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「『社会が現れるとき』拾遺」2

「身体の現代」計画補足・508

立岩 真也 2018/06/


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若林幹夫・立岩真也・佐藤俊樹編『社会が現れるとき』表紙

[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 東京大学出版会の雑誌『UP』に「『社会が現れるとき』拾遺」
http://www.arsvi.com/ts/20180014.htm
を、宣伝になるかならないかわからないが、宣伝のために書いた。それを分載していく。その2回め。
 以下で、記念文集に書いた文章というのは、2016/03/21「山本泰先生とのこと」,山本泰最終講義記念文集
http://www.arsvi.com/ts/20160021.htm

 「そして若林は第1章「「都市」をあることにする」、佐藤は最後の第12章の「自己産出系のセマンティクス――あるいは沈黙論の新たな試み」を担当。さらに若林は冒頭の「はじめに――「社会が現れるとき」と「社会学(のようなもの)」が現れるとき」を、佐藤は終わりの「社会は現れる――一つの解題として」を書いていて、これらは販売促進のためにも、ということで、HPに掲載させてもらってもいる(『社会が現れる時』で検索)。なので、この原稿は私がということになったのだろう。
 おもしろい本なのだが、なにか一つのテーマについてのものではない。こんな場合にどうしたものか。これは考えてもわからない。ただざっと眺めると、あまり今どき普通でないものを書いているのは、中では古い人たちのようだった。大学院に入った順序では私、太田省一(八四年)、佐藤俊樹(八五年)、若林幹夫(八六年)、中村牧子(八六年)、中村秀之(八七年)、遠藤知巳(八七年)。
 遠藤知巳は「境界としての「思想」――歴史社会学的試論」を書いている。近頃はこんな感じなのか、けっこうまっとうな道を行こうとしている、と思う。中村秀之の「映画に社会が現れるとき――『ステラ・ダラス』(一九三七)の言語ゲーム」を読む。まず、私は『ステラ・ダラス』という映画を知らなかったし、その映画を巡って種々の議論が重ねられてきたことをまったく知らなかった。その手前で、私は一九八五年頃、それまで年に三百本ほど映画館で観ていたのだが、行くのをやめたのだった。大学院は、何をあきらめるかを確かめていく過程であると思う。まずごく即物的に、自分の仕事(研究)をしながら金を稼ぐ、となると、あきらめねばならないことがある――それでもいくらか両立しようとなると、さきに書いたように演習中に模試の採点、となる。その間、中村はずっと映画を見続けて、そして映画に関わってものを書いてきた。そのことは知っていたが、彼が知って例えばここに書いていることについては何も知らなかった。たぶん、この本に収録されなかったら、最期まで知らずに過ごしただろう。皆さん読んだ方がよい。
 で、その演習がどうなるか。遠藤や中村が今回の原稿(の草稿)をもってきて話したとする。佐藤が、「うーん」とか言って、「えーと」とか言って、何か言い出すと思う。若林は「えーっ!」とか言う。私は、私だけ長くすると、「気分はまあわかる、けど、やっぱりわからない、たぶん、これ違うと思う」とか言うかもしれない。そしてしばらく、ああだとかこうだとか話をすることになったと思う。そんなことを山本ゼミではしていた。そこは、普通に偉いことになっている人たちに遠慮する必要はなく、いわゆる闊達な空間だった。それは「言語研究会」という、今でもあるのか、研究会でもそうだった。というか、山本先生もその研究会の出身者だった、から私も、指導教員にというところはあったように思う。『ソシオロゴス』という、それよりいくらか広い範囲の人たちの、しかし、共通したところのある雑誌もあった(これは今もある)。そこには、どうしてかよくわからないところと「時代背景」がわかるところと両方あるのだが、大澤真幸であるとか宮台信司であるとか大きなことを早口で言う人たちが周りにたくさんいて、橋爪大三郎たちが始めたその研究会と演習の参加者は(さきに名前をあげた人たちの時期に)いくらか重なってもいた。」


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182508.htm
にもある。


UP:2018 REV:
立命館大学大学院先端総合学術研究科  ◇病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇『現代思想』 
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