6 立岩真也「吉野靫さんの紹介」
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吉野靫さんの紹介

2018/06/19 ライスボールセミナー,於:立命館大学衣笠キャンパス
http://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?id=380951

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吉野靫

■2018/06/19 ご挨拶

 みなさんこんにちは。今日は仕事のため、この場でみなさんにご挨拶することができず、すみません。先端総合学術研究科、先端研と略します、の教員をしている立岩真也と申します。吉野さんはその研究科で博士号をとって、いま衣笠総合研究機構の研究員をしています。私は吉野さんの受け入れ教員ということになっています。社会学をしています。では吉野さんはなにをしているのか、これから吉野さんの話を聞いてください。私からは、二つだけ。一つは、吉野靫(ゆぎ)じゃ検索しにくいでしょうから、私、立岩真也で混作してみださい。その頁の今日、6月19日のところに行くと、吉野さんのページとかいろいろ行けます。ぜひご覧ください。そしてときどきその「生存学」というサイトをご覧ください。そしてもう一つ、「だいばーしてぃ」とか言っていればすむほど世の中単純じゃないし甘くないということです。だから、仕方なく、研究もせねばならんということです。吉野さんの研究は、そのことを私たちにわからせてくれる研究です。たぶん今年中に本も出ます。でたら買って読んでください。では吉野さんどうぞ。

■2012年に書いた書類

 「性同一性障害は、例えば社会学の研究対象としてありそうな主題となり、実際、研究も幾つか出てきている。そしてその中には優れたものもある。そしてそれらは、「語り」を集めるという、昨今常套的に用いられる研究手法で押していくだけでは足りないことをわかっているようだ。しかし、ではどのように進めていくのか。ここに至った後がなかなか難しい――実際、結局は、そうした経験の語りを集めるといった研究が多く、むろんその意義は否定されないのだが、なかにはそれで終わらないところにこの主題について考究されるべきことがあることに思いが至っていないように思われるものも見られる。
 申請者はそのことに自覚的である。そして「問題意識」は鮮明である――鮮明であるから、これまでの言論・研究に満足できず、自らの研究を行なっている。それは、「勝手に(男と女の)二つに分けるな」、ということだ。すると、いずれかへの変容を押し付け、身体を変えようとする「社会」その他と、それを拒む「私」、ということになるか。そう単純でないところが、難しいが、おもしろくもある。つまり当人も――申請者本人も――そのままでなく、(いくらかあるいはたくさん)身体を変えたいと思っているし、実際それを行なってもきた。しかし、それは男性(女性)の身体から女性(男性)の身体になることでは(必ずしも)ないという。それを「トランスジェンダー」と申請者は言う。その「実感」は伝わり難いし、それを直接に言語化することはできないのかもしれないし、またせねばならないものでもないのかもしれない。ただまず、すくなくとも現在、性同一性障害を伝え、性自認を固定化し、一つの身体の性からもう一つの身体の性に移行することを訴える「当事者」の言説、それを受けたものとして制定された法律、 機能している制度・実践はむしろ、その(二つの一つという、一つから一つへという)固定を維持・強化するものとして機能してしまう。ならば、それをそのままに受け取るわけにはいかない。
 だから、申請者が医療という場を調査研究の一つの主要な場所に選んだことの意義は明らかである。それは一つに、医療において不適切さらに加害的なことが多くなされてしまっているからということでもあるのだが、それと大きく関係して、身体という同じ場に、その当人と医療あるいは医療に関わる様々の力が集まるからである。
 医療を押し付ける社会とそれを拒む私という図式はここでは成立しない。問題はより微妙で複雑である。だから、その場面を選んで、それを社会がどのように規定し、当人たちはどのように思い、実際何が起きているのかを記述することの意義は大きい。そこから、なんでもどちらかに決めたがる側――ただこちら側についてはある程度のことは知られている――について、そして、そうは思わない側――こちらをうまく言い表わすことの難しさはどのようにしても残るだろうが――について、「実感としてどうもわからない」という人たちをも「そうかもしれない」と思わせる、精緻で厚い記述が生まれる。申請者は、私が関わってきた大学院生の中でとくに文章力・表現力に優れている。英語圏内でこれまで出さている研究・著作の水準を超える、重要な研究成果が申請者から現れることを確言できる。
 申請者は、自身の手術がうまくいかず、その結果、病院側との間の長い期間にわたる裁判にかかわらざるをえないことにもなり、裁判自体は原告(申請者)側の勝利的和解でいったん決着したのではあるが、そのことを巡って、ときに同じ性同一性障害の人からもなされる(せっかく認められることになった手術が普及していくことを妨げることになるといった)中傷の類もあり、文章を書くこと自体が困難になり、それが博士論文の完成を遅らせている。私は、書くべきことは決まっており、文章力もあるから、書けるようになった時に書けばよいと助言してきた。それでも申請者は、使命感や情熱をもって多くの文章を書き、学会報告を行ない、また新聞他の取材依頼や高校などでの講演依頼に応じてきた。その日本社会学会での学会報告は出版社から注目され、その出版社の雑誌の原稿の依頼を受け、論文を2本発表し、それらも組み込んだ博士論文をもとに、単著が発行されることになっている。またそれと別に、別の出版社から、一般読者を対象にした著作の刊行も予定されている。
 そして(無理をしないようにと言ってきた当の)私たちも、企画に参画してもらってきた。申請者を主要な発言者とする2007年12月グローバルCOE主催のシンポジウム「性同一性障害 × 患者の権利――現代医療の責任の範域」の記録は、申請者の別の講演や、他の研究者の論文などを集め、『不和に就て――医療裁判×性同一性障害/身体×社会』として刊行され好評を得た。さらに、2009年1月には同じCOEの催しとして「ナルシストランス宣言」を企画し実施した。COEの制度自体はなくなったが、それを継承する学内のセンターの活動は継続されている。申請者はその環境を利用することを願っており、また私もよい研究成果を生み出すためにはそれが適していると考える。
 上記した事情で心身の調子がおもわしくない中での研究は困難であり続けてきた。しかし申請者は、同時に、堅実に事実を蓄積し、思考を進めていくことのできる人であり、それはその研究業績にも表れている。この主題はどうしても研究されるべき主題であり、その成果が世に知らされるべき主題である。そして申請者はその仕事をもっともよくできるだろう人である。経済的な心配をすることなく、研究に専念することができる環境が与えられたなら、きっとすぐれた研究成果を示してくれるはずである。」

■論文等審査報告書(博士)2013

先端総合学術研究科 
氏名・生年月日 吉野 靫 [略]
最終卒業学校名 2013年3月
立命館大学大学院先端総合学術研究科先端総合学術専攻一貫制博士課程 満期退学
学位の種類 博士(学術)

学位授与の要件 本学学位規程第18条第1項該当者 学位規則第4条第1項
学位論文の題名 性同一性障害からトランスジェンダーへ――法・規範・医療・自助グループを検証する

審査委員(主査)
 立岩 真也(立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)
 上野 千鶴子(立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)
 松原 洋子 (立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)
 山田 冨秋 (松山大学人文学部教授)

 □論文内容の要旨
 本論文は、多様な性のあり方の中でGID(性同一障害)が疾患として取り出され、法律が制定され医療の対象とされ戸籍変更が可能なものとなるその過程において、また法の成立と連動して成立した医療体制において、法や医療が標準的なものとして想定するGIDとその医療を維持しようとして、かえって医療の質が確保されず、また典型的なGIDという枠に入りきれない人たちがGIDの人たちのグループからも排除されてしまう、そうした日本における事態の経緯と現在とを追ってその問題を明確に提示するとともに、より多様な性・生のあり方としてトランスジェンダーを生きることを許容する社会の実現を、その方向に向かいつつある諸外国での議論・実践をも紹介しつつ明らかにしたものである。
 論文の構成は以下。はじめに、第1章:これまでの研究動向および先行研究の課題、第2章「性同一性障害特例法」が切り捨てたもの、第3章:「GID 規範」の幻想、第4章:後顧なきGID 正規医療の行方、第5章:迷走する「GID アイデンティティ」とトランスジェンダーへの跳躍、おわりに。
 第1章では日本のGID を巡る先行研究史の概要とその課題が示され、「トランスジェンダー」他の本論文に重要な用語が定義される。
第2章では、戸籍の性別を変更することを可能にした「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が検証される。厳しい要件が設けられているこの法律が、実際の医療状況や当事者のニーズに合致していないことが具体的に示された。またこの法律を成立させるために、一部の活動家がどのような駆け引きを行ったかについても明らかにされた。
 第3章では、より「GIDらしく」あるための不文律が当事者間で幅を効かせ、それが「GID規範」として作用してしまっていることが指摘される。必ずしも完全な「女性化」「男性化」を望んでいない当事者がいるにもかかわらず、「GID と診断される/されたならばかくあるべき」という「GID 規範」は、常に少数派の中にさらなる周縁をつくり出してしまう。「一般的」な社会からの眼差しだけでなく、当事者が当事者に向ける眼差しも、生活上の困難となっている現実があることが示される。
 第4章では、1998年から行われてきた国内の「正規医療」――日精神神経学会のガイドラインに沿う体制・設備を有する医療機関で行なわれる医療――について、QOLの観点から記述された。「正規医療」は法律的・学術的用語ではないが、「闇ルート」との対比で、しばしば当事者・関係者によって用いられる。チーム医療を標榜する正規医療のジェンダークリニックが達成したとするQOLの向上と、実際に医療を受けた当事者が感じているQOLとの間には、大きな乖離があることが、聞き取りを通じて明確にされた。
第5章では、世界的に変わりつつある「GID」の動向と、日本の「自助グループ」の現況が示されている。一部の自助グループは、これまで「GID 規範」を逸脱するような当事者を囲い込もうとするか、バッシングするかという行動を重ねてきたが、2007年に提訴され、2010年に和解となったGIDを巡る医療過誤裁判の事例を引きつつ、そのスタイルに限界が近いことが指摘され、そのような状況に息苦しさを感じている者にトランスジェンダーとして生きる選択が提示された。

 □論文審査の結果の要旨
 2003 年に成立した「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」、いわゆる「特例法」の成立前後からGIDについての文献はいくらか現われるようになり、社会科学的な研究もそれなりになされるようにはなっている。そしてそれらの多くでは「多様な性のあり方」が認められるべきことが語られている。しかし、実際にはそのようにはなっていない現実が指摘され、その機制が解明されることはほとんどない(近年いくらか発表されるようになったこの点にふれる論文は、申請者が発表してきた論文に言及したり、申請者が提起した「GID 規範」という語を使って書かれている)。
 それはひとつに、意図してのことでなくとも、普通に得ようとして得られる情報が、妥協してもなんとしても「特例法」を獲得し、その枠内で(いわゆる「正規医療」の)医療者との良好な関係を維持することを重視してきた「GID 主流」からのものに限られていることによっている。
 それに対して、申請者は、(正規)医療の失敗とそれを巡る裁判に自身が関わらざるをえなかったこともあって、現在のGID を巡る「体制」に同調できなかった人たち、さらにそこからから不利益を被っている人たち(「特例法」における要件の厳しい限定に賛成しなかった人たち、現在の医療に不満をいだきながらもそれを公表・告発できないできた人たち、等)から自発的な情報提供を受けてもきた。そして、そうした人々も含めた丹念な聞き取りを行ない、他方で、「主流派」の動き・言論を収集し検討した。そしてその結果を、むろん研究倫理を遵守しつつ、具体的・説得的に示している。その上で近年の国際的な動向を踏まえつつ、現在の「体制」を維持するのではない別の道を示している。
 まず、それらの事実の発見・記述において本論文が唯一無二のものであり、独自の大きな価値を有すること、その上で一貫した主張が整合的になされていることについて審査委員会の評価は一致した。
 その価値を示すためにも、論文中で使われるいくつかの語・概念について、先行研究・言説をふまえ、その歴史的な変移をふまえたより正確な記述が求められる。また、個人情報等に配慮しつつ論文中で仕様・言及されている言説の位置についてのより正確な情報を示すことが求められる。申請者は、まず用語・概念について歴史的な諸規定を押さえた上で、本論文で採用する規定・定義を示した。また引用される発言のなされた文脈や出典をより明確にするなどして、その記述・主張の客観性・妥当性を確保している。

 □試験または学力確認の結果の要旨 [略]


UP:2018 REV:
吉野靫  ◇立命館大学大学院先端総合学術研究科  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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