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「事実への信仰――ディティールで現実に介入する」より・01

「身体の現代」計画補足・463

立岩 真也 2018/01/21
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『現代思想』2018年2月号 特集:保守とリベラル――ねじれる対立軸・表紙   立岩真也・杉田俊介『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』表紙   『現代思想』2018年1月号 特集:現代思想の総展望2018・表紙  

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 『現代思想』2018年2月号が発売されている(以下から注文可)。
http://www.arsvi.com/gs2018.htm#02
特集は「保守とリベラル――ねじれる対立軸」。この特集との位置関係は聊か謎だが、そこに、荻上チキ×立岩真也×岸政彦の「事実への信仰――ディティールで現実に介入する」が収録された。
http://www.arsvi.com/../ts/20180001.htm
 いきさつについてはまた。また、この号には「社会科学する(←星加良司『障害とは何か』の3)――連載・142」も掲載されている。
http://www.arsvi.com/ts/20180142.htm
いっしょに読んでいただけるとありがたい。というか、この号の特集、そして上の討議というか鼎談というかを多少意識してこの第142回を書いたところがある。
 さて冒頭。岸さんから聞かれて。

「立岩 あの事件が起こったのは去年(二〇一六年)の七月二六日です。その日教授会をやっていたのですが、そのあいだに連絡が来ました。最初は朝日新聞の記者だったと思います。そのあと共同通信にコメントを出したり、NHKの番組に出たり、なんやかんやありました★01。

★01 この時そして年内に新聞社・通信社に出したコメント・記事の多くは『相模原障害者殺傷事件』に収録。結局、こういう催で話せることは「中味」ではない。私の話や文章で「これはここに書いた」が多いというのは、私も思うことだが、仕方がない。とくに人にものを教える・伝えるといった立場の人たちに話す時には、なにかしらの情感を喚起する話をするというより、そうなる。

 予想通りだと思いました。つまり、この話が「頭のおかしい人」の犯罪だという話になるのではないかと思ったら、やっぱりなってしまった。最初の取材のとき、そういう話になりそうだということはもうわかっていたことなので、「そういう話に持っていかないでください」とは言いました。統計というのは厄介で、どういうふうに解釈するかで何様にも言えたりするところはあるのだけれど、しかしまず普通に、精神障害がある人の犯罪率は一般に比べたら高くないということは確かな事実です。こういう当たり前の話をまずはしました。そして最初に取材があったその記者は、そのことを知りませんでした。
 このように取材云々もあるのですが、思うのは、その後どういうことが起こったり、みんながどういうふうにしゃべったりするのかなと思ったとき、気に食わないこととか気に食うこととか、そういうことに対してどういうふうにものを言っていくのかというところを考えるべきなのでしょうね。でも考えていてもわからないから、しょうがないから、そのときどきに思うことを言っているのですが。このかん相模原だけでなく、何かがあるとプロの人とアンチの人がいて、互いにものを言い合うわけだけれど、もうそれも飽和状態になっていて、互いが互いの言っていることはもう聞かないまま「わかってるよ」という感じになっている。そういうふうになっているというとき、それでもあえて何を言うのかということが今気にはなっています。
 面倒くさいから黙ってようと思うこともままあります。ただ、面倒くさいから黙っていると、言ってほしくない人がどんどんものを言っていくので、語り方は難しいなと思いつつ、黙っているわけにもいかない。私の商売がものを考えたり書いたりすることなので、もう役割としてそうするしかないとは思うのだけれど、やっぱり怒る人がきちんと怒ればよいと思いつつ、その人の話がどういうふうにおかしいかということを考えて順番に言っていくということは一応やっておかなければいけないと思っています。」


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182463.htm
にもある。


UP:2017 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇『現代思想』 
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