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不如意の身体

病障害とある社会

立岩 真也 2018 青土社

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立岩真也『不如意の身体――病障害とある社会』表紙
 ◇目次 文献表(別頁)
 ◇
 ◇あとがき
 ◇紹介・言及
 ◇[English] (Under Construction)


■2冊 →刊行記念セール

◆立岩 真也 2018/11/30 『不如意の身体――病障害とある社会』,青土社,481p. ISBN-10: 4791771192 ISBN-13: 978-4791771196 [honto][amazon][kinokuniya] ※

◆立岩 真也 2018/12/** 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社

◆青土社のHP:http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3233
 ※直接購入することができます。

文献表

 
 
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■目次

□□

□目次

□□□T

□□第1章 五つある
□1 不如意な身体に五つある
□2 五つについての必然的でない事情、関係・併存
□3 各々について、誰にとっての正負
□4 できないこと
□5 各々について
□註

□□第2章 社会モデル
□1 短く言ってみようとする
□2 インペアメントを言う人には苦痛と死を言っている人がいる
□3 インペアメントがある、と言う必要はない
□4 原因と解する必要はない
□5 だれにとってのできないことの得失
□6 分岐は規範の水準にある
□7 社会モデルの本義
□註

□□第3章 なおすこと/できないことの位置
□1 なおすことについて
 □1 なおすことについて
 □2 例えば脳性まひ
 □3 考える場はあること
 □4 例えば脳性まひ・続
 □5 ほぐしていくこと
 □6 近辺でなされた仕事の例
□2 できないことの位置
 □1 できないことは何と言うか
 □2 A:できないがべつに・対・B:あればできる
 □3 存在証明という方角もあるが
□註

□□第4章 障害(学)は近代を保つ部品である、しかし
□1 近代、とその次?
□2 障害とは何か、とは問わない
□3 非−能力/障害
□4 批判者である障害学は願いをかなえもする
□5 しかしとどまることはしない
□6 ではどんな方向に行くのか?
□註

□□第5章 三つについて・ほんの幾つか
□1 異なることについて
□2 苦と死
□3 表わすこと
□4 慰めること
□註

□□第6章 加害のこと少し
□1 厄介であること
□2 社会防衛が護るもの
□3 やがて社会防衛が一部で否定される
□4 基本的には加えることがないこと
□5 それでもどちらがよいかと考えることはできる
□6 免責と免責されても残るもの
□7 範疇・確率
□註

□□第7章 非能力の取り扱い――政治哲学者たち
□1 
 □1 言われたことを検討すること
 □2 ロールズ・1
 □3 ロールズ・2
 □4 ロールズ・3
 □5 ヌスバウム・1
 □6 ヌスバウム・2
 □7 ヌスバウム・3
□2 代わりに
 □1 有限であり、既にあり、隔たりがあること
 □2 へ/の
 □3 において
 □4 根拠?
 □5 効用を狙った、実行における平等のための、手段の提供
 □6 如何ともし難い、ように思えるもの
 □7 知性・理性について
 □8 幸/不幸

□□第8章 とは何か?と問うを問う
□1 星加良司『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』
 □1 検討に際して
 □2 批判篇の行論
 □3 インペアメントの棄却
 □4 しかし分け隔てるものがある、ようだが
 □5 原因論
 □6 帰責性による解釈の処理
□2 榊原賢二郎『社会的包摂と身体』
 □1 同定という行ない
 □2 局所?
 □3 むしろ動きを捉えること
 □4 まずは、身体に関わってできない(+違っている)こと、程度で
□註

□□第9章 普通に社会科学をする
□□1 どこを出発点におくか
 □1 星加規範論の仕組み
 □2 不利益の集中
 □3 定義としては成立しないが
 □4 不利益の集中(複合化・複層化)が肝心とされること
 □5 総合評価について
 □6 大変さを示すことで要求するのがよいか
□□2 大きな話は終わっていない
 □1 ではどうするか?
 □2 社会(科)学は
 □3 ただ一つひとつ応ずればよいではないか
 □4 嘘を言うから「障害」が要ると言われる
□註

□□□V

□□第10章 ないにこしたことはない、か・1 [200210]
 □1 どんな主題なのか
 □2 死なず痛くなければよい、とはいえ、できるにこしたことはない、か?
 □3 できることは必要だが、私が、である必要はない
 □4 支払いをみると、他人にやってもらった方が楽なことがある
 □5 得たいものは、因習にこだわらなければ、さまざまに得られる、こともある
 □6 そこに肯定されてよい世界が現われ、そしてそれは障害であることと両立する
 □7 選択の幅が広い方がよいから、とも簡単に言い切れない
 □8 他方、周囲の人にとってはないにこしたことはない
 □9 補足1・「社会モデル」の意味
 □10 補足2・差異と平等/社会モデルと文化派

□□第11章 なおすことについて [200107]
□1 はじめに
□2 調べてみたらよいと思う
 □1 対立のある場面を調べること
 □2 大衆化する手前のこと
 □3 たとえば
□3 場にあるもの/ないもの
 □1 失われるものが測られない
 □2 なおす人は見ない
 □3 本人に決めてもらうという案
 □4 社会的利益と損失
 □5 価値

□□第12章 存在の肯定、の手前で [201406]
□1 存在を肯定する作業療法はあるか?
□2 痛みと死をもたらす病に
□3 障害の諸相、のうちの異なり
□4 できる/できない
□5 補うこと/してもらうこと
□6 しかし社会は
□7 仕事の場合は境界が異なってくる
□8 常に当座できることはある

□□第13章 障害者支援・指導・教育の倫理 [201612]
□1 現況とそこで倫理を問うことについて
□2 病・障害にある成分
□3 自閉圏はどう捉えられるか
□4 なすべきことの実現は可能でありそれは自閉圏の出現が示している
□5 基本的に同じことが現場についても言える
□6 もとからなくすことは正当化されない
□7 分けることについて
□8 教育・療育
□9 マニュアルの使い方

□□第14章 リハビリテーション専門家批判を継ぐ [201709]
□1 批判の相手はかつて褒め讃えた人であったこと
□2 相手はどんなところにいる人たちなのか
□3 すくなくとも私が教わること

□□□W
□ 障害学?の本・1(医療と社会ブックガイド・24) [200302]
□ 障害学?の本・2(医療と社会ブックガイド・25) [200303]
□ 障害学の本・再度(医療と社会ブックガイド・38) [200405]
□ 『障害の政治』(医療と社会ブックガイド・66) [200612]

□□あとがき

文献表


 
 
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■序

 障害や病を捉え、考える際の基本的な視座を示す。過去に書いたものの再録を含み、繰り返しが幾度もあるが、あってよいと判断して、本を作った。

 ◇T

 『現代思想』での連載から、かなり順序を変えるなどして構成した(その詳細は「あとがき」に記した)。
 ごくごく単純に考えることにし、病・障害には、苦痛、死(への傾き)、できないこと、異なること、加害性、この五つの契機があるとする――病は主に前二者、障害は主に次の二つ。そしてそれが与えるものは、本人に対してと、幾種類かの他人たちに対してと、異なる。例えば痛いのは、死ぬのは、まずは本人だけである。人が病・障害に関わり感じること言うことが様々であること、そして議論における混乱のかなりの部分は、病・障害に複数の契機があって、ときに何のどれを言っているのかわからなくなっていることに起因するだろうと考えている。その例をあげ、まずは、分けて組み合わせて考えていくことを提案する。以上を第1章で述べる。
 第2章では、「(障害の)社会モデル」について述べる。幾つかその理解の仕方があるが、できないことに関わる不利益を軽減・解消する義務を負うのが「社会」であるという主張として捉えるのがよいことを述べる。
 第3章では、まず、障害や病をなおすことについて――これについて基本的なことは第11章に記した――考えるためにどんな場でどんなことを調べるとよいかを述べる。もう一つ、「環境が整えば私はできるようになる」という構えが常によいのか、その構えのもとに存在する言葉遣いをそのまま受け入れるのがよいのかを考えてみる。
 第4章では、多くの場合連続的でもあり、また種々多様である「できる〜できない」から「障害」を取り出すことが、この社会を維持する仕組みであると捉えられることを述べる。取り出されること、どのように取り出されるか自体が現実を作っているのであり、それを見る必要がある。だから基本的には、「障害とは何か」という問いの立て方はしない方がよいと述べる。
 第5章「三つについて・幾つか」では、「異なること」「苦しむこと」「死ぬこと」について、いくつかのことを述べる。ただそれはたんなる覚え書きのようなものであり、きちんと論じたものではない。じつは、はたしてなにか有意味なことが書けるのかと思い、書けないと思っている(後に引用する[201602:43])。それでも少し述べ、また別途考えようとは思っている。
 第6章では「加害(性)」について。とくに精神障害者が問題にされる。一定のことは『相模原障害者殺傷事件』に収録された[201609](改題して「精神医療の方に行かない」)で述べたが、それに加えて、基本的なことを確認する、というより前提的ないくつかを記す。

 ◇U

 一つ、障害を避けてしまう議論について、うまく扱えないか不当に扱っていると私は思う議論について、もう一つ、正面から取り組もうとする議論を検討する。
 第7章「無能力の取り扱い――政治哲学者たち」では、ロールズ、ヌスバウムといったよく知られている人をとりあげる。前者は、理論から除外してしまう。結局それは分配的正義に関わる議論として使えないことを意味すると私は考える。後者は人が人たるに際して達成するべき水準があることを言う。それは間違っていると考える。そして、なぜそのような議論をしてしまうことになったのかについてすこし考え、代わりにどのように考えるかを述べる。
 第8章「とは何か?と問うを問う」、第9章「普通に社会科学をする」では、星加良司の『障害とは何か』と、榊原賢二郎の『社会的包摂と身体』を検討する。前者についてはほぼ一冊分を、後者についてはごく一部を取り上げる。ときにさきの二者を批判しつつなされる論の多くに共感しつつも、障害をどう捉えるかというその構えとそこから導出される議論には同意できないところがあることを述べ、関連して、社会(科)学がどのように議論を進めていくかについて記す。
 
 ◇V
 過去に書いたものを収録する。かなり以前のものも含めて再録した。かなり「アウェー」な感じがする本であっても、私は断ったりはしてこなかった。ときにはかなり苦労しながら書いてきた。もとの本のそれぞれに目を通してほしいから、その紹介、各章の題名や著者名等の情報も記した。本文も註も基本的にはそのまま再録する。(したがって文献表示としては立岩[2001→2018]というようにしていただくことになる。)とくにここに繰り返しが相当にある。しかし、それでもよいと思った。
 第9章は「ないにこしたことはない、か・1」[200210]。できないことがないにこしたことはないか、について考えて、考えていくと、自分自身にとっては、そうでもないと言えることを述べたたものだ。「社会モデル」についての見解も述べている。
 第10章は「なおすことについて」[200107]。「臨床社会学」についての本に収録されたもの。編者達からテーマを与えられたものではない。第3章は次の仕事に向けてのこの稿への補足という位置づけになる。
 第11章は「存在の肯定、の手前で」[201406]。作業療法士で作業療法学の大学の教員でもあり、私の勤め先に博士論文を出した人でもある田島明子編の『「存在を肯定する」作業療法へのまなざし――なぜ「作業は人を元気にする!」のか』に収録された。「元気にしないこともあるだろう」、と思って書いたものでもある。
 第12章「障害者支援・指導・教育の倫理」[201612]。「自閉スペクトラム症」についての職業人向け教科書のような本の一章を依頼されて書いた。『自閉症連続体の時代』に書いたことを、「専門家」に向けて、短く書くとどうなるかという文章。そのような努力も必要ではあろうと思っている。編者の一人は生存学研究センターの客員研究員。
 第13章「リハビリテーション専門家批判を継ぐ」[201709]。多田富雄について、というより多田が上田敏を批判していることをやりすごすべきでないと考えて書いた。今回の後半部にも関係する。

 ◇W
 二〇〇一年から二〇〇九年まで『看護教育』(医学書院)で一〇一回続いた本を紹介をする連載から障害(学)に関係するものをいくつか再録した。それ以外にも障害学に関わる本を並べて紹介した。

 ※ 本書の著者(立岩真也)の単著については著者名を略し、[201305]というように発行月まで記載する。他にも、読者にとってのわかりやすさ等を考慮し、通常でない文献(名)表記をする場合がある。
 ※ 原文における改段落の代わりに「/」を用いることがある。
 ※ V・Wは既発表のものを再録した。文献表示に関わる変更以外、漢字の使い方等も含めそのまま再録した。今回加えた部分は〔〕の部分、そして☆印の註。文献表示の際は、基本的に初出を記し、頁を表記する場合には、立岩[2002→2018:342]などとしてもらいたい。

 
 
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■あとがき

 はっきりと言えるはずだと思うこととそうでないことと、両方がある。思えないのは、一つに、苦や死や差異や加害について、ほんとうに言えることなどあるのだろうかということだ。一つに、私は建前(たてまえ)は大切だといったことを言っていて(187頁等)、実際そのように思っているのだが、それでも、ためらいを感じることはある。第6章・第7章などはそんな気持ちが背景にもあって、迷いはしたが、結局、なくすことはしなかった。こんなものでも、ないよりはあった方がよいとは思った。
 私たちは言論の堆積のその上に生きている。いくらかでも知れば、それがどの辺で行き止まるかがわかる。わかるような気がする。そしてもう一つ、言葉が届かないところはあることもわかっている。そのうえでも言うことがさらにあれば、本書ではごく簡単に記したことの続きを、よりことの本体の方に向けて、書くことがあるかもしれない。
 ただそれでも本書を作った。その一つは、今述べた、そうしたためらいのある部分だってあってよいということだが、もう一つは、ごく単純に言えること、わかってもらってよいことも、他方でたくさんあると思ったからだ。なにか高尚な議論をしているかのようなのだが、実はそんなことはなく、もっとずっと普通に考えて言っていったほうがもっとずっとすっきりする。そうでないから無駄に混乱している。そのように思うことがたくさんあった。そこで――意図したというわけではないのだが――繰り返しをいとわず述べた。単純なことでも、繰り返されるうちに飲み込めるということがあると思う。ためらう部分がありながら、本書は、普通にまっとうなことを言っており、ものを調べたり考えて言ったり、ことを変えていこうとする時に役に立つと思う。

 本書TとUは『現代思想』での連載([200510-]、二〇〇五年十月号で開始、二〇一八年十二月号で一五二回、一覧はHPに掲載→「立岩真也 現代思想連載」で検索)の一部を使って作られた。
 「「社会モデル」・序」「「「社会モデル」・1」「「「社会モデル」・2」(第五七〜五九回、二〇一〇年八〜十月号)。「生の現代のために・1」(第九七回、二〇一四年三月号、一部は使わず、また「生の現代のために・2」〜「4」は使わず)、「生の現代のために・5」「「生の現代のために・6」(第一一四〜一一五回、二〇一五年三〜四月号、一部は使わず)。「『障害/社会』準備の終わりから3」「どこから分け入るか」「不如意なのに/だから語ること」「「星加良司『障害とは何か』の1」「「星加良司『障害とは何か』の2」「社会科学する(←星加良司『障害とは何か』の3)」「「労働の場の編成等:星加良司『障害とは何か』の4」「榊原賢二郎『社会的包摂と身体』」(第一三七〜一四四回、二〇一七年九〜二〇一八年四月号)。「非能力の取り扱い・1」「『不如意の身体』に加えた部分」「非能力の取り扱い・2」(第一四九〜一五一回、二〇一八年九〜十一月号)。
 以上がもとになっているが、構成も内容について、かなり大きな変更、加筆を加え、削除した部分もある。研究の方向・方法について述べた部分、史実(サリドマイド、スモン、水俣病、原発…)で今年のもう一冊の本([201812])にも収録しなかった部分等についての部分は、やはり再構成したうえで、別の本でと思う。

 本書は科学研究費研究「病者障害者運動史研究――生の現在までを辿り未来を構想する」(基盤B、二〇一七〜二〇一九年度)の成果でもあります。『現代思想』連載の担当・栗原一樹さんと本書の編集を担当してくださった青土社の瑞田卓翔さんに感謝いたします。

                                 二〇一八年十月 立岩真也


 
 
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■言及・紹介


■初出

◆2017/09/01 「『障害/社会』準備の終わりから3――連載・137」
 『現代思想』45-(2017-9):-
◆2017/10/01 「どこから登っていくか――連載・138」
 『現代思想』45-(2017-10):-
◆2017/11/01 「不如意なのに/だから語ること――連載・139」
 『現代思想』45-(2017-10):-
◆2017/12/01 「星加良司『障害とは何か』の1――連載・140」
 『現代思想』45-(2017-10):-
◆2018/01/01 「星加良司『障害とは何か』の2――連載・141」
 『現代思想』46-(2018-01):-
◆2018/02/01 「社会科学する(←星加良司『障害とは何か』の3)――連載・142」
 『現代思想』46-(2018-02):-
◆2018/03/01 「労働の場の編成等:星加良司『障害とは何か』の4――連載・143」
 『現代思想』46-5(2018-3):215-229
◆2018/04/01 「榊原賢二郎『社会的包摂と身体』――連載・144」
 『現代思想』46-(2018-03):-
◆2018/09/01 「非能力の取り扱い・1――連載・149」
 『現代思想』46-13(2018-09):224-237
◆2018/10/01 「『不如意の身体』に加えた部分――連載・150」
 『現代思想』46-15(2018-10):220-237
◆2018/11/01 「非能力の取り扱い・2――連載・151」
 『現代思想』46-(2018-11):-
◇2018/12/01 「『病者障害者の戦後――生政治史点描』――連載・151」
 『現代思想』46-(2018-11):-
……
◆2010/07/01 「留保し引き継ぐ――多田富雄の二〇〇六年から」
 『現代思想』38-9(2010-7):196-212 資料
◆2010/08/01 「「社会モデル」・序――連載・57」
 『現 思想』38-10(2010-8):22-33 [amazon][kinokuniya] ※
 http://www.seidosha.co.jp/index.php?%A5%C9%A5%E9%A5%C3%A5%AB%A1%BC
◆2010 09/01 「「社会モデル」・1――連載 58」
 『現代思想』38-11(2010-9):
◆2010/10/01 「「社会モデル」・2――連載 59」
 『現代思想』38-(2010-10):→社会モデル
◆2010/11/01 「社会派の行き先・1――連載 60」


◆2018/01/01 「今年の執筆予定」
 『出版ニュース』2018-1 http://www.snews.net/


立岩真也『不如意の身体――病障害とある社会』表紙

UP:201707 REV:201708, 0910, 1025 .. 20180903, 1108, 10, 12, 13
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
2018/09/26
TOP HOME (http://www.arsvi.com)