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強制〜国家権力が肯定される場合・1(『精神医療』掲載稿08)

「身体の現代」計画補足・251

立岩 真也 2016/11/01

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自由の平等    On Private Property, English Version    『精神医療』4-84(159)特集:国家意志とメンタルヘルス表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 それなりの背景というものかあってものを考え書いてきてはいる。『自由の平等』は
http://www.arsvi.com/ts/2004b1.htm
今はテキストファイルで提供している。「国家・権力を素朴に考える」
http://www.arsvi.com/ts/20160027.htm
の転載の第8回。
 全文は、他にも様々を集めた、『精神』
http://www.arsvi.com/ts/2016m3.htm
に収録されている。
 もとは『精神医療』第84号(特集:国家意志とメンタルヘルス)に掲載。
http://www.arsvi.com/m/p4084.htm

 フェイスブックに載せるのと同じこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162251.htm
にもある。


 「■4 強制〜国家権力が肯定される場合
 私自身を含めて国家だとか国家権力といったものが嫌いな人の多くは「強制」がき△065 らいなのだと思う。きらいで、それがあるのはよくないと考えて、それをなくすことをよしとする。マルクス主義においても(やがては)強制力がなくなる社会、国家の廃絶が夢想された。客観的な法則があって、やがて自然とそういうことになるのだと言われたこともあったが、まずそれは願われることであった。望ましいかと考えると、それは望ましいように思われる。したくなくてもさせられるのが強制である。したくないことをさせられるのはいやなことである。ならばそれがない方がよいという単純な話である。そんな主張をする人たちがアナーキストだということにされる。
 しかしそれで人殺しやいろいろが起こってもそれはそれでよいとなるか。権力があるよりもそこに自由があることのほうが大切であるというようなことを言う人もいる。その気持ちはわからないではない。私ににもそういう気分が(かなり)あるように思う。しかし結果その人は殺されるかもしれない。生活が自由にいかないことがあるだろう。つまりその方が自由が少ないということになりうる★04。
 そういう「自然状態」ではより弱いものたちが自由にやっていけない。だから国家を、というのが、絵に描いたような単純化された「社会契約論」ということになる。そうし△066 て「契約」するとどんな社会になるのか、という具合に話が進むのだが、それでできあがるとされる社会はどんなものであるかは、またそれに至るまでの話は、たいがいいくらか間違っている。その理由は『自由の平等』等に書いた。ただ多くの社会契約論が描く社会像が間違っていることは、自由な生存のために強制が必要とされ正当化される場合かあることを否定するものではない。その場合とはどんな場合か。

★04 もちろん国家が死滅した状態の社会に見込まれるのはそうした状態ではない。革命の後、人々は良い人になって、その社会においては強制力の行使が不要になるとされる。みなが仲良く、むりやり何かさせられることなくやっていけるという社会だ。そのためにはいったん権力を奪取する必要があるということになる。というのも、そうした未来の社会の人たちはその社会をもちろん支持するのたが、現在の社会においては、そうした社会のほうが自らにとって望ましい人たちも現在の社会に意識が規定されているためにそれを支持しないので味方にならず、ゆえに少数者でまず社会を変えないとならないというのである。こういう思考にどう対したらよいのかというのが、1980年の前後、考えていたことだった。『私的所有論』であれば第7章「代わりの道と行き止まり」の第4節・第5節がこうした思考について、そしてそれにどう対するかについて書かれている。  もちろん、その場所にしばらく立ち止まってしまったのは、まず変えてしまうと言ってもそれはそれはなかなか難しいことのように思われたからである。例えば毛沢東やらゲバラやらがいた時期や情勢においては可能であったにしても、私(たち)が暮らしているような場所、時期には困難であろうと思えた。どうしたって武力では負けるだろうと思えた。  ときに「破壊」が成功することはあったが、それは「国家」を、ではさらさらないのだった。本誌の関係でいくらか記憶しているのは、例えば1981年(12月5日)の「名古屋パネル粉砕闘争」。生存学研究センターのサイトにある年表によれば(「生存学」で検索→http://www.arsvi.com/→「内」を検索→「反保安処分闘争」http://www.arsvi.com/d/h07.htm)それは「日弁連が主催した刑法「改正」にむけたパネルディスカッション(会場名古屋)に対し全国から500名の仲間が参加して抗議闘争をし、パネルを中止に追い込んだ」闘争・事件ということになる。私はその場にいるにはいた。私がいた東京大学の文学部の自治会(学友会という名前のものだったが)は当時、医学部・農学部あたりとともに、全共闘運動の残り滓的な感じのものであって、保安処分反対だとか、赤堀奪還だとか、そういうことを言っていた。それで私も、夜中に出る普通列車で東京を出て朝名古屋に着いて、「粉砕」を見聞してきたのだ。それはたしかに粉砕された。だが粉砕した相手は日弁連(の一つの企画)であり、さらに、その日弁連は粉砕した側を裁判所に、国家に訴えたのだった。」


UP:201610 REV:
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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