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紹介:斎藤貴男『健太さんはなぜ死んだか――警官たちの「正義」と障害者の命』

立岩 真也 2017 『リハビリテーション』
http://www.tessinkyo.jp/syuppan.html

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 このような本を、まずもちろん全国の図書館、そして小さくても中ぐらいでも行政機関、教育機関、そして障害者に関係する施設・組織は、購入して、読めるところに置くとよいと思う。著者は、『機会不平等』(現在は岩波現代文庫)とか『戦争のできる国へ――安倍政権の正体』(朝日選書)とか、話題になった本をたくさん書いてきた人だが――前者の本が書かれる時に取材していただいた記憶がある――、この本は、地味と言えば地味な本だ。けれども大切な本が、研究者が本来ならもっとがんばるべきなのだが、がんばっておらず、著者のようなジャーナリストが手間をかけて(自分の金で)取材して書いている。それらの本を、私たちは、とにかく、受け取らなければならないし、本を買って、置いて、もちろん読んで、そしてそういう書き手と書き手の営みに応えて、そして支えるぐらいのつもりがないといけないと思う。
 中味は、読めばよいのだから、読んでください。普通は書評ではしないことだろうが、カバーにあった紹介文を、よくわかる紹介文だから、引用する。
 「二〇〇七年、佐賀市で、中度の知的障害のある安永健太さん(当時二五歳)が仕事から自転車で帰宅途中、不審者と間違われて警官たちに取り押さえられ、路上で命を落とした事件。[略]遺族は[略]刑事・民事の両方の裁判で争った。民事裁判では、地域の安全を守る警官は、当然、障害者への接し方を知っていなくてはならず、知っていれば事件は避けられた可能性があったことも争点となった。」
 読まないとわからないのはまず裁判の過程。そこでいくつか不可解なことが起こったことも記されている。その前に、事件。現場に駆けつけた警察官の数は(結局よくわからないのだが)一〇数人〜四〇人、パトカーの台数は一五台(一八頁、一一一頁)という「おおごと」になったのだが、安永さんが亡くなるまでは一〇分ほどの短い時間しか経っていない。そして、直接の(最後の)死因は心臓性突然死とされたという。そして裁判は、刑事の方も民事の方も、安永さんの側が、結果だけ言うと、負けた。不思議であるともに、ありそうなことにも思える。とすると、どのように不思議なのにしかしありそうなのか、またありそうだと思ってしまうのか。その辺りも気になって私たちは読むし、著者は解こうとして書いている。
 次にその安永さんのこと。その障害は「自閉症スペクトラムと呼ばれる発達障害だった」(一三−一四頁)とも書かれる。さきの知的障害という紹介と矛盾するわけではない。このことの説明は本誌の読者には不要だろう。彼は野球が好きで、そして豪腕ピッチャーでもあり、(いつも当たるわけではないが)ホームランバッターだった。か弱い人だったら、かえって乱暴されず助かったかもといったつまらぬことを思ってしまったりする。明らかにいい人、なのだが、わるい人ならこの裁判で負けてよいということにも当然ならない。どうしても本書にこの部分が要るのかといったらわからない。だが、こういうふうにこの人は暮らしてきたんだ、と読んでいくのは、この本にふさわしい言葉とは思えないが、楽しい。彼の場合は、たぶんけっこういい人生を送ってきたようで、それが突然に絶たれた。以前書評させてもらった佐藤幹夫の『自閉症裁判――レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』(洋泉社)は、女性を刺してしまった人とその裁判を取材した本だったが、その人の場合には、ここがこう違っていたらそこまでしないですんだかもしれないと、その本を読んで思えた。いずれも人を丁寧に描くことが、人とできごとの間にあるいろいろなつながり方、ときには断絶のあり方を示すことになる。
 第四章は「跋扈する優生思想≠ノ克つ」と題され、相模原障害者施設殺傷事件のことが書かれる。私もこの事件のことで杉田俊介さんとの共著の本を書いたが――本誌八・九月合併号で、本書(『健太さん…』)にも出てくる石渡和実さんが紹介してくれている――、著者は、事件の前の容疑者のこと、事件の後に起こった(起こっている)こと、あまり広くは知られていないだろうことも含めて、書いている。私はその事件や容疑者の具体的なことを知りたくなくて、さぼった。もう少し積極的に言うと、それはきっと誰かがしてくれるだろうと思い、一つに障害者殺しに関わるほとんど知られていないだろう歴史について、一つに精神障害の話にするべきでないことについて、一つにまともに容疑者(のような人)が言うことに対することにしたら何を言えるか書いた。そういう「引いた」仕事も要るだろうとは思った。著者のような仕事も要る。両方要る。そして、最初に書いたこと。よいジャーナリストはまともな仕事をしている。研究者はさぼってしまっている。まかせてばかりはよくない。

◆立岩 真也 2005/11/15 「書評:佐藤幹夫『自閉症裁判――レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』」,『精神看護』08-06(2005-11):110-116(医学書院)


UP:201710 REV:
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa 
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