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生存学研究センターによるアーカイヴィング


立岩 真也 2018/12/01
公開シンポジウム 第1回 「マイノリティ・アーカイブズの構築・研究・発信」
https://www.ritsumei-arsvi.org/news/news-2538/
於:立命館大学 衣笠キャンパス 創思館1階 カンファレンスルーム

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公開シンポジウム 第1回 「マイノリティ・アーカイブズの構築・研究・発信」

 ※予約不要ですが、だいたいの入場者数がわかるとなおよいので、参加しようという人はセンター事務局までメールしてください。
  →mailto:ars-vive@st.ritsumei.ac.jp
 ※以下作成中。当日にはまにあわせ、印刷したものを配布します。

  →

■関連する文章

◆立岩 真也 2016/03/31 「アーカイヴィング」,立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』,生活書院,pp.
◆立岩 真也 2017/03/01 「立命館大学生存学研究センターによるアーカイヴィング」,『法政大学原社会問題研究所環境アーカイブズニューズレター』2:2-3

 ※以下、[2016/03/31]の全文引用を含む[2017/03/01]。太字は原文にはなし。註は新たに付した。

 文科省にグローバルCOEというものがかつてあって(今はもうない)、私たちはそれに「〈生存学〉創成拠点――障老病異と共に暮らす世界へ」というもので応募して、当たって、2007年度からそれが始まった。今は立命館大学の組織としての「生存学研究センター」に活動が引き継がれている。何をしているかはHPでどうぞ。「生存学」で検索して一番目二番目が関係のサイトです。自慢しておくと、二番目に出てくるhttp://www.arsvi.com/年間ヒット数は1200万超☆01。加えて、活動を紹介する『生存学の企て』という本を昨年出版した(生存学研究センター編、2016、生活書院)。そこに「アーカイヴィング」というコラムがあって私が担当した(他に「序章」「補章」を執筆)。以下がそのコラム。

 物事を考えること自体は、みんな各自勝手に考えればよい。ただ、その考えるための材料が、今までそんなにたくさん生産されてこなかった。「センター」ではこれまで出版されてきた病気や障害、老いなどについての刊行物を、単純に出版年別に、並べる仕事をしている。
 そして一冊ずつのファイル(ページ)を作る、HPにアップし、事項別や人別や組織別のページに関連する文献を並べ、それそれのページにジャンプできるようにしている。例えば筋ジストロフィーの本を集め、その文献リスト(のページ)を作り、そのページから個々の本のページに行けるようにしている。本を分類して書架に並べるといったことも考えたが、どんな分類法をとっても、うまくないところは残る。この方法をとれば、ある分野にどんな本があるかわかると同時に、その現物を書架から取り出すことができる。そして単純に発行年順に並べられているのを見ると、ざっと流行り廃りがわかるということがある。いっときあった「科学技術批判」というものはあれはいったいどうなったのだろうという疑問が生ずることがある。それはそれで研究の一つの主題になる。
 他に、手間をなかなかかけられないということもあり、集められているものはわずかなのだが、いくつかの雑誌・機関誌を集めてファイリングし、なかには書誌情報をデータベース化したり、その中のさらにわずかについては全文を入力したり、画像ファイルにしたりしている。
 医学の研究書は医学部の図書館に行けばいいし、社会福祉学についてもそうだ。しかし、どちらからも外れる本もかなりの量ある。そういったものはできるだけなくならないうちに集めておこうと思っている。学術的に立派な本だけがいるわけではない。記録・証言としてとっておく必要がある。そういうものを捨ててもらっては困る。しかし現状では多くの図書館が捨てている――私たちが古本として(たいがいごく安価に)購入するもののなかに図書館の処分品がけっこう混じっている。
 国会図書館にはあるとしても、そこまでの手間をかけるのは、とても面倒だ。そして出版社から刊行されたものでないものも多い。わざわざ国会図書館に納品するという人・組織もまたそう多くはない。図書館、資料室にはどこにもないものもけっこうある。捨てられそうなものを、あるいはどこでも集められていないものを、集めておく必要がある。
 人文社会系の「センター」がある物理的な空間を有することの大きな、唯一と言ってよいかしれない機能はそこにあると思う。そしてその情報を公開する。
 文部省の科学研究費のような外部資金がとれている何年かの間だけというのでは意味がない。やめないこと、続けることに決定的な意義がある。それは、簡単になくならないはずの恒常的な組織、そして「学術」をもって社会に貢献する組織、そしてなにがしかの金をその貢献に投ずることのできる組織としての大学ができる事業だと考える。
 そのためには一定の知識が必要な場合がある。例えばビラには「年」はいらない。ビラに「何月何日どこどこで集会」とあったら、年はそれが出たその年のことに決まっているのだから、年などわざわざビラに書き入れたら、むしろまぬけなビラになってしまう。当然書いてないことが多い。だが後になって、それがいつのことかわかった方がよい、のだが書いてないということになる。すると何かと照らしあわせて発行時期を特定する必要がある。それにはその領域を研究する人がふさわしい。またその人のためにもなる。だが、いつもそんな人がいるとは限らず、今のところ未整理のものが箱詰めになっているのだが、資料自体は貴重なものだし、いつかは、と思ってとっておくことになる。
 そういう場所が、いくつか、すくなくとも一つは必要だと思う。そんなことを思って、文献・資料を集めていることを知らせてきたこともあって、この数年の間にもずいぶんの人たちから資料をいただいている。その内容、その事情についてはHPに記載している。ここではごく簡単に。尾上浩ニ(DPI日本会議、障害者運動・政策関連資料)、広田伊蘇夫(精神科医、2011年逝去、精神医療関連の書籍・専門誌)、福永年久(兵庫青い芝の会、障害者運動関連の資料貸与)、椎木章(大阪の学校教諭、大阪の障害者運動関連資料)、吉川勇一(元ベトナムに平和を市民連合事務局長、2015年逝去、ベ平連に関係した人たちの書籍等)、星野征光(精神科医、精神科医たちの社会運動関連資料)、寺本晃久(東京で知的障害者他の支援、「ピープルファースト」他関係資料)、他。さらに現在(2016年1月)、2人の方(の関係者)から申し入れをいただいている☆02。
 そしてその収集の必要の度合いは高まっている。状況は困難になりつつ、しかしそれを今のうちにという気持ちも大きくなっていると思う。例えば、戦後、1970年代頃までを体験した人は今、70代、80代といった年になっている。亡くなった方もいる。それとともに無くなっていくものがある。実際、遺族の方が廃棄しようとしているのだが勿体なくて、と寄贈の申し出をいただくこともある。
 以上は文字になっているもののことだ。むろん文字になっていないものもたくさんある。それの記録をとっておくのも、より面倒だが、やっておかねばならないことだ。紙は捨てられ焼かればなければ残る。しかし人の記憶の中にしかないものは、その人が生きている間に聞くしかない。
 だからより急がねばならないことがあるのだが、自分(たち)が行なったことに対する後悔や、それを語らないという矜持があって、空白になってきた部分もある。ただ今の時期はすこし回顧的になっている時期でもある。かつてのひりひりする感じが少しなくなる。黙っていることで筋を通そうという人の中にも、それでは最低伝わってよいものも伝わらないだろうと、すこし考えを変える人もいる。そんな変化も感じる。できるし、できるうちにやっておこうということだ。


 と、こういうことです。関連して現在科研費(基盤B)に(何度か落ちている)「病者障害者運動史研究――生の現在までを辿り未来を構想する」応募中。その計画の全文もHPで読んでいただける(「病者障害者運動史研究」で検索)☆03。
 「環境アーカイブズ」のことはたぶん偶然に知って、素晴らしいと思って、(私個人の)ツィッターに呟いたら連絡をいただいて…というようなことであったと思う。その公開資料一覧の最初から、薬害スモン水俣病サリドマイド…とあり、0008は薬害スモンで最高裁まで争った古賀照男の資料である。かろうじて水俣病についてはかなりの書き物があり、熊本学園大学の水俣学研究センターがある。けれども多くが消えて行きそうだ。私はいま雑誌『現代思想』で「生の現代のために」という連載をさせてもらっていて、スモンやサリドマイドのことに言及することがある。私は無知で時間もなく、何も知らないで書いている。知ろうとする人が出てくるようにと願って書いている☆04。そのために、研究機関は蓄積し整理する。上記のコラムに「唯一と言ってよいかしれない機能は…」と書いた。真面目にそう思っている。法政大学がこのアーカイブズを作ったのはとても立派なことだと思う。さて私たちはどこまでのことができるか。お金の入り具合にも左右されるのだが、ともかくできるだけのことはと思っている。


□註
☆01 現在は年2000万ヒット超。→統計
☆02 2018年には、いずれもかなり大規模な3件。→生存学研究センター:寄贈書籍・資料の受け入れ
☆03 ようやく当たって2017年度から開始された。→「病者障害者運動史研究」
☆04 2018年に2冊の本になった。そのうち1冊はこの催しに間に合ったが、よりこの催しに関係する1冊は間に合わなかった。その後者『病者障害者の戦後――生政治史点描』の第4章「七〇年体制へ・予描1」の第1節「短絡しないために」、1「短絡しないために」、2「偉人について、「世の光」について」、3「民間」、4「政治」、第2節「医(学)者たち」、1「近藤喜代太郎(一九三三〜二〇〇八):研究における研究前からの施設の肯定」、2「ついで三人をあげる」、3「椿忠雄(一九二一〜一九八七)」、4「井形昭弘(一九二八〜二〇一六)」、5「白木博次(一九一七〜二〇〇四)」、6「府中で」。ある領野で褒めたたえられた人が、別の場では異なる振る舞いをする。そんな、楽しくはないことも、一度は記しておく必要があるのだが、誰もしてくれなかったから、記した。そのように「生政治」は、退屈に、凡庸に作動する。→「『病者障害者の戦後――生政治史点描』 連載・152」
 予約受け付け中。催当日6000円いただければその場で『不如意の身体――病障害とある社会』をお渡しし、また到着次第『病者障害者の戦後――生政治史点描』を郵送いたします。


■『生存学の企て』+この日に届いている本(販売します)

◆立岩 真也 2018 『不如意の身体――病障害とある社会』,青土社

立岩真也『不如意の身体――病障害とある社会』表紙 立岩真也『病者障害者の戦後――生政治史点描』表紙 立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』・表紙 立岩真也『不如意の身体――病障害とある社会』表紙 立岩真也『病者障害者の戦後――生政治史点描』表紙

■この日にまにあわなかった、が見本があるかもしれない本

◆立岩 真也 2018 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社

□第1章 生の現代のために
 □1 失せていく、これから
 □2 規範論のためにも
 □3 適度な距離にある無知
 □4 「研究」できてしまう
 □5 難しさ
 □註

□第2章 一つの構図
 □何を述べるか(予告)
 □(1) 自らを護る運動:結核/ハンセン病療養者
 □(2) 親の運動:筋ジストロフィー/重症身心障害児
 □(3) 被害者たちの運動:サリドマイド/スモン
 □医療
 □(4) 別の動き
 □註

  □U

□第3章 国立療養所で
 […]

□第4章 七〇年体制へ・予描1
 □1 短絡しないために
  □1 短絡しないために
  □2 偉人について、「世の光」について
  □3 民間
  □4 政治
 □2 医(学)者たち
  □1 近藤喜代太郎(一九三三〜二〇〇八):研究における研究前からの施設の肯定
  □2 ついで三人をあげる
  □3 椿忠雄(一九二一〜一九八七)
  □4 井形昭弘(一九二八〜二〇一六)
  □5 白木博次(一九一七〜二〇〇四)
  □6 府中で
 □3 短絡しないために・2
  □1 先駆的なものは変化するし代表的でもない
  □2 医療のもとでの、混在から分離へ
 □註

□第5章 一九八一・八二年・二〇一七年
 […]

□第6章 その傍にあったこと・予描2
 □1 六三年・花田春兆の不満
 □2 横田弘の批判
 □3 七〇年からの府中・八二年の島田
 □4 復唱+
  □1 現実の形
  □2 元にあるものについて
  □3 変更を進める
 □註

  □V
□ アーカイヴィング
□ 筋ジストロフィー関連/ありのまま舎関連
□ 難病本


UP:20181126 REV:20181127
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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