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インペアメントの棄却?2:星加良司『障害とは何か』の1の05

「身体の現代」計画補足・447

立岩 真也 2017/12/
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立岩真也編『社会モデル』表紙   星加良司『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』表紙   『現代思想』2017年12月号 特集:人新世――地質年代が示す人類と地球の未来・表紙   榊原賢二郎『社会的包摂と身体――障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』表紙

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 「星加良司『障害とは何か』の1」を分載中(連載・第140回)。が、全部を紹介することはない。
 『現代思想』2017年12月号の特集は「人新世――地質年代が示す人類と地球の未来」
http://www.arsvi.com/m/gs2017.htm#12
買ってください。ただ、立岩真也編『社会モデル』
http://www.arsvi.com/ts/2016m2.htm
の購入者には、この回の原稿を収録した増補版を無償で後日提供します。またお知らせします。以下、分載の第5回。


 「理解が難しいところ、私には不可解なところがある。
 「インペアメントはあくまでも後続のカテゴリーだから、ディスアビリティをインペアメントとの関連で同定することには無理がある」。これがわからない。まず不便さ、不利益がある。そしてその時、そのことに関わる契機としてインペアメントが措定される。もっと曖昧に身体的なものが想定される、でもよい。そのことを「遡及的に措定される」と言ってもよい。後の部分で星加が紹介する歴史記述もそのさまを記述している。それは、その身体においてはっきりとはじめから見えるものであることもあり、「あるらしい」「あるはずだ」とされるぐらいのこともある(例えば自閉症について立岩[2014])。そうした現象の全体、そして人によって広くもあり狭くもなるその範囲が「障害」ということにされることがある。そうした社会的事実がある。それは社会の側にある事実であり、時によってその様相も変わる。例えば自閉症が現われ、それが障害とされるのは比較的最近のことである。
 その身体に関わること、関わらせられる種々があること、そのなかに「できないこと」と「違うこと」があること、それらはその身体の形状や状態を直接に示すこともあり、それに関わらせられたり、あるいは身体の奥に想定される。そのある部分がインペアメントと呼ばれることがある。その外延を正確に規定することはできないし、またそれ以上に、その必要もないと思うが、それを見いだしたり、あると想定すること、それを「遡及的」といえば言える。
 なにごとかAが存在すると、起こっていると、捉えられる。それがBに関連づけられる。例えばAある人の状態や社会の状態がB感染や感染した身体と関連づけられることがある。BはAに「後続」するものではある。ただこの場合に、B感染症に関わって起こった状態としてAを規定することには問題はないように思われる。
 この関連づけはたしかに社会内的になされるのであり、社会内でその関係が想定されるのではあり、不確かであり、浮動する。あるできごとが身体に、例えば脳に関わるかどうかは確かでない。しかし、そのような思考、行為がなされている。そのこと、そのあり方が重要なのであり、その社会的事態を捉えることが大切であるはずだ。不確かだから棄却するというのではなく、不確かであり、浮動するがゆえに、その水準において捉えるべきであると考える。」


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20172447.htm
にもある。


UP:2017 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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