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精神障害/精神医療を巡る現代史そして現在

立岩 真也 2017/07/23
於:韓国・ソウル、イルムセンター

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『造反有理――精神医療現代史へ』表紙   『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』表紙   立岩真也・杉田俊介『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』表紙
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■私がしてきたこと――精神医療(批判)の現代史

 私は、精神障害や精神医療に関心はあったが、主題的に研究することはなかった。だが他の人たちがなかなか研究してくれないので、2013年に『造反有理――精神医療現代史へ』を、2015年に『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』を出版した。
 前者の本では、おもに精神医療内部での精神医療批判の動きの歴史を記述し分析した。日本では1970年前後から、当時の大学における学生運動の隆盛にも連動して、精神科医たちによる精神医療の点検・批判の動きがあった。それを担った人たちの数は多くないが、それでも一時期学会の主導権をとったこともあった。また医師だけでなく、当時の社会運動・学生運動の担い手が関わった。精神障害を有する本人たちも1970年代前半には関わり、そして独立した運動を展開するようになる(ただしこの部分については、これからの研究に譲り、この本では主題的に扱っていない)。精神医療が狭い意味では治安維持のために、広い意味では社会の安定と精神障害者の社会への適応のためになされたことが批判された。脳の一部を切除するロボトミーが批判された。社会適応のための「生活療法」も批判された。その批判と、批判された主流派の医学者との応酬から何を受け取れるかを検討した。

 後者の本では、1970年代から1980年代にかけ、多くの高齢者を含め3000人という規模の人たちを収容し、劣悪な処遇で利潤をあげ、死亡事故等も起こし、裁判や国会等で大きく問題にされた京都の十全会という病院を巡ってあったことをまず記した。その病院は、告発の運動を担った人たちだけでなく、メディア、国会議員、そして厚生大臣も非難したにも関わらず、結局存続し、今も存在している。そこに何があったのかである。それはその(悪辣な)経営者の言では「人生の終着駅」の役割を果たしたのであり、社会がそうした安価で乱暴な組織にその機能を果たさせるのであればそれは結局存続してしまう。そしてそこには民間の病院の経営が大きく関わっている。現在、日本の精神病院(ほとんどが民間の経営)は、業界全体として認知症高齢者の収容に積極的であり、そのために政権与党とのつながりを強めようともしている。この変えようとしてもなかなか変わらないこの状況をどのようにして変えていくか。あらゆる場で業界の力を弱くしていくことが一つの方法であること等を述べた。

■2016年から2017年に日本で起こったこと

◆2016:成年後見制度を促進する動きとそれに反対する運動
 これもまた認知症の人の増加に対応したものだ。成年後見制度は、認知症の人たちを含む知的障害・精神障害の人たちの権利擁護のためのよい手段であると言われ、その推進のための法案が2016年に提出され、結局成立した。関連の頁は日本語のものだが
http://www.arsvi.com/d/ds.htm
しかし精神障害の本人たちの組織等反対の主張もなされ、この制度の問題点が知らされる機会になった。以下は、今回、私と一緒に「障害学国際セミナー」
http://www.arsvi.com/a/kjdsf.htm
のために韓国を訪れることにてっている日本ALS協会近畿ブロック・会長増田英明の緊急声明。

 「日本ALS協会近畿ブロック・会長 増田英明 2016/03/25 「成年後見制度利用促進法案に反対する緊急声明」
 「3月22日、衆議院内閣委員会において成年後見制度利用促進法案が可決されました。
 私たちはこの法案に対して次の点で問題があると考えています。
 @成年後見制度利用促進法案は、障害者団体の意見を聴かないで作られた法案です。"私たちのことを私たち抜きに決めるな!"の理念の下、障害者等の生活にかかわる法律は、障害者の意見を聴いて作られるべきです。
 A成年後見制度は、障害を理由として行為能力を一律に制限するものであるため、障害者権利条約12条に違反すると考えられています。我が国は、障害者権利条約を批准しており、締約国は行為能力の制限による成年後見制度ではなく、行為能力を制限しない意思決定支援制度への意向が目指されています。
 B成年後見制度利用促進法案は、成年後見人等の業務を医療同意へ拡大することを検討するとしており、これを機として今後は医療の代諾が可能となる方向に進んでいくことになるものと思われます。しかし、医療同意とは生命に係る同意であり、多くの場合、適格性をもった人物による代諾という手続きは馴染まないと思います。また、延命治療の中断といった尊厳死を広めること、認知症高齢者を精神科病院に入院させるための代諾など、多くの懸念すべき問題が山積しています。
 以上の理由から、今国会に上程され参議院で審議を控えている成年後見制度利用促進法案に反対します。
 2016年3月25日 日本ALS協会近畿ブロック・会長 増田英明」

 こうした事態を受けて、たちは、立命館大学(大阪・いばらきキャンパス)で開催した2016年の「障害学国際セミナー」のテーマを「法的能力(障害者権利条約第12条)と成年後見制度」とした。そのコリア語頁が
http://www.arsvi.com/a/20160922-k.htm
にあるのでご覧いただきたい。私がそこで印象深かったことの一つは、日本でこの制度ができた2000年の時には、障害者団体を含め、それに反対する主張が表立ってはなかったのに対して、韓国でこの制度が導入された時には反対の主張が障害者団体からなされたということである。このような事実から私たちは学ぶことがあると思う。

◆2016:相模原の障害者施設における障害者殺傷事件

 7月26日にその事件が起こるとすぐ、この問題を精神障害者を対象とする犯罪防止策の不備に求められてしまうことを予想し、それに反対する主張がなされた。私もそのことを新聞や雑誌に書いた。雑誌に書いた文章は書籍『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』(立岩真也・杉田俊介、2017、青土社)に収録されている。
http://www.arsvi.com/ts/2017b1.htm(日本語)
ここでは、事件の2日後の8月28日、朝日新聞に載った私のコメント
http://www.arsvi.com/ts/20160727.htm(日本語)

 「「自分は割を食っている」という不満が、より弱い立場の障害者や移民への攻撃に向けられる。容疑者もその1人かもしれない。この人だけでなく、重度障害者は死んでよいなどとネットに書き込んだりする人が「死んだ方が幸せだ」などと言う。だがそれはとんでもない間違いだ。もう一つ、障害者の生活を支える負担の重さが言われる。しかしこれも根拠が示されないまま不安感を増大させている。どれぼとのものかと冷静に見ていく必要がある。容疑者の入院歴が報じられているが、精神疾患ゆえに犯罪がなされたのではない。精神障害者の犯罪率は統計的に低いこともわかっている。「危ない」「隔離しろ」という偏見を広げないことも大切だ。」

もう一つ、共同通信の求めで送って8月2日に各社の新聞に掲載された短文
http://www.arsvi.com/ts/20160028.htm

 「安楽死の主張や優生思想・優生主義には種々の意味があるが、他人にとっての損得によって、時に人を生まれないようにし、時に人に死んでもらおうという考えや行いだと捉えたらよい。これは歴史的な事実でもある。
 そしてその他人たち、つまり私たちにはそれを支持してしまうところがある。その方が楽で都合がよいからだ。その「内なる優生思想」を自覚しつつ、とにかく殺すのは駄目だと言い続けてきた人たちの主張を受け止めねばならない。ヒトラーなど持ち出して「とんでもない」と言えばおしまい、にはならないのだ。
 次に、本人のためという言葉を使って、実のところは私たちの都合の良さを実現するのは、優生思想・安楽死思想の常とう手段だ。私たちの都合が大切でないと私は言わないし、言えない。ただ少なくともそれを、本人のためだと、死んだ方が幸せだなどと、「死んでも」言わないことだ。
 容疑者はそれを言う。狂気・妄想でなく間違いなのだ。そしてこの容疑者をどうしたらよいかを説く「専門家」たちが、容疑者と等しくとまで言わないが、乱暴だ、そしてずるいと私は感じる。
 精神医療の充実を、とその人たちは言う。だが何をするというのか。おおむね薬物の投与しかしない精神医療で何かできるようには思えない。そして、薬で、医療でこの間違った思想を直そうというのは乱暴だ。
 結局、医療というのは名目で、監禁しておくために精神科病院を使えということでしかないのではないか。つまり本人のために存在するはずの医療を、隔離のために使うことを支持していることになる。そしてそれに気づいてもいないか、事実を隠している。人や人の未来を評定することの難しさを甘く見ている。この点で、優生主義者と、容疑者と、容疑者を責める人は共通している。
 では代わりにどうすればよいのかと問われるだろうか。私は、死刑制度には反対するが、刑罰全般を否定できる人間ではない。ごく短く言えば、「現行犯」として対処するべきだし、対処できると思う。これ以上の説明はここでは略す。
 そして、それとともに、優生主義を根絶はできないとしても、その勢力を弱くすることだ。そしてそれは可能である。
 一つに、できる人が得をするのは当然だ、できることにおいて価値があるというこの近代社会の「正義」が優生主義を助長している。それをのさばらせないことである。
 もう一つ、優生・安楽死思想は人を支える負担の重さの下で栄える。つらいと殺したくなるということだ。負担そのものをなくすことではできない。だが一人ひとりにかかる度合いを減らすことはできる。するとこの人はいなくなってほしいと思う度合いが少なくなる。」

◆2017:精神保健福祉法改悪の動き

 上記のような主張は多くの人・組織によってなされた。しかし、犯罪への対応策という性格を強くした精神保健福祉法国会に上程された。国会では例外的に長い時間議論がなされた。審議中に国会は閉会したため継続審議となり、さらに国会が解散されたためこの法案はいったん廃案になった。だが、22日の選挙の結果にも影響され、今後どうなるか。楽観はできないだろう。以下は「日本「精神病」者集団」による6月18日の声明。
http://www.arsvi.com/2010/20170618jngmdp.htm

 「声明 精神障害者自身の手によって精神保健福祉法改正法案の成立を阻止しました!
 精神障害者自身の手によって精神保健福祉法改正法案の成立を阻止しました!
 本日6月18日、第193回通常国会の会期が終了しました。精神保健福祉法改正法案は、16日の衆議院本会議で継続審議になり、これによって今会期中の精神保健福祉法改正法案の成立は、完全に阻止されました。
 政権の施政方針である法案を成立できないところにまで追いつめたことは、我々にとって歴史的な勝利となりました。
 私たち全国「精神病」者集団は、昨年7月26日に発生した相模原市の障害者施設における殺傷事件の際にいち早く行動し、再発防止策として措置入院強化が挙げられていることの問題を全障害者の問題と位置付けられるように働きかけました。そして、相模原事件の追悼行事等では、必ず「再発防止策として精神保健福祉法改正をすべきではない」旨が確認されるようになり障害者問題としての大衆化に成功しました。
 他方で私たちは、兵庫県で実際に措置入院後継続支援の対象になった人ともつながり、仲間同士の輪を広げながら精神障害者の生活から問題を確認していきました。このように生活の視点から法案の問題を指摘できたことは、病者の運動らしくあったと思います。
 また、私たちは法案上程前から国会において法案の集中ロビーイングをおこないました。当初は争点の少ない参議院先議の法案という位置付けでしたが、私たちの活動によって共謀罪の2倍にのぼる約36時間の審議時間を獲得し、森友、加計、共謀罪に並ぶ最重要法案として関心を高めることに成功しました。
 審議段階では、参考人質疑など立法府における障害当事者参画を実現し、国会質問において障害者権利条約違反を確認するなど真の目的である撤廃の方向付けをおこなうことにも成功しました。
 他方で、今会期中に廃案にできなかったことは残念ですが、次の国会で審議未了にできれば、再び廃案のチャンスが訪れます。このような法案は、絶対に廃案にしなければなりません。最後の最後まで諦めずに闘い抜きましょう。
 2017年6月18日 全国「精神病」者集団」



UP:20171009 REV:
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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