- 立岩真也「「発達障害者」支援・指導・教育の倫理?・2――「身体の現代」計画補足・391」
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「発達障害者」支援・指導・教育の倫理?・2

「身体の現代」計画補足・391

立岩 真也 2017/07/24
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1925140541086257

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立岩真也『社会モデル』表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]


 『社会モデル』この度の増補(Ver.1.0→Ver.1.1)には、依頼されてけっこう妙に手間かかって書いた「障害者支援・指導・教育の倫理」
http://www.arsvi.com/ts/2016m2.htm
を収録した。ということで一部紹介していくが、全文は『社会モデル』でどうぞ。

 なお、生存学研究センターのフェイスブックに(も)載っているこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20172391.htm
に(も)あって、リンクはその方が多いです。

 目次
□現況とそこで倫理を問うことについて
□病・障害にある成分
□自閉圏はどう捉えられるか
□なすべきことの実現は可能でありそれは自閉圏の出現が示している
□基本的に同じことが現場についても言える
□もとからなくすことは正当化されない
□分けることについて
□教育・療育
□マニュアルの使い方
 のうち今回は□「病・障害にある成分」

 「□病・障害にある成分
 「それ」をなくし・なおすのはよいことか。これを考える時に踏まえるべきことが2つある。第一、病・障害と大きく区切られるものに少なくとも5つの契機がある。第二、その各々の意味・得失が本人と(幾種類かの)周囲の人々にとって異なる。だからこれらの組み合わせを考える必要がある。詳しくはさらに記述を足して別書に記すが、まず現実はそれなりに複雑な場に置かれているということである。
 第一点について。まず病と障害とおおまかにしておくが、その両者、むしろ両方の契機として、何があるか。病者は、まず一つ、 @苦痛から逃れることを求めている。また一つ、A死に至ることが遅くなることを求めている。それが実現するなら、つまり病気がなおればそれでよい。それはなかなかかなわないが、状態の悪化がとどめられるなら、あるいはいくらか遅くなるなら、まだよい。
 他方、障害はまず一つB「できない」ことだが、それはそれ自体として苦痛ではなく、多くの場合に他の手段により代替可能である。そして一つ、C形・行動・生活の様式が異なることがある。これは狭義の障害(disability)については明示的に含意されないが、同じく障害と訳されることのある disorder が示すのはこうした側面である。発達障害の大きな部分は、生の様式の違いとでも言うべきものである。そして様式の違いのある部分は(この社会でできるとよいとされることが)できないことに結びつけられ、できないこととしての障害として現象することにもなる。そしてもう一つ、障害に(病にも)関連づけられてD加害性が言われることがある。以上2つに加えて3つ、計5つの契機がある。
 第二点について。もう一つ大切なことは、本人と本人以外の種々の人がいて今あげた5つについても人によってその正負が異なることである。その各々について、病・障害をなおしたり、障害を補ったりすることの利益とそれに伴う損失のあり方は、本人と本人でない人にとって異なる。
 医療・リハビリテーションに痛い目に会わされたわりにはよいことがなかった障害者たちから、障害者は病人ではないという主張がなされたことがある。それは何を言ったのか。まず苦痛や死への傾性としての病とできないこととしての障害とは分けられるべきだということだ。多く障害者でもある病者は病がなおることを望んでいる。ただときに病者でもある障害者は障害がなおることを、特にそのために支払う時間や苦痛等を考えるなら、必ずしも望んではいない。できない部分がきちんと補なわれ、変わっていることが気にされないなら、本人はそう困らない。
 周囲の人々はどうか。多くは、本人の病が快癒すること、すぐに死なないことを望むだろう。ただ自身がその病を苦しむのではない。また費用を気にすることもある。他方できないことについては、その人を支える手間その他がかかる。できるようになってほしいその利害はときに本人より強い。さらに本人でない人にも複数いて、置かれている場によって利害が異なる。例えばなおすことを職業にする人たちについて、なおすことをもっぱら目指すように言われる。ただこれも場合による。改善や利益を見込めないならそこから立ち去ることがある。「受容」を、つまりは諦めることを勧め、手を引くこともよくある。
 以上より、本人は、病からなおりたく、他方障害についてはさほどでなく、周囲の人たちはその逆であると、大雑把に言える。

■自閉圏はどう捉えられるか
 […]」


UP:201707 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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