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政治/議員

「身体の現代」計画補足・264

立岩 真也 2016/11/24

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『現代思想』2016年11月号</a> 特集:大学のリアル――人文学と軍産学共同のゆくえ・表紙    『流儀』 (Ways)表紙    『現代思想』2016年10月号 緊急特集:相模原障害者殺傷事件・表紙
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鳩山威一郎、佐藤栄作といった人たちの名が私の文章に出てくるとはあまり思っていなかった。 転載・分載しているのは「大学のリアル――人文学と軍産学共同のゆくえ」を特集している『現代思想』11月号に掲載されている「生の現代のために・16――連載・127」。
http://www.arsvi.com/ts/20160127.htm

フェイスブックに載せるのと同じこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162264.htm
にもある。

「■政治/議員
 六〇年代初頭から中盤を動かした一つに家族会の動きがあったことを述べた。もう一つ、それに応じた政治があり、政治家がいた。手元にある本では、まず鳩山威一郎(一九一八〜九三、七二大蔵事務次官、七四〜九二参議院議員)。当時西多賀病院院長の近藤文雄(一九一六〜九八)の文章に出てくる。
 一九五六年頃。結核療養所に肺結核の児童のための病院内学級が作られ始め、厚生省はその子、親たちのために、入院の費用を免除し、学用品や日用品を支給する制度の創設を考えた。だが大蔵省がなかなか認めなかったので、「困った厚生省は、われわれの所にまで側面的援護を要請してきたのである」。親の会の会長・今野正己(の息子が正広)と近藤は、大蔵省、マスメディア、代議士等を廻った。とくに今野は熱心だった。この頃大蔵省の厚生省担当の主計官が鳩山で、「何回目だったか、正広くんのことを語る彼の真情にうたれた鳩山さんは、そんなにひどかったのかと眼をうるませ、耳を傾けてくれた」(近藤[1996:37])。より以前の同じ著者の文章では、厚生省より「側面から援助するよう我々の所にも依頼があったので、カリエスの子の親の会会長今野正己氏はこの時とばかり必死になって関係方面を説いて廻り、鳩山氏にも度々陳情したのである。今野氏の長男がカリエスのため下半身麻痺を起こし、玉浦に入院していたが、氏はその実情を涙ながらに訴え、鳩山氏も激しく心を動かされ予算がついたのであった」(近藤[1993:9])。この時の給付はカリエスに限られたが、後日、他の結核にも筋ジストロフィーにも制度が適用されることになった。「それ以来、鳩山氏は西多賀に格別の関心を持っていて下さったのである。」(近藤[1993:9])「これが縁となって、鳩山さんはその後もべットスクールや私たちの病院には格別の好意をもたれ、ひとかたならぬお世話をして下さることになった。」(近藤[1996:39])★02
 今でもしばしばあることだが、結局大蔵(財務)を動かす必要があるとき、それを動かしたい官庁・官僚が「民間」の協力を求めることがある。それは患者会のこともあり、業界団体のこともあるだろう。一つにそれが言われている。そして政治家は本人の大変さとと家族の苦境に心を動かされる。
 六四年。筋ジストロフィー。「こうした〔筋ジストロフィーという〕極めて困難な病気に対しては、国家的見地から事に当るより他に道がないという考えから、三月一六日、親の会々長徳田篤俊と、副会長川崎菊一および高久寅吉ら三名は、厚生省に時の厚生大臣小林武治および尾崎嘉篤医務局長を訪問し、筋ジストロフィー症の研究に医師が専念できる研究所と収容施設の整備および医療費の助成を陳情するにいたっている。/この時大臣および局長が親の会の陳情に対して極めて好意ある態度でのぞみ、直ちに、積極的且つ具体的な対策を提示している点、まことに印象的であり、深い感銘をおぼえる。」(湊・浅倉[1976:276-277])
 六五年。重症心身障害児政策の開始。「四〇〔一九六五〕年の第二回大会の折、親の涙ながらの訴えに、佐藤総理の代理として出席されていた当時の橋本官房長官が、用意の祝辞をわきに置いて、善処をその場で約束して下さったのも、忘れられない光景です。この大会の数日後、総理大臣官邸で重症児問題の懇談会を開いて下さいました。国立療養所の重症児病棟の構想が生まれたのはこの会からです。当初昭和四一年の大蔵省予算内示は一二〇床でしたが、復活折衝で四八〇床まで認められ、こうして国立重症児病陳が誕生したのです。/また佐藤総理の生命尊重論に基づいて急速に施設が増えた時期もあり、現在全国で国立八〇八〇床、民間約七三五八床となっています。」(北浦[1993:61])
 佐藤は佐藤栄作(一九〇一〜七五、六四〜七二総理大臣)。橋本はロッキード事件では田中角栄とともに逮捕されることになる橋本登美三郎(一九〇一〜九〇)。親は涙し、政治家も涙する。そんなことは今でもあるが、このようにして現実は動いたようだ。そんなことが今はもっと難しくなっているのなら、まだこの頃の方がよかったようにさえ思える。

★02 今は宮城県立西多賀支援学校となっているそのHPには次のようにある。「今野さんたちが療育費の予算化と苦闘しているころ、元首相・鳩山一郎氏の子息で大蔵省の主計官だった鳩山威一郎氏は、今野さんの真剣な陳情に対してきちんと耳を傾けてくれ、そうした実情を知らずにいたことを「不勉強で恥ずかしい次第」と正直に話し、深く関心を示されたそうです。そしてその努力が実って、昭和三三年一二月、翌年度(昭和三四年度)予算に初めて「骨関節結核児童療養費」一六〇〇万円が計上されることになり、翌年の春には児童福祉法も改正されて、カリエス児童に対する療育費制度がスタートしたのです。」(宮城県立西多賀支援学校[2013-])」


UP:201611 REV:
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