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『生政治史点描――病者障害者の戦後』(仮)

立岩 真也 2018 青土社

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■もう一冊

◆立岩真也 2018 『不如意の身体――障害乃至病於社会』,青土社



1967年?の筋ジストロフィー少女マンガ and/or 小説?(調査中)

文献表

◆2018/01/01 「今年の執筆予定」
 『出版ニュース』2018-1 http://www.snews.net/


病者障害者運動史研究

◆2018/08/01 「七〇年体制へ・下――連載・148」
 『現代思想』46-(2018-08):-
◆2018/07/01 「七〇年体制へ・上――連載・147」
 『現代思想』46-(2018-07):-
◆2018/06/01 「埼玉と金沢で――連載・146」
 『現代思想』46-(2018-06):-
◆2018/05/01 「石川左門達/ありのまま舎――――連載・145」
 『現代思想』46-(2018-05):-
◆2017/07/01 「福嶋あき江――生の現代のために・23 連載・135」
 『現代思想』45-(2017-7):-
◆2017/06/01 「高野岳志――生の現代のために・22 連載・134」
 『現代思想』45-12(2017-6):16-28
◆2017/05/01 「高野岳志/以前――生の現代のために・21 連載・133」
 『現代思想』45-8(2017-5):8-21
◆2017/04/01 「生の現代のために・20 連載・132」
 『現代思想』45-7(2017-4):16-28
◆2017/03/01 「施設/脱施設/病院/脱病院 生の現代のために・19 連載・131」
 『現代思想』45-6(2017-3):16-27
◆2017/02/01 「「生の現代のために・18:資料について――連載・130」
 『現代思想』45-1(2017-2):
◇2017/01/01 「『相模原障害者殺傷事件』補遺」 連載・129」
 『現代思想』45-1(2017-1):22-33
 ※この回の文献表は別掲
◇2016/12/01 「生の現代のために(番外篇)――連載・127」
 『現代思想』44-(2016-12):-
 ※この回の文献表は別掲
◆2016/11/01 「国立療養所・7――生の現代のために・15 連載・127」
 『現代思想』44-(2016-11):
◆2016/08/01 「国立療養所・5――生の現代のために・15 連載・126」
 『現代思想』44-(2016-8):
◆2016/07/01 「国立療養所・4――生の現代のために・14 連載・125」
 『現代思想』44-(2016-7):
◆2016/06/01 「国立療養所・3――生の現代のために・13 連載・124」
 『現代思想』44-(2016-6):
◆2016/05/01 「国立療養所・2――生の現代のために・12 連載・123」
 『現代思想』44-(2016-5):
◆2016/04/01 「国立療養所――生の現代のために・11 連載 122」
 『現代思想』44-(2016-4):-
◆2016/03/01 「生の現代のために・10(予告) 連載 121」
 『現代思想』44-(2016-3):-
◆2016/02/01 「国立療養所/筋ジストロフィー――生の現代のために・9 連載 120」
 『現代思想』44-3(2016-2):14-25
◇2016/01/01 「加害のこと少し――生の現代のために・8 連載 119」
 『現代思想』44-(2016-1):-
◆2015/12/01 「病者障害者運動研究――生の現代のために・7 連載 118」
 『現代思想』43-18(2015-12):16-29
◇2015/11/01 「今般の認知症業界政治と先日までの社会防衛 生の現代のために・7 連載 117」
 『現代思想』43-(2015-11):-
◇2015/09/01 「生の現代のために・6――連載 115」
 『現代思想』43-(2015-9):-
◇2015/08/01 「生の現代のために・5――連載 114」
 『現代思想』43-(2015-8):-
◇2015/07/01 「生の現代のために・4――連載 113」
 『現代思想』43-11(2015-7):14-24
◇2015/06/01 「生の現代のために・3――連載 112」
 『現代思想』43-10(2015-6):8-19
◇2014/04/01 「生の現代のために・2――連載 98」
 『現代思想』42-6(2014-4):8-19
◇2014/03/01 「生の現代のために・1――連載 97」
 『現代思想』42-4(2014-3):8-21

「難病」 ◆「難病」:歴史  ◆「難病」:文献
筋ジストロフィー  ◆筋ジストロフィー・文献
スモン

(匿名)
石川 左門
石川 正一
伊藤 佳世子
鹿野 靖明
北浦 雅子
小林 提樹
福嶋 あき江
山田 富也
山田 秀人
山田 寛之
渡部 沙織(大野 更紗)
渡辺 正直

生の現代へ:文献表

◆社会開発懇談会 1965/07 「中間報告」


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■1967年?の筋ジストロフィー少女マンガ and/or 小説?(調査中)

 ※この作品がなんであるかまだわかっていません。これではという方いらしたらお知らせくださいませ。教えてくださった方には拙著進呈いたします。

山田 富也 19780930 『さよならの日日――友情、恋、そして死…難病と闘った少年の青春』,エール出版社,201p.
 ※これは小説。幸司はその主人公。

 「ふいに、幸司は、まだ小学生のころ読んだ少女マンガの物語をまざまざと思い出した。/(あの話はほんとうだったんだ。栗原は、筋ジスで死んだんだ。そうか。栗原は、数をかぞえることによって、死の恐怖と闘っていたのにちがいない。かわいそうに。あいつは自宅療養なんかじゃないんだ。個室で死んで、退院していったんだ。ボクにも、もうすぐ死がやってくる。)
 進行性筋ジストロフイー症がそんなに恐ろしい病気だなんて、幸司は信じたくなかった。/(筋ジスはなおる病気だと思っていた小学生のころはよかった。療養所にきて、なおらないと聞かされ、こんどは死につながる病気だなんて、どうしよう。どうしたらいいんだろう。死ぬのは苦しいだろうか)」(山田[1978:-140])

高野 岳志 197610 「進行性筋ジストロフイーと私」,『ありのまま』2→19831125 「生と死と人生と」,山田[1983:167-174],2002 「進行性筋ジストロフイーと私」,山田・白江[2002:229-236] [134]
◆―――― 19831125 「生と死と人生と」,山田[1983:167-174]167-174 [133]

 「私が体験の他に、筋ジス≠知るようになったのは、いわゆるマスコミからでした。これは、私の体験を体系づける働きをしたのです。というのは、マスコミから受けた知識が体験により実証されていったわけです。
 私が最初に筋ジス≠フ記述を見たのは、小学四年生のときであったと思います。それは、ある少女雑誌のマンガでした。内容は進行性筋ジストロフィーに冒された少女が、徐々に進行して行く病気との闘いの中で葛藤し、ついには死んでしまう過程を克明に描いたもので、筋ジスに関する小さな解説が付いていました。これを読んだとき私は、全く信じられずに一笑に付してしまいましたが、後になって正しいことがわかっていきました。私の内面では強烈な否認が起こっていたのです。根拠は、死んだものはいない(当時死んだ人を知らなかった)、主人公が女性である、自分は足が不自由なだけで健康であるなどの点でした。」(高野[1976→2002:229-232])

 「私が最初に筋ジス≠フ記述を見たのは、小学四年生のときであったと思います。それは、ある少女雑誌の中でのマンガでした。内容は進行性筋ジストロフィー症に冒された少女が、徐々に進行して行く病気との闘いの中で葛藤し、ついには死んでしまう過程を克明に描いたもので、筋ジスに関する小さな解説が付いていました。これを読んだとき私は、全く信じられずに一笑に付してしまいましたが、後になって正しいことがわかって行きました。私の内面では強烈な否認が起こっていたのです。根拠は、死んたものはいない(当時死んだ人を知らなかった)、主人公が女性である、自分は足が不自由なだけで健康であるなどの点でした。」(高野[1983:170],立岩[20170501]に引用)
 cf.立岩[20170501]「山田の小説にあったのと同じ少女マンガが念頭に置かれているのかもしれない。そのマンガを読んで筋ジストロフィーを知ったが、その時はそのままに信じる気にはならななかった、だが、写真集で確かなことを知ったというのである。二人に一つずつ、同じ経過があったということだろう。」

 ※高野は19570606生。とすると、小学校4年生は1967.4〜1968.3?

福嶋 あき江 19871113 『二十歳もっと生きたい』,草思社

 「私たちが深い衝撃を受けたのは、ある少女雑誌の読みきり小説でした。ストーリーは、まったく普通の学園生活を送っていた少女が、ある日、スポーツをしている最中に突然倒れるところから始まります。少女はあれよあれよという間に歩けなくなってしまうのです。そして、医師から筋ジストロフィーであり、原因も治療法もわからないため、二〇歳前後までしか生きられない、と宣告されてしまいます。物語は、その少女の、愛と友情にささえられて生きる闘病の記録でした。少女の苦しみ、家族の悲しみ、それぞれの苦悩と葛藤が感動的に描かれています。〔子どもたちは、自分に照らして、大げさだとか、美しすぎるとか批評するが、〕その日から、病棟では病気の話はタブーとなりました。一人の姿が消え、また新しい子が入院してきます。誰も死という言葉を口にしません。」(福嶋[1987:53-54])

 ※この「少女雑誌の読み切り小説」と「少女マンガの物語」「ある少女雑誌のマンガ」とは同じでないかもしれない。このことを含め、わかっていない。

 「この時期から七〇年代、連載第一三〇回(二月号)「資料について」で紹介した難病ものが多く現れる。それは多く題に「愛」「青春」「少女」「死」といった言葉が使われ、涙を誘い、人を感動させるものであり、また悲しさとともにけなげで明るい姿を伝えるものであるのだが、本人たちにとってはそうではない。まずそれは自分たちの未来を伝えるものとして受け取られる。」(立岩[2017])


UP:2018 REV:20180719
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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