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聞く話す履歴・高橋修(1948〜1999)5


立岩 真也 2017/07/14
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1918977615035883

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立岩真也『社会モデル』表紙   『自閉症連続体の時代』表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 私(たち)が1980年代後半から一番多く話を聞いた人、高橋修さん
http://www.arsvi.com/w/to01.htm
についての第5回。

◆2014/08/26 『自閉症連続体の時代』 みすず書房,352p.
 http://www.arsvi.com/ts/2014b1.htm
その補章「争いと償いについて」の註03より。ここは
http://www.arsvi.com/ts/20152065.htm
でも紹介した。この話はさらに他のところでも幾度かしているはず。それを引き継いで考えて書いてきた。答はまずは単純なもので、「障害」と「病」とを分けて考えようというものだ。もちろんそれぞれにどんな意味を込めるかが問題なのだが。冊子『社会モデル』にとりあえすまとめてある。読んでくださればと。
http://www.arsvi.com/ts/2016m2.htm

 「次に、1986年7月に高橋修に私が行なったインタビューより。
 「だから自分の中で、優生思想のさ、はっきりしてないわけ。[…]障害っていうのが問題じゃないんだ、それを差別する社会なり、環境が悪いんだと。だから、健全者が変わりね、まちが変わり、変わるんだというのとさ、水俣みたいな[…]このからだを返せというさ、そういう思想、考え方の、そのなんていうかな、つきあげというかさ、その絡みがいまいちはっきりしないのね。それの中で今ちょっと今、いろいろ調べようと思っているんだけどね。それを頭の中で整理しない限りは、自分でもね、どこまで医療がいいのかっていうのはあるわけよ。」
 この部分は『良い死』[2008b:171]でも引いている。高橋は1948年7月新潟県長岡市生れ。学校には行けなかった。国立伊東重度障害者センター(静岡県伊東市)を経て、東京都に移り住む。自立生活センター・立川他の組織で活動し、1999年2月に急逝。彼もまたわずかの文章しか残さなかったし、その人とその活動の全体は、文字になっているものよりずっと広くて大きなものだった。「高橋修――引けないな。引いたら、自分は何のために、1981年から」[2001a]は彼のことをいくらかでも記そうとして書いた文章でもあり、また追悼文でもある。私たちのサイトに「高橋修」というページ(ファイル)がある。」


 なお、生存学研究センターのフェイスブックに(も)載っているこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20172385.htm
に(も)あって、リンクはその方が多いです。


UP:201706 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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