HOME > Tateiwa >

1960年代補足(10月号・07)

「身体の現代」計画補足・221

立岩 真也 2016/10/02
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1783150958618550

220 < / > 222

Tweet


横田弘・立岩真也・臼井正樹『われらは愛と正義を否定する――脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」』表紙    『現代思想』2016年10月号 緊急特集:相模原障害者殺傷事件・表紙    『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 第3版』表紙    On Private Property, English Version
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 「七・二六殺傷事件後に 2」
http://www.arsvi.com/ts/20160031.htm
で1960年代のことにふれていて、その部分を前々回と前回に引用した。そこで
◇立岩真也 編 2015/05/31 『与えられる生死:1960年代――『しののめ』安楽死特集/あざらしっ子/重度心身障害児/「拝啓池田総理大学殿」他』,Kyoto Books
http://www.arsvi.com/ts/2015b1.htm
を紹介している。今回引用するのはこの本(資料集)にふれている昨年(2015/09/26)の荒井裕樹・臼井 正樹との鼎談から。この鼎談は臼井の企画によって翌年=今年に出版された『われらは愛と正義を否定する――脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」』(生活書院、2016/03/25)
http://www.arsvi.com/b2010/1603yh.htm
の企画中に、やはり臼井が企画して彼の勤め先である神奈川県立保健福祉大学を会場にして行われた。その記録はその大学から出ている『ヒューマンサービス研究』に収録される予定になっているが、以下はそのなかの私の発言の一部。なお特集・相模原市障害者殺傷事件の『現代思想』10月号に荒井は「「殺意」の外を見据えること」という文章を寄せている。横田弘のことを書いている。
 さて私は、研究・言論の活動の「自活」ということを考えていて、「電子書籍」で(委託されて販売しているもの以外で)販売するもの
http://www.arsvi.com/ts/sale.htm
をそのために、と思っているのだが、まだまだなかなか、である。それでも工夫しながらやっていこうと思っている。
 フェイスブックに載せるのと同じこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162221.htm
にもある。

 「資料7枚の2を見てもらうと、これ(立岩編[2015]【本書】)は僕が今年の初めに少し熱中して作っていたものです。
 横田さんが60年代、自らをつくり上げていった、一つの大きななんというかな、バックじゃないですね、横田さんは真ん中にいたわけだから、そこに先ほど荒井さんから紹介があった『しののめ』っていう雑誌があった。彼は学校へ行けなかった、行かなかった人で、『しののめ』なんかで育っていくわけです。
 60年代の『しののめ』というのは結構面白いんです。花田春兆というじいさんが――今はじいさんで、昔はじいさんじゃなかったと思いますけれども――主催していた雑誌で、これ(立岩編[2015])の目次では、62年の4月30日、そのときの『しののめ』、特集は「安楽死をめぐって」で、その全文をスキャンしてこの資料集に入れました。たぶん、障害者、殺される側の人たちが、この主題について活字という媒体で議論する、もしかしたら、これは世界で初めてだったかもしれないと、僕は思っています。63年ですから、もうずいぶんな前ですけれども、そういう特集がある。
 そして、実は、この時期、いろいろな出来事が起こった。例えば、サリドマイド児が出てきた、その時期でもあるわけです。それからポリオの流行、ちょうどこの頃に、日本で最後の流行があります。そういった時期、直接的には、ベルギーでサリドマイドの子が生まれたときに親が子どもを殺した事件があって、それに対して、どう考えるのかというようなことがあったりして座談会が『婦人公論』で企画されて掲載されます(石川他[1963])。
 その中で、例えばここに出てくる石川達三って、ご存知ですか。もうとっくに亡くなってますけれども、たぶん第1回の芥川賞の受賞作家だったと思います。それから水上勉さんは、自身の娘さんに二分脊椎の子がいらっしゃる方でもあります。推理小説とか、時代小説とか書かれた方です。こういった人たちが、『中央公論』とか、『婦人公論』とか、そういう媒体で、「こういう子たちが出てきたらどうしよう」なんていう話をまじめにしているわけです。水上さんは『中央公論』のほうでは、これだけはちょっと有名なんてすが「拝啓池田総理大臣殿」といういわゆる重症心身障害児のための施設への公的支援を求める文章といった文章を書きつつ(水上[1963a]、他に水上[1963c])、『婦人公論』の座談会の方では、「政府が、そういう子どもが生まれたら、生かすか殺すか決める審議会をつくったらいいんじゃないか」みたいなことを言っている。それから石川達三は、「今まで、子どもたちを助けるなんていう甘ったるいヒューマニズムを俺たち言ってきたけど。それじゃ、世の中、立ちいかないわけで、これからは、もっと割り切った、冷めたヒューマニズムでいかなきゃいけない」みたいなことを言っているわけです。それに対して、花田さんが『しののめ』で憤っている。憤ってはいるけれども、いろんな迷いもあるわけです(花田[1963a][1963b]等)。
 先ほど少し紹介しかけた60年代の頭のぐらいのことですけれども、これ(立岩編[2015])は、やはり全部読んでもらうとよいです、ほんとに。61年、62年、63年ぐらいのものが出てきて、それに対する花田さんの反応なんか出てくるわけです。露骨です、言っていることが。「生ける屍」とか、これは殺すのに反対の立場の小林提樹の言葉ですが、今だったら言わないなって、まず思います。だけど、今だったら言わないってことは、どういうことだろうってふうにも考えてしまうわけです。それは我々が、何か進化しているということなのか、それとも、こういう言葉を使うとやばいぞっていうことで使わなくなったということなのか、どっちなんだろう。あるいは両方なんだろうか。そういうことを考えさせられてしまう。」


UP:201609 REV:
障害者殺し  ◇7.26障害者殺傷事件  ◇『現代思想』2016  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
TOP HOME (http://www.arsvi.com)