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『与えられる生死:1960年代』

「身体の現代」計画補足・336

立岩 真也 2017/03/30
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1866387440294901

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『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』表紙   立岩真也編『与えられる生死:1960年代』表紙   横田弘『増補新装版 障害者殺しの思想』表紙
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 立岩真也 編 2015/05/31 『与えられる生死:1960年代――『しののめ』安楽死特集/あざらしっ子/重度心身障害児/「拝啓池田総理大学殿」他』,Kyoto Books 700
http://www.arsvi.com/ts/2015b1.htm
に最近表紙をつけてもらって、そして、文章を一つ加えたver.1.5とした。何回か、これをななぜ作ったのかを記した文章を紹介する。まず一つ。『現代思想』連載の第110回
http://www.arsvi.com/ts/20150110.htm
『精神病院体制の終わり』の一部になっているはず。
http://www.arsvi.com/ts/2015b2.htm
 フェイスブックに載せているこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20172336.htm
にもある。

 「当初から安楽死や慈悲殺と呼ばれるものの対象が死の直前の「末期」の人でなかったことは前回紹介した。本当に末期なのであればとくに急ぐこともないのだからそれも当然のことではある。そして痛みでもなかった。現在の身体の痛みに苛まれているこの自分が続くというのであれば、考えてしまうところはある。次に、生きている限り、生きることとともに付き纏われる記憶を消去したいという場合があり、それで実際、極限の記憶から逃れられずまたときには逃れてはならないと思って、自死した人はいる。しかしそんな人たちの生死について言えることはほとんどないのだし、言われることもない。代わりに死の対象・主体になったのは、できない人、異なる人であったし、それを受け止めて批判したのも、そのことを自らのことして受け止めた人たちだった。脳性まひの人たちはうまく動かない人であるだけでなく、異形の人だった★06。そうした生命のあり方が死に値するとかしないといったことについて、もう、加えて繰り返して言う必要はないと思う。ここでは自分が決めることだからという正当化について。

★06 一九六〇年代初めに日本で話題になったのは、重症心身障害児と呼ばれることになった人たち、「アザラシっ子」と呼ばれたサリドマイドを服用した人から生まれた人たちであり、そして次には今は認知症と呼ばれる人たちだった。例えば、生まれた子たちについて国で委員会を作って殺すか否かを判断すべきだといったことが――後に、「安楽死法制化を阻止する会」の発起人に名を連ねた、そして重症心身障害児施設への予算配分を求める「拝啓池田総理大臣殿」という文章を書いた(このことは福祉業界では比較的よく知られている)――水上勉によって言われている。その時にも脳性まひの歌人である花田春兆らの発言はあった。そして七〇年には花田たちとも縁のあった青い芝の会が動く。十年経っていない。そのことをどう見るか。まず当時の関連する座談会や随筆の類を全文収録する資料集(立岩編[2015])を作る。また『炎群――障害者殺しの思想』(横田[1974])がもとになった横田[1979]が再刊される(横田[2015])。なお太田典礼は、例えばやはり「阻止する会」の発起人でもあった松田道雄らに対してはその「変節」を残念がりまた愚かなことだと述べるが、障害者運動と青医連(青年医師連合)の抗議には強い苛立ちと敵意を隠せないでいる。この辺りについての唯一といってよい研究論文として大谷[2005]。」


UP:201703 REV:
病者障害者運動史研究  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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