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ただ一つひとつ応ずればよいではないか・1

「身体の現代」計画補足・487

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立岩真也『自由の平等』表紙   立岩真也編『社会モデル』表紙   星加良司『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』表紙   『私的所有論  第2版』表紙

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◆2018/02/01「社会科学する(←星加良司『障害とは何か』の3)――連載・142」,『現代思想』46-(2018-02):-
http://www.arsvi.com/ts/20180142.htm
より。目次は
 □大きな話は終わっていない
 □社会(科)学は
 □ただ一つひとつ応ずればよいではないか
 □嘘を言うから「障害」が要ると言われる


 「■ただ一つひとつ応ずればよいではないか
 星加の本に書いてあることにはよくわからないところがある。そのことについては述べた。一つ理解できる筋を見出せるとすれば、星加は実は「べた」な――ほぼこの社会でこの言葉が使われているままを受けた――意味での「障害(者)」を想定しており――「狭義の障害者」と呼ぶ――そして、その人たちがたいへんであること、だからそれに応じた扱いをされるべきことを言いたいのであった。そしてそのたいへんさは不利益の「集中」(複合化・複層化)がそこにあるから、という筋になっている。
 「集中した不利益のうち、解消可能なものが優先的に解消されていくことが求められる」。「不利益が「集中」するケースの中で、一般に解消可能性が高い不利益は「複合化」されたものよりも「複層化」されたもの、すなわち、「個体的条件」との関連において生じている不利益よりも「優越」を生み出す社会的仕組みによって増幅された不利益であると考えられるため、ディスアビリティ解消の取り組みにおいて、不利益の「複層化」のメカニズムの解体・遮断という方途は、中心的な位置を与えられる」(星加[2007:278-279])。ここら辺でようやく著者が言いたいことの中心がわかる★03。
 だが、普通に考えると次のようになるはずだ。一つ、[…]」

「★03 そこから批判もなされる。星加は私の議論を検討し限界が二つあると言う。「種々の理論的貢献に大いに示唆を与えられつつ、その限界についても確認し、乗り越えを図ることにしたい。ここでは、その難点として二つのことを指摘しておく」。その二番目が以下。「各人に不利益がどのように分布しているかを問うことが困難になっている。それは、少なくとも機会の分配に関するかぎり、個々の社会的状態の妥当性を評価する枠組みを共有していることに起因している。[…]各項目においてはそれほど大きな不利益を被っていなかったり、その不利益が何らかの理由で正当化・許容されるような場合でも、全体としては大きな不利益を経験してしまうということもあるだろう。この種の事態に対して、立岩の理論的枠組みは弱点を抱えているのである」(星加[2007:192])。」


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182487.htm
にもある。


UP:2018 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇『現代思想』 
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