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意思決定支援研究

公益財団法人 明治安田こころの健康財団 研究助成

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7.倫理的配慮
 聞き取りに当たって、その記録の利用にあたっては、当然その対象者の同意を得るとともに、必要に応じ立命館大学の研究倫理委員会に審査を申請し、研究倫理上の問題が生じないようにする。

8.開示すべき利益相反事項
 利害が対立する(対立しうる)場面に焦点を当てる研究であるが、研究者との間については利益相反の問題はとくに生じない。

9.研究目的
 認知症等で本人の意思決定その表出が困難なことがある。またその決定をそのまま受け入れるなら、かえって本人に不利益をもたらすと思われることがある。そのような場合に対応する制度として「成年後見制度」があり、今季の国会においても「成年後見利用促進法」が成立するなど、この制度の利用促進、起こっている問題の軽減が図られている。後見人による被貢献者の資産の着服等の明白な犯罪は防がれるべきなのはまったく当然のことである。ただ、問題はそれ以前にもある。
 つまり、この制度の枠組自体がよいものであるのかを問いなおしてよい。一つ、日本も批准した障害者権利条約(第12条)に反するという主張がある。一つ、そうした条約を援用せずとも、決定が他人に委ねられることによって、その人に不利益が生ずることではある。後見の対象が主に経済的行為に関わる生活の一部とされるにしても、生計のあり方を決められることは大きな制約をもたらすことがある。さらに今度の法律では検討の対象とするという文言にとどめられはしたが、医療等についても後見の範囲を広げようという動きもある。こうしたことについて懸念する障害者・患者団体のいくつかが反対・慎重審議を求め、いくつかの新聞の社説でも推進の前に基本的な枠組みを見直す必要があるとの見解が示され、法案は通ったものの附帯決議が付くことにもなった。
 しかし他人による決定そのものは避けられないように思われる。それは冒頭に述べたように、第一に本人の意思の表出が困難な場合、第二に本人の決定が本人に不利益をもたらすように思われる場合である。それに対する障害者権利条約の基本的な発想は、誰もが意思決定可能であり、それを支援すればよいというものだ。それは、基本的な方向において、本人を無能力とし代理人が決めるという枠組より妥当ではあるだろう。しかしその妥当な方策がいつもそう簡単に実現なことであるとは思われない。だとしたらどのように考えるべきか。意思決定に関わる支援に現場で何が起こっているか知り、理論的に検討し、どのような方策・実践があるべきかを構想する。

10.研究計画
 成年後見については学会もあり、専門誌もある。基本的には既存の制度を前提にしつつも、その改善のために研究が重ねられてきたのではあるから、まず、それら基本的な文献は収集し検討する。
 またこうした学会にも一部関係し、後見の実務に関わったり、日本弁護士連合会での議論に関わったり、社会的発言をしてきた人たちがいる。その人に聞き取りを行い、議論する。(海外の事情について各国の研究者との議論も行なうが、その経費は基本的には別の研究助成を申請する予定。)
そして各地に、様々なかたちで意思決定支援に関わってきた人、組織がある。そのある部分は成年後見の枠組みの中で活動してきた。またある部分は、そうした制度とは別の発想・方法で支援を行っている。さらに、詐欺の被害から高齢者を守るための手段として成年後見のような制度よりも、一般的な消費者保護制度で対応した方が有効で費用もかからないと捉えている人たちもいる。そして、後見された体験を自ら語れる人たちもいる。
本研究では、これら種々の当事者・関係者に聞き取り調査を行い、了承を得た上で文字化し、そこから得られた知見をもとに、まず理論的な基本線について申請者が関わる障害学国際セミナー(2016年9月、京都)で講演、論文化し、2017年には書籍を刊行する。

11.本研究の独自性、学問的または社会的意義
 意思決定に困難な問題が生ずる人たちの数はこれからさらに増えていく。それに対する社会的対応が必要であることは誰もが認める。ただそれに対応するのが、現在の成年後見制度であり、少なからぬ専門家も含む多くの人たちは、他の選択肢の可能性になかなか思い及ばない。
 しかしこれは実証的・理論的に検討するべき主題である。意思決定できるとされる人とそうでない人とを振り分けることは時に致し方ないことであるとしても、望ましいことではない。一つ、「代わり」をするより「補う」方を追求すべきだという主張にはもっともなところがある。しかしそれも簡単でないことのあることは先述した。たんに補えばよいと言うだけではまったく足りない。
 また「代わりの人」を決めるという方法がよいのかという問題もある。たしかに家族は本人の理解者であるだろうが、同時に利害関係者でもある。他方でこの仕事は弁護士の仕事になりつつもあるのだが、費用対効果の面からもそれが適切かすくなくとも最善かという疑問も示されている。では誰がよいのか。人によって、また人の利害によって異なる判断が、例えば医療の場面に適切かという問題もある。「人」を決めるのではなく、ある場合には、例えば医療に関わる決定については、このように対応するという「きまり」を決める方がよい場合もあるだろう。
 これらが十分に検討されていない。理論的な考察とともに、種々の現場についての社会学的な調査研究が必要である。おそらくこの問題に対する解は一つではない。むしろ解は一つでないことが論理的に明らかになると考える。その上で、様々な方策の「合わせ技」で対応していくべきであり、またそれが可能であることを社会に対して示すことができるだろう。この社会は自律的な人間を前提に組み立てられているが、その前提は現実とはまったく異なる。ではどのように社会を組んで行くか。この研究は社会科学の基本的な主題を考究することであり、学問的に大きな意義があるとともに、完全な「解決」は求められないとしても――それもまた論理的に導出されるはずである――認知症などの人たちのよりよい生を実現していくうえで有益な研究となるものと考える。

12.本研究の実施状況(これまでの経過、進捗度、関係する既存の研究等)
 申請者は「自己決定」についてこれまで何冊かの著書、論文「自己決定する自立:なにより、でないが、とても、大切なもの」等で論じてきた。また辞典項目の執筆(『福祉社会事典』『哲学・思想翻訳語辞典』『現代倫理学事典』)等を行ってきた。またパターリズムについても「パターナリズムについて:覚え書き」(『法社会学誌』56・日本法社会学会)、「パターナリズムも自己決定と同郷でありうる、けれども」等の論文、辞典項目を執筆してきた(『応用倫理学事典』)。以上で申請者は自己決定を肯定的にしかし至上のものとしてではなく位置づけるとともに、パターリズムが常に否定されるものでないことを論じてきた。本研究は理論的にはその延長中に位置づく。同時に本研究は、施設や在宅で生活する障害者・病者の調査を行ってきた申請者がそこに起こる種々の困難の大きな部分を取り出し、その解決、とまでは言えなくともいくらかの改善の途を探るものである。
 さらに、この研究は私の務める大学院、研究センター等で関係している人たちの共同研究でもある。日本学術振興会特別研究員、また大学院生による論文として桐原尚之・長谷川唯2013「支援された意思決定を巡って――日本国内法の現状と課題」(『生存学研究センター報告』20)、学会報告として桐原尚之「支援された意思決定と法的能力に関する障害者運動の課題」(障害学会、2009)等がある。全国での聞き取り調査の相当部分を担当してもらう。なお記録の文字化については、別途それを仕事にする人に依頼するものとする。
 そして弁護士の池原毅和氏にも加わってもらう。氏はこの主題について詳しく、日本弁護士会の関連会議にも加わり、積極的な発言を行なっている。またその著書『精神障害法』(2011、三省堂)ではこの主題について詳細な検討を行っており、大学での講演に招き議論した人でもある。


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