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2004もう一つの相模原事件・後(10月号・16)

「身体の現代」計画補足・231

立岩 真也 2016/10/12
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 井形昭弘という、前回と今回出てくる、この8月に亡くなった人については
http://www.arsvi.com/w/ia04.htm
その人に私が言及した文章も下の方にある。またその人と2009年にシンポジウムに出た、その記録の私の発言分は
http://www.arsvi.com/ts/20100012.htm
 また、「にもかかわらず悪口を書かれたという会社の媒体」は、私が引用している長尾氏の文章ににある新聞社(朝日新聞社)のオンラインの媒体を指している。以下に引用する部分では、一つ、ふつうに論理的にものごとを判断したりものを考えられたすることが、ふつうは文章を書いたり発言をしたりする時に求められている(にもかかわらず実際にはどうなのか?)ということを、もう一つ、もちろん先達・先輩を讃えることはよいことであるが、それはそれとして人とその仕事・業績を知ることも他方では大切であることを言っている。
 フェイスブックに載せるのと同じこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162231.htm
にもある。


 「■二〇〇四年・もう一つの相模原事件
 […]
 私は井形と二度同じ場にいたことがある。二〇〇四年の集まりでは司会として井形の発言を受けた(→[2009/03/25:230-233])。二〇〇九年は日本宗教連盟主催のシンポジウム。他には加藤眞三、光石忠敬◇、コーディネーターが島薗進◇。それは報告書に記録されており、私の発言部分はHPに掲載している。例えば以下。

 「第二に、安楽死と尊厳死は区別できるというお話を伺いました。しかしこれはそう簡単ではありません。[…]/次に、第三に、なぜ死を迎えたくなるのかということについて幾つかの話が出されました。これは漠然と話していても埒の明かない話です。一つ一つ考え、一つ一つ検討していかなければいけないと思います。話を伺っていて、少なくとも五つぐらいはあるように思いました。[…]」([2009/12/18→2010])

 例えばこのように私(たち)は懇切丁寧に話をした。例えば井形(たち)は医療費の膨張を防ぐために尊厳死を進めよう(勧めよう)などというつもりは毛頭ありませんと言う。そのつもりがないことはわかった、しかし死を選んでいる人が負担のことを気にしているのは事実であると事実を述べた。そうした指摘がどう受け止められたか。右記した本や報告書に記録がある。どのようにも受け止められていない([2012/08/24])。それが、例えば協会の副理事長を務めた人の井形を追悼する文章によって次のように振り返られる。

 「一番の思い出は、三年前の全日本宗教連盟が主催する尊厳死の講演会。前年〔二〇〇九年〕の記録を読むと、あの井形先生を仏教、神道、キリスト教が一致団結して攻撃した。
 その翌年の餌食として私が名指しで呼ばれたので井形先生のかたき討ちのつもりで意気込んで行ったが、案の定、宗教界全体で私をナチスドイツと呼び猛攻撃に会った。
 多くのテレビ局も来ていたが、とても酷い内容だったので一社も放映しなかった。朝日新聞だけが少し時間がたってからまた私の悪口を書いた程度だった。」(長尾[2016]◇)

 こうして書いたり言ったりしているものを見ると、その人は、中立的な言葉で言えば、過度に単純である。戦術的にではなく、どうやら根っからそのようだ。その言論の水準について、にもかかわらず悪口を書かれたという会社の媒体に文章を書けていることついて、ここでこれ以上言うことはしない。いやこのことにも関わり、例えば井形という人がどのようなことをどのように言ってきたのか、その仲間の人たちも知ったり考えたりすることがない。まったく知らないか、知っていても無視してよいことであると考えているのか。
 井形は、連載(一二六・二〇一六年八月)でもその心温まる著作を紹介した福永秀敏◇が慕う人でもある。たしかに少なからぬ時、少なからぬ人々に対してよい人であったことを疑う必要はない。ただまず単純に業績を知っておいてよい。井形は、やはり連載でふれたスモンの原因究明に関わった人である。そして九州の国立療養所の病院、鹿児島大学(その学長も務めた)でALSや筋ジストロフィー等「難病」の人に関わった(福永はその南九州病院の後継の病院長、だからスモン、難病に関わる部分についての福永による紹介はある)。そして水俣病の認定にも関わった★15。例えばそれに対して批判がある。その批判が当たっていないと主張するのはかまわない。したらよい。問題は、それ以前に、このことが知られていないか、無視されていることだ。無関係だからか。そんなことはないと私は考える。すくなくとも関係の有無が議論になってよい。それがそのままだ。いくらかのことをなし遂げ、そのまま亡くなって、終わりになる。そうしたことがよくないと思うからこの文章も書いている。以前も同じことを述べた([2009/03/25:232-233])からこの人に即して述べるのは二度めになる。追悼文に面倒なことが載ることはない。それはよい。しかし別の場では言論や行動を検討し評定する必要がある。それがなされない。このようにして様々が通り過ぎられ、同じことが新しいことのように繰り返される。
 ここまでは言論(人)の水準、程度の話だということもできる。だがそれだけではない。二〇〇〇年を超えて、事態は変わったのか。野蛮さはすこし少なくなっているように思われる。だが、すくなくともこの事件は悲惨だ。そしてその悲惨は、殺してあげることを認めなかったことに発するとされてしまっている。判決も、ただの殺人ではなく嘱託殺人になり、やはり執行猶予がついた。それ以前にこれは、息ができなくさせて死なせたというできごとだ。
 そうした行ないを支持する言論は、怪物を殺せといったものではなくなる。しかし、今懸念されているのは明らかに認知症である。ここにも異なることに対する羞恥、嫌悪がある。もちろんそれに対して「呆け」の状態を肯定する優しい言説はある。これも、重症心身障害児が否定された後に肯定されるのと似ている。それはかなりもっともであり、かなり効くが、そんなに効かないこともある。
 経済の関わり方は変わらない。違うのはかつて語られたのは人口爆発による危機だったが、今は少子化が語られることだ。しかしその解決法は同じところに求められる。社会は五五年の間に豊かになったはずだが、漠然とした危機感は広まっている。六〇年代、生産は人々を束縛し、生産しない人できない人に対する脅威となったが、そうした強迫も含め成長に向かう力は強く、いささかの計算違いも加わって福祉の拡大は実現した。それよりさらに豊かになり楽になったにもかかわらず、現在危機感は大きくなっている。少なくとも広がっている。今は小学生でも少子高齢化という語を知り、それを憂いている。たぶん一九六〇年代の小学生はそうでなかったはずだ。」

★15 批判しているのは原田正純◇、津田敏秀◇、最首悟◇、等。スモン、神経難病と水俣病に関わったという点では共通している椿忠雄への批判は宇井純◇、最首◇(cf.[2004:321])。」


UP:201609 REV:
障害者殺し  ◇7.26障害者殺傷事件  ◇『現代思想』2016  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
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