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視覚障害のある教員の研究

「身体の現代」計画補足・297

立岩 真也 2017/01/15
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1833920670208245

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立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』・表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 中村雅也は
http://www.arsvi.com/w/nm13.htm
論文4本の全文が読めます。
 ついでに、前回紹介した、立岩真也編2014/12/31『身体の現代・記録(準)――試作版:被差別統一戦線〜被差別共闘/楠敏雄』
http://www.arsvi.com/ts/2014b2.htm
の楠敏雄も視覚障害をもつ教師だった。
 『生存学の企て』(生活書院、2016)
http://www.arsvi.com/b2010/1603rcav.htm
「補章」の再掲再開第8回(通算第35回)。

 フェイスブックに載せているこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20172297.htm
にもある。


 「■4 言葉にしていくこと

 […]
■3 人と人たち
 […]
 そして人の集まりを相手にする人たちがいる。それは組織として存在する場合もあるしそうでもない場合もある。学校の教諭を辞めた後、研究科に入ってきた中村雅也も(途中から)全盲の人だが、中村は視覚障害のある学校の教師たちのことを調べている。そうした教師たちの会もある。上記した楠は日本で普通高校の教師になった最初の人でもあり、その会にも関わり、中村もその関係で生前の楠を知っていたりする。その中村が、そんなつながりも使いながら、聞き取りをして書いている。
 こういう類の書き物は、長尺になってはじめておもしろさがわかるところがあると述べたが、実際、中村の博士予備論文もそうしたものだった。ただ、投稿論文には制限字数があり、なにかしらの「起承転結」のようなものが求められてしまう。岸田にも言えることだが、それに合わせるためのよけいな――と言ってはいけないのかもしれないが――苦労があって、なかなか苦労はしている。それでも中村[2014][2015]が査読に通った。
 そのうち書かれるだろう博士論文はその人たちの教員人生をたんたんと綴るといったものになるだろうか。基本それでよいと(私は)思うが、中村のものを読んでいて、そこにはおもしろい論点が幾つかもあると思った。例えば「介助」とか「支援」といったものをどのようにするのか。「典型的な」身体障害の人の場合には、一人の人に一人がついていて、用のある時に介助するということになる。ただ中村の論文を読むと、そういうやり方より別のやり方がよいことがあることがわかる。つまり、教員たちの仕事にすこし余裕をもたせておくと、例えば採点であるとか、やってほしいことをやってもらう、中学や高校のように教科別になっている場合はその集団の中で、やりくりした方がかえってうまくいくことがあるようだ。そのように書かれるとそうかもしれない、それも不思議なことでないと私たちも思うのだが、書かれないと、実際にその場にいない人にはわからない。そんなことをわからせることは大切なことだと思う。」


UP:201701 REV:
『生存学の企て』  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇病者障害者運動史研究  ◇身体の現代:歴史
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