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「拝啓池田総理大学殿」他:「事実への信仰」より・06

「身体の現代」計画補足・470

立岩 真也 2018/02/01


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立岩真也編編『与えられる生死:1960年代』表紙   立岩真也・杉田俊介『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』表紙   『現代思想』2018年2月号 特集:保守とリベラル――ねじれる対立軸・表紙

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 荻上チキ×立岩真也×岸政彦の「事実への信仰――ディティールで現実に介入する」。『現代思想』2018年2月号(特集「保守とリベラル――ねじれる対立軸」)に掲載。
http://www.arsvi.com/ts/20180001.htm
 その私の発言部分より。第6回。水上勉「拝啓池田総理大臣殿」(1963/06、『中央公論』)他を『与えられる生死:1960年代――『しののめ』安楽死特集/あざらしっ子/重度心身障害児/「拝啓池田総理大学殿」他』に収録した。知ってほしいと思って作った。
http://www.arsvi.com/ts/2015b1.htm

 「例えば六〇年代の前半から中盤にかけて、のちの日本の社会福祉・障害者福祉を前進させる、あるいはつくり上げる時期があったのですが、「自分の子どもがかわいそうだ」とか、「こういう人たちを救わなくちゃいけない」とか、そういうことを大っぴらに言って、総理大臣に公開書簡を書き、『中央公論』に載せ、さまざまを前進させたとされるその同じ人が、同じ年の『婦人公論』の座談会で「障害児が生まれたら生かすか殺すか国の委員会で決めるようにしたらよい」といったことを言っているのです。そういうことを知っているかといったとき、知っている人はとても少なくて困るのです★。「救え」と言った人が「殺せ」とも言っている。そうすると、ただ「殺すな」と言っても、いや、ただ「殺すな」とだけ言えばいいんだけど、それと同時に、「救え」と言った同じ人が「殺せ」と言ったとは一体どういうことかくらいのことは考えないといけない。そちらの流れにいないはずの人がそういうことを言っているという現実をどうするんだということを考えるためにも、「優生思想に基づく安楽死や殺人が昔ありました」というだけの話ではなく、そのあいだの何十年にいろいろなことが起こっているということを知ったり考えたりしなくてはいけないはずなのに、それらは実は素朴に学問のレベルでも書かれていないという悲しむべき状況にあるということです。
★ 前掲『相模原障害者殺傷事件』、第T部「一つのための幾つか」第2章「障害者殺しと抵抗の系譜」第3節「一九六三年・『婦人公論』誌上裁判」。」


この号には「社会科学する(←星加良司『障害とは何か』の3)――連載・142」も掲載されている。いっしょに読んでいただけるとありがたい。というか、この号の特集、そして上の討議というか鼎談というかを多少意識してこの第142回を書いたところがある。これは連載の第141回「星加良司『障害とは何か』の2」 http://www.arsvi.com/ts/20180141.htm
の続き、で「身体の現代」計画補足」では前回まで「の2」を分載してきたが、それは中止。雑誌買ってください。立岩真也編『社会モデル』
http://www.arsvi.com/ts/2016m2.htm
の購入者には、「1〜4?」の原稿を収録した増補版を無償で後日提供します。

 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182470.htm
にもある。


UP:2018 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇『現代思想』 
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