったのか、だめになっていったのかは書かれるべきだ。それが本書が書かれている。
 それが合わさって今のようになった。まずはこのぐらいのことは言えるのではないか。社会に起こることは、実験で再現したりすることは、できてもするべきでないことがあるがそれ以前に、できない。それを補い、因果を推定できる方法が使える場合はあるがいつものことではない。たいがいは、結局は、確定できない。しかしそれでも言えるところまでは言ってみる。そのために調べられるところまで調べる。本書はそれを行っている。

それでどうなってしまった?〜どうする?
 いま私は、(旧)国立療養所に長く暮らしてきた筋ジストロフィーの人たちがそこを出て暮らせるようにという、またその施設でもっとよい生活ができるようにしようという企画を後ろにいて見ている。それはとても手間のかかる人手のいる仕事だ。ただ、関わっている、直接に知るところでは京都と西宮の組織は、それが使命だと思っているから、そして、介助派遣のほうで大きな事業をしていて、金にならない仕事をしていくことができているから、することができている。しかしそうした身体障害の利用者が多い自立生活センターなどと異なり、別に収入源はないから「精神」の方面の相談支援の仕事・仕事をする人・組織はさらに厳しくなる。その一部を書いてみた煮え切らない力の配置・過程のもと、かえって、すっきりはしているが役には立たないものだけが残る。本書で描かれる、いやになるほどの、笑ってしまうほどの複雑な制度ができ、よくわからない変遷をたどる。そうした中で、仕事を投げられた地方行政は、ますますこの制度がなんであるか把握できなくなり、地方政治の変遷にも左右され翻弄されてその不全度がましていく。さらに厳しくなる。
 そのことの一部がそれを仕事をする人たちによって引き起こされたのであれば、同情はできないと突き放せばよいかといえば、そうではない。所謂「地域移行」が進まない要因の一つはここにある。そしてそれには、金がかけられず、使えない制度で機能しないのに比べて、「精神病院体制」の方が強い、その格差に規定されているところがある。やはり現状は変えねばならない。
 書類一枚につきいくらというのはすっきりしてよいではないかと思ってしまうところが私たちはある。しかし、医療は、一部を定額制にといった――いくらかはもっとなところがある――変化はあるものの、おおまかには、仕事の量が多くなれば多くが得られるようになっている。少なくとも、書類を一つ作ってそれにいくらか払われて終わり、ではない。管理職だけをしている人の人件費も含めてやっていけるような支払いの仕組みになっている。そして病院の方については、自治体の持ち出しが少なくてもすむといったことも作用している。まず、一方にそういう世界があることに、そして多くは、二つの世界の差に気づいてさえいない。本書は、その片方の世界について書いた。それが書かれないと二つと、二つの間の差異はわからない。
 そして、この不均衡を何がもたらしているのか。やはり『精神病院体制の終わり』に書いたことだが、一つには、病院・医療の側が、癒着しつつあるいは癒着ゆえに力を行使できなかった「福祉」の側と異なり、影響力を有し行使してきたという事情がある。それをすぐに変更するのは困難だ。だが、すくなくとも問題の所在はわかる。
 そしてどうするか。基本的には難しいことではない。やはり同じ本で述べたことだが、「(相談)支援」についてまともな仕事をさせることだ。仕事に関係なく公金を出せとは言わない。しかし、計画(書)一つに対してではなく、仕事に対して払う。一つの尺度としては働いた時間を使い、その時間に応じて払う。一定の人口におおざっばには同じ程度の必要があると言えるから、なん人を雇って、そのための仕事をする。それではアバウトだと思うかもしれない。しかし繰り返すが、世の中には税金や保険料を使って行われているもっとアバウトなどんぶり勘定な仕事がたくさんある。おおまかにそうしたうえで、ときに現れる問題に対処した方がよい。むだなとくに有害な介入はときにあるが、それはそれにかかる金を減らすことよって減らすべきでなく、別のやり方をとるべきだ。
 そして次に、基本的には、支援(全般)、例えば介助と相談支援は分かれないと考えた方がよい。「専門職」の人は受け入れ難いかもしれないが、また仕事のきびしさによって加算があってもよいとは思うが、そう考えた方がよいと私は思う。一つに、基本的に、両者は人の生活に必要という点では同じだということだ。一つに、とくに「精神」の人の場合、話を聞いたり引っ越しの手伝いをしたりすることについて、相談支援――そもそも「相談」という言葉を使うのがよろくしないというのも本書で言われているまっとうなことの一つだ――とそれ以外の支援とを分けてどちらなのかと問う必要もない。経験値といったものの差異はあり、分業はときに必要で有効であるとしても、である。著者から、幾度か(幾度も)とくにいつ終わるともわからない延々とした、また突発的で不定形な仕事地のことを私は聞いた。そしてそれに筆者ははっきり「意気」を感じていると思った。それは、全家連のことついて論文を書いたことをさきに書いた吉村夕里がその博士論文→著書(吉村[2009])を書いた動機でもある。そのことは吉村が本のあとがきに書いている。「面接」の場でで何が起こっているかをたんたんと記していくその本は、自分たちがしてきた、そしてするべき仕事はそんなことではないはずたという思いから書かれている。
カウンセリングの技法とか理論とかそんなことをいろいろと論じることはもちろん大切だが、しかし、「ソーシャル」ワークとはそういうこと(だけ)ではない。
 ただそう言うと、それは一部の「熱い」人達のことだと返されるかもしれない。事実そうであることは認めてもよい。しかし、(ここではとくに「精神」についてと言ってもかまわないが)支援がどういうものであるべきか、あるしかないは、そう思っている人が全部ではないということと別にきちんと言える。そして、そこから引かないことで、そして加えて他の例えは医師の仕事への支払いはしかじかではないかといったことを加え加えていくことによって、とれるものをとっていくことができる。そして人を病院に留めておおくことに種々の事情があることはあるのだが、それでも、「移行」やそもそも病院・施設に行くこと少なくしようとすることがよいことであることは認められているのだから、そのために効果的・効率的な仕組みを考えるなら、そこで採用されるべきは、一部の「熱い」人たちの思いを反映したというのでなく、いま述べた仕組みが採用されるのがよいと確実に言えるはずだ。

みなが読む必要はないが、調べて、書く
 とにかくこんな仕事(研究)がなされてほしいと思う。しかし残念なことに少ない。なぜだろう。二通り書かれたものは多い。一つに、そのときどきの、多く不可解でさえある制度の変更・改変について紹介するだけて精一杯だということがある。そして業界的には紹介はたしかに役に立つ。そうしたものを書いてあとは教育の仕事なり現場での仕事をしていればそれでいっぱいいっぱいだというのは、たただの言い訳ではないと認めてよいと思う。そしてもう一つ、批判もまた、最初から批判的な場所にいることにしている人たちによってなされる。それは「(小泉とか安部とかいう))政権」に対する批判としてなされる。それともまた必要であると、もっとなされてよいと思う。しかし、それだけを言えばよいというものではない。もっとするべきことがある。
 著者はその仕事をした。こんな仕事をしてもらえるのであれば、論文を書き博士論文にし書籍にしてもらうのを私(たち)が手伝うのも甲斐があろうというものだ。私は私が関係した博士論文→書籍に収録された「おまけ」をこれまでいくつか書いた(立岩[2011a][2011b][2013a][2018][2019a][201ba][2019c])。それを書いた本はいずれも意義あるものだった。ただ、いつも「もっと書いてよ」と思うことが多く、そのことをそこで書いてきた。そうしたなかで、本書は、うんざりするほどのことが書いてある。しかしさらに言えば、私はもっとうんざりするほど書いてほしいと思っている。この本が売れるかといえば、そんなことはもしあったら私たちの社会も捨てたものではないというほどのことだと思うのだが、そんなことはないだろう。しかし、それでも博士論文、それに至る論文を幾つも書いて足していくということ、そして大学の出版助成を受けてなんとか出版してもらうというそのことの意味がある。売れなくてよいと言うと、出版社にも著者にも失礼だ。しかし本来、こんなややこしい、わけのわからない仕組みはあるべきでないし――こんな仕事を職業としてやっている人たちは、この本を絶対に買って職場に置いてそして読むべきであるけれども――そんなことを知らずに人々は暮らして生きていけるのが本来望ましい。だから、この本をより多くの人が読むべきだとは言わない。それでも、こうした本は、書かれるべきだし、出版されるべきなのだ。私(たち)はあたう限りそれを支援していこうと思う。

文献
葛城 貞三 2019 『難病患者運動――「ひとりぼっちの難病者をつくらない」滋賀難病連の歴史』,生活書院
桐原 尚之 2020 「精神障害者の社会運動の歴史」,審査中
窪田 好恵 2019 『くらしのなかの看護――重い障害のある人に寄り添い続ける』,ナカニシヤ出版
仲尾 謙二 2018 『自動車 カーシェアリングと自動運転という未来――脱自動車保有・脱運転免許のシステムへ』,生活書院
新山 智基 2011 『世界を動かしたアフリカのHIV陽性者運動』,生活書院
西沢 いづみ『住民とともに歩んだ医療――京都・堀川病院の実践から』,生活書院
定藤 邦子 2011 『関西障害者運動の現代史――大阪青い芝を中心に』,生活書院
白杉 眞 2012 「訪問介護事業所の運営の実情と課題」,『Core Ethics』8:233-244 
―――― 2013 「自立生活センターの自立支援と相談支援事業」,『Core Ethics』9:93-103
―――― 2018 「自立生活運動が相談支援に及ぼした影響――ピアカウンセリングをめぐる動きに注目する」,『Core Ethics』14
立岩 真也 2011a 「関西・大阪を讃える――そして刊行を祝す」定藤[2011:3-9]
―――― 2011b 「補足――もっとできたらよいなと思いつつこちらでしてきたこと」,新山[2011]
―――― 2013 「これは腎臓病何十万人のため、のみならず、必読書だと思う」,有吉[2013]
―――― 2013b 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社
―――― 2015 『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』,青土社
―――― 2018 「この本はまず実用的な本で、そして正統な社会科学の本だ」仲尾[2018<]/a>
―――― 2019a
「ここから始めることができる」葛城[2019]
―――― 2019b 「ここから、ときに別のものを、受けとる」,西沢[2019]
―――― 2019c 「ここにもっとなにがあり、さらにあるはずについて――解題に代えて」窪田[2019]
吉村夕里 2008 「精神障害をめぐる組織力学――全国精神障害者家族会連合会を事例として」,『現代思想』36-3(2008-3):138-155
―――― 2009 『臨床場面のポリティクス――精神障害をめぐるマクロとマクロのツール』,生活書院


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UP:20191119 REV:20191210
『詳論 相談支援――その基本構造と形成過程・精神障害を中心』  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇病者障害者運動史研究 
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