HOME > Tateiwa >

1963『婦人公論』紙上裁判・前(10月号・05)

「身体の現代」計画補足・219
立岩 真也 2016/09/29
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1781792328754413

218 < / > 220

Tweet


荒井裕樹『障害と文学――「しののめ」から「青い芝の会」へ』・表紙    『現代思想』2016年10月号 緊急特集:相模原障害者殺傷事件・表紙    On Private Property, English Version
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

 『現代思想』10月号に載っている「七・二六殺傷事件後に 2」
http://www.arsvi.com/ts/20160031.htm
をこまぎれに、きれぎれに、の5。この文章で参照を求めているのは
◇立岩真也 編 2015/05/31 『与えられる生死:1960年代――『しののめ』安楽死特集/あざらしっ子/重度心身障害児/「拝啓池田総理大学殿」他』,Kyoto Books
http://www.arsvi.com/ts/2015b1.htm
gumroadというのを利用して簡単に入手できる。ただクレジットカードが必要。ない人、使いたくない人は立岩まで連絡ください(tae01303@nifty.ne.jp)。

 フェイスブックに載せるのと同じこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162218.htm
にもある。


 「■一九六三年・『婦人公論』紙上裁判
 一九六〇年代初頭、サリドマイド剤を飲んだ母親の子に奇形が生じて大きな問題になった。ベルギーでは子の殺害事件が起こり、それが日本でも話題にされ、『婦人公論』で座談会が企画され二月号に掲載される。冒頭に編集部の「この記事を読まれる方に」がある。(以下連載一一三回・二〇一五年七月号で紹介、再掲含む)。

 「睡眠薬サリドマイドによる奇形児の出生が世界の話題となっているが、昨年ベルギーのリエージュにおいては、肩から指の生えたアザラシ奇形児を母親を中心として医師・家族が加わって殺害した事件が起きた。加害者は逮捕され裁判になったのは当然だが、ベルギーの世論調査は母親の態度を一万六千七百対九百で支持していた。この事実を裏書きするように陪審員の答申は、全員無罪であったが、奇形児とはいえ人命を奪った罪が無罪であった点に疑問が残されている。」

 睡眠薬として販売・使用されたサリドマイドの被害がどのように広がったのか、後にそれがハンセン病、エイズ、癌にまた使われるようになっていった経緯を記した本に、その事件への言及がある。

 「ベルギーでは、バン・ド・プットという夫婦が重度の奇形を持って生まれた自分たちの子供を、生後八日目に毒殺する事件が起こった。後に罪を認めた二人は、それが子供にとって一番よかったのだと主張し通した。死亡証明書に署名した医師は、五〇〇人の傍聴人でいっぱいになったリエージュの法廷で、自分にはその子の衣服を脱がせる勇気すらなかったと告白した。彼の声は低く抑えられ、嗄れていた。「もし私がその殺人を知る唯一の人間だったなら『自然死』と記入したでしょう。聴衆からは拍手が起こった。
 「あの子がもし精神にも障害をもっていたなら」スザンヌ・バン・ド・プットは言った。自分の宿命を知らずにすんだでしょう。でも、あの人の脳は正常だった。彼女は死ぬ運命にあったんです。気づく運命にあったんです」。
 二人の無罪が宣告されると法廷には喝采が沸き起こった。」(Stephens & Brynner[2001=2001:112])

 座談会(石川他[1962])の参加者は石川達三、戸川エマ、小林提樹◇、水上勉◇、仁木悦子◇。戸川と仁木はあまり話さない。仁木は推理小説家で胸椎カリエスの障害があった(二日市安◇は夫)。作家の水上勉は、国に新生児を殺すか殺さないかを決める委員会を作ったらよいと述べる。また次のように発言する。

 「今日のように薬が悪魔的になり、空からいろいろなものが降ってくる時代になって、健康であっても奇形児が生まれてしまうのなら、法律もやはり発達して、赤ちゃんを殺して、それが有罪か無罪かということも規定しなくてはいけないと思います。」

 またやはり作家の石川達三が、重症心身障害児施設島田療育園の園長であった小林提樹に「世間に対してプラスにならないナマコみたいな不具廃疾の人」もいるのかと尋ね、人口が過剰になる社会――増加も減少も同じ危機感を生じさせる――にあって、「今までのようなムード的な要素の強いヒューマニズムじゃ、もう駄目だ」といったことを言って座談会を締めくくっている。

「小林 腕のないアザラシ奇形でしたら七ヵ月になって、レントゲンで調べればわかる。ほかの奇形は、レントゲンに写らないものがありますから、どうにもならないです。
水上 レントゲンでそういう奇形児が歴然としているなら流産を奨励したいですね。
小林 そのときはやるべきだと思います。」
「戸川 日本でサリドマイドが売り出される以前、アザラシ奇形児はどうだったんですか。
石川 ありました。子どものときに、見世物小屋で、客の呼び込みが、左の肩から指が二本、右の肩から指が三本、と叫んでいたのをおぼえています。
水上 私は若狭の曲馬団の小屋で見た記憶があります。
小林 昔の医学の教科書にも出ています。」

 これは「異形」に関わるやりとりということになる。もう一つは「貢献」(のための「能力」)を巡っている。そうした人には価値がないという言い方と、もう一つ、社会はやっていけなくなるという現実的な問題として言われる場合がある。そして社会全体という大きな単位がとられることもあるし、家族という局所において起こるできごとであることもある。後者についてはそれは現実になることがある。つまり共倒れになったり、やっていけなくなって、あるいはそれが予期されて負担のかかる人を殺すことがある。その可能性をもたらす規範・価値は、ここで基本的には、肯定されている。

 「水上 私は中学一年生に入ったときに、人間はなんのために生きるか、ということを校長先生がおっしゃった。社会にプラスするものになるということにその意義があるのだ。それがないということは、生きる資格がないということです。水頭症の子どもとか、脊椎破裂の子どもというものは、仁木さんもいらっしゃいますが、やはり足が不自由であっても、社会にプラスすることができるので生きる権利がある。それさえでき得ないと判断された場合には、人の範疇に入らないのではないかと私は考えます。そこでですが、小林先生がいま面倒見ていらっしゃるお子さんのなかで、この子が生きても社会にプラスするところは、一ミクロンもないと思われるお子さんがいらっしゃいますか。
小林 おります。しかし、明らかに育ててよかったと思うことがずいぶんあります。
水上 それは健康な五体そろったものが感情として言われることであって、社会にプラスしないということはかわりないでしょう。
小林 社会にプラスするかしないかは考えません。」

 これに対して花田は「切捨御免のヒューマニズム」(花田[1963/06])で批判する。[…]」


UP:201609 REV:
障害者殺し  ◇7.26障害者殺傷事件  ◇『現代思想』2016  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇身体の現代:歴史
TOP HOME (http://www.arsvi.com)