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「『社会が現れるとき』拾遺」4

「身体の現代」計画補足・510

立岩 真也 2018/06/
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/2091506337783009

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若林幹夫・立岩真也・佐藤俊樹編『社会が現れるとき』表紙

[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 東京大学出版会の雑誌『UP』に「『社会が現れるとき』拾遺」
http://www.arsvi.com/ts/20180014.htm
を、宣伝になるかならないかわからないが、宣伝のために書いた。それを分載していく。
 cf.6月17日、入試説明会ありました。
http://www.arsvi.com/ts/20180617.htm

 「そして私自身も、普通のことを普通にやっていくことにした。そうして仕事をやってきた。切り捨てて省力化して、さぼるところはさぼってきた。だから効率的に、かつだいぶ長くやってきたはずだが、その狭い範囲内での仕事でさえすこしも終わらない。
 だから、古い人たちのなかで例外的に「たいらな」話をしているのはまず私なのだが、もう一つ、第6章「「素人」の笑いとはなにか――戦後日本社会とテレビが交わるところ」も普通におもしろい。それを書いているのは太田省一で、私より1年遅く大学院に入ったと思う。その太田はいっとき、市野川容孝、加藤秀一、そして私といったあたりと「BS(バイオ・ソシオロジー)研究会」というものをやっていて、十九世紀イギリスの優生学についての論文などを読んだりしていたのだ。そして太田はそういう主題でいくつか論文も書いた。だが、どうもしっくりこない感じが本人にあったように思う。その太田が、その間なにがどうなっていたのか知らないが、『社会は笑う――ボケとツッコミの人間関係』(青弓社)で再デビューするのは二〇〇二年で、それ以来順調にそのラインでやっている。今回のものは、おおむねテレビ東京の話で、テレビ東京について種々がわかるというか、なるほどと確認される――映画をまったく観なかった数十年の後、ここ数年、しかし仕事をしないわけにもいかないので、仕事しながら、画像を見ないでアマゾンプライムのテレビドラマシリーズ他(今ついているのは『孤独のグルメ』)をずっとつけているというのをやっている――というか、おもしろい。
 そして私の普通の話は、第7章「でも、社会学をしている」になっている。ほとんどものを新たに考えるということをせず、たいがいひどく字を書くのに手間のかかる私としては、ささっと書いてしまった。八〇年代から九〇年代、そしてそれ以降、どういう経路で、どんなことを考えることにしたか、書いたか、同時に、どんなものは読まずにスルーしてきたかといったことを、時間のうえに連ねながら書いた。」


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182510.htm
にもある。


UP:2018 REV:
立命館大学大学院先端総合学術研究科  ◇病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇『現代思想』 
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