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毛利子来さんのこと

何がおもしろうて読むか書くか 第6回

立岩 真也 2018  『生政治史点描――病者障害者の戦後』(仮)
『現代思想』連載(2005〜)

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毛利子来さんのこと――何がおもしろうて読むか書くか 第6回
立岩真也 20180 『Chio通信』7:(『Chio』1219号別冊)

 毛利子来さんが昨年十月二六日に亡くなって、この『Chio通信』の前の号(第6号)は「追悼・毛利田子来」だった。私は、『ち・お』のもう一人の編集代表の山田真さんにはインタビューさせてもらったり何度かお会いしている。メールは使われていないのか、電話が突然――といっても電話はいつも突然だが――かかってくることがあったりした。岡崎勝さんとも対談したことがある。しかし毛利さんはおめにかかることがなかった。書かれたものだけで知っている人だった。
 その育児本は、とてもよい本であることをみなが知っているし、そう思っていると思う。実際その通りで、そのことについてはなにも加えることはない。ただ、毛利さん(たち)の「位置取り」みたいなことについて、それが大切であると思い、誰か調べてたり書いてほしいと前から思っていた。山田さんへのインタビューと、アフリカ日本協議会の稲場雅紀さんへのインタビューと、それらに超長い注をつけた『流儀――アフリカと世界に向い我が邦の来し方を振り返り今後を考える二つの対話』(生活書院、二〇〇八年)は、売れてないけれどとてもおもしろい本なのだが、その山田インタビューの始まりでの山田さんを紹介した私の発言の部分より。もとは前年の『現代思想』に掲載されたもの。
 「その人たち〔一九七〇年代に医療や障害に関わるまっとうな問題提起をした人たち〕は、〔例えばアメリカのバイオエシックス(生命倫理学)の人たちのような〕アカデミシャンとして、自分の専門領域、例えば倫理学なら倫理学の専門家が専門的な主題として、学問的な場所において、本業としてそういう問題を語ってきたわけではない。山田さんにしても、あるいはもっと先輩にあたる毛利子来さんにしても、町医者として、在野、市井からものを言ってきた人たちであるわけです。
 山田さんは小児科医で、今年〔二〇〇七年〕だと毛利さんとの共著で『育育児典』が十月に出て、順調に売れていると思います。僕は、山田さん、毛利さん、それから…石川憲彦さんといった人たちの本が一定の読者を獲得していることは、この医療という陰鬱な業界において数少ない喜ばしいことの一つであろうと思っています。そして山田さんや毛利さんの本は学者なんぞを相手にしてはいない。それは表紙を見ただけでわかります。とくに毛利さんの本なんかは、表紙はパステルカラーで、赤ん坊の絵が書いてあって、まずは育児本以外のなにものでもない。そのようにしてやってこられたことに大きな意味があると思います。全体として厳しい中で、山田さんや毛利さんたちの本が読まれているのは、「たまにはわかってくれる人もいるんだわ、安心させてくれる人がいるんだわ」、みたいなね、いっときの癒しを求めてといったことがあるかもしれない。時々、山田さんみたいな人がいて、それから精神疾患の方だったら中井久夫さんみたいな人がいて、認知症だったら小澤勲さんみたいな人がいて、それぞれいい人で素敵というふうに話が流れていきもする。それはそれでかまわないんだけども、そういうことだけではないだろうと。書かれていること、取り出してこれるものがあるだろうと。」
 言葉で社会に向かって行った人たちで私がよいと思うのは、そして私自身が影響を受けたのは、(日本では)学問の方にいる人たちではなかった。だが学者は学者が書いたものだけを相手にするところがあって、するとその人たちの言ったことしたこともそのままになるかもしれない。それはよくない。誰か調べて書くべきだと思ってきた(思っている)。
 そんなことがあって、とてもたくさんある毛利さんの本はいくらか集めてあって、そして亡くなってから、さらに買い足した(リストや引用は「生存学 毛利子来」で検索)。ただ私がいるセンターの客員研究員というのをしてくれている東京在住の人がまとめて読んで論文?を書きたいと言ってくれたので、トランクひとつ分貸し出して、いま一冊もない。だから、私自身が読んで書くことはできないのだが、貸し出す前にざっと見た。
 これは前から知っていてもっていたのだが、毛利さんは一九七二年に『現代日本小児保健史』という真面目で硬い本を書いている。毛利さんはずっとちゃんと「社会派」であった。ただ、六〇年代から七〇年代に毛利さんが接した(子どもにも関わる)社会運動が「上から」な感じがしたことなどがあって、だんだん合わない部分も感じるようになっていった、そして同じ時期に、これは石川憲彦さんが本誌第五号のリレーエッセイ「小児科医・毛利子来がのこしたもの」第一回にその一端を書いていることだが、「別の社会派」に接することになった。その人たちとも関係して、いろいろに関わる。ワクチンのこととか、障害児を普通学校への運動だとか。それはそれでしんどい部分のあるもので、苦労して、彼自身は実質停止・休止といったこともあった。他方、本を書くほうは、わりあい楽しんでいたのではないか。そこで、毛利さんの考えは、わかりやすく、毛利さん自身が何度も繰り返し語っている。もちろん、多くの人は、その育児本をただ読めば、読み継げばよいのだと思う。ただ、彼の言葉が置かれている全体はけっこう入り組んでいる。そこをわかりながら、毛利さんの正しくそして優しい言葉を繰り返す。そんな仕事もある。
 そんな仕事はきりがないからみなにやってもらいたいと思っている。のだが、なかなかしてくれない。だから、私自身でやらざるをえないことにもなる。秋に、一つ(本当は二つ)本を出す※。それは、毛利さんたちとは別の種類の人たち、つまり偉い人(たち)たちということになっているが、実は私はすきになれない(ところもある)医師・医学者たちのことを書いた本ということでもある。井形明弘・椿忠雄といった人など。みなさん知らないだろう。それでよい。しかし誰かは覚えておかねばならない。それで私は書いている。

※以下の2冊

◆立岩 真也 2018 『(題名未定 2018b2)』,青土社 文献表
◆立岩 真也 2018 『(題名未定 2018b3)』,青土社 文献表