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二〇一六年読書アンケート

立岩 真也 2017/02/01 『みすず』59-1(2017-1・2)
http://www.msz.co.jp

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 ○金森修編『昭和後期の科学思想史』(勁草書房、二〇一六)。こうした本が出ることを長いこと待っていた。かつて科学批判というものがあったはずであり、科学技術論、科学史というものは今でもある。しかし後者においてとくに日本の過去の科学論、科学批判が言及されることはとても少ない。それはよくないと思っていたのだ。かつての科学論、反科学論がなにかとても素晴らしいものだと思っていたからではない。いくらか私も読んだことはあるが、おおまかにはうまくないなと思った。だから自身であまり読み込むこともなかったのだ。ただ、それにしても無視してよいというものではない。この本では、武谷三男、柴谷篤弘、下村寅太郎、廣重徹といった人たちがとりあげられる。やはりうまくないと再度思うところと、廣重徹などやはり忘れないようにと思うところとあった。そして柴谷篤弘とも関係のあったはずの池田清彦の「構造主義生物学」というのはどうなったのだろうなどと思った。他に美馬達哉が日本での脳死臓器移植に関わる言論の歴史を追い、金森修が「核文明と文学」という章を書いている。編者でもある金森は二〇一六年五月二六日に亡くなってしまった。この本の再校締切日の前日だったという。
 ○矢野亮『しかし、誰が、どのように、分配してきたのか――同和政策・地域有力者・都市大阪』(洛北出版、二〇一六)。指導教員だった天田城介が立命館から中央大学に移ったために、この本にもとになった博士論文の主査を務めたのは私だが、そのことと関係なく、このような本もまた書かれ読まれるべきものだと思う。生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』(生活書院、二〇一六)の「補章」で私はこの本を紹介している。以下その一部。「差別を解消しようと言う。すると普通は誰が被差別者かその特定から始まることになる。しかし、部落差別は名指されることにおいて現れてくるようなできごとでもある。すると誰が被差別者だと誰が決めるか。個別に指定することが問題であれば、被差別者側に委託し、そこが代表して受け取り、それを分けるというやり方は合理的な方法ではある。というか他のやり方をなかなか思いつかない。するとそこには権限が生じるし、権益が発生する。それは「取り合い」の世界にもなる。それは好ましくない結果も生じさせうる。その実際のところを知り、ではどのように考えるかという課題がある」(二一一−二一二頁)。そしてこの本は第二回生存学奨励賞の受賞作ともなった。講評などHPからご覧になれる。ご覧いただきたい。


◆2016/02/01 「二〇一五年読書アンケート」
 『みすず』58-1(2016-1・2):http://www.msz.co.jp
◆2015/02/01 「二〇一四年読書アンケート」
 『みすず』57-1(2015-1・2):http://www.msz.co.jp
◆2012/02/01 「二〇一一年読書アンケート」
 『みすず』54-1(2012-1・2 no.601):68-69 http://www.msz.co.jp
◆2011/02/01 「二〇一〇年読書アンケート」
 『みすず』53-1(2011-1・2 no.590):93 http://www.msz.co.jp,
◆2010/02/01 「二〇〇九年読書アンケート」
 『みすず』52-1(2010-1・2 no.):- http://www.msz.co.jp,

 生存学奨励賞→http://www.ritsumei-arsvi.org/news/read/id/699


UP:2016 REV:
立岩 真也 
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