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素朴な疑問

「身体の現代」計画補足・357

立岩 真也 2017/05/02
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1883162175284094

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 『現代思想』2017年5月号の特集は「障害者――思想と実践」。目次、そして一部の執筆者についての頁へのリンクは
http://www.arsvi.com/m/gs2017.htm#05
にあり。そこからすぐに注文もできる。
 私が書いているのは特集とは別の連載第133回「高野岳志/以前――生の現代のために・21」。
http://www.arsvi.com/ts/20170133.htm
には文献表があり、そこから文献の全体などへのリンクがある。それを分載していくつもりだが、第133回に書いた分の続き、第134回に書こうと思っていることに関係した古込さんとのやりとり。古込さんも「本来は」と書かれているようにまだ何かあるのかもしれない。何かご存知の方いたらなんでもよいからお知らせください。

――以下――

◆[inclusive_society:0861] 素朴な疑問
Sent: Sunday, April 30, 2017 11:25 AM

http://www.arsvi.com/ts/20172354.htm
http://www.arsvi.com/ts/20172355.htm
と雑誌・拙稿関係のお知らせしましたが、そこに出てくる高野岳志
http://www.arsvi.com/w/tt25.htm
について
「残る障碍は父親だけだった。もっと正確に言えば、退院の書類に押す保護者の判だけが、問題だった。」という(小林敏昭の)記述があります。
素朴な疑問なんですが、この時点で高野は成人であったわけで、本人が退院したいときに保護者の判というものが必要なんでしょうか? ご教示いただければと。

他には「Tはセンターに立てこもることを両親とS療養所に通告しました。それに〔対して父親は〕告訴の手続きをとりますが、結局、「本人の意思」ということで告訴はできませんでした。その後三週間にわたって電話によるにらみあいが続きます。そして結局、療養所の外泊期限切れという状況となり、強制退所の形をとられるのを恐れた親が折れて、和解へと向かったのでした。」といった記述があります。
1981年のことです。

立岩
https:/twitter.com/ShinyaTateiwa
http://www.arsvi.com/ts/0.htm

に対して、古込さんより

◆ [inclusive society:0865] Re: 素朴な疑問
On 2017/04/30 14:46, 古込和宏 wrote

私で宜しければ。
あくまでもそれは医療側の言い分に過ぎず、ご指摘にあるように成人であること。そこに尽きると思う。
ただ当時は今よりも社会の認識として障害者は保護されるしかない存在でしかないので、判というものは
患者本人からすると強烈なものだったのではと想像する。

医王病院はどうか。高野の生きた時代の社会認識のままだと私は感じる。
これは医療側だけでなく患者と家族も。時代錯誤は医療側より患者とその家族の方に罪が重いと私は思う。
患者とその家族の方に罪が重い… 病棟という現場を普段よく見ておきながら、そこを安住できる終焉の地と長年思い込み
思考停止し「他に行き場所がないから」と受け入れ続けてきた結果で、患者は自らの首を絞め続けた。
ただ家族の首は締まらないので「そこに居続けることが子も親も少しでも長く互いに幸せにいられる」と信じ込もうとしてるのかもしれない。
「家族介護」を発想の大前提の果てが宇多野病院の件のようにも思える。

親の同意… 実体験として2012年、冬、ソーシャルワーカーに地域移行を相談した際、「地域の受け皿がない」や
「親の同意がない」の言葉を真に受け、同意に関しては強烈に感じた。
東京の支援と繋がってから、親の同意が得られてない不安を述べたとき「成人してること、それに入院契約の名義は古込さんなので同意は関係ない」と
言われ、私ははじめて「同意」の嘘に気付き、同意の件を再度ワーカーに言われたとき「契約名義人は私ですよね?」と指摘すると
明らかに顔色が変わったのを覚えている。それ以降「同意」の言葉は出なくなった。
ここまで指摘されると医療側が欲しいのは、最低限、責任回避の担保は欲しいのだと感じた。
地域移行の過程で、私を支援する看護師に介助方法を教えてほしいとお願いする段になったとき
「もし何か起きたときは、こっちは他の親御さんの対応も考えなければいけない…」という発言を聞いたときは途方に暮れた。
時間が経過して思うのは制度の裏付けで医療側が守られなければ、地域移行の是非になり医療の地域連携はあり得ないのだと思う。
これも医療側の姿勢を問うばかりでなく、デュシェンヌ型筋ジストロフィーは全身管理が生命予後を大きく左右するという事実も無視できないところが
その下地にあって医療側の反応だと思う。当事者は、しっかり問題の背景に目を向け、行動しなければこのようなことは永遠に続く。
これは私自身に強く反省を求めるものであり、人生の長く過ぎ去った時間は取り戻せない。

「親の同意」問いについて、かなり回り道したが「親の同意」判についての結論を述べると、「成人」と「入院契約」の2点に尽きるので、本来はシンプルなはず。
ただ私は勉強不足なので、裏にある何かを知らないだけかもしれません。

古込

――以上――

 フェイスブックに載せているこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20172356.htm
にもある。


UP:201704 REV:
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2017/04/29