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星加良司『障害とは何か』の1の02

「身体の現代」計画補足・444

立岩 真也 2017/11/30
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/1982649888668655

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立岩真也編『社会モデル』表紙   星加良司『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』表紙   『現代思想』2017年12月号 特集:人新世――地質年代が示す人類と地球の未来・表紙   榊原賢二郎『社会的包摂と身体――障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』表紙

[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 『現代思想』2017年12月号の特集は「人新世――地質年代が示す人類と地球の未来」
http://www.arsvi.com/m/gs2017.htm#12
私の連載は第140回。「星加良司『障害とは何か』の1」。分載していくが、全部を紹介することはない。雑誌買ってください。ただ、立岩真也編『社会モデル』
http://www.arsvi.com/ts/2016m2.htm
の購入者には、この回の原稿を収録した増補版を無償で後日提供します。またお知らせします。さて分載の第2回。

 「ただこうした流れに乗りながら、学の世界で全般的に何かを直截に語ることが回避されるなかで、星加(たち)は障害を取り出そうとする。別の不利益や別の差別、排除全般からより分けようとする。
 「たとえば、「あらゆる人にどのような程度かできないこと=障害disabilitiesがある」(立岩[1997:323→2013:540])というような言い方も可能ではある。しかし、本書ではこうした立場を採らず、ディスアビリティをある種の特有な現象として特徴付けることで、ディスアビリティについて特に問題化することの社会的・社会学的意義を主張することが企図されている」([99-100])。
 星加がこのように言うのは、視覚障害者である自分(たち)のところに他にあまりないほどの不利益が累積しているという本人の現実感によるのかもしれない。(私には)よくわからないこの本は、終わりの方になって、この人はこういうことが言いたいらしいということがわかるようになっている(今回はそこまで辿り着かない)。その意味ではずいぶんと強い思いがあって書かれた本なのでもある。
 他方、私はさきに引用されたように思ってものを考えて書いてきた。むろんそれだけでは各自のその背景の違いを言うだけのことであり、どちらがどうということではない。どのような問題を設定するか、その設定のしようは自由であるということになっているのだから、どちらにも問題はないということにはなる。
 私にとっては(非)能力と社会との関係を考えることが主題であってきた。狭義の「障害」に関心があるのではない。ただ、多くの場合、「障害者」はその非能力の度合いが甚だしいので、その分問題は(星加の言うように)そこに集中する。そのうえでどのように社会に対していくかということになり、そうした場に置かれてしまった人たちはそれを考えざるをえないことになる。これは思考・実践の課題としておもしろい。ゆえに、その人たちの思考や行動に関心があったし、それを受けて書いてきたところがある★03。
 ただ、狭義の障害を考えるうえでも、特定し同定しようという構えがよいと私は思わない。予め特定する必要はなく、その必要のないことを論理的に示すことができると考えている。社会に存在するものとしての「障害」の定かな外延は存在しない、しかしそれは曖昧に縁取られてもいる、それには事情があるということを理解することが、この主題にとっては重要であると考えている。そして社会に存在する曖昧な言葉、浮動する現実こそが捉えるべきものであり、それをどのようにして捉えるかという課題があると考える。こうした「構え」のあり方について、その違いについて考えて言うこと、確認することにいくらかの意義があると思う。
 他にもいくつかの論点がある。一つ、その本は、きっと切実であろう思いから発しながら、あるいはそれゆえに、言われていることはより「現実的」なことであったりする。社会ばかり言うのでなく個人の努力のことも、とか、社会の理解を得られるところからという方に寄っていくように見える。それは、私は私で中庸で日和見であるけれども、その態度とはまたいささか異なるようにも思える。どこまでが同じでどこからが違うのか。それも考えてよいと思う。」

★03 終刊になった『そよ風のように街に出よう』での連載の第三回に以下のように記した。「この社会で自分たちは最もわりを食っている、その限りでは、この社会は敵であるのだが、しかし、同時にそこにいる人に手伝わせたりしなければならない。強い批判を向けながら、しかし、そことやっていかなけれはならない。どうやってやっていくのか。すくなくとも「社会科学」をやっている人にとっては、これはおもしろい。そこから受け取れるものがあるはずだと思う」(立岩[2007-2017(3)]、この回は二〇〇九年)。


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20172444.htm
にもある。


UP:2017 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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