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「『社会が現れるとき』拾遺」5

「身体の現代」計画補足・511

立岩 真也 2018/06/30
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/2092175874382722

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若林幹夫・立岩真也・佐藤俊樹編『社会が現れるとき』表紙

[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 東京大学出版会の雑誌『UP』に「『社会が現れるとき』拾遺」
http://www.arsvi.com/ts/20180014.htm
を、宣伝になるかならないかわからないが、宣伝のために書いた。その分載。第5回。これで最後。
 以下で、記念文集に書いた文章というのは、2016/03/21「山本泰先生とのこと」,山本泰最終講義記念文集
http://www.arsvi.com/ts/20160021.htm

 「仕事の「本体」のほうはどうせ別のところで続けるから、この本では、さらに舞台裏というか楽屋落ちというか、そんなことを書こうかなと、他の編者には言ってみて、それで許されそうだったので、そんなふうにとも思ったのだが、ほぼ何も覚えてないに近いことがわかって、書こうにも書けなかった。佐藤と若林は山本先生と山本ゼミを愛しているわけで、いろいろと書くことはあるに違いないのだが、私の記憶に残っている部分は、という以前に経験した時間も、少なかった。
 それでいくらかそこでの「勉強」のことも含めつつも、結局は私(の仕事)のことを書いた。目次は以下のようになっている。1「それでも社会学をしていると思う1」、2「そう思う2――社会の分かれ目について」、3「社会的、はパスした」、4「もっとよくできた話も結局パスした」、5「代わりに」、6「ポスト、もパスした」、7「戻って、素朴唯物論は使えるかもしれない」。
 当時駒場の教員であった人としては見田宗介(真木悠介)、廣松渉もすこし出てくる。当時、やはり指導教員にすることができた見田を選ばなかったのは…、といった辺りのことも書いている。実はもう三度めのことだが、廣松渉についてはその――その人に限らず前衛主義全般にある――革命論の困難について。私は、その革命論の、というより革命の困難という感じ、からものを考え始めたところがある。それとはあまり強い関連はないが、虚しいなあと思いながら、「反東大百年」といった運動にいくらか加担していた人でもある。だから、ものを考え始める場所が他の多くの人たちとは異なっていた。学生運動というのは既に当時十分マイナーで、その後はもっとそうだった。だからそのゼミで浮いていたということはない、と私としては思う。ただ、問い(が詰まっているところ)ははっきりしていたから、あとは自分でやるしかないと思って、学校の方はさぼり気味だった。それでも、あとはさぼってもかまわないという「信」を、山本ゼミその他は私に与えてくれた。そんなふうに思う。そして、山本さん自身もまた、聊か屈折したかたちではあるが、私たちのすこし前の七〇年代を生きてきて継いできて、それが皮肉なようで皮肉でない山本さんを作っていたように思う。それで私は、明確に重要な学的貢献である『儀礼としての経済――サモア社会の贈与・権力・セクシュアリティ』(弘文堂)とまた別に、山本さんの「規範の核心としての言語――沈黙論の試み」(『ソシオロゴス』三、一九七九)といった論文が好きだったように思う。学部の時には吉田民人先生にゼミで、それでもよかっただろうに、あの――無理なさっていたのではないかとも思うのだが――元気さにずっと接しているより、山本さんの静かで斜に構えた(ように見える)感じに付いたのだろうと思う。
 最後に、再掲も含め、この本に収録されている論文を順番に紹介しておく。第1章・若林幹夫「「都市」をあることにする」、第2章・西野淑美「空間の自由/空間の桎梏――都市空間への複数のリアリティ」、第3章・中村牧子「近代日本における地位達成と地域の関係――戦前期生まれ著名人の中等教育歴が語るもの」、第4章・五十嵐泰正「「商売の街」の形成と継承」、第5章・砂原庸介「誰が自治体再編を決めるのか――「平成の大合併」における住民投票の再検討」、第6章・太田省一「「素人」の笑いとはなにか――戦後日本社会とテレビが交わるところ」、第7章・立岩真也「でも、社会学をしている」、第8章・相馬直子「社会が溶ける?――日韓における少子高齢化の日常化とジレンマ」、第9章・遠藤知巳「境界としての「思想」――歴史社会学的試論」、第10章・鶴見太郎「想像のネットワーク――シベリア・極東ユダヤ人におけるアイデンティティのアウトソーシング」、第11章・中村秀之「映画に社会が現れるとき――『ステラ・ダラス』(一九三七)の言語ゲーム」、第12章・佐藤俊樹「自己産出系のセマンティクス――あるいは沈黙論の新たな試み」。」


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182511.htm
にもある。


UP:2018 REV:
立命館大学大学院先端総合学術研究科  ◇病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇『現代思想』 
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