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星加良司『障害とは何か』の1の10

「身体の現代」計画補足・454

立岩 真也 2017/12/22
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/1990321081234869

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『現代思想』2017年12月号 特集:人新世――地質年代が示す人類と地球の未来・表紙   星加良司『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』表紙   立岩真也編『社会モデル』表紙   榊原賢二郎『社会的包摂と身体――障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』表紙

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 『現代思想』2017年12月号の特集は「人新世――地質年代が示す人類と地球の未来」
http://www.arsvi.com/m/gs2017.htm#12
私の連載は第140回。「星加良司『障害とは何か』の1」。分載していくが、全部を紹介することはない。雑誌買ってください。ただ、立岩真也編『社会モデル』
http://www.arsvi.com/ts/2016m2.htm
の購入者には、この回(&2018年1月)の原稿を収録した増補版を無償で後日提供します。

 「■帰責性による解釈の処理
 とすると、社会が原因で「できないこと」が生じているという言い方に代えて、あるいはその言い方の意図・意味として、その「できないこと」の解消について社会に責任があると言えばよいではないか。この本では、Uの既存の社会モデルの議論が、(1)「原因帰属をめぐる認識論的転換」、(2)「解消可能性による解釈」、(3)「帰責性による解釈」という順序で検討される。
 私の論もその(3)に含まれる。星加に引用されているように以下のように私は言っている。「社会モデルの主張が意味のある主張であるのは、それがその人が被っている不便や不利益の「原因」をその人にでなく社会に求めたから、ではない。[…]核心的な問題、大きな分岐点は、どこかまで行けるという状態がどのように達成されるべきかにある。二つのモデルの有意味な違いは、誰が義務を負うのか、負担するのかという点にある」(立岩[2002:69-71])。
 星加はそれに問題が二つあるという。二つめは「なおすこと」を巡る論点である。医療に対する(妥当な)批判があるが、その論点が除外されていると言われる。これについては第一三八回で既に述べた。少なくとも私は、医療やリハビリテーションに否定的・懐疑的な主張、動きがあったことを記し、そこにはまっとうな理由があったこと、意義ある主張であることを認めている。次に、なおすことと補うことの境界設定は困難であることを述べ、そして、なおさないほうがよいとすくなくとも常には言えないことを述べた。以上より、「社会」を言う主張を、身体をなおすことと社会をなおすことを対比させ、後者だけを肯定する主張と解する必要はないと述べた。よって星加の批判はあたらない。紙数があれば次回再度確認する。ここでは一つめについて。」


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20172454.htm
にもある。


UP:2017 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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