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ナチによる「安楽死」・前(10月号・14)

「身体の現代」計画補足・228

立岩 真也 2016/10/09

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『弱くある自由へ』表紙    『現代思想』2016年10月号 緊急特集:相模原障害者殺傷事件・表紙    On Private Property, English Version    『造反有理――精神医療現代史へ』表紙
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 ナチが何をしたのかがどのように日本で知られていったのかをすこし知りたいと思っていることは、『弱くある自由へ』(2000)に収録された市野川容孝との対談で言っていてそれが以下の★13。これらここに出てくる本は、フェイスブックとhttp://www.arsvi.com/の両方に同じ文章を載せている2つの前者
http://www.arsvi.com/ts/20162228.htm
からその紹介ページ(の本の表紙のところから)行けます。表紙のないものもあるのが以下。
 3日に『加害について』
http://www.arsvi.com/ts/2016m1.htm
 を作った。5日『社会モデル』
http://www.arsvi.com/ts/2016m2.htm
 そしてさらに、6日から提供始めたのが『人間の条件――そんなものない』の唯のテキストファイル版
http://www.arsvi.com/ts/2010b2.htm
 7日から『自由の平等』唯のテキストファイル版価格変更して提供開始。
http://www.arsvi.com/ts/2004b1.htm
 手間かかっていて、リンク多数あって紙の本より役に立つのは『私的所有論』英語日本語電子書籍版。 http://www.arsvi.com/ts/2016b2.htm
この解説・広告はまた。
 『現代思想』10月号に載っている「七・二六殺傷事件後に 2」
http://www.arsvi.com/ts/20160031.htm
をこまぎれに、きれぎれに、の14。


 「■ナチによる「安楽死」
 容疑者がヒトラーの名を出したことによって、ナチの安楽死計画、障害者の殺害が紹介されることにもなった。こういうことについては、ごく基本的なこととそうでないこととを両方言わねばならないのがやっかいだ。二〇一五年にNHKの番組で放映されたこともあって、ある程度は知られているとしよう。また、基本的なことはやはりウェブに載せた◇。五〇余の文献をあげている。一九九七年までの日本語で読める文献についてはその年に出た[1997]に、その後の文献はその第二版[2013/05/20]にあげた。クレーの分厚い本『第三帝国と安楽死』(Klee[1993=1999]◇)があって高いが買えるからそれを読むのがよい。長瀬修が訳したGallagher[1995=1996]◇)もある。以下ではそのできごと自体についてでなく、その問題のされ方について。そして確認したいことは、ナチの得た支持は多くの部分で経済の成功によるものだったことである。
 とはいえまず概略。多くの障害者がT4作戦と呼ばれる秘密の作戦によって殺され、さらにその作戦の後も殺害は続いた。実数は誰もわからないが二〇万人以上と言われる。行ないの一部がニュルンベルク裁判で裁かれた。ただドイツの有力な医学者医療者が関わっていたこともあり、詳細についてはドイツでも隠匿された部分があり、全容は長く知られることがなく、解明されていくのはようやく八〇年代からのことになる。まずここでも私たちが知るのは、やはりあったことが表面から消えていたこと、そしてそれが、ドイツの医療業界でも上の世代を批判する人たちが出てきてようやく明らかにされていく過程があったことだ。
 このことにも関係して私がいくらか興味があったのは、どのように日本で知られていったのかだ★13。実際に調べられてはいないから依然としてよくわからないのだが、例えば小説としては北杜夫の『夜と霧の隅で』(北[1960])がある。この作品は芥川賞受賞作でよく読まれたはずだから、この時点でまったく知られていないわけではない。ニュルンベルク裁判の判決の情報はあったようだ。裁かれた部分、おおまかなことは、それなりに知られていたようだ。そしてビンディングとホッヘの「生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁」は、翻訳の出版は二〇〇一年だったが(Binding & Hoche[1920=2001]◇)、ドイツの法学はよく学ばれてきたということもあるのだろう、以前から知られていたようで、法学者の書き物には普通に出てくる。戦後の文献では例えば刑法学者平野龍一が安楽死を分類する中で通常(本人意志を前提とする)安楽死に入れられない範疇を示す中でビンディングとホッヘの論文と、二十七万人を殺したというナチの殺害をあげている(平野[1966]◇)。
 訳された一般書籍としては戦争直後に出された三冊の書物をもとにフランスで出た『呪われた医師たち』(Bernadac[1967=1969])が最初のものではないか。そして日本でも医療批判とともに一九七〇年代初頭に言及される。まず高杉晋吾◇[1971→1972]。そして『ルポ・精神病棟』(大熊◇[1973])ではベルナダクの本が引かれている。そして『強いられる安楽死』(しののめ編集部編[1973])。これも六二年の特集と同じく紹介すべきだろうが、全文を収録したものを出してからにする。『医学は人を救っているか』(朝日新聞社編[1973a])所収の中川米造◇「医学とは」(中川[1973])。中川は医学生の(無)反応に注意を促している。『反精神医学への道標』(小澤勲[1974])。職場の病院にあったのを見つけた『ナチスの優生政策』(Frercks[1938=1942])を読んだという。「「保安処分」に思う」(島成郎[1980])。島◇、小澤◇は『造反有理』([2013])にも出てくる造反に加担あるいはいっとき主導した医師。高杉、大熊もその本と次の[2015/11/13]に出てくる。」

★13 「一九七〇年」([1998])が載ったのと同じ本誌の号(特集:身体障害者)に載り同じ本に収録した市野川との対談(立岩・市野川[1998])でこのことを述べている。日本の優生思想をどう見るのかという関心、米本昌平◇の見立てをどう受けるかということもあった→[1997](英語版[2016/09/21])第6章。」


UP:201609 REV:
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