HOME > Tateiwa >

嘘を言うから「障害」が要ると言われる・2

「身体の現代」計画補足・496

立岩 真也 2018/04/
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/2051952898405020

495 < / > 497

Tweet


『現代思想』2018年2月号 特集:保守とリベラル――ねじれる対立軸・表紙   立岩真也編『社会モデル』表紙   星加良司『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』表紙   『現代思想』2018年4月号 特集:現代思想の316冊――ブックガイド2018・表紙

[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 星加良司の本を『現代思想』連載の4回分、榊原賢二郎の本を1回分※、書いてそれを04/18刊行の『社会モデル』ver1.3に収録した。
http://www.arsvi.com/ts/2016m2.htm
今年中にまとめるつもりだが、その時には構成などだいぶ変わっているはず。『社会モデル』には連載で取り上げられなかった部分、本にはならない部分たくさんあるので、これはこれとしての価値があると思う。分量あるが、HTMLファイルなので検索なども便利。
 ※「榊原賢二郎『社会的包摂と身体』――連載・144」,『現代思想』2018-4
http://www.arsvi.com/m/gs2018.htm#04

 まだここでは、2月号掲載の
◆2018/02/01「社会科学する(←星加良司『障害とは何か』の3)――連載・142」,『現代思想』46-(2018-02):-
http://www.arsvi.com/ts/20180142.htm
からの分載を続けている。この回の目次は
 □大きな話は終わっていない
 □社会(科)学は
 □ただ一つひとつ応ずればよいではないか
 □嘘を言うから「障害」が要ると言われる
こうやって切れ切れだと全体は見えない。それは仕方がない。ただこれらの断片を、できれば、ゆっくり読んでいただきたいと思う。

 「□嘘を言うから「障害」が要ると言われる
 […]
 ただ、このように同じだけを得るにしても、余計に費用がかかる場合があり、余計にかかる人がいる。それをどう考えるか。例えば、家でビデオを見ることについて、人はじっとそれを見入っているだけなので、字幕が必要といった人以外は、あまり追加費用がかからないが、海外旅行については、飛行機についてより広い面積を要するとか、介助者を連れていかねばならないといった具合に、費用が余計にかかる人が、前回紹介した増田英明さんのように、いる。
 こうした場合、その余計にかかる人は、ゆえにその旅行という行ないを控えるしかないだろうか。あるいはその余計にかかる費用の分も、自分の収入から支出することになるか。それは不当であると考えることにしよう。結果として同じだけを得るだけなのであり、特別に得をするわけでない。その本人+社会の状態に関わる事情が関わっている費用の増加分について、それが必要なのは、その人にとっては仕方のないことであり、本人がそれを負うべき理由はないと考えるのである。そこで、同じだけの結果を得るための費用は、身体+社会の形状によって異なるのだが、その追加分を本人に求めることはせず、社会的に支出されるものとする。これが私(たち)がよいと考える案だ。その支出は、例えば駅その他の建築物や道路等々の環境の整備のために使われることもあるし、人の行動・生活を介助するそのための費用として使われることもある。これら、とくに後者が(狭義の)「社会サービス」と呼ばれる★10。
 ここで本人にとって所得保障と社会サービスを分ける必要は、本来はない。区別は、便宜的に必要なことがあることは認めるとしても、あくまで便宜的なものである。所謂社会サービスは個々の人の差異に応じた必要を別に括り出したものだから、結果として、所謂所得保障分は基本的に一律にということになるのである。この順序を間違えないほうがよい。つまり、一律があくまで基本であり、個別の差に応じた付加についてどうしてよいか困ってしまうとか、困ったすえにやめてしまうとかそんなことにはならないということである。また、所得保障は国家が責任をもつべきだが、社会サービスは「コミュニティ」でまかなわれるべきだといったことが言われたことがあるが、それはまったくおかしなことだ([201206])★11。

★10 ベーシックインカムの理論家の一人であるヴァン・パリース(著書にVan Parijs[1995=2009])が、意外に真面目に「上乗せ」を正当化し、「非優越的多様性(Undominated Diversity)」なるものをもってきて、その根拠と基準を提出しようとしている。しかしその議論はおかしなものだ。このことを著者を招いてのワークショップでの報告([201001]、英語原稿、日本語版もあり)で言い、「BIは行けているか?」([201004])の第6章「差異とのつきあい方」で述べている。
★11 「暮らしていく人にとっても両者はそもそも別のものではない。ひとまず「平均的」な――実質的には「手間」のかかりようがすくない――人間を想定し、その人にかかる「普通」の費用を考えるのが「所得保障」であり、それに追加して必要の違いに応じた給付を行うのが「社会サービス」と呼ばれるものということになる。いずれも暮らしていくのに必要なものであって、その意味では違いはない」([200801])。


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182496.htm
にもある。

◆立岩 真也 2018 『(題名未定 2018b3)』,青土社 文献表


UP:2018 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇『現代思想』 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)