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非文化的

立岩 真也 2017/07/01
『文學界』71-7(2017-7):114-115
http://www.bunshun.co.jp/mag/bungakukai/

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『ALS――不動の身体と息する機械』表紙   『人間の条件――そんなものない』表紙
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 「芥川賞と三島賞にノミネートされた(そして外れた)岸政彦さんがこんど同僚になった。同じ社会学者なのだが、小説を書く人が職場に来たということだ。だから私も書く気になった、ということではない。いつ私は小説やら読むのをやめたのだろうと思った。
 たぶん、大学生の二年生の終わりの頃にはやめている。もっと前かと思ったがそうでもないようだ。その頃、高橋康也氏のサミュエル・ベケットを読むというようなゼミ?があってそれに出ていたことを思い出した。大学の二年の終わりに文学部のどの学科に行くかを決めることになるのだが、その時に私は文学系(と哲学系)をやめたのだった。
 消極的には、記憶力と語学力がまったくないことがあった。例えば淀川長治が細々と延々と語るのに驚いて、そんなことはできないと思った。ずっと後、淀川さんけっこう同じ話を方々で話したり書いていることがわかって、すこしその驚愕の感じは減ったけれども――同じ話を幾度もすると私でもさすがにいくらか覚える。それでも到底近づけるものではない。当時の東大・駒場には、後に総長などもし、また三島賞受賞の際に小さく物議を醸したという(これもしばらく前まで知らなかった)蓮実重彦などもいて、なかなか賑わっていた。私はそういうものがそんなに嫌いでなく、読んでいた時期もあるし、実際蓮実の映画評は実践的に役に立つのでもあった――よいと言われたものを観ると実際おもしろかった。ただそんな芸を身につけられるとも身につけようとも思わなかった。
 より積極的には、わりあい私はまじめな人間で、「社会」のことを考えたり書こうと思ったりした。その際、なにか「作品」に仮託してものを言うというような面倒なことをするよりも、もっと平凡に散文的に退屈に、順番通りに、書くのがよいと思った。そしてその仕事はしだいに忙しくなり、またとくに大学院生の時期には別途金を稼ぐ必要もあって、いっそのことと思って、年に二〇〇本ほどは映画館に通って観ていた映画をすっかりやめた。小説の類はそれより前にやめた。それ以来、忙しさはすこしも減らない。ここ数十年は本業のはずの社会(科)学の本だってまったく読めていない。給料取り関係の仕事以外、書くこと、そしてわずかな時間、書く際の材料としての文献・資料にあたるだけで、起きている時間のほぼすべては費やされてしまう。
 文化人という人たちは優雅な人たちに思えるのだが、あの人たちはどのように生きている、あるいはそんな人はもういないのであれば、生きていたのだろうと思う。温泉宿に滞在して執筆する文豪はやはり儲かっていたのだろうか、とか。儲かってない人たちも時間はあって、なにか文化的なことをしている(いた)ようだ。ただふだんはそんなことも考えない。能の原作者をしてしまう多田富雄さんとか、ギリシアの詩を翻訳してしまう中井久夫さんとか、このお二人の著作集の解説や推薦文を書いたりする仕事はあって、そんな意味での接点はあるのだが、しかし、こっちはたんなる頭脳筋肉肉体労働者であって、違う世界にいる感じだ。この人たちにおける「教養」の実在は、むろん余裕のあるなしだけに関わるのではない。ただ私は、結局、せわしない方を選んだのであり、結局、それでよいそれで仕方がないと思っているのだと思う。
 出版社をめぐるごたごたで今は書店で買えない『人間の条件』という本(「そんなものない」という副題がついている)の序は「簡単で別な姿の世界、を歌えないなら、字を書く」というもので、言い訳が書いてあるが、本気の言い訳で、加えることもないので、以下一部をそのまま(全文はHPにある)。「歌うならともかく、字を書くなら、退屈でも、長くなっても、順番通りに書こうと思ってきた。(略)短く言えることや言葉もいらないようなことは〔忌野〕清志郎のような人に歌ってもらったらよい。私(たち)はそのずっと後にいて、退屈な、でも必要だとは思う仕事をする。そういうことだろうと思う。」
 これが二〇一〇年。その六年前、『ALS――不動の身体と息する機械』という本を書いた(ちなみに今、両方の第二版を準備中)。身体がすっかり動かなくなっていく人たちのことを書いた本だ。そのとき幾度かベケットのことを思い出したように思う。小説だとか戯曲の筋だとかなにも覚えていない。ただ頭蓋だけがあって、そこから世界を観ている図を想った。もしかしてそんな挿絵が実際あったのかもと思ったが、三七年ぶりに開けた『戯曲全集』1・2と『マロウンは死ぬ』には絵の類は何もなかった。世界を受動している私、というのは私の最初の本(いまは第二版)『私的所有論』からある話でもある。しかしその話をするのに、誰か偉い人を、なにか文化的なものをもってくる必要もない。そして受動的である生を生きるにしてもやはり退屈なのはつまらないから、どうしたものかと、アマゾン・ミュージックで曲をためてランダム再生か、というチープな時間の過ごし方――先週、仕事しながら一八時間のプレイリストを作った――をよしと言い、その安易な生き方が容易にできるための仕掛けとか、そんなことを考えるのが私、ということになる。」(20170701掲載)


◇ ◇

 「芥川賞と三島賞にノミネートされた(そして外れた)岸政彦さんがこんど同僚になった。同じ社会学者なのだが、小説を書く人が職場に来たということだ。だから私も書く気になった、ということではない。いつ私は小説やら読むのをやめたのだろうと思った。  たぶん、大学生の二年生の終わりの頃にはやめている。もっと前かと思ったがそうでもないようだ。その頃、高橋康也氏のサミュエル・ベケットを読むというようなゼミ?があってそれに出ていたことを思い出した。大学の二年の終わりに文学部のどの学科に行くかを決めることになるのだが、その時に私は文学系(と哲学系)をやめたのだった。
 消極的には、記憶力と語学力がまったくないことがあった。例えば淀川長治が細々と延々と語るのに驚いて、そんなことはできないと思った。ずっと後、淀川さんけっこう同じ話を方々で話したり書いていることがわかって、すこしその驚愕の感じは減ったけれども――同じ話を幾度もすると私でもさすがにいくらか覚える。それでも到底近づけるものではない。当時の東大・駒場には、後に総長などもし、また三島賞受賞の際に小さく物議を醸したという(これもしばらく前まで知らなかった)蓮実重彦などもいて、なかなか賑わっていた。私はそういうものがそんなに嫌いでなく、読んでいた時期もあるし、実際蓮実の映画評は実践的に役に立つのでもあった――よいと言われたものを観ると実際おもしろかった。ただそんな芸を身につけられるとも身につけようとも思わなかった。
 より積極的には、わりあい私はまじめな人間で、「社会」のことを考えたり書こうと思ったりした。その際、なにか「作品」に仮託してものを言うというような面倒なことをするよりも、もっと平凡に散文的に退屈に、順番通りに、書くのがよいと思った。そしてその仕事はしだいに忙しくなり、またとくに大学院生の時期には別途金を稼ぐ必要もあって、いっそのことと思って、年に二〇〇本ほどは映画館に通って観ていた映画をすっかりやめた。小説の類はそれより前にやめた。それ以来、忙しさはすこしも減らない。ここ数十年は本業のはずの社会(科)学の本だってまったく読めていない。給料取り関係の仕事以外、書くこと、そしてわずかな時間、書く際の材料としての文献・資料にあたるだけで、起きている時間のほぼすべては費やされてしまう。」(20170610掲載)

 「芥川賞と三島賞にノミネートされた(そして外れた)岸政彦さんがこんど同僚になった。同じ社会学者なのだが、小説を書く人が職場に来たということだ。だから私も書く気になった、ということではない。いつ私は小説やら読むのをやめたのだろうと思った。
 たぶん、大学生の二年生の終わりの頃にはやめている。もっと前かと思ったがそうでもないようだ。その頃、高橋康也氏のサミュエル・ベケットを読むというようなゼミ?があってそれに出ていたことを思い出した。大学の二年の終わりに文学部のどの学科に行くかを決めることになるのだが、その時に私は文学系(と哲学系)をやめたのだった。
 消極的には、記憶力と語学力がまったくないことがあった。例えば淀川長治が細々と延々と語るのに驚いて、そんなことはできないと思った。ずっと後、淀川さんけっこう同じ話を方々で話したり書いていることがわかって、すこしその驚愕の感じは減ったけれども――同じ話を幾度もすると私でもさすがにいくらか覚える。それでも到底近づけるものではない。当時の東大・駒場には、後に総長などもし、また三島賞受賞の際に小さく物議を醸したという(これもしばらく前まで知らなかった)蓮實重彦などもいて、なかなか賑わっていた。私はそういうものがそんなに嫌いでなく、読んでいた時期もあるし、実際蓮実の映画評は実践的に役に立つのでもあった――よいと言われたものを観ると実際おもしろかった。ただそんな芸を身につけられるとも身につけようとも思わなかった。
 より積極的には、[…]」(20170608掲載)

 「芥川賞と三島賞にノミネートされた(そして外れた)岸政彦さんがこんど同僚になった。同じ社会学者なのだが、小説を書く人が職場に来たということだ。だから私も書く気になった、ということではない。いつ私は小説やら読むのをやめたのだろうと思った。
 たぶん、大学生の二年生の終わりの頃にはやめている。[…]」(20170607掲載)

※残りだんだんと載せていくかもしれません。

※文芸誌に載せてもらった短文・雑文
◆立岩 真也 2014/08/01 「悪文」,『群像』69-8(2014-8):200-201


UP:20170607 REV:
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