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被害者たちが起こさざるをえない争い(を巡る争い)について私がまず考えたことについては『自閉症連続体の時代』
http://www.arsvi.com/ts/2014b1.htm
の補章「争いと償いについて」をご覧ください。こういうことも「病者障害者運動史研究」で調べて考えていこうと考えている。
http://www.arsvi.com/d/hsm.htm
中嶌清美のページはまだなし。できたらお知らせします。
以下は『生存学の企て』(生活書院、2016)
http://www.arsvi.com/b2010/1603rcav.htm
「補章」の再掲再開第10回(通算第37回)。
フェイスブックに載せているこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20172299.htm
にもある。
「■4 言葉にしていくこと
■4 組織・運動
[…]
そして中嶌清美は、過労死遺族の親の会について研究している(中嶌[2012])。過労死した人の家族が、家族・遺族として書いたものはあるだろう。また支援している弁護士他が書いたものもある。それらでは実態や裁判について概説がなされ、自分たちが関わった事件についても書かれる。けれど、どんな具合に家族がいっしょになって訴えていったのか、同時その仲間内でどんな話やらしてきたのか、それは想像できるような気もするが、すこしでも具体的に考えてみると、やはり外側の人間にはわからないことがわかる。だから是非書いてほしいと思う。ただ、その会に長くいても、そこに残されている文書の類は少ない。そして、文章を書くにしても、一体となってそして一点に絞るようなかたちで社会に訴えるのが仕事であってきたのだが、それはそれとして、それを分けてすこし外から見ていくのは厄介かもしれない。ただ、とくに裁判に訴えるといった場合、弁護士、労働組合、そして遺族、その各々にも複数の人がいて、どこがどのように引っ張ったり、いっしょにやったりということがどんな具合だったのかと思う。薬害・公害・医療過誤…等において様々な困難があったことは知られているのだが、それを分析したものはあまりない。だから見本になるものもなかなかない、それでとにかく思い出せることをまずは全部書き出してみてといったことしか言えないのではある。そして、中嶌とその主題についてはそうでないとしても、内部にある摩擦といったものに書きにくいところはある。ただ、そうした齟齬・摩擦・軋轢を描くことは、結局は運動も前進させるはずだ。」